進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する   作:霧夢龍人

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死ぬ。

 

直感でそう思った。

眼前に迫る凶悪な毒樹が空気を裂いて俺の体へ迫る。枝の一本一本が槍のように鋭い。触れれば即死だと、理屈じゃなく本能で理解できた。

 

逃げ場はない。

 

(終わりだな)

 

妙に冷静だった。

 

むしろ、ここまでよく生きたと思う。

 

元はただのスライム。

それがここまで来ただけでも、出来すぎだ。死にかけているせいか、時間の流れがやけにゆっくりに感じる。迫り来る毒樹の動きもどこか鈍く、まるで世界全体が間延びしているようだった。

 

そのせいか、頭の奥からぽつぽつと記憶が浮かび上がってくる。

 

いわゆる、走馬灯というやつだろう。けれど──出てくる思い出は、すべて今世のものだった。

 

前世の両親や友達。恋人や同僚。そういう記憶は、まるで最初から存在しなかったみたいに浮かんでこない。

 

思い出そうとしても、輪郭すら曖昧だ。家族の笑顔よりも、真っ先に浮かぶのはご主人様の顔だった。友達や同僚との何気ない日常よりも、モウガンたちと過ごした時間の方が、ずっと鮮明だ。

 

気づけば、俺の記憶はすっかりこの世界のものに塗り替えられていた。

 

薄情な人間──いや、スライムか。

 

自嘲するように思う。

 

だが、悪くはなかった。このスライム生は、思った以上に刺激的だった。

退屈する暇なんて、ほとんどなかった。理不尽で、危険で、めちゃくちゃで。

 

それでも。

 

少なくとも、つまらなくはなかった。

 

「……」

 

迫る毒樹が、視界いっぱいに広がる。

 

その瞬間。

 

『またダメだった』

 

朦朧とした意識の奥で、誰かの声が響いた。聞き慣れた声のようにも思えるのに、変なノイズが入って聞き取りずらい。

 

眼前の毒樹はスローモーションを超え、まるで時が止まったようにピタリと静止した。

 

『またこの子を……メルを死なせてしまった』

 

俺の名前を知っているんだろうか。

 

そんな疑問がぼんやりと浮かぶ。

辺りを見渡せば、泣き叫びながらアマネに引っ張られてドアの外へと向かうイスフィと、凶悪な笑みで俺を見下ろすオウヒがいる。

 

みんな動かない。

 

誰も……いや、違う。

 

一体いつの間に現れたのか。

 

黒い外套を被った人物が毒樹の前に立ちはだかっていた。体の起伏からして女性だろうか?フードから零れる白色の髪の毛が、ご主人様とそっくりで心臓が跳ねる。

 

いいやそんなわけが無い、ご主人様は死んだ。

 

『最初に死んだ時は、暴走したアグニールから私を庇った時だったよね。その次は、淵の攻撃からイスフィちゃんを守って死んで、そのまた次は──

 

声はどこか遠く、けれど確かに耳元で囁くように続く。

 

『これで一体、何回目の失敗なんだろう』

 

目の前の人物は何を言ってるんだろうか。

俺は一度も死んでいない。正確には、前世や今を除いて死にかけたことはない。

 

ドルマンとの決戦時もアルマやアグニール達のお陰で、犠牲者を誰一人出すことなく乗り切ったんだ。ご主人様が獣性転写症候群に罹ったのも、マルデンブルクの人間がご主人様以外誰も感染しなかったのも、運が良かった。

 

だから乗り切れた。

 

『不思議に思わなかった?あれだけばら撒かれた獣性転写症候群の因子に罹ったのが私だけだと、本当にそう思ってるの?』

 

確かにそうだ。

 

しかし獣性転写症候群に感染したのはご主人様であって、目の前の怪しい人物ではない。そもそも、一体この女性は誰なんだ?

 

『はーあ……メルって鈍いよね。色んな意味でさ』

 

呆れたような声色でため息を吐く人物は、長く白い髪をクルクルと弄びながら話を続ける。

 

『他に感染した人が居ても、私が時を巻き戻して助けたんだよ。そもそもヴェスティと出会ったのも、アルマと出会ったのも──私が何万回もやり直したから』

 

話が見えてこない。時を巻き戻しとか、何万回もやり直したとか、死にかけの頭によく分からない情報を突きつけないでほしい。

 

つまりあれか?簡単に言えば、貴女が俺たちを助けてくれてたってことか?

 

あれほど上手くいったのも、まるで誰かにお膳立てされてるが如く一切の被害を出さず、見事なハッピーエンドを築けたのも。

 

全部、貴女のお陰だと?

 

俺の問い掛けに、謎の女性は首をフルフルと横に振った。

 

『ううん、みんなのお陰だよ』

 

変なところで謙虚だな。

そもそも貴女は一体──誰なんだ?

 

時が止まったかのような現象を引き起こし、死に際にやって来た謎の女性。怪しさ満点なのは間違いない。まるで自分が物語の主人公みたいに話をされても、俺としては推測のしょうがない。

 

時を止めるなんて所業は時の王種しかありえないが、関わりを持った覚えはない。

 

そう思っていたのに。

 

『メルって、疑り深いよね。でもそんなところも、私は好きだよ』

 

暗いフードの奥。

 

隠した顔を晒すようにペラりと捲り、時間が止まった空間の中で広がった白い長い髪の毛。紅い瞳は血のように澄んでいて、まるでどこかのお姫様のような気品と美しさを感じられる。

 

まさか、そんな。

 

『私は時律の王種──“ヴェスティ=クラウニア”』

 

ありえない。

 

『メルが死んだ結果王種に覚醒した、人とモンスターのなり損ないだよ』

 

頭の中が真っ白になる。

 

ご主人様が、王種?しかも──俺が死んだ結果?

時の王種ならば、今のように時間を止められるのは納得できる。時間を巻き戻したり、あるいは加速させることも可能なのだろう。

 

しかし頭が理解を拒んでいる。

 

『信じられないよね』

 

ご主人様は、少し寂しそうに笑った。

 

『でも事実なんだ。メルが死んだ世界で、私は壊れた。だから私は、時間を巻き戻した』

 

ご主人様の指先が、静止した毒樹に触れる。枝は完全に止まっている。世界そのものが、彼女の掌の上にあるかのようだった。触れた先から枝が茶色く変色し枯れていく。

 

枝先からポロポロと崩れ落ちる毒樹は、ご主人様の王種としての力を確かなものにしていた。

 

『一回目は失敗した』

 

ぽつりと呟く。

 

『二回目も』

 

『三回目も』

 

『百回目も』

 

『千回目も』

 

『一万回目も』

 

その数字の重さに、背筋が寒くなる。

 

『その度に、キミは死んだ』

 

自分の知らない未来を知られていて、更にその自分は死んでいるという。

 

ご主人様は静かに俺を見つめていた。紅い瞳が、まるで壊れ物を見るみたいに揺れている。光を宿さない仄暗い濁りが、彼女の繰り返してきた時間の重みを物語っていた。

 

『私が介入しても、学園に入学させなくても、あるいは私一人で敵を全部倒したとしても──何の因果かキミは死ぬ。もうね、分からなくなるんだ。愛する人が目の前で殺される様を、気の遠くなるほど見てるからね』

 

じっと紅い瞳に見透かされる。

 

俺を見ていると思った。

だが違う。彼女は俺を見ているようで、どこか遠くの俺を見ているようだった。言うなれば、合わせ鏡のように無限に連なった俺を覗き込まれているような……そんな感覚。

 

見た目はいつものご主人様なはずなのに、得体のしれない狂気を内包している。

 

死に続ける俺を助けるために、何度もやり直し続けたという。恐らく、あらゆる可能性を試し、方法を模索してもダメだったのだろう。

 

『そしてまた、やり直(コンティニュー)しか。この未来はもうダメだね。アグニが死んで、イスフィちゃん達はもう助からない。バッドエンド……いや、何度もやり直し続けてるから、実質トゥルーエンドみたいなものなのかもね』

 

諦観を滲ませたご主人様の表情がほんのわずかに歪む。

 

長い時間をかけて削り取られたような、感情の残り滓。それでも完全には消えていない何かが、紅い瞳の奥で揺れていた。

 

『でもやるしかないんだ。だって、メルのいない未来なんて──私はいらないからさ』

 

ご主人様が手を翳す。

既に“壊れている”はずなのに、その仕草はあまりにも優しかった。

 

まるで、眠る子供に毛布を掛けるみたいに。ご主人様の手のひらが、ゆっくりとこちらへ向けられる。その指先に、淡い紅の光が集まり始めた。

 

時間を巻き戻す力。

 

ゲームでは立ち姿しか登場しなかった時の王種だが、一体いつ頃に巻き戻されるか分からない。

 

『大丈夫』

 

小さく微笑む。

その笑顔は、いつものご主人様と何も変わらなかった。

 

『次は、もっと上手くやる』

 

止まっていた世界が逆行する。

 

ご主人様によって壊された毒樹が巻き戻る。枯れた枝が元に戻り、砕けた木片が宙へと吸い上げられていく。キュルキュルと奇妙な音を立てながら、世界そのものが、後ろへと巻き戻されていく。

 

そして──その流れは、次第に加速していった。

 

 

 

 

目が覚める。

 

視界の先には、俺に向けて優しく微笑むアグニとご主人様がいた。後ろを振り向けば、爆発音に慄いているイスフィとアマネ。腕に抱いたエリナスらが不思議そうにしている。

 

「まか、せて」

 

「もちろんだよ」

 

戻った。

それも、死ぬ一時間前に。

 

さっきまで目の前にあったはずの毒樹はない。体を貫かれるはずだった感触もない。代わりに、鼻をくすぐる焦げた匂いと、遠くで鳴り続ける爆発音が耳に届く。

 

前回はここで、俺はイスフィ達を守るために一人残った。そのせいでご主人様は死に、アグニは無残な遺体となり、俺は誰も守れずに儚く散った。

 

しかし今度は──。

 

「んきゅ」

(待って、俺も行く)

 

──桜を、オウヒをぶち倒しに行こう。




本編では語られない未来のヴェスティ。

獣性転写症候群によってフォスが暴走し、ヴェスティが殺される所までは一緒。しかしここで、フォスはメルに殺されてしまう。そのせいでアグニールとは疎遠になり、メルとモウガンの二体でドルマンに戦いを挑む羽目になる。

結果はギリギリの辛勝。
モウガンが死に、マルデンブルクの住民の七割が死亡という絶大な被害を出して何とか勝ちを拾ったメルは、ヴェスティを復活。
その際、進化をすることはなく2次進化のまま。

ドルマンという脅威を倒したことで、学園からドルマンの生態サンプルを受け取るという名目で入学。ヴェスティは生徒としてメルと青春を過ごし……2次進化のまま、淵の王種と対決。

惨敗を喫し、メルが死んだことで哀しみの感情を引き金に人とモンスターの狭間という存在から、特異個体をすっとばして王種へ進化。淵を殺害した後、時間を巻き戻した。

やり直し回(コンティニュー)数は13982回。

当作品で何を楽しみたいか(これからの参考にさせていただきます)

  • ストーリー
  • キャラ同士のイチャイチャ
  • どっちも
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