進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
聖堂学園中央。
時計の長針は静かに九を回り、窓の外には深い夜の帳が降りていた。
昼間は学生たちの笑い声で満ちていた校舎も、今は不気味なほど静かだ。廊下を照らす魔導灯だけが白々しい光を零し、その光景が逆に異常事態を際立たせていた。
そして──。
カプノスが運び込まれた医務室は、凄まじい血の匂いで満たされていた。
鉄臭い。
むせ返るほどに。
床には赤黒い血痕が点々と続き、慌ただしく運び込まれたことを物語っている。白いシーツも既に紅く染まり、治癒系モンスターが必死にその命を繋ぎ止めている。
淡く発光するスライム型治癒種。
花粉を散布して細胞再生を促す植物種。
糸状の魔力を編み込み、裂けた肉を縫い合わせる蜘蛛型補助種。
しかしそれでも、明らかに追いついていない。
右肩から脇腹にかけて大きく裂けた傷に加え、包帯の隙間から覗く肉は深く抉れ、そこから黒ずんだ水色の塊のようなものが血管じみて全身へ広がっていた。
まさしく侵食。桜とは違った、もっと冷たくもっと深い“淵”の気配だ。見ているだけで体温を奪われるような、不快な異質感を感じる。
傍から見ても、生きているのが不思議な傷だった。
「……カプ、ノス?」
リリアが呆然とした顔でベッドの端に縋りつき、その場へへたり込む。いつものふわふわした笑みなのに、震える指先が辛うじてカプノスのシーツを握っていた。
何が何だか分からないまま連れてこられたイスフィも、目の前の惨状に顔を青くしている。それでも気丈に、何度もリリアの背中を擦っていた。
「だ、大丈夫やから……な? きっと助かるから……」
だが、その声音に確信はない。
それほどまでに、傷が酷すぎた。これをした張本人は──重要指名手配犯、ノア=ハルベルトで間違いないようだ。
門番を務めるモンスター達を支配したヤツは、他の人間たちを殺害。そのまま聖女がいるだろう中央に忍び込み、出会わせたカプノスと交戦したらしい。
最悪なのは。
「きゅあ」
(なんで、淵の王種まで従えてるんだ……?)
俺の嫌な予感が的中したことだ。
何故、王種を支配できる?
何故、能力が強くなっている?
何故、淵を従えていながら俺たちに手出ししてこない?
ヤツは
モンスターの王たる淵や桜に、“従える”という能力は相性が悪いからだ。
だから、もし淵の王種とノア=ハルベルトを切り離せるなら、“個”として圧倒的な王種と“群”として厄介なノア。
それぞれを個別に撃破できれば、俺たちの勝ちは揺るがない。そう思っていた。
だが、実際は王種とノアは一緒に行動してしまっている。イスフィに振られたとかいう理由もない淵は、ノアに従う理由が存在しない。ならば、能力によって無理やりノアが支配している線が濃厚だ。
となれば、“俺”や“アグニ”すら支配されてしまう可能性が高い。
──最悪な追加情報だな、クソッ。
「カプノス様は、私たちに避難誘導を送りながら、数多のモンスターたちと交戦していました。対抗可能なリリア様を呼び出そうとしたのですが……」
報告していたシスターの声が震える。
「『今はデート中なんだ。邪魔すんな』と仰って……そのまま……」
医務室の空気は重かった。
治癒種たちが放つ淡い光だけが、血塗れの室内をぼんやりと照らしている。
その言葉を聞いたリリアは。
「──っ」
声にならない嘆きを零し、ベッドの縁に頭を擦り付けた。
自分を呼ばなかった理由。
それが“デートを邪魔したくなかったから”だなんて。あまりにも、カプノスらしかった。
「……バカぁッ!なんで……なんで一人で行くのぉ……」
ぎゅ、とシーツを握る指に力が入る。
白い布地に、小さな皺が幾重にも刻まれていく。
「わたしだって……戦えたのに……」
その言葉に、誰も返せなかった。
きっとカプノスは理解していたのだ。リリアが今どんな時間を過ごしていたのかを。ようやく出来た友達。ようやく手に入れた、普通の青春。それを壊したくなかった。
だから一人で行った。そして、このザマだ。
あんたが居なくなったら、リリアも悲しむって分かってるだろうに。
喉元まで出かかった言葉を、俺は飲み込んだ。
「……私、泣けないんだよ?貴女のために泣くことも、こんな事をしたヤツに憤ることも出来ない最低な聖女なんだよ……?」
淡い光が、血塗れのシーツを照らしている。
その中心で眠るカプノスは、普段の軽薄そうな笑みが嘘みたいに静かだった。
聖女は泣くことが出来ない。怒ることも出来ない。
ただ笑顔で嬉しいと微笑んだり、楽しんだりすることしか出来ない。この世界で特別な力を持つ人達は、そういう代償を払っている。
きっとリリアが、自分が死ぬことに対してそこまで嫌がってないのも、自分や誰かが死ぬ痛みを、普通の人間のように感じ取れなかったからだろう。
「なのに……なんで、私なんかのために──」
赤く濡れたシーツを握り締めながら、淡々と零すリリア。
「んきゅ」
(それは違う)
「それは違うやろ」
居ても立ってもいられなくて、言葉を遮ったのは同時だった。
「リリアが感じ取れへんだけで……カプノスさんは、ちゃんとリリアのこと大事に思っとる」
「……」
「友達と遊んで笑っとる姿見て、“邪魔したくない”って思うくらいにはな」
言葉を発しないリリアに対して優しく語り掛けるように、イスフィは続けた。
かつてカプノスが、『もしアイツを泣かせるような真似したら──ぶっ飛ばす、忘れンなよ』と俺に言っていた言葉を思い出す。
雷霆の王種に親を殺され、マトモに生きていく方法が分からないカプノスに対して、優しくしてくれたのはきっとイスフィだけだ。
年の差はあれど、カプノスがイスフィのことを心の底から大事にしていたのは言うまでもない。
「人ってさ、自分が大事やと思った相手のためなら無茶するんよ。損得とか関係なく、守りたいって勝手に思ってまう生き物なんや」
「……でも、私……」
「リリアがどう思っとるかなんて、関係ない」
きっぱりと、イスフィは言い切った。
「カプノスさんが守りたかった。それだけや」
医務室の静寂を真っ直ぐに貫くように、イスフィの声が響く。目を見開いたまま何も言えなくなるリリアは、血が滲むシーツを力強く握り締めながら流石にカプノスの顔を見つめた。
やがて。
今日のデートのために気合いを入れていたのだろう勝負服が汚れるのも構わず、リリアは静かに両手を組む。
それはまるで、いつも誰かを救っていた少女が、初めて“誰かに救いを求める”ような仕草だった。
そして震える唇から、祈りの言葉が紡がれる。
『──
───☆
翌日。
カプノスから離れたがらなかったリリアと共に一夜を明かした俺たちは、アグニとご主人様やモウガン達も集めて、寮内で作戦会議を行っていた。
リリアが聖女だということを昨夜聞いたばかりのイスフィに事情を説明しながら、カプノスに対してどんな対応を取るべきか話し合う。
奴らは聖堂学園内のモンスターをあらかた支配したあと、霧に隠れるように突然消えたという。ならば、現れるのも自由自在。いつ襲ってくるか分からない脅威に対してとれる手段は少ないが、操られないようにする対抗策はある程度見出すことができた。
「つまり、ノアという女は聖女とモンスターが集まるタイミングで襲ってくる可能性が高い、と?」
「んきゅ」
(あぁ、間違いない)
アマネの疑問に、確かな根拠を持って俺は頷いた。
ゲームでは聖女を狙った理由が判明していないノア=ハルベルトだが、あいつの行動理念はいつだって聖女だ。
自分の軍勢の強化のためにも、モンスターが多ければ多いほど奴はその隙を狙ってくるだろう。
「なら学園を一時閉鎖すれば良いんじゃないのかしら?」
「うーん、それだと尚更気を窺ってくるかも。それに、いつやって来るか分からない襲撃者のために学園を閉鎖し続ける訳にはいかない。なによりあんまり閉鎖し続けると──リリアちゃんの寿命に間に合わない」
モウガンの問いに、ご主人様は理由を話す。
リリアの寿命は、あと九日。
もしそれを過ぎてノア=ハルベルトの能力に対抗出来る聖女がいなくなれば、増え続ける敵の軍勢を止める術はなくなる。
幸いなのは、寿命が近いことはここに居る者以外誰も知らないことだ。
ご主人様は最初から知っていたようだったが、それ以外の面々は一様に息を呑んでいた。特にイスフィは、昨日今日で常識そのものをひっくり返され続けている。
友達だと思っていた少女が聖女で。
その寿命が、あと九日しかない。
イスフィの内心は、推し量るでもないだろう。
「パパ、大丈夫?」
「……あぁ、勿論や」
肩に乗っているエリナスが、イスフィを心配するように顔を寄せる。その背中は少女と思えないほど荒んでいて、痛々しい。
果たしてカプノスは回復出来るのか。
聖女リリアはどうなるのか。
ノア=ハルベルトの狙いは何なんのか。
それを知るものは、誰もいなかった。
ここから第二部最終章に突入します。
人気キャラクター 二部
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メリュジーヌ (メル)
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ヴェスティ=クラウニア(ご主人様)
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モウガン (ツンデレ牛娘)
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アグニール (クーデレ王種)
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フォス (元気っ娘)
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アルマ=メイソン(最近出番がないぞ)
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ソルガ (残念系イケメン美女)
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イスフィ(関西弁パパ系ガール)
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リリア
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アマネ(実はポンコツやれやれ系少女)
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オウヒ (好感度が上がるだろうか)
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ノア=ハルベルト (ラスボス系美女)
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ミツル (眼帯系王種)
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フルちゃん(アルマの貴重なツッコミ要因)
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シスターカプノス (生臭シスター)
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モルド=クラウニア (変態お兄さん)
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タナカ・サトウ・スズキ・ヤマダ