進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
校舎の方角から、腹の底に響くような爆音が鳴り響いた。
地面がびりりと震え、窓ガラスがかすかに軋む。
その衝撃に思わず視線を上げた瞬間、周囲の空気がざわめいた。
エリナスを抱きかかえたまま周囲を見回すと、あちこちから悲鳴が上がっている。
生徒たちの叫び声、教師の怒号、何かが崩れるような音。
校舎の向こうから立ち上る混乱が、ここまで波のように押し寄せてきていた。
そして──。
鼻先をくすぐるように、ほのかな花の香りが漂う。
甘く、柔らかく、しかしどこか不気味な匂い。間違いない、桜の香りだ。
ゲームでは、桜の王種──オウヒが現れる際に発生する現象だったはずだが、どうやら完全に動き出したらしい。
アグニールの弱点は桜属性。そんな相手と正面から敵対するのは出来れば避けたい上、ここからさらに“淵”とも敵対する可能性を考えれば、状況は最悪に近い。
そう考えている最中に、ふと頭の中にモウガンから言われた言葉が思い浮かんだ。
『その未来で死ぬのは、あなただそうよ』
確かに、これなら俺も普通に死ぬ可能性がある。
俺が弱い訳ではない。自分なりにそこそこ強くなった自覚はあるんだ。だが、それでも所詮は三次進化。王種とはいえ、五次進化した一般モンスターにすら敗北する程度の強さしかないだろう。
この戦場に立つには、あまりにも力が足りない。
「な、なんや!?どっか爆発したんか!?」
慌てた声を上げたのはイスフィだった。
彼女はきょろきょろと周囲を見回し、状況を理解できず狼狽している。
その横で、アマネが呆れたように鼻を鳴らした。
「そんなわけないだろ、戯け。どう考えても桜の王種とやらの仕業だ」
冷静な声だった。
だがその瞳の奥には、わずかな緊張が宿っている。
その間にも桜の香りは濃くなっていく。まるで空気そのものが花弁で満たされていくようだった。
そして。
強ばった顔をしたご主人様とアグニールが、爆音の聞こえた方角を見据える。
「アグニ、行こう」
短く、しかし迷いのない声。
「う、ん」
アグニールも頷いた。
どうやら止めに行くつもりらしい。
ならば、俺もこうしてはいられない。王種のどちらともパートナー契約をしないというストーリーガン無視の選択をイスフィが取った以上、こういう事態になるのは最初から分かっていた。
むしろ、まだ軽い方だ。
この先にはラスボスだって控えている。
ここで桜の一体くらい倒しておかなければ、話にならない。
だから俺も──。
前へ出ようとした、その瞬間。
「メルは残ってて。私たちが鎮圧するから」
「んきゅ!?」
思わず変な声が出た。
(なんでだ!?)
思い切り抗議の視線を送る。
だがご主人様は優しく微笑んだだけだった。
「この子たち、を守って、あげて」
その言葉に、俺は言葉を失う。
「……きゅきゅあ」
(……それはそうだけど、でも!)
俺たちのやり取りを見て、イスフィとアマネが不思議そうな顔を浮かべていた。
まあ、当然だ。今までずっと、俺がスライムだということは隠していたんだから。だが今は、そんなことを気にしている場合じゃない。
オウヒによって誰かが死ぬかもしれない。
そんな時に、くだらない芝居を続けている余裕なんてあるわけがない。それに確かに俺一人では桜には勝てないが、戦う人間は一人でも多い方がいい。
それは間違いないはずだ。
だから──向かおうとするご主人様の袖を掴む。
引き止めるつもりはない。
ただ、それでも。
「大丈夫」
ご主人様は静かに言った。
「私たちのアグニは強いから。他の先生方もいるしね」
そう言って、安心させるように微笑む。
「まか、せて。でも帰ってきた、らご褒美……ほしい」
アグニールも小さく笑った。
その言葉に、俺は掴んでいた袖をゆっくり離す。俺の役目は決まった。いつまでも子どもみたいに行って欲しくない!と駄々を捏ねるのが仕事じゃない。
イスフィとアマネを守ること。
イスフィが狙われている以上、敵はどんな手段でも殺しに来るだろう。
アマネだけ逃がすのも悪手だ。桜の攻撃に巻き込まれれば、対応もできずに死ぬ。
つまり──二人を絶対に守り切ること。
それが、俺の役目だ。多少の不安は残るが、ご主人様とアグニの帰りを信じて待つしかない。
「んきゅきゅ……きゅきゅあ」
(ご褒美でもなんでもあげるから、絶対に戻って来い)
アグニールは振り返り、小さく笑った。
「まか、せて」
ご主人様も軽く手を振る。
「もちろんだよ」
二人の背中は、迷いなく戦場へ向かっていった。
一時間が経過した。
アグニール達が戦って居るのか、校舎の方角から断続的に轟音が響いていた。
爆発音。
何かが崩れるような音。
そして、時折吹き荒れる熱風。
(……まだ終わってないのか)
俺は窓の外を見つめながら、小さく唸る。
桜の王種、オウヒ。
ゲームでもボス級だった存在だ。アグニールや先生たちが集まっているとはいえ、そう簡単に終わる相手じゃない。
「メルちゃんって、やっぱりヴェスティ先生とパートナーなんか」
「んきゅ」
「そうだよ!ってママが言ってるよ」
「……そうなんや」
事情の説明は、エリナスに翻訳して貰って伝えている。俺がスライムであることも、モウガンも俺もご主人様のパートナーであることも全てだ。
「音が凄まじいな。私も力になりたいが、大事なパートナーが死んでしまうのは困る……」
「そう、やんなぁ」
アマネの言葉に、俺もイスフィも深く頷いた。
きっとご主人様は俺が死ぬ、というのを聞いてその未来を阻止しようとしているのだろう。
だからパートナーの俺はその命令を聞いて、帰りを待つしかない。元の世界に戻ろうと思っていた俺の考えを変えたご主人様を信じるしか、今の俺に出来ることはないのだ。
暫く三人と一匹で息を潜めていると、何度も鳴り響いていた音が鳴り止む。
静寂が降りた。
ついさっきまで響いていた轟音が嘘のように止み、校舎の方角は不気味なほど静まり返っている。
「終わった、のか?」
アマネが小さく呟く。
「わからん……でも悲鳴は聞こえんくなったなぁ」
イスフィも窓の外を覗き込みながら答えた。
確かに、さっきまで漂っていた焦げた空気や熱風も弱まっている。風に乗ってくるのは、ただ仄かな花の香りだけだった。
(……勝ったのか?)
胸の奥に張り付いていた緊張が、少しだけ緩む。
アグニールとご主人様。
あの二人が揃って負けるとは思えない。先生たちもいたはずだ。
ならば、倒した可能性の方が高い。
ご主人様に関しては半分人間、半分モンスターのトンデモ種族になっているため、人間よりも生存能力が圧倒的に高いはず。
だからきっと──。
「……きっと、大丈夫や」
イスフィがぽつりと呟いた。
「ヴェスティ先生やしな。アグニールちゃんもおるし」
「……そうだな」
アマネも同調するように頷く──その時だった。
窓の外に、桜の花びらが舞う。
イスフィが窓の外を見つめる。
確かに、さっきまで聞こえていた爆発音も崩壊音も、今は完全に消えている。
残っているのは──風に乗って流れてくる、甘い桜の香りだけだ。
(……勝ったのか?)
胸の奥で、張り詰めていたものが少しだけ緩む。
その時だった。
ふわりと窓の外を、桜の花びらが横切った。
「……?」
俺は目を細める。
花びらは一枚じゃない。
二枚、三枚。
そして次の瞬間、数え切れない程のおびただしい量の桜が窓を叩き付ける。
「……んきゅ」
(……まさか)
違和感。
桜の王種を倒したならば、花びらが舞うことはない。なのにまるで雪のようにゆっくりと、静かに大量に降ってくる。
甘い香りが強くなった気がした。
「……なぁ」
イスフィが、震えた声を出した。
「これ……」
次の瞬間。
窓の外の空間が──裂けた。
まるで空間そのものが花びらになって崩れるように、淡い桃色の裂け目が広がる。
そして、その中心から一人の少女が、静かに歩み出た。
長い桜色の髪と白い肌。青空と見紛う程の澄んだ青い目をした、着物姿の少女。派手な“赤”と白色の着物……いや違う、着物自体は白色だ。
ずる……ずる……と右手で“ナニか”を引き摺り、足元を見れば花びらが絶えず生まれては消えていく。
「……ぁ」
イスフィの喉から、声にならない音が漏れる。
俺は、全身が凍りついた。
何故なら着物の少女が引きずっていたものが、はっきり見えてしまったからだ。
「アグ……ニール、ちゃん?」
形が分からなくなったほど歪んだ肉塊。
しかし特徴的な翼や、尻尾を見ればアグニールだということが分かる──いや信じたくない、信じられない。
イスフィが呆然としている。
アマネは指輪を翳して臨戦態勢をとっているが、膝が震えていて無理をしている。
あのアグニールが負けるとは思えない。
だからそう、引き摺られてるこれは誰かのモンスターのはずだ。違う。アグニールじゃない。絶対そうだ。だってありえないじゃないか。弱点とはいえ王種同士だぞ?淵相手なら間違いなく勝てる強さを持つアグニだぞ?そもそも死んでもアグニは復活するはずだ。そうだ。復活するんだ。だから暫くすれば元気になったアグニが出てくるんだ。なぁ、そうだろう?ほら、復活してくれよ。頼むから、お願いだから。まだご褒美だって渡してないじゃないか。そんな姿でどうやってご褒美を渡せばいいんだ。なぁ。
頼むよ。
「みぃつけた」
絶望で動けない俺たちにオウヒは手を翳し、そして──。
当作品で何を楽しみたいか(これからの参考にさせていただきます)
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