進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
一瞬、頭が真っ白になった。
浴場で滑ったウチは、気づけばメルちゃんの腕の中におって、視界いっぱいに湯気と天井が揺れとる。床とウチの間に割り込む形でメルちゃんが止めてくれんかったら、今頃床に激突しとった。
結果として今は、ウチがメルちゃんの上に乗っかる形になってしまっとる。
「……あ」
間の抜けた声が、勝手に喉からこぼれた。
落ちた衝撃を感じなかった。代わりに感じるのは、しっかりと回された腕の感触と、伝わってくる体温。
なりふり構ってられなかったのか、メルちゃんが手で抑えていたタオルは、気づけば足元の方に乱雑に落ちとった。お陰で互いの素肌同士が触れ合っていて、少し擽ったい。
「……ん」
メルちゃんが、短く息を吐く。
──守ってくれた。
ウチが転んだ瞬間、咄嗟に前に出て、抱き寄せて。
自分は後ろに体重を逃がして、ウチが床にぶつからんように……普通、できる?
同い年やで?
しかも、あんな一瞬の出来事で。
「メ、メルちゃん……!」
慌てて身体を起こそうとしたら、メルちゃんの腕がほんの一瞬だけ、ぎゅっと強くなる。
落ち着け、って言われた気がした。
「……っ」
確かにこのまま立ち上がれば、またコケてしまいそうや。
ウチは立ち上がれるようになるまで、しばらくメルちゃんに抱き締められることにした。
今日会ったばっかりで、転校生同士。
ウチはどちらかと言えば人と話すのが好きで、多分メルちゃんは苦手な方。身長もスタイルもまるで違って、本来なら仲良くなれなさそうなメルちゃん。
でもこの子は、うちを助けてくれた。
「……ごめん、ウチ……」
自分でも驚くくらい、声が小さくなった。
なのにメルちゃんは首を振る。聞こえて欲しいのに聞こえて欲しくなくて、ちょっと複雑な気分やった。
「……ん」
大丈夫、って意味やろな。
ほんまそれしか言わへんのに、ちゃんと伝わってくる。パッと見はクールやけど、それ以上に感情が豊かなんやろうな。
いつもより近い距離で、端正な顔を眺めながらそう思った。こうして見ると、毛穴も無駄毛もまるでない。肌もスベスベで、小さい頃に触ったスライムみたいにぷにぷにやった。
紅くて綺麗な瞳は暖かみを帯びていて、全部見透かれてしまいそうな危うげな魅力を放っとる。耳に嵌められたピアスも、高い鼻も、歯並びのいい口元も、ずるいくらい整っている。
嫉妬する……なんて事はない。
むしろメルちゃんの事を、もっともっと知りたいってウチは思う。
「……なぁ、メルちゃん。その、ウチ……聞きたいことあるんよ」
「ん?」
──きっと今のウチは、湯船の熱と湯けむりで逆上せてる。
聞かなくてもいいことをわざわざ聞くんやから、いつものウチやったら躊躇ってたはずなんやけど。熱に浮かされた今のウチには、そんなこと関係なかった。
聞きたいこと。ひいては、気になること。
それは。
「首の……それ、キスマークやったりする?」
メルちゃんの首にある、赤い斑点。
いつもより圧倒的に近い距離で見ると、虫刺されじゃないことがハッキリと分かってしまった。
付き合ってる人がいるとかなら分かるけど……そんなものじゃない気がする。だって、付き方が違うんやもん。形というか、吸い付き方というか、まるで“一人から付けられた訳じゃない”、みたいな。
まぁ、二人とか三人から付けられましたってメルちゃんから言われたところで、初対面で仲良くなった(と思いたい)ウチには、とやかく言う権利はない。
やけどなんて言うんやろな。
こんなに可愛くて素敵で優しいメルちゃんが、他の男子からキスされたり手を繋いでたりするのを想像すると……ちょっと嫌な気分になるんよ。
勇気が出ないウチを教室の中に連れて行ってくれて、ペンも貸してくれて、今もまた助けられとる。どんだけなんよって感じ。
初対面なのに一日三回やで?
「……んふ」
小さな声と一緒に、メルちゃんの口元がほんの少しだけ緩んだ。
びっくりするくらい、柔らかい笑い方やった。さっきまでの静かな表情と同じはずやのに、どこか悪戯っぽくて少しドキッとしてまう。
「……ん」
メルちゃんは自分の首元に指を添えた。赤い斑点を隠すでもなく、誤魔化すでもない。何も言わずに綺麗な首元を見せたまま、ニヤリと笑みを浮かべている。
動揺するウチ。
そんな情けない自分を見てメルちゃんは挑発的に笑った。そして何を思ったのか、柔らかな人差し指がそっとウチの唇に触れる。
一瞬だけ。瞬きと同じくらいの一瞬だけ、思考が完全に止まった。
……え、なにこれ。
こ、こんなんじゃまるで……恋人みたいな距離感やんか!
しかも間違いなく、メルちゃんはワザとやっとるよな?だって悪い顔しとるもん!
「っ……!?」
「んふ」
声にならん声が喉の奥で引っかかる。
熱のせいか、湯気のせいか、それとも別の何かか分からんけど、心臓がやたらとうるさい。その癖にメルちゃんは何も言われへん。口パクで「ひ・み・つ」って言って、ただ指を当てたままじっとウチの顔を見てる。
……うっ、顔が良いわこの女ぁ!
なんで見られてるこっちが恥ずかしくなるんよ!?
顔が見られんくて、重なるようにメルちゃんの首元に倒れ込んだ。気のせいかもしれんけどいい匂いがする。気づけば倒れ込んだウチの頭を、メルちゃんが優しく撫でてくれた。
恥ずかしい……なんやろう、この気持ち。
恥ずかしいのは確かやのに、嫌やとか、離れたいとか、そういうのは全然なくて。ただ──そう、安心する。
頭を撫でられとるだけやのに、さっきまでドタバタしてた心臓が、少しずつ落ち着いていくのが分かる。
「……もう大丈夫やで、イスフィ」
……言われてへん。
でも、そんなふうに言われた気がした。
「はふぅ」
思わず、力が抜けた。
あ、あかん。これ完全に甘えてしまっとる!
自分でもびっくりするくらい、ウチはそのまま少しだけ身を預けてしまっていた。今日会ったばっかりの転校生やのに、関係値がまだ気付けていたいウチがここまで心を許してしまうとは、全く思わんやった。
「……なぁ、メルちゃん」
返事はない。
ただ撫で撫でが上手すぎて、さらに力が抜けていく。
「……優しすぎひん?」
何度も言うわ。
助けてくれて、黙って支えてくれて、変なこと言うても怒らんで、からかうくせに、ちゃんと距離は守ってくれる。
ずるいやろ、それ。
もしメルちゃんが男の子やったらウチ──。
「……ん」
肯定とも否定ともつかん、いつもの一音。
それがなんやかんや一番メルちゃんらしくて、
ウチは小さく笑ってしまった。
「……あー、もう。ホンマ調子狂うわ」
そう言いながら、ようやく身体を起こす。
今度はちゃんと足元を確認して、転ばんようにゆっくり。
メルちゃんも一緒に起き上がって、何事もなかったみたいな顔で、タオルを整える。
そのメルちゃんの持つタオルの隙間から、何かの赤い紋様が見えた。
「ま、まじか」
「ん?」
怪訝な顔でメルちゃんが首を傾ける。
「い、いや!何でもないよ!?ちょっと目の錯覚っていうか……そう、湯気!湯気が変な形に見えたんよ!うん!」
めっちゃ苦しい言い訳やとウチも思う。
翻ったタオルから垣間見えたのは、何かのタトゥーやった。赤いハートみたいなのが、オヘソに被さる形で存在を主張しとった。
タトゥー……何やろか?
どちらかと言うと、モンスターによくある紋様みたいな形やった気がする。色と形的に、めっちゃスライムっぽい。
まさか、な。
……まぁ結局、何だっていいんよ。
そういう秘密が多いところも、メルちゃんの魅力やと思うし。
「なぁ」
歩き出す前に、ウチは振り返った。
「今日はさ、ありがとうな」
ちゃんと、目を見て言う。
メルちゃんは一瞬だけきょとんとして、それからほんの少し、困ったみたいに笑った。
「……ん」
返事はやっぱりそれだけ。
やのに胸の奥が、ちょっとあったかくなる。
「ほな、行こか。のぼせる前に」
「ん!」
そう言ってウチが湯船の方へ向かうと、すぐ隣にいつもの距離でメルちゃんがおった。さっきより、ほんのちょっとだけ近い気がするけど……気のせいなんやろうか。
でも。
今日のこの出来事は、たぶんウチ、忘れへんと思う。
首の赤い斑点も、綺麗なピアスも、メルちゃんの温もりと柔らかさも──そして、スライム種みたいな真っ赤なタトゥーをオヘソに入れとることも、ウチは忘れられん。
それと一つわかったことがある。
──ウチはもしかすれば、女の子が好きなんかもしれん。
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