進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
なんという辱めだろうか、と遠い目を浮かべるチビスラがいた。
そう、メルである。
折角買ったカチューシャを外すのは勿体ない──などという、女子特有の“可愛いは共有するべき”理論を全力で押し付けられた結果、メルはキャスケット帽の代わりに猫耳カチューシャを装着したまま、デートを続行することになってしまった。
しかも、だ。
「また来てくださいね〜!」
「次は制服姿も見たいです!」
「できれば猫耳付きで!」
店員たちはそれはそれは満面の笑みで、名残惜しそうに手を振っていた。
なんなら数人、目元が潤んでいた気すらする。
「また来てくださいね〜!」
「次は制服姿も見たいです!」
「できれば猫耳付きで!」
店員たちに見送られ猫カフェを後にした三人は、次にプリクラを撮るべくゲームセンターへと向かった。
───☆
「うわぁ〜!見て見てイスフィちゃん!あのぬいぐるみ可愛くない!?」
「ほんまや!デカッ!抱き枕にしたら気持ち良さそうやなぁ!」
「んきゅ……?」
(これ、ご主人様に渡したら喜ぶかな……?)
学園都市中央アミューズメント施設《ギャラクシア》。
そこは学生達の遊び場として有名な巨大娯楽施設であり、放課後ともなれば若者たちでごった返す人気スポットである。
ゲーム音。
電子音。
クレーンゲームのアナウンス。
笑い声。
若者が多いためか、かなり騒がしい空間だった。そしてその喧騒の中を、猫耳付きボーイッシュ美少女が歩いている。
目立たない訳がない。
「……なぁリリア」
「うん」
「めっちゃ見られとる」
「私たちが可愛すぎるもんね」
クレーンゲームに夢中になっているメルをよそに、二人がそっと視線を向ける。すると通路の向こう側で、男子学生らしき集団が硬直していた。
「あれ、やばくね……?」
「モデル……?」
「いや猫耳て……反則だろ……」
「しかも隣の二人も可愛いとかどうなってんだこの空間……」
声をかけようか悩んでいる様子だったが、悲しきかな。男とはあまりにも相手が可愛かったり美人すぎたりすると、尻込みして話し掛けれない生き物である。
それを前世でも痛いほど分かっているメルは気にしないふりをして、クレーンゲームのでかいぬいぐるみを取ろうと躍起になっていた。本来ならばデート相手をほっぽり出して夢中になるのは言語道断なのだが。
しかしこのチビスラ、伊達に前世でそこそこモテていた訳ではない。
「んきゅ」
(はい、これ)
アームの癖を見極め、重心を読み、絶妙な角度で押し込み続けた結果、メルは対になる色合いの巨大ぬいぐるみを二体抱えて戻ってきた。
一つは淡いピンク色。
もう一つはエメラルドブルーに近い水色だ。
どちらも猫を模した丸っこいフォルムで、抱き締めれば沈み込みそうなほどふわふわしている。
「……え?」
「うそ、取れたの!?」
目を丸くする二人。その反応に、メルは当然のような顔でこくりと頷いた。
「んきゅきゅ」
(デートに付き合ってくれたから、そのお礼だよ)
そう言って差し出されたぬいぐるみを前に、イスフィとリリアは数秒ほど硬直した。
そして──。
「…………」
「…………」
二人同時に、ゆっくりと顔を覆う。
決して可愛らしいぬいぐるみ二体を抱き抱えた、猫耳美少女の絵面が面白かったわけではない。
イスフィは、好きな人が自分のために取ってくれたというプレゼントに。
リリアは、もうすぐ死ぬ自分にぬいぐるみという形に残る思い出をくれたことに。
それぞれ別方向から、心臓をキュッと握り締められたような感覚に陥っていた。
やがて数十秒ほど時間をおいてようやく回復した二人は、メルから貰ったぬいぐるみを嬉しそうに抱き抱える。乙女の純情を弄んだメル自身は、ヴェスティに渡す用の“小さな白色のチビスラぬいぐるみ”をバッグの中に入れ、トキメキを抑えられない二人の手を握って歩き出した。
実はこのチビスラ、久々の学生らしいイベントにワクワクしているため、無意識に距離感がバグっていた。
前世では、仕事、仕事、また仕事。
休日ですら会社からの連絡に怯え、気づけば青春らしい青春などとうの昔に置いてきてしまっていた。
だからこそ。
こうして友達と騒ぎながらゲームセンターを歩く時間が、妙にくすぐったくて、でもどうしようもなく楽しい。
「んきゅ」
(次、プリクラだっけ?)
「メルちゃんが、次プリクラだっけ?って!」
「あぁ、そうやん!プリクラ行かんと!……ってか、なんでリリアはメルちゃんの言葉わかるん?」
「えへ、秘密♡」
メルは繋いだ手を離さない二人に引っ張られるようにして、施設の奥へと進んでいく。
その途中。
「……あ」
通路脇のガラスに映った自分達の姿を見て、リリアがふと足を止めた。
真ん中には猫耳を付けた銀髪のボーイッシュ美少女。
その両脇には、ぬいぐるみを抱えた二人の少女。
端から見れば、完全に仲良し三人組だった。
「どしたん?」
「……いや、なんかね〜」
リリアは少しだけ照れ臭そうに笑う。
「こういうの、いいなぁって」
「……!」
イスフィの肩がぴくりと震える。
何気ない言葉。
けれど、その一言には色んな感情が詰まっていた。
放課後に遊びに行くこと。
好きな服を着ること。
友達と笑い合うこと。
そんな当たり前みたいな青春を、リリアはどこか遠いものみたいに感じていたからだ。聖女という重しを担ぎ、人々を守るために奔走する毎日。それが終われば用済みとばかりに、寿命が尽きるという不安。
“悲しいという感情が薄い”リリアにとって、死ぬことは怖くなかった。いつ死んでもいいし、自分が聖女として誰かの力になれるのが嬉しいと本気で思っていたのだ。
でも、今は。
(死にたくないなぁ……)
ガラスに映る自分たちの姿が脳裏に焼き付いて離れない。人は死ぬ時に走馬灯が流れるらしいが、もし自分が聖女を受け継ぐチビスラではなく人として死ねるなら、今日の走馬灯が流れて欲しい。
そしていつかは、イスフィにもリリアの命が消えかかっていることも言わなければならないだろう。聖女であることも、イスフィが契約しているチビスラが次代の聖女であることも。
果たして自分は──イスフィに打ち明けられるだろうか?
隣で楽しそうにぬいぐるみを抱く友達に対してそんな思いを抱き、不安を掻き消すようにメルの手を強く握る。
「……んきゅ」
それを察したのか、メルは小さく鳴くと、繋いでいた二人の手をぎゅっと握り直した。
言葉は少ない。
でも、その仕草だけで十分伝わる。
──楽しいね。
──来てよかったね。
そんな感情が、ちゃんと。
「……へへ」
「うんっ!」
二人が自然と笑顔になる。
その空気のまま、三人はプリクラコーナーへ辿り着いた。それぞれ抱く想いを抱えながら、“今だけは”と遊びを楽しむ。
きっとそれが青春と呼ぶべき、尊いものなのだろう。
──☆
「うわ、なんやこれ……機械デカ……」
「最近のってすごいんだよ〜?ほら、“小顔補正”とか“美肌フィルター”とか!」
「……必要あるんか?それ」
「女の子には必要なの!」
「んきゅ」
(へぇ……)
ずらりと並ぶプリクラ機。
外装はキラキラ。
ハートマークやら星やらで過剰装飾されており、メルからすれば場違い感を感じていた。
前世でプリクラを撮ったことは何度かあるが、女性物の下着店に入った時のような居心地の悪さは美少女になっても変わらないらしい。
「ほらほら!早く入ろ!」
「んきゅ!?」
半ば押し込まれるようにして、メルはプリクラ機の中へ放り込まれる。
最初に感じた感想は、狭い。思った以上に狭かった。三人で入ると距離が近すぎて、柔らかい感触を直に感じてしまう。
だが無情にも、機械音声は待ってくれない。
『それでは撮影を開始しま〜す!画面に向かって、3・2・1でポーズしてね!──3・2・1!』
「「ピース!」」
「んきゅ!?」
(ふぁっ!?)
パシャッ。
突然始まった撮影に、メルだけ変な顔で写る。
「きゅきゅあ!」
(ちょっ、今のなし!?)
「だめです〜!」
「なははっ!一枚目から事故ってるやん!」
爆笑する二人。
その後も次々と指定していく機械音声。
猫ポーズ。
指で作るハートマーク。
三人で頬を寄せ合うポーズ。
次々要求され、メルは完全に羞恥心の限界へ追い込まれていた。心なしか頬も赤くなっており、二人の距離感の近さも既に頭の隅に追いやられている。
「次、真ん中の人のほっぺをむにーだって!」
「ぐへへ、メルちゃんのほっぺを触らしてもらうでぇ!」
「んきゅ!?」
(うぇっ!?)
しかし抵抗虚しく、左右から柔らかい指で頬を摘まれ、メルの顔がむにっと潰れる。真ん中に対する指定がないため、苦肉の策で猫のように可愛らしいポーズで足掻いたが、カウントダウン中は恥ずかしくて頭から火を吹きそうになっていた。
パシャッ、とカメラの音が鳴り、正面の画像に先程の写真が表示される。
「…………」
「…………」
撮れた写真を見た二人が固まった。
そこに映っていたのは、猫耳を携えたメル。
困ったような涙目。
むにっと潰れた頬。
そして、恥ずかしそうに赤く染まった顔。
──まさしく破壊力の塊だった。
「…………やっぱりかわい」
「……あかん、これ国家指定危険生物や」
数分後。
大量のプリクラシートを抱えた三人が、ふらふらと機械から出てくる。
乙女たちによるデコレーションが済んだプリクラは、メルからすれば恥ずかしくてあまり見たくない出来ではあるが、ほくほく顔の二人を見れば少しは『やって良かった』という気持ちが湧いてくる。
財布に大事そうにプリクラを仕舞うメルの横顔は、どこか少しだけ嬉しそうだった。
その後もレースゲームやエアホッケーなどを楽しみ、三人がギャラクシアを出る頃には、空は帳を下ろしていた。
ゲームセンターの自動ドアが開いた瞬間、ひやりとした夜風が三人の頬を撫でた。
昼間の熱気が嘘みたいに、外の空気は少しだけ静かだ。
学園都市の夜は明るい。
石畳の道沿いに並ぶ電灯が淡く輝き、ガラス張りの店々が橙色の光を零している。行き交う学生たちの笑い声も、昼間よりどこか落ち着いて聞こえた。
「うわぁ……もうこんな時間なんやなぁ」
イスフィがぬいぐるみを抱えながら空を見上げる。
「ほんとだ〜。遊んでるとあっという間だね」
「んきゅ……」
(早いなぁ)
メルもぽつりと鳴いた。
本当に、早かった。
猫カフェ。
ゲームセンター。
プリクラ。
クレーンゲーム。
やっていることは、どれも学生なら当たり前みたいな遊びなのに、不思議なくらい胸が満たされている。
「……んきゅ」
ふと、メルは自分の胸元へ手を当てた。
どくん、どくん、と鼓動が鳴っている。
疲れているわけじゃない。
むしろ逆だった。もっと遊びたい、まだ帰りたくない。そんな感情が、自分の中にあることが少しだけ嬉しくて、少しだけくすぐったい。
「どしたん、メルちゃん?」
「んきゅきゅ」
(いや、なんか楽しいなって)
「あはっ、メルちゃんが楽しいなってさ?」
イスフィが一瞬きょとんとして。
次の瞬間、くしゃりと顔を綻ばせた。自分だけじゃなく、メルも同じ気持ちを抱いてくれてるのが嬉しいのだ。
「……そっか」
その笑顔が妙に優しくて、メルは少しだけ視線を逸らす。
「じゃあさ!」
不意に、リリアがパンッと手を合わせた。
「最後にどこか寄っていかない?」
「んきゅ?」
「まだ帰るにはちょっと早いし、せっかくなら今日の締めっぽいことしたいな〜って!」
「お、ええやん!どこ行くん?」
「ん〜……」
リリアは少し考え込み、やがてぱっと顔を輝かせた。
「展望台!」
「展望台?」
「うん!学園都市の中央塔!夜景すっごく綺麗なんだよ〜!」
その言葉に、イスフィの目も輝く。
時間帯的に行ける場所は限られているが、展望台なら最後のいい締めになるからだ。
遊びすぎて少々疲れが蓄積していたのも相まって、テンションが上がるイスフィ。
「うわ、なんやそれ絶対青春っぽいやつやん!」
「んきゅきゅ」
(青春にっぽいとかあるんだ……)
「あるんです〜!」
そのまま流れるように決定したらしい。三人は中央塔へ向かって歩き出した。メルを中心にして腕を抱き、仲良く夜の街灯を浴びながら。
───☆
中央塔は、学園都市のほぼ中心に位置する巨大建造物だった。昼間に見ても圧巻だが、夜になるとさらに存在感を増す。
塔の外壁を走る光のラインと、高層部でゆっくり回転するリング。暗い空へ伸びる白銀の塔身。
まるでSF映画に出てくる未来都市のシンボルみたいだ、とメルは内心思った。
「すっご……」
「んきゅ……」
(でっか……)
「ね?テンション上がるでしょ?」
リリアはどこか得意げだった。
展望エレベーターへ乗り込むと、透明なガラス越しに街並みがどんどん小さくなっていく。
夜景が広がる。
無数の灯り。
星みたいに瞬く街の光。
空を横切る飛行艇の軌跡。
その幻想的な景色に、三人とも自然と言葉を失った。やがて、静かな音と共に展望フロアへ辿り着く。近未来的なフォルムと相反して、夜空は一面の星々が輝いていた。
「……わぁ」
最初に声を漏らしたのはリリアだ。
展望台は半円状になっており、一面ガラス張りになっている。この広い学園都市を一望できる景観からは、遠くまで広がる灯りの海や、ミニチュアのように小さく動く車と夜行性モンスターが見え、賑わう繁華街と静かな住宅街の灯りが、街中を綺麗に照らしていた。
まるで世界そのものを見下ろしているみたいだった。
「綺麗……」
リリアが呟く。
その横顔を見て、メルはほんの少しだけ胸が締め付けられた。
──死にたくないなぁ。
昼間、リリアが抱いた感情を、メルはなんとなく察していた。同じチビスラだからわかるのだ。消えゆく命の気配と寿命の揺らぎが。点々と付いては消える電灯のように、今にも暗くなりそうな灯火が。
だからこそ、今日を思い出にしてほしかった。
「……んきゅ」
メルはそっと、バッグの中に入れていた小さなプリクラを取り出す。
三人で撮ったモノだ。猫耳姿で頬をむにられて、完全に羞恥で死にかけているやつ。それを大事そうに見つめながら、隣にいるリリアに声をかけた。
「んきゅきゅ」
(また、行こうな)
「……え?」
リリアが目を丸くする。
「んきゅ」
(今日、楽しかったから)
たったそれだけ。
でも
「……うん!また一緒に遊びに行こうよ。私たち、友達だもんね〜?」
その声は少しだけ震えていた。
イスフィはそんな二人を見比べて、何かを察したように目を細める。けれど、今は何も聞かなかった。
代わりに。
「当たり前やろ!……せや!最後に写真撮らんか?」
そう言ってスマホを掲げる。
「夜景バックとか、絶対エモいやつやん!」
「あはっ、エモいやつってなに〜?」
「知らんけど雰囲気や!」
「んきゅきゅ!」
(いや、雰囲気は大事だ!)
笑いながら、三人は並ぶ。
プリクラと同じく真ん中にメルがいて、その横にはイスフィとリリアがぬいぐるみを抱えて可愛らしく微笑んでいる構図だ。
黄金色の月の光を背にして、イスフィがカメラを構えた。
「いくでー!」
「はーい!」
「んきゅ!」
パシャリ。
その瞬間だけは未来の不安も、聖女の運命も、そして抱えている秘密も。全部忘れて、三人はただの学生みたいに笑っていた。
──だが、そんな時間も長くは続かない。
撮れた写真を共有しあっているリリアのスマホに、軽い着信音が鳴る。表示されている名前は『シスター・カプノス』。夜遊びをしている件を咎められるのかな?とちょっと緊張するリリアだが、電話に出た途端表情が強ばった。
『──ッ!────ッ!?』
「……うん、うん……そ、っかぁ」
淡白なリリアの声とは裏腹に、通話越しに聞こえてくる緊迫した声。聞かれたくないのか徐々にメルたちと距離を取った彼女の顔は真剣で、ことの重大さを物語っていた。
……只事じゃない。
メルもイスフィも、嫌な空気を感じ取る。
そして、ようやく電話口から耳を離したリリアの顔は、親とはぐれた迷子の子供みたいに不安そうに揺れていた。
いつものへらりとした笑みはない。
朗らかでのほほんとしていて、されどどこか掴みどころのない彼女らしくないほど、その表情は強張っている。
「……メルちゃん。カプノスがさ」
「んきゅ」
(アイツがどうした?)
リリアはスマホを握り締めたまま、唇を小さく震わせた。夜景を映していたガラス窓が、今は妙に冷たく見える。
夜空の煌めきですら、嫌な予感を助長させる不気味な兆候にしか思えなかった。
果たしてその予感は。
「意識不明の、重体だって」
当たっていた。
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