進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
「またね」
その声がした後、止まった世界が動き出すような感覚が我がチビスラの五感を刺激した。
ご主人様の姿はない。横を見れば、項垂れて歩くイスフィがいる。どうやら、絶望しすぎて見えた幻覚ではないらしい。アルマやエリナス、正体不明の長身美女も、誰も声を出さず街へ戻ろうとしている最中のままだった。
「……どしたん、メルちゃん」
「イや、ごしゅじんさまが……」
怪訝な表情を浮かべるイスフィに、事情を説明しようとした途端──夜空が瞬いた。
いや、違う。
空中に舞った“砂”が光り輝いているんだ。しかも、その砂は俺たちの元へ戻ってくるようにゆっくりと軌道を変えていた。
「なんや、これ……」
イスフィが足を止める。
誰も動かない。
風に乗って消えていったはずの砂粒が、一つ、また一つと集まり始める。その光景を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
来た。
ご主人様が、本当に約束を守ってくれたんだ。
砂の行方を追えば、月光を反射する光になりながら輪郭を形作っていく。細い指先から長い髪の毛、見慣れた聖女の正装まで少女の姿が朧気ながら浮かんでいた。
「う、そやろ……?」
震えた声を零したのはイスフィだった。
無理もない。
ついさっきまで、俺たちはリリアの死を受け入れようとしていたんだ。砂となって消えていく姿を見送って、二度と会えないと思い知らされたばかりだった。
それなのに今、夜空へ消えたはずの欠片が元の形を取り戻している。夢だと言われた方が余程納得できるってもんだ。
光は徐々に強さを失い、その代わりに少女の輪郭がより鮮明になっていく。肩や胸元、足や一本一本の髪の毛まで形を取り戻した頃には、地面に寝そべるリリアの姿がある。
呼吸は……してる。【第六感】から入ってくる情報は、リリアが生きていることを如実に示していた。
「……リリア……?リリア!?」
イスフィが縋るように名前を呼べば、リリアの瞼がピクっと動く。
長い睫毛が揺れ、まるで長い夢から目覚めようとしているみたいに、ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと瞼が持ち上がっていった。覗いたエメラルドブルーの瞳は最初こそ焦点が合っていなかったが、数度瞬きを繰り返した後、俺とイスフィを映し出す。
「……あれ?」
呑気な一声だ。
俺たちがどれだけ心配して、どれだけ泣いたのか知るはずもないリリアは、寝起きの子供みたいにぼんやりした顔で辺りを見回した。そして、泣きそうな顔をしている俺たちを見て首を傾げる。
「イスフィちゃん……? メルちゃんも……どうしたの?」
「どうしたのちゃうわ!!!───っ、心配したんやでウチらぁ
っ!!!」
イスフィが堪え切れなくなったように駆け出した。叫びながらリリアへ抱きつき、そのまま押し倒す勢いで腕の中へ閉じ込める。腕の中で目を白黒させたリリアはわけが分からないという表情を浮かべているが、俺は止めるつもりはない。
なんならもう少し強めにやってやれ。
心配で抱き締めようにも、力を込めたら身体が粉々になる様なんて二度とごめんだからな。
「もうデートに行けんか思うたわ!!!もうっ、ほんっっっまにこのアホ!!!」
「え?えぇ〜?何かしたっけ私!?」
「〜〜〜っ!………もぉ、ほんま良かった」
「何か心配かけたのは謝るけど、胸が固くて痛いよ!?」
「……カッターないかここ?」
「私の胸を削ぎ落そうとするのはやめて〜〜!?」
グリグリと強めに抱き締めるイスフィも、声は怒っていても顔は泣いている。アルマやエリナスはその光景を遠くから眺めていて、二人の空気を壊さないようにひっそりと涙ぐんでいた。
あぁ、くそっ。やっぱり歳は食うもんじゃないな。
リリアが戻ってきてくれて嬉しいはずなのに、涙が顎を滴って擽ったい。でも嫌じゃないから、不思議な気分だ。
予定調和だとか、ご都合主義とか、そんなのどうでもいい。終わり良ければ全て良しと言うが、俺はこの厳しくも優しい世界を信じているからだ。例えどんなに傷つこうと、誰かが死ねば心の底から笑えない。
だから思うんだ。
──
ご主人様が命を懸けて繋いでくれた奇跡を前に、俺はただその場で泣き笑いすることしか出来なかった。
「ありガトウ、ごしゅじんさま……こんどは、おれが助けるばんだよ」
───☆
「カカッ……完全敗北ってやつかね」
ノア=ハルベルトは、綺麗な夜空を眺めながら一人呟く。敗北の二文字は、彼女が聖女の命を狙ったという罪で処刑される未来を表していた。
勝てば官軍、負ければ賊軍というが、まさにその通りだ。世界を支配しようとした魔女は討たれ、聖女達は生き残った。死んだパートナーモンスター達も何の因果か復活したらしい。
まるで時が巻き戻るようだった、とノアは先の現象を振り返る。
他の者からすれば正しいハッピーエンドで、彼女からすれば悍ましいほどのバッドエンドだろう。
「まぁ、わかってたことではあるけどねぇ〜?」
世界に復讐を、なんて大それたことが失敗するのは分かっていた。世界を相手を滅ぼそうとするなら、かの有名な“有名”な万魔と争うのは目に見えている。それでも、『絶望化』した聖女がいれば万魔に及ばずともある程度渡り合えるかもしれない。
そんな希望を抱いたのもつかの間、度重なる“奇跡”に何から何まで阻まれてしまったのだ。
「今更コンティニューなんて出来ないし、負けた私はこのまま死ぬんだから──カカッ、人生はクソゲーってやつか」
ゲームなんてしたことはないが、他の幸せそうな家族の子どもがしていたのを見たことがある。失敗してもやり直せるし、死んだとしても続きから遊ぶことが出来る。
なんて都合がいいんだろうか。
もっと世界が優しければ、私はこうはならなかったんだろうか。あるいは先のチビスラが言っていたように、誰かを愛すことが出来れば結果は違ったんだろうか。
答えは分からない。
「いっそ、死んだ方がマシかもねぇ」
頭に浮かんだのは、答えではなく自害の選択肢だった。
腰に下げた拳銃を抜き出し、黒い銃身を眺める。最期を共にするのが人でもモンスターでもなく無機物であることに自嘲しながら、残り一本になった煙草を取り出した。
死ぬ前の最期の一服だ。
「……おんやぁ?ライター落としちまったか?」
だが、どうやらライターが見つからない。
ポケットを捲っても出てこない火の元に、ノアは諦めたようにため息を吐くと、拳銃をこめかみに突き付けた。
死ぬ前くらいもう一本吸いたかったが仕方がない。これも悪党にはお似合いの結果だろう。
そう結論付けて、引き金に手を掛けた──その瞬間だった。
「火、いるか?」
背後から、聞き覚えのある声が響く。
「ん?……あぁ、アンタかい」
「おいおい、なんだよオマエ。殺しあった仲だっていうのに淡白だなァおい」
反射的に振り向けば、身体中の至る所にピアスやらタトゥーやらが支配している生臭シスター──カプノスがそこに立っていた。
無骨なライターで宵闇を照らしながら、慣れ親しんだ友のように地べたに胡座をかいて座り込む。包帯で包まれている身体は痛々しいが、元気な口調は鳴りをひそめていない。
そのままライターで甘ったるいバニラフレーバーに火をつけると、少年のような笑みで笑った。
「へへッ、アタシも御一緒させて貰うぜ?」
「……いつぞやの仕返しかい?あるいは、私を殺しに来たとかかねぇ〜?」
答えは返ってこない。
聖堂学園内で繰り広げられたモンスターによる鏖殺。
時律の王種により蘇生させられた人々の中には、カプノスも混じっていた。傷跡は残っているが、こうして動き出せるわけだ。
本来なら煙草も遠慮しなければならないが、愛煙家の彼女にとって制止の声が響くことはない。
やがて、暫く沈黙の時間が続いた後、口を開いたのはカプノスだった。
「オマエ、死のうとしてただろ」
「そりゃねぇ。こんな負け方したし、後に待ってるのは処刑だろうし……死ぬのには丁度いい景色だからね」
「ハッ、随分と黄昏れてるこった」
小馬鹿にするようにカプノスは笑うと、ノアの持っている煙草に火を近づける。
以前のようにライターをぶん投げられるのでは?と警戒するが、今更だ。咥えた煙草を火元に近づければ、ジワッと先の紙が焼ける音が鼓膜を刺激した。
殺しに来たのなら抵抗はしない。それほどのことを自分はしたのだし、逃げ出そうとも思わない。
むしろ、潔く死んでやるとすらノアは思っていた。
だが。
「なァ、煙草仲間として一つ提案がある」
「なにかねぇ?せめて一発で殺してくれれば助かるんだけど」
「……殺しゃしねェよ。むしろ、オマエにとっては朗報だ」
ノアは眉を顰めた。
朗報。
その言葉が出てくるとは思わなかった。敗北した魔女に与えられる未来など、処刑か終身監禁くらいのものだろう。少なくとも希望なんて単語とは無縁のはずだった。
なのにカプノスは平然と煙を吐き出しながら続ける。
「当たりめェだろ、楽に死なせなんてしねェよ。
オマエはこれから私の手となり足となり、ウチの大事な聖女サマを守ってもらう。言っとくがこの仕事は、死ぬよりもキチィぞ?」
「カカッ……頭でも打ったのかい?聖女を殺そうとした魔女を護衛にするなんて、正気じゃないよねぇ」
「正気じゃねェのは最初からだろ。
それに、聖女サマ本人が許しちまったんだ。アタシがどうこう言う話じゃねェ」
聖女が許した……?それはまたなんの冗談だ。知能の低いスライム種でももっとマシなジョークが言えるだろう。
じゃあなんだ。もし私がまた殺そうとしたら、聖女は一体どうする気なんだ?
疑問が尽きず、ポロポロと灰が落ちていくのにも気にとめない。お宅の聖女は危機管理がなっていないんじゃないかと問い質したくなるくらいには、信じられない一言だった。
なのにカプノスは、ノアを護衛にすることが確定であるように話し続ける。
「オマエは知らねェかもしれんが、壊すよりも守る方が難しいんだよ。死ぬのは一瞬だけど、護衛対象が居ると死ぬにも死にきれねぇ。
これからオマエのすべき事は、自分が壊そうとしたモンを見届けることだ。死ぬまでずっと見続けて、その全部を守る──オマエが壊そうとした分もな」
「……」
目からウロコだった。
確かに死ぬよりもそっちの方がずっと難しいし、ずっとキツイ。どんな拷問よりも苦しいだろう。
なるほど、確かに殺すよりは罪の償いにはなるだろう。だが所詮、そんなものは綺麗事だ。
人はそう簡単に変われない。
一度壊れた人間は、一生壊れたまま。世界を憎み、他人を呪い、数え切れないほどの命を踏み躙ってきた自分が、今更誰かを守る側になれるわけがない。
だからノアは鼻で笑った。
「……随分と都合の良い話だねぇ」
「そうか?」
「私みたいな女が更生できると思ってるなら、おめでたいにも程がある」
呆れたようにそう言えば、カプノスは煙草を地面へ落とし、靴底で踏み消した。そして再度煙草を取り出して、ライターで火をつける。
月を隠さんと立ち上る煙を燻らせながら、お前こそ何を言ってるんだとばかりに口を開いた。
「別に思っちゃいねェよ」
「は?」
「オマエが更生するとか反省するとか、そんなモンどうでもいい」
カプノスは夜空を見上げたまま続ける。
「人生はゲームみたいにコンティニューも何も出来ねェ。けど、やり直すことは出来る」
やり直す、なんて自分から程遠い言葉だ。
煙草に火をつけたら灰になっていくように、人生とは不可逆的なモノ。それをあまつさえ大犯罪者の自分に言うのだから、やはり此奴は頭がおかしいんじゃないだろうか。
殺してきたモンスターも、人の命も、もう戻らない。踏み躙ってきた希望の数も知れず、自分の欲望のままに生きていた。
そんな自分が簡単にやり直せるのなら、とっくのとうにやり直してる。そもそも、自分のことを何も知らないくせに“やり直せる”なんて抜かす目の前のシスターに少し腹が立った。
……だけどどうしてだろう。無責任なセリフの癖に、何故か説得力を感じてしまうのは。
「ハハッ、信じてねぇな?まっ、人生はやり直すのにクソほど時間は掛かるクソゲーではあるが──だからこそおもしれーんだよ」
面白い、だなんて。
自分の人生を振り返っても、そんな感想は一度も抱いたことがなかった。
生まれた時から不条理ばかりで、手を伸ばしたものは何一つ残らない。ようやく掴めると思った希望ですら、最後には指の隙間から零れ落ちていった。
そんな人生のどこが面白いのだろう。
「………私が今更やり直せると思わないけどねぇ」
「何言ってんだ。目の前にきちんとやり直せた品行方正なシスター様がいんだろォが。寝不足か?毛穴開いてんぞ」
「品行方正?カカッ、アンタの辞書は虫に食われてるみたいだ」
実に馬鹿馬鹿しい。こんな犯罪者相手に護衛を頼んだり、やり直せるとか抜かしたりする精神が理解できない。まさしく異常だ。
……もっとも、世界に喧嘩を売って聖女を殺そうとした女が、今更他人を異常扱いするのも違うだろう。ならば同じ異常者同士、そして煙草仲間同士、死ぬまで扱き使われてもいいのかもしれない。
そう思うと、何だか死ぬのが馬鹿らしくなってきた。
星が降る宵闇の中、ライターの灯火と煙草の炎だけが僅かに辺りを照らす。甘ったるいバニラフレーバーと、 爽やかなミントの香りが鼻腔を擽る大地の上で──気付けば、ノアの握っていた拳銃の手は、もう下ろされていた。
これぞハッピーエンド。
後はイチャイチャタイムが続きます。
第三章も執筆予定ですが、未登場の王種といいキャラクターといいモンスターといい多すぎて、最終的な話数が想像出来ません。
怖い(震え声)
R18版も更新されますので、気になった方はポチられてください。
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