進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する   作:霧夢龍人

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過去最長です


どうやら俺はママになったらしい

 

桜の夢。

どこか懐かしく、そして囚われてしまいそうなほど甘い匂いがする……そんな夢から目覚めたイスフィは、誰かから呼ばれている感覚を拭えないでいた。

 

「なんなんや、さっきの夢は……」

 

一限は終わった。

次の授業はヴェスティ先生の座学。だが今のイスフィにとっては、教壇のスクリーンより、まぶたの裏に焼き付いた桃色の景色の方がずっと鮮やかやった。

 

桜が咲き誇る一面桃色の世界。足元は花びらでふかふかしていて、歩くたびにふわっと甘い匂いが立つ。そこで一人立っていた着物の少女。髪はイスフィと同じ桃色で、肩まで伸びる綺麗なボブカット。

 

顔は見えてるのに、どこか輪郭だけが曖昧で、見れば見るほど「分かりそうで分からへん」不思議さが残る。

 

『待ってる』

 

『水に邪魔をされてもね』

 

「……どーゆーことなんや。いきなりこんな夢見せられても、ウチじゃ何も出来んよ」

 

口の中で少女の言葉を反芻すると、喉の奥が少しだけ乾く。

夢は夢、そう思いたいのに、鼻の奥に残ってる甘さが現実にしがみついて離れない。

 

机に頬杖をついたまま、イスフィはこっそり鼻を鳴らした。

 

……やっぱり、匂いがする気がする。

 

隣の席ではリリアが心配そうに顔を覗き込んでいた。いつものふわふわした笑顔に見える。

 

「どしたの?大丈夫?イスフィちゃんの眩い笑顔がないと、私闇に堕ちちゃうよ?」

 

「そんな闇堕ちするキャラみたいな……いや、ちょっと変な夢見てな?」

 

「……なるほど、ごめんね邪魔して。そういうお年頃だもんね、うんうん」

 

「優しそうな顔で距離とんなぁ!?あと厨二病ちゃうわ!」

 

イスフィが小声で抗議すると、リリアはくすっと笑って両手を合わせた。ふざけてるようで、ちゃんと聞く姿勢のときの癖だ。

 

イスフィとリリアは会って間もないが、互いの癖が分かるくらいには仲が良くなっている。

 

「冗談だよ。でも、本当に顔色よくないよ? 夢って、どんなのだったの?」

 

「うーん。桜がな、めっちゃ咲き誇っとって……そこに着物の女の子がおってな」

 

イスフィは言葉を選びながら続ける。

 

大げさに聞こえたら嫌だが、隠すのも違う気がする。なにより、あの夢は“ただの夢”と片付けるには妙に手触りがあったからだ。

 

「“待ってる”とか、“水に邪魔されても”とか言われて……意味わからへんやろ?」

 

「……桜と、水」

 

リリアの表情がほんの少しだけ変わる。笑ってはいる。口角も上がってる。けど視線が一瞬だけ遠くを見るように揺れて、まるで頭の中で何かを確かめるみたいに止まる。

 

しかしイスフィは気づかない。

気づける余裕がないくらい、イスフィの頭の中は夢の甘い匂いと、訳の分からん言葉でいっぱいだった。

 

「でな、あの匂いがまだ残っとる気がするんや。甘い匂いなんよ。それがなんか、頭の奥に引っかかる感じで……」

 

イスフィは指で自分のこめかみを軽く叩く。叩いたところで取れるわけやないのに、そうでもせんと落ち着かへん。

 

リリアは一度だけ瞬きをして、いつものテンポに戻した。

 

「……なるほどねぇ。夢って、心が疲れてるときに強く出ることもあるらしいよ。イスフィちゃんの場合は、だーいすきなメルちゃんが帰ってこないから、それで変な夢見ちゃったのかも?」

 

「なっ、そ、そんなわけないやろ!」

 

「あはっ、図星だぁ〜〜!」

 

イスフィは勢いで否定するが、頬が熱くなる。

否定しきれない自分に腹が立つし、メルが戻ってこんのが心配なのは本当だが、あの夢はそれだけで説明できそうにない。

 

リリアは可笑しそうにくすくすと笑って、それから急に、すっと笑いを引っ込めた。机の上で組んだ手の指先に、少しだけ力が込められているのが分かる。

 

「……イスフィちゃんさ。もしどっちか選ばなきゃいけないとしたら、何を基準にする?」

 

「は?」

 

唐突すぎて、イスフィは目を丸くした。教室のざわめきも、廊下を歩く足音も、その瞬間だけ遠のいた気がした。

 

「だってさ。夢の中の子が本気で呼んでるとしても、イスフィちゃんがどうするのか言わなきゃ、何も始まらないでしょ?」

 

言い方は軽い。いつものリリアみたいに優しい。

でも本気で呼んでるって言葉の重みがあって──まるで、イスフィの夢の中身を知っているような、そんな有り得ない考えが浮かんだ。

 

いや、何を考えとるんやろなウチ。

訳分からん夢の内容を知っとるって、そんな訳ないのに。

 

と、余計な考えを逸らし、イスフィは腕を組んで唸った。

 

「……うーん分からんなぁ。どうするのかって言われても、ウチは一緒に居て楽しい方を選ぶと思うし」

 

「へぇ」

 

リリアは柔らかく笑う。

 

「いい基準だと思うよ」

 

リリアがそう言って笑うと、教室の空気がわずかに澄んだ気がした。イスフィの鼻の奥に残ってた甘い匂いも、気づけば薄れていく。

 

それに気付いたイスフィは鼻をひくつかせ、疑問符を浮かべた。

 

「……あれ? さっきより匂いせぇへん」

 

「落ち着いたからじゃない?不安って、匂いとか音まで大げさに感じさせるし」

 

さらっと言って、リリアはノートを閉じる。ちょうどチャイム前で、教室が次の授業に向けて準備し始めるタイミングだった。

 

たがイスフィは、ノートの文字より夢の方を選んでしまう。

 

「うーん……よし、決めた!ウチ探してくるわ!これがただの夢やって、その場所に行っても何もなさそうなら、ウチのことちゃんと笑ってな?」

 

「任せろ!行ってこーい!」

 

リリアは胸を張って親指を立てる。

いつもの調子で返してくれるから、イスフィも少しだけ安心して、教室のドアへ手を掛けた。

 

──と、そのとき。

 

イスフィの頭の中で、昨日の夜のことがふっと引っかかった。

 

三人で寝ようとしていたし、布団も確かに並べた。寝る前に話もした。

でも途中で目が覚めたとき、リリアだけがいなかった。

 

「あ、てか一つ聞きたいんやけど──昨日の夜、どこおったん?三人で寝たつもりやったのに、途中起きた時にはリリアちゃんだけおらへんかったやん」

 

リリアは一瞬動きを止めた。

本当に一拍。瞬き一回分くらいだ。

 

それからいつも通りの笑顔を作る。

作る、って言い方が一番しっくりくるくらいきれいに整った笑顔に、少しの胸騒ぎをイスフィは感じた。

 

「ん? ふふ、ちょっと会わないといけない人が二人いただけだよ」

 

「二人?」

 

「うん。いろいろ、ね」

 

言葉を濁された。

事実は隠していないが、内容については話すつもりがなさそうだ。

 

それが逆に気になる。

しかし触れる訳にはいかない。せっかく作れた友達を無くすのが怖かったからだ。

 

「だから今日はメルちゃんも含めて一緒に寝ようね♡」

 

「……なんか寒気したわ」

 

イスフィは冗談混じりに肩をさすった。

声色は変わらないものの、触れて欲しく無さそうなリリアの雰囲気におどけて誤魔化した。そうするしか無かった。

 

「失礼だよ!?」

 

リリアはぷくっと頬を膨らませる。可愛い。

いつものリリアだと、そう思いたい。

 

後ろ髪を引かれる思いで、イスフィは歩き出した。

 

『ボクはこっちだよ、イスフィ』

 

自分を呼ぶ誰かに誘われて。

 

 

 

───

 

 

 

一方、メル達はと言うと……。

 

「ふふん、中々乗り心地がいいじゃないか」

 

「ん……」

 

アマネがメルの“肩”に跨っていた。

 

と言っても、もちろん人通りが多い場所じゃない。あまり人が来なさそうな廊下をメルがアマネを担いで、教室へ向かっている最中だ。

 

一般科とモンスター科の教室は離れているものの、楽しそうにしているアマネに何も言えない(んきゅ!しか喋れないが)メルだった。

 

(なんか……妙に懐かれたな)

 

こうなった経緯を簡単に説明すれば、かなり身長が高いメルに対して「おい、身長が高すぎるだろ。私を見下すな」と暴論をかましたアマネがめんどくさかったからだ。

 

最初は抵抗されたが、ものの数分で懐柔された。

 

一方でメルの方も、肩車している最中で「もしかして俺、未成年を肩に担いでる事案スライムなのでは?」と冷や汗を流し始めた。

 

アマネは腕を組み、堂々と顎を上げている。泣いていた痕跡はもうない。さっき空き教室で見せた弱さを、まるで最初から無かったことにするみたいに背筋が真っ直ぐだ。お陰で柔らかな太腿の感触がはっきりと伝わってしまうし、柑橘系の爽やかな香水の香りが鼻腔を擽る。

 

もしかしてこれって、ご主人様に対する浮気なのでは?

 

とメルは今更ながら思った。

 

「……む、おい。歩くのが遅くなってるぞ」

 

「う……」

 

文句が多い事だ。

乗せといてアレだが、乗せなくてもきっとめんどくさい事を言われているだろう。アマネの低い身長も相まって、気分は子どものお守りだ。

 

(ご主人様は別だが、子どもはあんまり好きじゃないんだよなぁ。例えばあん時は……あん時……アレ?なんで俺、子ども苦手なんだっけか?)

 

過去のことを思い出そうとしてみるも、朧気なことしか思い出せないメル。しかしそのことを知らないアマネは、太腿でガシガシとメルの首を強く挟んで、早く歩けと急かす。

 

結局、メルは足を動かし、自身の過去を思い出すのを辞めた。

 

既に一限目の授業は終わっている。

この光景を誰にも目撃されないことを祈りながら、メルは先を急いだ。

 

 

 

───

 

 

 

イスフィは声のする方へと歩いていた。

近付けば近付くほど声が大きくなり、怖さよりも興味が勝る。人通りが少なく、誰かと出くわすことはなさそうだ。

 

『こっちだよ』

 

声は旧校舎の方まで続いていた。

 

「こっち、やんな……?」

 

トン、トン、と自分の足音以外は何も聞こえない。

僅かな埃が舞い、本当にこんな場所から声が聞こえてくるのか疑問に思った。

 

その矢先──。

 

「……ぉ……げ……」

 

誰かの声が響いた。

自分を誘う声とは別の、はっきりとした声だ。

 

「誰や?今の時間に旧校舎って……ちょ、ちょっと怖いやないか」

 

いつもは元気満々なイスフィの桃色のアホ毛も、今はシナっと垂れ下がっている。

 

廊下をゆっくり歩きながら、声のする方向へと近付くイスフィ。誘う声とは違った怒りの籠った声のため、もしかしたら危険人物なのかもしれない。

 

トン、トン、と軽快な足音。イスフィのものではない。

 

──いる。間違いなく誰かが。

 

曲がり角を曲がればすぐに出くわせそうな距離感だ。

角から伸びる影は大きく、二メートルはありそうである。上の部分(頭だろうか)は揺れ動き、腕はないように見える。

 

影から見る情報からして、明らかな化け物だ。

 

「……ウチ、死んだわ」

 

息を殺し、恐る恐る廊下の角から化け物の正体を、スマホを使って撮影しようとして──気付いた。

 

そこにいたのは、見慣れた長身の人影。そしてその肩の上で、腕を組みながら偉そうにしている低めの身長をした学生。

 

スマホの情報が間違ってなければ、どう見てもアマネを肩車しているメルにしか見えなかった。

 

「……は?え、ちょっ、まじで?」

 

イスフィの思考が一瞬止まり、慌てて角から身を乗り上げた。化け物だと思っていた影が、まさかこんな妙ちくりんな二人の姿だと思わなかったからだ。

 

アマネはイスフィを見るなり、眉を上げた。

 

「なんだお前は。こんな場所で何をしている」

 

「いやそれウチのセリフやけど!?」

 

イスフィは思わずツッコむ。

そしてじろりと視線を下に向けた。肩車しているメルは、気まずそうに瞳を泳がせている。

 

「……てか、メルちゃんはなんで肩車しとるん?」

 

メルは視線を逸らした。

 

「ん」

 

「ん、やないわ!つかアマネさんもなんで肩車を普通に受け入れてんねん!」

 

イスフィからすれば、今の感情はとんでもなく複雑である。モウガンと一緒にどこかへ行ったかと思った友達が、次に会った時にはアマネを肩車しているのだから。

 

普段なら可愛いと思ってしまうメルの無口さも、今はどこか憎らしい。

 

状況が分からないイスフィにとって、何がどうしてこうなっているのか説明が欲しかった。

 

「ふん。私が見下ろす位置にいるのが気に入らなかっただけだ。高すぎるのが悪い」

 

「それで肩乗るってどういう理屈やねん……」

 

(……どうしよう、説明されても全く意味がわからん。これウチが悪いんかな)

 

と、とうとう自分がおかしいんじゃないかと思い始めたイスフィ。安心して欲しいが、全くもって彼女の反応は間違っていない。

 

しかしイスフィの隣にはそれを否定してくれる人がいないため、勝手に追い込まれていた。

 

暫くの思考の末、イスフィはメルの方へ一歩近づく。

 

「……てかさっき、なんか変な声聞こえたんやけど」

 

「変な声?」

 

アマネが首を傾げる。

 

「ぉ、げ……みたいな」

 

イスフィが再現すると、アマネは顔をしかめる。

 

「それは私だ」

 

「は?」

 

「おい、急げと言った。さっきこいつの歩く速度が遅くてな。揺れて気持ち悪くなった」

 

「おい、ウチの恐怖心返せや」

 

「それよりお前、身長高いくせにメルというのか。中々可愛い名前じゃないか、気に入った」

 

「ん」

 

「勝手に話進めんでくれん?……はぁ、もうなんなんアンタら」

 

呆れてため息が零れる。

だがそれでも、当初の目的を忘れていない。

 

イスフィは自分を誘う声の主を探しに来たのだ。

 

『変なのに邪魔されたね、ボクはこっちだよ』

 

心なしか呼ぶ声も困惑している……ような気がする。

メル達を変なの扱いしている時点で、好感度は高くなさそうだ。

 

「そういうお前こそ、なぜこんなところにいる?」

 

「ウチ?……ウチな、誰かに呼ばれててん。その人……人?を探さないかん気がして、ここまで来たんよ。んで、この辺からモンスターの気配がして、今に至る感じやな」

 

「ほう、呼び声か──ならばそいつはきっとモンスターだろうな」

 

「……モ、モンスター?なんでそんな事がわかるん」

 

モンスターという響きに、ゾワッと背筋が凍る。

聞いといて何だが、なるほど確かに。寝ている人間に夢を見せて呼ぶなんてこと、モンスター以外に誰か出来るのだろうか。いやむしろ、なぜその可能性を考えられなかったのか。

 

いや待て、考えられなかった?まさか……。

 

イスフィの疑問は尽きない。

 

「単純だ。そんなことを出来るのは、比較的高次のモンスターしかいない。しかしお前、“察し上手(ミラマリア)”でも持っているのか?モンスターの気配が分かるなどと」

 

「まぁ、確かにな。けど察し上手(ミラマリア)なんてのは知らんなぁ。それに簡潔に言えば、強いモンスターがウチを呼んでるってことやろ?」

 

「……むぅ、まぁそういうことだ。しかし危険だぞ。あまり警戒せずに向かうのは、相手が高次のモンスターだと想定せざるを得ない以上、無策がすぎる」

 

アマネは肩の上から腕を組んだまま、真面目な顔で言った。

その言い方は偉そうだが、内容は正論だ。

 

イスフィは一瞬だけ口を噤む。

 

「……せやな。ウチも、ちょっと軽率やったかもしれん」

 

甘い匂いに引っ張られて、ここまで来た。怖さより好奇心が勝ったのは事実。だが夢で呼ばれたからって、素直についていくのは危険極まりないだろう。

 

しかし。

 

「なら引き返せ。教師に報告してから動くのが筋だ」

 

「……それは、なんか違う気ぃするんよな」

 

それ以上に強いモンスターが欲しい。

 

イスフィは眉を寄せた。

 

声に従う理由は山ほどある。もし本当に高次のモンスターなら、教師を連れてきたところで逃げるか、暴れるかのどっちかだろう。

 

それに。

 

『ボクはこっちだよ』

 

耳の奥で、また声がする。甘くて、どこか寂しそうな声だ。

 

「……悪い子には、聞こえへん声やと思うんよ」

 

ぽつりと、イスフィは呟いた。

 

「何だと?」

 

「呼ばれてるんは、ウチや。教師でも、アマネさんでもない」

 

そして、ちらっとメルを見る。

 

「……メルちゃんでもない」

 

メルは小さく瞬きして、大きく頷いた。

 

「ん」

 

短い返事だが、イスフィには「その通りだよ」と言われた気がした。その感覚は間違っていないのか、メルはイスフィの手を繋ぐ。

 

そして胸元に手を手繰り寄せ、優しく微笑んだ。

 

「一緒に行こう」──そう言われた。気のせいじゃなく、確信を持って言える。とは言え一緒に行きたいと思ってくれるのは嬉しいイスフィだが、大きく柔らかな胸の感触にドギマギしてしまうのも、やはり好奇心旺盛な学生と言うべきか。

 

いつの日か学生の“欲”を甘く見積もったメルが、イスフィに理解(わから)される羽目になるのだが、それは別のお話だ。

 

「ふふ、どうやらついて行きたいようだな、メルよ。まぁ?私も着いていってやらんことも無い。最強の私のパートナー達も、指輪でいつでも呼び出せることだしなぁ!」

 

ついでにアマネも乗り気のようだ。

 

「……ほな、決まりやな。ありがとう、二人とも」

 

イスフィは深く息を吸う。

甘い匂いがまたほんのりと強くなり、さっきよりはっきりしている気がした。しかも鼻の奥だけじゃない、胸の奥に直接流れ込んでくるみたいな感覚だ。

 

メルの手は温かい。

しっかり握られているのに、締め付ける感じはない。逃げ道は残してくれている。

 

それがとても心強い。

 

「それじゃあ、行くで!」

 

 

 

───

 

 

 

「うーん、こっちの方かいな?」

 

先を歩くイスフィから桜の匂いがする。

夢に潜入できる能力を持つ花……正確には桜の特異個体の方を、イスフィは選んだようだ。

 

そうなれば敵対するのは、アグニールと相性の悪い(ミズ)の特異個体だ。桜がイスフィ側に着くとしたら、敗北する未来は見えない。

 

俺としては邪魔をする訳にもいかないので元気付けただけなのだが、俺の手を握ったまま嬉しそうに探すイスフィを見ると、励まして良かったと思わざるを得ない。

 

……まぁイスフィが主人公な以上、最悪命を落としかねないストーリーに巻き込まれてしまうのは確定しているため、本当にこれで良かったのか?と考えてしまうが、俺が傍観者になる必要はないからな。

 

桜を選ぶに伴い、これから正体を隠す必要もなくなって来るとは思うが、そこはご主人様と要相談だろう。

 

「む、あれじゃないか?あのふわふわ浮いているやつだ!」

 

「え?どこ……ってアレか!」

 

右手をイスフィに引っ張られ、アマネの太腿で顔をむぎゅっと潰されながら走らされる。場所は旧校舎の裏庭であり、桜の特異個体が封印されている場所と酷似していた。

 

ちなみこんな危険なモンスターをなぜ裏庭に、誰が、どんな手段で封印したのかは分かっていない。

 

ひたすら走り、ふよふよと漂っているらしいモンスターを追う。身を乗り出しているアマネのせいで前が見えないため、イスフィの動きを頼りに進むしかない。

 

……てか、桜の特異個体ってふわふわ浮いてたっけ?

 

そんな俺の疑問は、どうやら数秒もせずに理解させられる羽目になった。

 

「へへ、追いついたでワレェ……ウチを呼んで置いて逃げるなん……て……」

 

「……うぅむ、アレはどう見ても」

 

視界を塞いでいた手が離れる。

会話が止まり、絶句している二人をよそに目を開けた俺が目にしたのは──。

 

「うへぇ、僕は悪いスライムじゃないよぅ」

 

流線型のスタイリッシュなフォルムに、ふわふわとした弾力を兼ね備え、白いパタパタした翼を兼ね備えた──もはや懐かしいとすら感じる、“チビスラ”だった。

 

てかなんだコイツ、喋ってるんだが!?

こんなキャラ、2じゃ全く出てこなかったぞ!?

 

しかもいかにもネームドキャラですよ、みたいなセリフを吐きやがって……そもそも、桜の特異個体はどこなんだ。イスフィを選んだんじゃないのか?

 

と疑問に思うよりも早く、イスフィがチビスラに飛び込んだ。

 

「なんっやオマエー!めっちゃ可愛いやないかー!ウチを呼んだのはアンタやろ?中々見る目あるやん!」

 

「喋るチビスラとは恐れ入った。特異個体……いや、普通種から分岐進化した“特殊個体”だな」

 

「なんなの、僕の周りを囲まないで!酷いことするんでしょ!エロ同人みたいに!」

 

「は、はぁ?んなわけないやんか!」

 

「下世話なスライムだな……」

 

……この世界にエロ同人があることが確定した貴重な瞬間を、まさかこんな場面で知るとは思わなかった。

 

エロ同人、あるんだな。

てかこのチビスラ、エロ同人知ってるんだな。

 

イスフィもアマネも知っているっぽいし、ちょっと興味が出てきたが、今はそれどころじゃない。どう見ても桜の特異個体ではないし、こんなに強引じゃ流石にパートナー契約なんて出来っこ──。

 

「ええからさっさと……契約せんかい!」

 

「ひぎゅっ!?」

 

──出来っこない……よな?あれ、何かイスフィが全力で抱き締めてるだけなのに、あのチビスラ顔が蕩けてる気がするんだが?

 

いやいやそんなまさか、なぁ?

 

「オラァッ!」

 

「うっ!……なります!ならせてください!」

 

「……こんな脳筋なパートナー契約、私初めて見た」

 

「ん」

 

パートナー、なっちゃった。

 

正確には飼い主の血をモンスターに与えなければいけないため、正式なものじゃなくあくまでも(仮)だが、ほぼほぼパートナー化に成功している状況である。

 

「ふっふーん、やってやったでぇ!」

 

「うぅ……僕、ニンゲンコワイ」

 

気のせいか、今の俺にはどっちがモンスターなのか区別が付かなかった。雌のチビスラの紋様があるため、女の子だと思うのだが、こんな熱烈なハグを受けようとは流石に分からなかっただろう。

 

可哀想だし、撫でておくか。

 

ん……(よしよし)

 

「っ、なんだお前!お前も僕に──あひん」

 

即落ち二コマである。

同じスライム種である以上、どこが気持ちいいのか知らない訳がない。まぁ、撫でるのが上手すぎるご主人様に開発されてしまったから、知ってるだけなんですけどね、ハハッ!(白目)

 

女子高生に開発(意味深)されるおっさんとはこれ如何に。

 

何てボヤキをしつつ、ふわふわトロトロに溶けてしまったチビスラを胸元に抱いて、優しく撫で続ける。

 

暫く撫で続ければ、そこには半ば液体と化したスライムが俺の胸元に張り付いていた。

 

「……ふぁ……もしかして、お姉さんって……僕の近縁種?」

 

んんぅ(違う)

 

「でもなんか、僕よりも上位者なけは──あぅ!」

 

喋ろうとする口を黙らせ、徹底的に快感を叩き込んだ。

 

スライムに快感を教える美少女って、普通逆じゃないじゃないですかねぇ……というツッコミは野暮である。

 

「……メルちゃんって、モンスターを手懐けるのこんなに上手いんやな」

 

「おい、メル。チビスラの粘液がふくらはぎに掛かって擽ったいぞ。少しは加減してやれ」

 

「ん」

 

肩に居座るアマネにお叱りを貰いながら、撫で続けること五分後。俺のありとあらゆる技術を詰め込んだなでなでによって、物の見事に屈服してしまったチビスラがいた。

 

もはや原型を留めていない。

 

ちなみに俺もご主人様に撫でられ続け、限界を超えてしまうと液体になってしまう。軽くホラーだ。

 

「う……いぁ…」

 

どうやら言語機能も麻痺してしまったらしい。

 

「な、なぁ、これちょっとやり過ぎちゃう?なんなら溶けたスライムのせいで、メルちゃんの服ちょっと服透けてんで……く、黒いえっちな下着が見えるから隠しとき!」

 

「なんでお前はそんなに照れてるんだ」

 

心配そうな顔で、ちょっと頬を赤らめながらチラチラとこっちを見てくるイスフィ。

 

翻って、チビスラはピンク色の身体を仄かに点滅させながら、徐々に溶けだした身体を元に戻していく。逆再生のように見えるので、少しグロい。

 

数秒ほど経てば、元の姿でフワフワと浮いているチビスラが。そしてイスフィと俺の元へ来たかと思うと、真ん丸な目を輝かせてこう言った。

 

「──僕、わかったよ。パパ、ママ」

 

「パパァ!?」

 

「ん!?」

 

「平らなお胸でハグが苦しい人がパパで、柔らかくてエロ同人に出てきそうなのがママだよね!」

 

そう言った次の瞬間にはイスフィの張り手がチビスラにめり込み、学校の壁に叩き付けられた。

 

「だぁーはっはっは!よく言ったぞチビスラァ!」

 

肩の上のアマネは、手を叩いて笑っていた。

 

そしてやはり次の瞬間には、鋭い瞳で自身を見つめるイスフィの瞳に怖くなったのか一気にしおらしくなってしまう。

 

 

 

拝啓。父さん、母さん。

──俺はどうやら、異世界でママになったらしいです。

当作品で何を楽しみたいか(これからの参考にさせていただきます)

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