進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
「つまり、聖女を奪われた、てこと?」
戻ってきたアグニは、未だ熱を帯びた黒焔を身体に纏わせながら、淡々とそう言った。
ミツルとの戦闘を終えた直後だというのに、その姿には大した消耗が見られない。制服の袖が焼け落ち、頬に薄く煤が付着している程度。むしろ周囲へ撒き散らされる熱量は、先程より鋭さを増しているようにすら感じた。
どうやら、かなりの深手までは追い込んだらしい。
だが決定打を与える直前、ノアによる支配により意識が乱れた隙を突かれ、ミツルは空間を転移するように霧へ溶け込まれたのだという。
「ちっ……逃げ、られた」
舌打ち混じりに吐き捨てるアグニの足元では、未だ地面が赤熱化していた。
それだけで、どれほど熾烈な戦いだったのかが理解できる。
「そうなんだ、リリアが……」
ご主人様が、呆然とした様子で晴天となった空を見上げる。
つい先程まで空を覆っていた豪雨と黒雲は、ミツルが撤退したことで嘘のように消え去っていた。だが、空が晴れているというのに、空気は酷く重い。
リリアは、ご主人様にとって昔からの知人だ。
幼い頃から交流があり、更には寿命も近い者同士として、どこか互いを理解し合っていた部分がある。
だからこそ、精神的な衝撃も大きいのだろう。
……俺の責任だ。
ノアを呼び込むために設置数を多めにしたスピーカーを逆手に取られ、挙句の果てにはリリアを支配された。聖女が捕まった以上、都市ではなく国家間の問題になりうるだろう。
もし聖女が居なくなったことが知られれば、各地の凶悪なモンスターが暴れ始め、聖女を取り戻すべくこの学園に“対モンスター特別殲滅隊”が来てもおかしくない。
そうなれば一貫の終わりだ。
イスフィにも事情を説明しなければならないが、彼女はどんな顔をするのだろうか?俺を責めるだけならまだいいが……こんな壊滅的な状況を打破できる方法は思い浮かばない。さらなる事態の混乱を引き起こす可能性もあるため、事実を告げなければならないだろう。
「きゅ」
(……俺が、責任を取らないと)
いい歳をした大人が子供ひとり助けられないなんて笑わせる。カプノスと同じ銘柄の煙草の箱を握り締めながら、自嘲する他なかった。
───☆
眠れない。
相部屋の暗い部屋がいつもより静かで、何となく寂しい。メルちゃんもリリアも居らんくて、腕の中におるエリナスを抱きしめて寝ようと思っても、リリアの声が頭の中で反響して、ずっと聞こえてる気がする。寿命がないとか、戦いとか、そんなのはどうでもいい。ただあの子と一緒に過ごしたかった。
それだけやった。
でも結局はなんてことない結末で終わってもうた。
ただ理不尽に押し潰されて、リリアが捕まった。目を閉じて作戦実行中の様子を観察しとった時に、モンスター達が一斉にメルちゃんに突撃した時点で失敗したんは分かっとった。
けど怖くて動けなくて、そんな自分がどうしようもなく惨めで。
「……なぁ、エリナス」
「ん?なぁに」
「ウチ、あの子に何かしてあげられたんかな」
脳裏に浮かぶリリアの笑顔。
いつの間にかちゃん付けも抜けて、都会に来て一番の友達になっとった。好きになった人も同じで、でも肩書きは聖女で、いつも明るい女の子やった。
死ぬってどんなんやろか。ウチには想像できん。まだ生きてたいし、これからもずっと友達とか好きな人と一緒におりたい。なのにあの子は死ぬことに対して特に絶望はしてなかった。
怖くなかったんかな。
辛くなかったんかな。
……違う。
きっと、怖かったに決まってる。それでも笑っとったんや。周りを不安にさせんように。
「……っ」
喉が詰まる。
部屋に飾ってあるメルちゃんが取ってくれた二匹の猫耳ぬいぐるみが、ウチの苦しみを見透かしたみたいに可愛らしく笑う。
もう一度、思った。
ウチはあの子に何かしてあげられたんやろか。
転入初日でいきなり友達になってくれたリリアはウチを助けてくれた恩人みたいなもんなのに、無力なウチは一緒に遊んであげることしか……出来んくて……。
「……無力や」
もっと友達が欲しいとか、強いモンスターが欲しいとか、そんなのは要らん。あの子を助けてあげたい。ウチみたいに弱くて無力な奴の助けなんていらんかもしれんけど、リリアを救いたい。
もしあの子が泣いてるなら、助けたい。
部屋の電灯はやけにぼやけて見えて、不甲斐ないウチを月明かりが照らしとるみたいで眩しかった。
「……泣いてるの?」
「……え?」
顔をあげる。そこで初めて気付いた。
生暖かい感触が頬に流れて、鼻の奥がツンとする。泣くことしか出来ないウチが情けなくて、手の甲で頬に流れる涙を何度も拭った。けどリリアのことを考えると、しゃくりあげる気持ちと一緒に流れようとしてくる。心配そうなエリナスの頭を撫でて空元気を浮かべても、やっぱり止まらん。
もしかしたらリリアは自分が死んでも良かったって、そう思ってるんかな。あの子のことやから、死ぬのは嫌やけど……でもしょうがないって考えてるんかもしれん。
命を軽々しく見てるんか分からんけど、諦めないで生きて欲しい。だって──また遊びに行こうって約束したんやから。
だから。
「ご、ごめんなぁ……こんなん……」
「謝らなくていいよ。イスフィ、いっぱい考えてるでしょ?」
「……っ」
「リリアを助けたいって」
優しい声でウチを諭してくれるエリナスのためにも、ウチは前を向かんとダメなんや。子供みたいに小さいのに、胸の奥へ真っ直ぐ届いてくる純粋な性格を曇らせたらいかん。
それは分かってる。
いつもお母さん呼びしてくるこの子が、今日だけは名前で呼んでくる。それはつまり、小さくてか弱いエリナスでも甘えられないほど、今のウチは情けなくて弱いってこと。
でもこうして悩んで泣くくらいしか出来んウチを、エリナスは小さなチビスラの身体で慰めようとしてくれる。
「無力じゃないよ」
「でも、ウチ……」
「リリア、嬉しかったと思う。一緒に遊んで、一緒に笑って。普通の女の子みたいに過ごせたの、きっと嬉しかったってボクは思うよ」
普通の女の子。その言葉に、胸が締め付けられる。聖女じゃなくて、寿命が近い特別な存在でもなくて、ただの、リリアとして。普通の学生として生きていけたらどれだけ幸せなんやろて。
リリアも、この前の“普通の”デートを楽しんでくれとるんやろかって。
「……そ、かな」
「うん」
それを肯定するように、エリナスは微笑んだ。
「だってリリア。イスフィといる時、すっごく楽しそうだったもん」
「……そう、か」
楽しそうやったんか、あの子。
いつも笑顔やったからあんまり分からんかったけど、交流のあんまりないエリナスから見ても、楽しそうに見えたんか。
そっか……そうやったんや。ウチ、あの子にちゃんと記憶に残ることしてあげられてたんや。
「……ははっ…………っぅ……ふぅ」
堪えていたものが決壊しそうで、声を押し殺しながらエリナスに抱き着いた。
悔しくて。
苦しくて。
怖くて。
でも同時に──助けたい。その想いだけが、涙の奥で確かに燃えていた。エリナスは何も言わず、ただそっと抱き締め返してくれる。温かかった。
小さなその温もりが、壊れそうになっていた心を少しだけ繋ぎ止めてくれる。
ホンマ、ウチって単純で子供やなぁ。
でも子供でいい。
復讐とか色んなしがらみとかそんな面倒臭いことは嫌やし、現実的なことは考えたくない。理想とか、そういう希望を持っていたいやんか。
あの子なら、リリアならきっとウチの意見に賛同してくれる。
「……助ける」
例えリリアが死んでもいいと思ってたとしても。
助けることがただのウチのエゴやったとしても。
ウチはあの子と一緒に居たい。
「絶対、リリアを助けたるわ……っ!」
だってそれが、友達やろ?
───☆
涙を流しながら、覚悟にうち震えるイスフィ。彼女は世の中を知らない子どもだ。だからこそ理想を語るし、現実を直視しても諦めない心を持つ。
まさしく青い果実。
そんな彼女の近くに、一輪の“桜色”の花びらが舞い落ちた。暗い夜空でも鮮やかな色味を誇る桜は、悠々と存在感を醸し出しながらイスフィの視線を釘付けにする。
何故ならそれは、記憶に新しい桜の王種の花びらと同一だったから。イスフィの疑問が困惑に変わる最中、例の花びらが形を変えた。眩い光に包まれ、ヒトガタを形成していくソレは月光を吸収し、白と赤の着物姿へと変身する。
幾ばくかの流星が流れたあと、姿を現したのはやはり──桜の王種、“オウヒ”だった。
「それでこそ僕のパートナー候補だよ」
「……なんでおるん、お前。またウチらを殺すつもりなんか?」
警戒を滲ませ、エリナスを背後に隠しながら睨み付けるイスフィ。もしオウヒが彼女を殺そうとすれば、声を出す間もなく容易く壁のシミとなって消え去るだろう。
そんなことはイスフィも理解していた。
ただ、この前見た時よりも様子が落ち着いているように見える。嫉妬と怨嗟に塗れたオウヒと今のオウヒとでは、別人みたく写っているのだ。
「ううん、まさか。でもさっきみたいに情けなく泣いてたら、殺してやろうとは思ってたけどね」
「……気でも変わったんか?」
「キミの身体に風穴が空いてないのがその証拠だよ」
「御託は一々言わんでええわ、何が目的なんや」
「随分と嫌われたものだよね……ま、仕方ないか」
諦めたように肩を竦めたオウヒは、窓際へ腰を預けながら静かに夜空を見上げた。その横顔は、以前のような狂気じみた笑みを浮かべていない。月光に照らされた白い肌はどこか儚く、桜色の瞳だけが、じっとイスフィを見据えていた。
何をしたいのか分からない。それが実直なイスフィの感想だった。
「目的、ねぇ」
ひらり、とオウヒの指先で花弁が踊る。淡く発光するそれは、月光を反射しながら部屋の中をゆっくり漂った。
「そんな大層なものじゃないよ。ただ──少し気になっただけ」
「……何がや」
「キミたち人間がさ」
ぽつり、と落とされた声色は妙に静かだった。部屋の中にイスフィとエリナス以外に誰もいないのも関係しているのかもしれない。きっと普段のイスフィなら聞く耳を持たなかっただろう。
だが今は、様子の違うオウヒの態度に少しだけ気になるものがあった。
「どうしてそこまで、誰かのために泣けるのかなって」
イスフィの眉が僅かに歪む。
意味が分からなかった。人間が誰かのために泣くなんて、そんなもの当たり前だからだ。悲しかったら泣くし、大切な人が傷付いたら苦しくなる。
そんなものに理由なんてない。だがオウヒは、本当に理解できないものを見る目をしていた。
「……意味分からん」
「あはっ、分からないよね──僕にも分からないんだよ、人間って。もっと醜い生き物だと思ってたから」
桜の王種。
かつて嫉妬に狂い、愛に飢え、全てを壊そうとした怪物。そんな存在が今、まるで迷子の子供みたいな顔をしていた。酷く空っぽで、穴の空いたグラスに水を注ぎ続けるように無駄なものを見ているような。
そんな酷い顔。
「寿命が近いなら見捨てればいい。利用価値がなくなるなら切り捨てればいい。面倒なら諦めればいい
でもキミは、“助けたい”って泣いてた」
「……そんなん、当たり前やろ」
「当たり前、か」
オウヒは目を細めた。
その言葉が眩しいものでも見るみたいに。青い果実の青い言葉は、澄み渡る空から登る太陽の日差しよりも強く、確かに輝いている。
彼女は……オウヒは、太古から生きるモンスターだ。自分の起源などとうの昔に忘れてしまっているが、かつては自然をこよなく愛し、蝶や花などの小さな命を守っていた心優しき王種だった。
それが人による環境破壊や自然の変化により、醜く歪んでしまったのだ。アグニの焔により穢れた部分が焼かれ、本来の彼女が少しずつ花開いたために、ようやく焔の檻から脱出を許された。
本来のストーリーで仲間になる彼女は、イスフィの誰かを守りたいという思いにより歪んだ部分が解消され、かつての心を取り戻す。そういう物語だった。決して便利なお助けキャラなどではない。オウヒにだって、ミツルにだって心があるのだから。
ただそれを、今は忘れてしまっているだけに過ぎない。
「……僕には、その当たり前が分からなかった」
静かな夜だ。
遠くでは未だ混乱の名残か、救護班のサイレンが微かに聞こえる。やけに響くオウヒの声も、心做しか寂しげだ。
指先で花弁を触りながら夜景を眺めるオウヒと、釣られて外を見つめるイスフィ。窓から見える景色は校庭が一望出来るものだったが、よくよく観察すれば今朝あったアグニとミツルの戦いの痕跡が綺麗まっさらになくなっている。
赤熱化してマグマとガラスまみれだった地面も、毒と膨大な水によって消し飛んだ自然も、全て元通りだ。そして、そんなこと出来るモンスターは他に居ない。
居るとすれば、目の前のオウヒくらいだろう。
「だからさ──協力してあげようかと思って」
「……は?」
オウヒの爆弾発言に、イスフィの目が見開かれる。エリナスも「えっ」と小さく声を漏らした。だがオウヒは冗談を言っている様子ではない。その横顔は以前のような狂気じみた笑みではなく、間違いなく真剣そのものだった。
月光に照らされた白い肌は、どこか儚く。桜色の瞳だけが、じっとイスフィを見据えている。
「聖女を助けたいんでしょ?」
「……そうやけど。なんで、お前が」
「別に正義感でも、キミ達が可哀想だからとかでもないよ?ただ僕が気に入らないんだ。あの“魔女”」
瞬間。
室内の温度が、すぅ……っと一気に下がった気がした。
つい先程まで柔らかく舞っていた桜の花弁が、まるで感情に呼応するみたいに空中で静止する。月明かりを反射していた淡い桜色も、今だけは酷く冷たく見えた。
オウヒの桜色の瞳に、どす黒い感情が宿る。それは嫉妬でも狂気でもない。もっと粘ついた、底の見えない嫌悪だった。
「ああいう手合いは嫌いなんだよねぇ。花を弄んで、自然を壊して、モンスターっていう一生物をめちゃくちゃにする奴」
ひらり、と静止した花弁が宙を舞う。だがその美しさとは裏腹に、空気は凍り付くほど冷たい。まるで部屋そのものがオウヒの感情に侵食されているみたいだった。
エリナスが小さく身を震わせ、イスフィも無意識に息を呑む。
「しかも“支配”とか、一番趣味悪いじゃん。僕も支配された結果、大暴れしちゃったしね」
その声音には、はっきりとした殺意が滲んでいた。
イスフィは息を呑む。
脳裏に浮かぶのはあの日のおぞましい光景だ。
桜吹雪に呑み込まれていく校舎と圧倒的な暴力。壊れていく自然に、狂ったみたいに笑っていたオウヒ。あれは確かに災害だった。天災級の怪物そのものだった。
けれど今なら少しだけ分かる。あの暴走は、最初から全部オウヒ自身の意思だったわけじゃない。
──そして今オウヒは、本気でノアを殺したがっている。
「勘違いしないでよ?僕はキミたちの味方じゃない。ただ、今は利害が一致してるだけ」
「……信用できる言うと思うんか?」
「別に信用なんていらないよ」
イスフィの警戒は解けない。
当然だ。
相手は桜の王種。ほんの数日前まで敵として暴れ回っていた化け物なのだから。そんなイスフィの視線を真正面から受け止めながら、オウヒは肩を竦めた。
当たり前の事を聞かれたように飄々としているが、やはり刺々しい雰囲気は変わらない。
「必要なのは結果だけだからさ」
その言葉には妙な説得力があった。
桜の王種。
天災級の怪物。
もしこの存在が味方に付くなら、戦力としては破格どころの話じゃない。アグニに匹敵する災厄がこちら側に立つということだ。
だがそれでも、イスフィの胸には小さな違和感が残っていた。
「なんで、そこまで……」
イスフィの呟きに、オウヒは少しだけ目を伏せた。
「……羨ましかったんだと思う」
「え?」
「誰かのために泣けることが。失いたくないって思えることが、羨ましいんだ」
月明かりがオウヒの横顔を照らす。
「僕には、そういうの無かったからさ」
照らされたオウヒの表情はやはり、寂しそうに見える。到底、王種なんて呼ばれる存在には思えない。ただ置いていかれた子供みたいに酷く孤独そうで……孤高ではない孤独を体現していた。
自然を愛していた怪物。風に揺れる花を愛し、降り注ぐ陽だまりを愛し、小さな命が懸命に生きる世界を愛していた王種。そしてきっと、誰かに愛されたかった怪物。
けれど長すぎる時間は、優しさすら歪めてしまう。
人に踏み荒らされ壊され、忘れ去られて、怒りと孤独を抱え続けた結果、気付けば壊すことしか出来なくなっていた存在。愛されたかった筈なのに、理解して欲しかった筈なのに、その方法すら、もう分からなくなってしまったのだ。
イスフィは、不意に思う。
──もしかしたらオウヒも、最初から怪物だったわけじゃないのかもしれない、と。
誰かに傷付けられて、誰にも理解されなくて、そうして長い年月の果てに、今の“桜の王種”になってしまっただけなのかもしれない。
「…………ま、言いたいのはそれだけ」
空気を誤魔化すみたいに、オウヒはいつもの調子で笑った。その笑みは軽薄で、どこか人を小馬鹿にしたような態度なのに……さっきまで見えていた弱々しい表情を隠そうとしているみたいにも見える。
くるりと、白い指先で桜の花弁を回す。
淡い桜色の花弁は、まるで感情を映すみたいにふわりと揺れ、静かな部屋の中をゆっくり漂った。
「僕を振ったんだ。もしまた情けない姿見せたら、今度こそ風穴開けるからね?」
「なははっ……勘弁してくれや」
イスフィは苦笑する。
怖い。正直、めちゃくちゃ怖い。けど、さっきまで胸を押し潰していた絶望が、ほんの少しだけ軽くなっていることに気付いた。独りじゃないと、そう思えたからだ。
月明かりの差し込む静かな部屋の中で桜の王種は、どこか不器用そうに笑っていた。
───☆
決戦は三日後。
それ以上は、もう日付を伸ばせない。
──リリアの寿命が尽きるからだ。
重苦しい沈黙の中、私は机の上に広げた資料へ視線を落とした。ノアの能力、淵の行動範囲、現在確認されているモンスターの分布図。どれも最悪だ。状況だけを見れば、勝率なんて笑えるほど低い。
メル達と作戦会議をしていた時、ひとつの案が浮かんだ……いや、“浮かんでしまった”と言うべきかもしれない。
このままリリアの寿命が尽きるまで待つ。そして、聖女を失って油断したノアと淵を叩く。合理的ではある。実際、成功率だけを考えるなら最善に近い選択肢だった。
ノアにとって、リリアは重要な駒だ。
寿命で死ねば警戒も緩むだろうし、精神的な隙も生まれる。そこを叩けば、少なくとも今より遥かに有利な状況を作れる。
……でも。
「それじゃあ、駄目なんだよ」
誰に聞かせるでもなく、私は小さく呟いた。
臨時とはいえ教師という立場だから?いいや違う。そんな綺麗な理由だけじゃない。私は、あの子達を知っている。リリアは確かに聖女だ。寿命が短く、人間ともモンスターとも違う特異な存在。
けれど同時に、馬鹿みたいに明るく笑って、イスフィちゃんとくだらない話で盛り上がって、メルと一緒に甘い物を食べてはしゃぐ……どこにでも居る普通の女の子だった。
少なくとも、私にはそう見えていた。
だから。
「見捨てるなんて、出来るわけないじゃん……」
椅子へ深く身体を預け、天井を見上げる。視界の端では、机に置きっぱなしのコーヒーがすっかり冷め切っていた。
三日。
たった三日だ。
その短い時間の中で、ノアを倒し、淵を止め、リリアを救い出さなければならない。しかも相手は、“支配”の魔女。真正面から戦えば、こちらの戦力が寝返る可能性すらある化け物だ。
「あ〜〜……困った、勝てる気がしない」
乾いた笑みが漏れる。
メルとモウガンをパートナーにして、色々な修羅場を見てきたつもりだった。だけど今回ばかりは規模が違う。国家が動きかねない案件。下手をすれば、この学園そのものが戦場になる。
メルとモウガン、フォスの三人は害獣退治でいち早く強くなろうとしてるのに、時間が過ぎるのはその成長速度よりもっと早い。アマネちゃんも参加してるみたいだけど、都市のほぼ半数を巻き込むモンスターを相手取るには、到底不十分な戦力だ。
きっとモンスターを殺すだけならメル一人だけで事足りる。でも、支配されてる子たちに対してすらも、殺す選択肢を私たちは取れなかった。
脳裏に浮かぶのはリリアの笑顔。
もしリリアが無事に戻ってきたとしても、自分の代わりに大勢のモンスターが犠牲になったと知ったら、朗らかなあの笑みが曇るのは容易に想像がつく。
「ははっ、教師ってこんなに大変なんだね。相当ブラックだよこりゃ」
勝てるか分からない戦いに挑まなければならない。メルやモウガン、フォス達が死ぬかもしれない。最悪、敵となって対峙する可能性もある。
……まぁ、諦める理由にはならないけどさ。
対策なんてしょうがない。マイクで支配出来てしまうなら、配布されているタブレットに音声ファイルを流し込まれるだけで終わる。正直、勝てる可能性は微塵もない。
どこかにモンスターを同じく従えられる……もしくは言うことを聞いてくれる人がいれば話は変わるんだけど、そんな人いる訳が──いる訳が?
「いや、いる……一人だけ、実績も実力もある子がいるッ!」
間に合うか分からない。今現在どこにいるかすらも定かじゃない。連絡先も知らないから、話をすることも出来ない。でも“都市を救った英雄として”有名になったあの子の電話番号は、既に割れてしまっている。スマホか電話番号を変えてなければ、繋がる可能性は大いにあるんだ。
頼むから繋がってくれ。
そんな万感の思いを賭けて──私は彼女にコールをした。
───☆
「なぁ、メルの奴大丈夫か?」
「……何とも言えないわね」
「わふっ」
(顔が怖いよ……?)
アマネとモウガン、そしてフォスの目の前で暴れ狂う白銀の髪と紅の瞳。立ちはだかる害獣を腕の一振で一掃し、それでも生き残る敵には桜と焔を合わせて粉微塵にする。
響く轟音。
爆発にも似た衝撃波が周囲へ広がり、アスファルトが蜘蛛の巣状に砕け散る。吹き飛ばされた害獣の巨体は、断末魔を上げる暇すらなく血飛沫へ変わり、その余波だけで周囲の小型個体まで纏めて吹き飛んだ。
「──きっ」
低い声。
普段のメルからは想像も出来ないほど冷え切った声音だった。
紅い瞳が、獲物を探すように周囲を睨み付ける。殺気が濃すぎる。肌に突き刺さるみたいな圧力に、周囲の害獣達が本能的な恐怖を感じ取ったのか、一瞬だけ足を止めた。
その隙を逃さず、再び強襲する焔と桜の攻撃。正しく一騎当千。モウガンから見て、本気を出した王種には及ばない印象だったメルの力は想像以上に強くなっているらしい。
「どうやら、なりふり構って居られないって感じね」
「……見たら分かる」
「あら?貴方はお友達の事が心配じゃないのかしら」
「ただの知り合いだ。まぁ、聖女様だから助ける他ないんだがな……おいやめろ、なんだその素直になれないなぁコイツはみたいな顔!」
「気のせいよ、アマネちゃん」
「ちゃん付けするなデカ女ァ!」
と互いを罵り会う二人だが、抱く気持ちは同じ。リリアとあまり関わりがないにしろ、聖女が敵に囚われたという状況は人でもモンスターでも危険に変わりない。
予定調和にしろ互いの対決を邪魔されたのも腹が立つ。
というわけで再び害獣退治に赴いている訳だが、アレだけ洞窟に潜り続けるアマネの事を心配していたメルが、今度は此方が心配になるくらい敵を倒し続けているのだ。
時間がないのは分かるが、自分たちの成長材料まで取られてしまっては意味が無い。
アマネのモンスター達の進化はまだまだ先になりそうだが、モウガンの進化はすぐそこまで迫っている。そして、メルの進化も恐らく近い。決戦の日迄に間に合うか分からないが、全力で経験値を稼ぐ他残された道はないのだ。
──期限は残り三日。実際には、二日と二時間三十分。各々が自分の取れる最高の選択肢を選ぶ中、時間は無情にも過ぎ去っていく。
気付けば、決戦の日はすぐそこまで迫っていた。
ハッピーエンドもすぐそこです。絶望を踏んずけ、希望を掴み取る。その先で百合ハーレムを築くのが、私たちのメルちゃんです。
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