進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
アグニから呼び出された。
理由は、一緒に戦ってくれたご褒美が欲しいらしい。特に拒否する必要がなかったので、指定された場所まで歩いてきたのだが……着いた先は、落ち着いた洋館のような場所だった。
所々寂れて壁にヒビも入っている上に、人の気配がない。
アグニはなぜこんな場所に俺を呼んだのだろうか……?
そんな事を考えながら付近を散策していると、近くに墓石を発見した。
近づいてみると、その墓石はひどく古かった。
苔が張り付き、文字の一部はぼやけて読めなくなっている。
それでも、辛うじて残っている刻印があった。
──《愛しの娘、アグニールに幸福を》
「……ふぁ?」
思わず声が漏れる。
愛しの、娘?しかもアグニールと来たら、俺が想像する人物は一人しかいない。
てことは、もしかしてここは……。
「ん、見つけちゃった?」
背後から、いつも通りの軽い声。
驚いて振り返ってみると、そこにはいつも通りニコニコとした顔を浮かべたアグニが立っていた。ただ、姿が違う。
手元には花束を抱え、赤色ではなく白い服を着ている。
「ふふ、驚かせて……ごめんね」
「きゅきゅ」
(いいや、大丈夫だ)
そう答えると、アグニは少しだけ目を丸くして──それから、安心したように微笑んだ。
「そっか、よかった」
アグニは俺の隣に並び、墓石の前でしゃがみ込む。
抱えていた花束を恐る恐る供えると、墓石を取り囲む苔や植物を軽く燃やし始めた。
燃え広がることはなかった。
アグニの炎は、苔や雑草だけを選ぶように舐め取り、墓石そのものには一切触れない。
「私、ね。死ぬ前の記憶が、あんまりないの。覚えてるのは精々、フォスの事とかくらい。あとは、お父さんとお母さんが……すっごく優しかった、のは覚えてる」
炎が消えると、周囲には焦げ跡ひとつ残らなかった。
アグニはそのまま、綺麗になった墓石を眺め続けていた。
「名前も、好きだった食べ物も、好きだった遊びも、全部覚えてない。どこに住んでたかも……ようやく最近思い出したの。
この墓も、死んだお父さんとお母さんの、だと思うんだけど……分かんないんだ」
「きゅきゅ、きゅう」
(そうなの、か)
想像がつかない。いや、想像したくない。
自分の記憶がなくなって、ようやく思い出した頃には家族が死んでいたなんて。
なのに泣くこともせず、ニコニコと笑っているアグニの顔は……心做しか、凄く寂しそうに見えた。
燃えない花を何処かで摘んで来たのだろうか。分からないなりにお墓参りしている彼女の姿を見て、俺の心は穏やかじゃない。
アグニは泣けないんだ。
涙が焔で蒸発するから、泣こうと思っても泣けないんだ。
しかもアグニールという名前自体、モンスター名の様なもので、彼女が死ぬ前の名前はもっと別の名前なんだろう。
違う名前を呼んだ方がいいのだろうか?
「……そんなに難しい顔、しなくて、いいよ」
百面相を浮かべてうんうん唸る俺を見て、アグニは困ったように笑った。
どうやら名前について悩んでいることを察したらしい。
「私、アグニールっていう名前、強くてかっこよくて好き、なの。こんなに沢山のトモダチが出来た私の名前、だから」
「……きゅう」
(……幸せなのか?)
「うん。私ね、今すっごく幸せなの。
ドルマンも倒せて、フォスもメルもいて。ヴェスっていうあの子は好きじゃないけど、モウガンはいい子で……今まで一人ぼっちでトモダチが欲しかった、から。
だから、すっごく幸せ」
そういうアグニの顔は、確かに幸せそうに綻んでいた。
ストーリーが崩壊し、ドルマンに「他人に迷惑をかけるんじゃない!」とキレていた癖に、アグニにもアルマにもフォスにも迷惑を掛けていた俺。
そんな自分が出来ることは、なんだってしようと思っていた。
言わば贖罪だ。
前世で歳を重ねただけの生き方しかしていなかった自分が、出来ることなんてたかが知れてる。それでも出来ることがあれば、何でもしようって。
ストーリーを崩壊させ、俺のせいで本来の道を歩めなかった皆に、罪を償おうって思ってた。
けど……それでも。
フォスとアグニを会わせてよかった。
本来のストーリーで出会うことがなかった二人が会えたことで、アグニが幸せだと感じたのなら、俺の選択肢は間違っていなかった。
今初めて、そう思った。
墓石の前に短い沈黙が落ちる。
風が吹いて、洋館の割れた窓が微かに鳴る。
アグニは手を合わせるでもなく、ただ膝を抱えて座っていた。
祈り方を知らない子どもみたいに。
「……ね」
ぽつりと、アグニが口を開く。
「ここに来た理由、ちゃんと話してなかった」
「きゅ?」
(理由?)
「ご褒美、ここで使っていい?私と一緒、に祈ってほしい」
「きゅきゅう」
(そんなの、ご褒美って言わないだろ。むしろアグニのご両親と会えた俺の方が、ご褒美を貰ったようなもんだ)
恐る恐るといった面持ちで聞いてくるアグニの頭を撫で、俺も一緒に座って手を合わせる。
そういえば、俺が死んで家族はどう思ったのだろうか?……いや、間違いなく悲しんでくれているだろうな。友達も幼なじみも、会社の同僚もきっとそうだ。
でもごめん、もし元の世界に戻れるとしても。俺はきっと今までの俺じゃない。
だから戻ろうと思わない。
ご主人様も、モウガンも、フォスも──そしてアグニも。
俺が生き方を変えてしまった子達がいるんだ。そんな子達を放っておいて、じゃあさよならって言う訳にはいかないだろ?
無責任は大人として一番やってはいけない事だ。
「ありが、とう」
数分くらい祈っていただろうか。
アグニを産んでくれたことへの感謝と、大事な娘さんを預からせて貰っている謝罪の気持ちを込めた。
──静かな時間が、終わりを告げるように。
祈りを終えたあと、アグニはゆっくりと目を開けた。
その瞳はいつもの焔色じゃなくて、どこか柔らかい光を宿している。
「……ね、メル」
「きゅ?」
(ん?)
「なんて祈った、の?」
「きゅーん、きゅいきゅい」
(うーん、いろいろかな)
「そっか。私も……あ、あと、メルが私にとって大事な人、って紹介もした。よ」
「きゅいっ!?」
(ええっ!?)
「ふふ、冗談……だよ」
「んきゅう」
(もー)
「ごめ、んね……ねぇ、メル。お父さんとお母さん、怒ってるかな」
不安そうに、でも冗談みたいに笑う。
その笑顔があまりにも幼くて、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「きゅきゅ」
(大丈夫だろ)
そう言うと、アグニは一瞬きょとんとして、それからくすっと笑った。
「即答だね」
「きゅ」
(だって)
俺は墓石に刻まれた文字を見る。
《アグニールに幸福を》──それは祈りであり、願いであり、親の最後の言葉だ。
「きゅきゅっきゅう」
(こんな言葉、残す人たちだぞ。怒るわけない)
「……そっか」
アグニは小さく頷いて、ぎゅっと膝を抱え直した。
「私ね、今日ここに来て……ちょっとだけ、怖かった」
「きゅ?」
(何が?)
「もし、ここが空っぽだったらどうしようって。
誰にも覚えられてなくて、私が勝手に幸せだったって思い込んでるだけだったら……って」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
代わりにそっと彼女の肩に手を置き、優しく抱き寄せる。
アグニの体は少し震えていた。
「でもね」
墓石を見つめたまま、続ける。
「ちゃんとあった。ちゃんと、私の名前があった。
……違う名前でも、違う姿でも、ちゃんと“私”を見てくれてたんだなって」
焔が、ほのかに揺れた。
涙にはならない感情の揺らぎが、アグニの感情を表しているみたいだ。
今まで一人ぼっちだったアグニを、抱きしめてくれるようなやつはいなかったはずだ。
彼女は強すぎた。
だが心は元の少女となんら変わりない。
友達と遊んで、ゲームして、学校に行って……そんな当たり前の日常を過ごせなかったアグニが壊れなかったのは奇跡だろう。
「だからさ」
顔を上げていつもの笑顔を向けてくる。
ポカポカとした、太陽の春陽のような優しい笑みだ。
「これで、前に進める。私、アグニールとして生きていいんだって、胸張って言える」
「きゅきゅ」
(そう、か)
「……ううん」
アグニは首を振った。
「それじゃ足りない」
そして、少しだけ真剣な顔で俺を見る。
「メルが一緒に祈ってくれたから、だよ。一人だったら、たぶんここで立ち止まってた」
言葉は重い。
けれど、同時に温かかった。
こんなに優しくて、強くて、可愛らしい女の子が俺を信頼してここまで連れてきてくれたんだ。
返す言葉は決まっている。
「きゅ」
(じゃあさ)
俺は立ち上がり、手を差し出した。
「きゅきゅ」
(また、一緒にお墓参りに行こうか)
アグニは一瞬驚いた顔をして、それから──ぱっと笑った。
「……いいの?」
差し出した手を見つめて、アグニは少しだけ戸惑ったように瞬きをする。
けれど、その指先はすぐに俺の手に触れてぎゅっと、力強く握り返された。
「うん、行く。絶対、行く」
ぱっと咲いた笑顔は、さっきよりもずっと明るかった。
焔の揺らぎも、どこか落ち着いている。俺みたいな奴がこんなことを言っていいのか分からないが、大人としての矜恃がある。
守るか守れないかよりも、アグニの笑顔を曇らせたくないという気持ちのままで約束をしてしまった俺は、きっとドルマン以上に悪い奴なのかもしれない。
けど今は、これでいい。
「次はね、もっとお花、たくさん持ってくるの。白いのだけじゃなくて、赤とか、黄色とか……にぎやかなやつ。私の焔に焼けない、強いお花を!」
「きゅ」
(賑やかな方が、喜ぶだろうな)
「でしょ?」
「きゅうきゅ!」
(そうだな。一緒に探しに行くか!)
アグニは楽しそうに頷いて、それからもう一度、墓石の方へ振り返る。
俺と繋ぐ手を離さずに、ぎゅっと思い切り握った。
いつもとは違って、年相応の笑顔を浮かべて。
「行ってき、ます!お母さん、お父さん!」
アグニの声は溶けるように消えていく。
きっと天国の両親にも届いたはずだ。暖かくて優しいアグニのことだから、悩んだり考えたりすることも多いだろう。
ここはゲームのような世界であってゲームではない。
選択肢が出てくる訳でもない。
ただ確かなのは、俺の選択によって笑顔になった女の子が一人増えた。
それだけだ。
洋館を後にする頃には、空は少しだけ茜色に染まり始めていた。崩れかけの壁に差し込む夕日が、ひび割れを金色に縁取っている。
「……ね、メル」
手を繋いだまま、アグニが小さく呼びかけてくる。
「きゅ?」
(どうした?)
「何でも言う事きいて、くれるのって、まだ使ってないよね」
「んきゅ」
俺が頷くようにそう鳴くと、アグニは一瞬だけ足を止めた。
夕焼けの光が、白い服と赤色の髪を柔らかく染めている。
気のせいかもしれないが、焔に揺れる頬が赤らんでいるように見えた。
「じゃあ……使って、いい?」
「んきゅんきゅ」
「ありが、とう」
茜色の空がアグニの焔と混じる。
放っておけば消えてしまいそうなほど儚い彼女は、モジモジと照れくさそうにしていた。
この日のために着てきたであろう可愛らしい白のワンピースが、風によって吹かれて靡く。
焔色の瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。
「私、メルのことが好き」
アグニの死ぬ前の名前は、ハルヒ。
太陽のように眩しくて優しく照らしてくれるような子になって欲しい。そんな願いが込められている。
だがハルヒが死んで数年ほどでアグニールへと転生したため、姿も、力も、存在そのものも変わってしまった彼女を、両親が同一人物だと気付けるはずもない。
それでも。
この墓には「アグニールに幸福を」という文字が刻まれている。
きっと両親が死ぬ前には、アグニールが自分の娘だと気付いていたのだろう。なぜ気付けたのか、という無粋な詮索はしない。
答えは分かりきっているからだ。
ハルヒは──アグニールは、両親から愛されていた。
それだけなのだから。
本編とは別で他キャラとのイチャイチャ編は必要だろうか
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やってくれ、必要だろ!
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やるな、戻れ!