進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
淵の王種“ミツル”。
彼女が産まれたのは、桜の王種とほぼ同時期だったと過去の文献に記されている。一部地域では海を守る女神として崇められ、その名は海辺の村々に長く語り継がれてきた。その性格もまた、本来であれば『海のように厳しく、海のように優しい』と評されている。
オウヒが陸の代弁者ならば、ミツルは大海を統べる王。
海を荒らす不届き者には容赦なく天罰を下し、逆に海を敬い守る者には豊漁と安全な航海を授ける。そんな逸話が各地に残されている。
だが、そんな彼女も永遠ではなかった。
ある時、とある出来事を切っ掛けに桜の王種オウヒと対立。王種同士の衝突は世界そのものを揺るがし、その争いを止めるため現れた“万魔”によって、二人まとめて叩き伏せられることとなる。
結果としてオウヒと二人仲良く都市ヴァルヴォッサに封印され、後から学園都市として発展していく様を眺める羽目になった。
本来のルートであれば、淵と桜のどちらかを解放する際にイスフィが淵を選ぶと、封印が解かれ、ミツルは仲間になる。少々厳しいが面倒見が良く、海の知識に長けた天然な頼れるお姉さん枠。
選ばれなかったオウヒとは敵になるものの、圧倒的な火力と物量で全てを薙ぎ倒してくれる、初心者救済のキャラクター。
それが、淵の王種“ミツル”という存在だった。
だが。
現実はシナリオ通りに進まない。
主人公となるイスフィはメルにメロメロになり、強くなる事にも消極的。淵の封印を解くこともなく、誰も彼女の存在を覚えていない。
最初は誰かが助けに来ることを待っていたミツルも、数年、数十年、数百年と経過していく頃には、その希望も摩耗してしまう。
封印の向こうから聞こえる人々の歓声。子供達の笑い声。学園が出来て、街が発展して、モンスターと人が共存する時代になっても、自分だけは取り残されたままだった。
誰にも必要とされず、誰にも思い出されない。
かつて海の王だった彼女が少しずつ少しずつ濁っていくのは、半ば当たり前のことだった。澄み渡っていた海が濁流へ変わるように、穏やかだった波が津波へ変わるように、優しかった心は孤独に蝕まれていった。
そして。
そんな彼女へ最初に手を差し伸べたのが──ノア=ハルベルトだった。
「カッカッカッ、寂しかっただろぉ〜?私が傍にいてやるよぉ〜」
その一言は数千年間、誰からも掛けられなかった言葉だった。
だからミツルは手を取ってしまった。善意ではないと分かっていても、利用されていると理解していても、それでも、独りよりはマシだったから。
結果として。
海を守護した女神とも、人々へ豊穣を齎した王とも言われた彼女は、今や学園都市を沈めんとする災厄へと成り果ててしまったのだ。本来なら王種に効かない支配の能力も、心の底から従順を望んだミツルは引き受けてしまう。
全てが最悪に噛み合った代償が、今のミツルを生み出していた。
だからこそ、彼女は負けるわけにはいかない。自分を解放してくれた恩人に牙を向ける不届き者を、ここで倒すしかないのだ。
「どいてくださいまし、焔の王種。私がいない時代に産まれただけの新参者が、大海の統治者である淵の王を止めるなど……烏滸がましいと思わなくて?」
「ぼろぼ、ろの癖に、舌は回る……んだね?」
「減らず口を。そもそも、あのチビスラ如きじゃ聖女は止められませんわよ」
事実だ。
本気を出したミツルですら倒すのは難しい『絶望の聖女』を、王種になりたてのチビスラが勝てるとは到底思えなかった。
両目に付けた眼帯の下には、万魔に付けられた傷がジクジクと疼いている。しかしたとえ見えなくとも、空気中に存在する水分子から情報を得ることができる。
海を通して森羅万象を知り、川や雨を通して命を知る。
そんなミツルから見ても、『絶望の聖女』は理解の出来ない化け物に近い。
しかしそんなミツルの言葉にも、アグニはにやけ笑いを零しながら言葉を続けた。
「アレは……私の、伴侶。ツガイでも、いい。こう言えば、分かる?」
「………は?」
「わから、ない?私の伴侶、が負けるなんて……ありえ、ない」
「…………………は?」
理解できないのがここにも居た。
ミツルが思わず聞き返してしまうのも、仕方の無いことだ。
王種同士の戦いだ。世界の理ですら捻じ曲がる怪物同士の死闘だ。その最中に語る内容が、それなのか。命を賭した闘いをしている際に喋る言葉が、それなのか。
「伴侶?」
「うん」
「ツガイ?」
「うん」
「……貴女、今の状況を本当に理解していまして?」
ミツルの声には呆れが滲んでいた。
周囲では紅焔と濁流が激突し続けている。
崩壊した校舎は既に原型を留めておらず、大地は抉れ、空は蒸発した水蒸気で白く霞んでいた。少し離れた場所では数万を超えるモンスターが暴れ狂い、そのさらに先では世界そのものを歪ませる『絶望の聖女』が存在している。
終末だ。
誰がどう見ても終末だった。そんな状況で語る内容が伴侶だのツガイだの、ミツルには本気で理解できなかった。
なのに、アグニは相変わらずにやにやしている。
「理解、してる」
「しているようには見えませんわね」
「してる」
「なら何故そんな話になりますの?」
「んー……」
アグニは少しだけ首を傾げた。
王種同士の死闘の真っ最中だというのに、目の前の焔の王は本当に数秒間思考に没頭していた。その間にも周囲では濁流が暴れ、紅焔が大気を燃やし、衝撃波だけで大量の魔物が吹き飛んでいるというのに、当人だけは呑気そのものだった。
そして数秒後。
ぽん、と手を叩いた。
「大事だから」
「…………」
「伴侶」
「…………」
「すごく、大事」
「そ、そう……」
ミツルは頭痛を覚えた。
駄目だ、会話にならない。この女は根本から価値観がおかしい。
王種とは本来、孤高の存在だ。
誰かに依存せず、誰かを支えにしない。ただ己の理を貫き、世界に君臨する。それが王種だ。少なくともミツルはそうだった。オウヒも、他の王種も……なんなら万魔ですらそうだ。
だから理解できない。
目の前の焔の王は何故こうも堂々と誰かを支えにしているのか。
「……呆れましたわね」
ミツルは溜息を吐く。
「王種ともあろう者が、一匹のチビスラ如きにそこまで肩入れするなんて」
「スライム、じゃない」
アグニが即座に訂正する。
「メル」
アグニが即座に訂正する。一切の躊躇がない。まるでそれだけは譲れない真理であるかのように、静かなのに妙に力がある。
訂正を促すようなアグニの態度に流石に面食らったミツルは、ため息を吐きながら頭を抱えた。誰かこの恋愛脳をどこかに追いやってくれとすら思った。
「……名前の問題ではありませんわ」
「名前、大事」
「聞いていませんの」
「私は呼ぶ」
「そういう話ではありませんの!」
言葉のキャッチボールにならないやり取りに、思わず声を荒げてしまうミツル。
彼女自身、驚いていた。
何故自分はこんなにも苛立っているのだろうか。相手はただの馬鹿だ。伴侶だの何だのと言っているだけの焔の王種だ。
なのに、胸の奥が妙にざわついて仕方なかった。
「貴女は王種でしょう!?」
ミツルが怒りに任せて叫ぶと、その怒気に呼応するように濁流が唸りを上げる。大地が震え、数十メートル級の水柱が空へ突き刺さった。周囲の巻き込まれたモンスターは、水柱の流れに逆らえず、そのまま天空へ投げ出されていく。
気のせいか、支配されている従順なモンスター達の瞳には涙さえ浮かんでいるようにも見える。
「ならばもっと誇りを持ちなさいな!」
「持ってる」
「持っていませんわ!」
「持ってる」
「持っていません!!」
「持ってるから」
「持ってませんわ!!!!」
「持ってるもん」
子供の口喧嘩みたいな言葉の応酬だ。
誰が見ても、数千年を生きた王種がやることではない。
だがアグニは至って真面目だった。ふざけているわけでも、挑発しているわけでもない。本気でそう思っている顔だった。
だからこそ余計に腹が立つ。
何度も言うが、王種とは孤高の存在だ。
世界を支配する者が誰かを支えにしてどうする。
世界を導く者が誰かの背中を追い掛けてどうする。
だから理解できない。
何故目の前の焔の王はここまで堂々と誰かを大切にできるのか。
何故それを恥だと思わないのか。
何故弱さだと思わないのか。
そして、何故それが揺るぎない強さに見えてしまうのか。
アグニはまたもや、少しだけ首を傾げた。本当に不思議そうで、まるでミツルの方が理解できないと言いたげな顔だった。
「なんで?」
「……なんで?」
「伴侶を大事にするの、変?」
ミツルが言葉を失う。
変だ、変に決まっている。世界の頂点たる王種が、一匹のスライムを中心に回っているなど、そんなもの異常だ。
なのに何故だろう、その言葉を否定しきれないミツルがいた。
脳裏に浮かぶのは封印の中で過ごした時間。
誰も来なかった。
誰も助けてくれなかった。
誰も名前を呼んでくれなかった。
何百年も何千年も、ただ独りだった。だからアグニの言葉が理解できない、理解したくもない。
「……くだらないですわね」
吐き捨てるように呟く。
くだらない。本当にくだらない話だった。
世界が終わろうとしている。学園都市は崩壊し、王種同士が殺し合い、『絶望の聖女』という理解不能な災厄が暴れ回っている。そんな状況だというのに、目の前の焔の王は伴侶だのツガイだのと馬鹿みたいな話を続けている。
これ以上付き合う必要はない。
そう判断したミツルは腕を振り上げた。
それだけで空が軋む。曇天を覆っていた黒雲が渦を巻き、数千万トンにも及ぶ黒水が天上へ浮かび上がった。
海だ。
空に海が生まれている。
濁った海水は万魔に刻まれた傷から滲み出た呪いと、数千年分の孤独と怨嗟を取り込みながら膨れ上がり、その一滴一滴が都市を消し飛ばせる質量を持っていた。
モンスター達が悲鳴を上げる。
黒水が槍へと変わり、幾千万の数え切れないほどの槍が空を埋め尽くした。そして、それら全ての穂先がアグニへ向けられている。
アグニ諸共、終わらせる。胸の奥に湧き上がった得体の知れないざわめきごと、全部叩き潰してしまえばいい。
「伴侶だの愛だの。そんなものに縋るから弱くなるんですの」
その言葉はアグニへ向けたものだった。同時に、かつての自分自身へ向けた言葉でもあった。
それを見透かしたのか、アグニが少しだけ笑う。馬鹿にした笑みでも、勝ち誇った笑みでもない。優しく穏やかで、まるで泣いている子供を見つけた時のような笑みだった。
「ミツル」
「なんですの」
「独り、だった?」
「……は?」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
空を埋め尽くす黒水の槍は未だアグニへ照準を合わせている。あと一言、あと一瞬でも念じれば放たれるだろう。学園都市の一角ごと吹き飛ばし、焔の王種すら呑み込む大海の処刑槍。
なのに、指先が動かなかった。
「寂しかった、んだね」
見透かしたような台詞が、ミツルの心の奥底へと突き刺さる。槍を以てアグニを殺そうとしたのに、実際に刺されたのは自分自身だった。
万魔に施された封印は、まさしく絶対の“無”。五億年ボタンという話があるが、アレを考えた人間はネジが外れているとすら、ミツルは思う。
ひたすら暗闇。光も海も空もなく、ただ時間が過ぎ去っていく。かろうじて外の人間のざわめきや、モンスターの声は聞こえてくるものの、その空間に自分は存在しない。
数年は耐えられた。数十年は孤独に苛まれ、数百年も経てばまともな精神をしていられない。何度季節が巡ったのかすら分からず、誰からも忘れられながら過ごす日々。
誰も淵の王種を必要としていなかった。世界は自分がいなくても回り続ける。その事実だけが、ゆっくりとミツルの心を削り続けていた。
「……黙りなさい」
「今流行り、の独身貴族、ってやつ?……まぁ、王種だけど、ね」
「黙れと言っているのが聞こえませんの?」
ミツルの声が低くなる。
彼女のイライラを表すように黒水が荒れ狂い、海面のように揺れていた槍群が不規則に脈動し始めた。
誰も来なかった。
誰も自分のことなど必要としていなかった。
アグニのように、彼女の存在を大事にしてくれるメルやその仲間も居なかった。
認めよう、自分は孤独だと。
「孤独じゃない貴女には分からないわ!あんな空間に一人で永い時間を過ごして……だからノアの手を取ったんですの!」
叫び声が響く。
「利用されていることくらい分かっていましたわ!騙されていることも分かっていましたわ!でも!───」
声が割れる。
「でも、あの時の私には他に何もなかったんですのよ……」
まさしく慟哭だった。
黒い雨に覆われた空は泣き出したように荒れ狂い、ミツルの感情を表しているようだった。ノアもミツルも愛という名の幻想に狂い、自分を欲する相手を探していた者同士だった。
そんなことを知ってか知らずか、アグニはミツルに近寄った。
足元には黒い水溜まりがあるのにも関わらず、ずんずんと歩みを寄せてくる。僅かに警戒心を滲ませるミツルだが……どういう訳か、アグニには敵意がない。
呆気に取られている内に、いつの間にかすっぽりと──アグニの胸の内で抱きしめられていた。
「よしよし、寂しかった、よね」
「っ、な、なにを!?」
「暴れ、ないで。私もメルと出会うまで、一人だった……だから、ミツルの気持ち、も分かる」
「そんなわけッ!──」
「ある、よ」
抱き締められる力が強くなる。苦しくはない。むしろ心地の良い熱が、ミツルの濁り切った精神を煮沸するように、じわじわと染み込んでくる。
理解できなかった。
王種同士の戦いだ。つい数分前まで互いを殺そうとしていた相手だ。なのにアグニは警戒すらしていない。決して油断しているわけではないだろう。
ただ本気で、泣いている相手を慰めているだけだった。
「いい考えが、ある」
「……言ってみなさい」
「貴女も、メルとえっちすれば、いい。孤独なんて、すっかりなく、なる」
なるほど、そういう生き方もあるのか。
ミツルは熱に溶かされながら、朧気な意識の中で確かにと頷いた。誰かを愛するならエッチをすればいい。モンスターの衝動とは、食う寝るヤルの三つだ。
摩耗した精神では考え付かないような提案に、孤独であることを肯定されてズブズブになったミツルは、肯定しそうになっていた。つまり、長年のコンプレックスを解消され、『それもいいか』と考えるマシーンになりかけていたのである。
独りが寂しかったもんね、仕方ないよね。
「……待ちなさい」
しかし、流石は王種。寸前のとこで正気に戻った。
何故自分は抱きしめられているのか、と。
そもそも何故焔の伴侶と閨を伴にしなければいけないのか、と。
孤独は寂しいが、売女のような事をするつもりなど毛頭なかった。
眼帯の下で、自分を抱きしめるアグニをギロリと睨むミツル。
「おかしくないかしら、それ」
「なん、で?えっちは、気持ちいい、よ?」
「……はぁ、知らないわよそんなの。ていうか、貴女の伴侶に手を出す気なんてないわ」
「……え?もう3P、したよ?」
「え?」
「え?」
「「え?」」
───☆
その3Pをむざむざと見せつけられた王種がいる。
そう、桜の王種“オウヒ”だ。
現在彼女は、市街地にて暴れる猿型モンスターの目の前に立っていた。オウヒの目的は二つ。
そのうち一つは、イスフィを助けることだ。
「あっはは♡」
蠱惑的な笑みを浮かべ、猿型モンスターを見据えるオウヒ。
猿型モンスターの表情が歪む。
避難民達を押し潰すはずだった巨大な拳は、いつの間にか現れていた小さな少女によって片手で受け止められていた。本来なら有り得ない話だ。自分の身の丈の五分の一以下の小娘に、自慢の剛腕を受け止められたのだから。
理解が出来ぬまま、二撃目を放とうとする猿型。
それなのに避けようともしないオウヒに、更なる膂力を以て圧殺せんと迫る拳。
「ん〜、僕と君とじゃ戦いにならないのに……分からないの?」
先程以上の威力だった。
片腕だけではない。腰を捻り、全身の筋肉を連動させた渾身の一撃。空気が爆ぜ、周囲の建物の窓ガラスが連鎖的に砕け散る。拳圧だけで道路が抉れ、避難民達が悲鳴を上げた。
だが。
───ベギョッッッッ。
という情けない音ともに、猿型の腕から先が消し飛んでしまう。
「ほらね?」
「 G Y A A A A ! ? ! ? 」
絶叫。
痛みを堪えるモンスターの叫びが、通りに木霊する。猿型モンスターは理解できなかった。殴ったのは自分だ。力を込めたのも自分だ。それなのに砕けたのは、受け止められた側ではなく自分の腕だった。
なのに肩口から先が消失している。
骨も肉も血管も、まるで最初から存在しなかったかのように抉り取られていた。
避難民達も呆然としている。
誰一人として何が起きたのか理解できない。
その中心で、オウヒだけが楽しそうに笑っていた。
次の瞬間には、猿型がへっぴり腰で逃げ出していく。
しかし追うことはせず、ただ腹を抱えて笑いながら猿型を見送るオウヒに、イスフィは声を掛けた。
「……た、助けてくれて、ありがとう」
「ん?あぁ、いいよいいよ。面白いものも見れたしね。情けない姿見せたら君も殺すところだったけど──度胸あるじゃん」
「脅してるか褒めてるか分からんわ……」
エリナスを抱き締めながら戦々恐々と話すイスフィに、ヴェスティが駆け寄る。アグニがオウヒを解放した事を知っているヴェスティは、危険性はないと判断をしている。
だが、まさか敵である自分たちを助けるなんて思いもしなかった。
「イスフィちゃん、大丈夫?怪我は……なさそうだね。エリナスちゃんは回復草あるから、これ食べて」
懐から取り出した回復草をエリナスの口に突っ込み、他に怪我がないかしっかりと確認するヴェスティ。オウヒの狙いは分からないが、もし味方ならこれ以上ないほど心強い。
その様子を横目で見ながら肩を竦めたオウヒは、遠くを見るように視線を強めると、不敵に笑った。
「へぇ〜。ちゃんと仲間やってるんだ」
「……?」
ヴェスティが怪訝そうな顔を向ける。
しかしそれも仕方の無いことだ。遥か彼方、黒い雲と紅蓮の炎がぶつかり合う戦場。そこでは今もアグニとミツルが戦っている。
いや──もはや戦っているのかも怪しい。
「焔の奴、相変わらずだねぇ」
「あの……アグニさんがどうかしたの?」
恐る恐る尋ねるヴェスティ。
するとオウヒは腹を抱えて笑い始めた。
舞い散る桜の花弁が明らかに多くなり、足元の草花が勢いよく伸び始める。まるで、彼女の心境を表しているようだ。
「いーや、なんでもないよ?」
彼女は草花から情報を得ている。
それはつまり、遠くにいても二人の戦いを観戦出来るということだ。そのためアグニがミツルを抱き締めた場面も、しれっと自分の伴侶とミツルを交尾させようとしていることも、ちゃっかりお見通しな訳である。
だから笑ったのだ。
こんな世界終末間近で恋愛云抜かす焔と、それに引っかかりそうになっている淵の光景に。
彼女の目的は二つある。
一つ目は先程言ったように、イスフィを助けること。自分のお気に入りの人間を死なせる訳にはいかないから。
そしてもう一つは──メルのこと。
王種がチビスラ如きにあんなにも執着し、あまつさえ伴侶と呼ぶモンスターに興味が湧いたのである。断じて三人のねちっこいえっちを見て、受けのメルにエロい目を向けるようになったわけではない。
そしてメルのことをエロい目で見るようになったからと、アグニから『私の伴侶の良さが分かるとは……解放してやろう』なんて話で釈放された訳ではない。
そう、断じてないのだ。
笑ったかと思えば急にニヤケ出したオウヒを怪訝な目で見つめながら、避難誘導を進めるヴェスティとイスフィ達。
事態の終息は、いよいよ最終段階に入っていた。
このまま上手いこと行けば、五話もしないうちに二部は終わります。上手いこといけばね……。
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