綾小路がBクラスに配属された世界線 作:来世
36話:罪と罰
楽しかった夏季休暇も終わり、オレたちは二学期を迎えた。
夏特有の蒸し暑さもピークを迎え、人々の肌を日差しが突き刺す。
「─────おはようっ、綾小路くんっ!」
鞄と憂鬱な感情を抱えて登校していると肩を軽く叩かれる。
だが、振り返らずとも声だけで誰かは判断できる。
それくらい、関わってきたつもりだ。
「──────おはよう。一之瀬」
すぐさまオレの横に並ぶ彼女を横目で捉えながら、オレも挨拶を返す。
こんなに暑いのに、よく普段の元気を保っていられるものだと感心するな。
「二学期始まるね」
「ああ。そうだな」
「私ね。今日話そうと思う、過去のこと」
一之瀬が紡いだ言葉の真意は、過去の告白。
つまり、自身が犯罪者であることを、皆に言おうと言うのだ。
船の上で見せた決意は、偽物ではなかったらしい。
「そうか」
「やっぱり、軽蔑、されるかな…………」
「一学期や夏季休暇でお前が見てきた仲間が、そんなことするのかどうか。それが、答なんじゃないか」
「そう、だね。みんなは、そんなことしないよね」
「一之瀬がそう思うのなら、間違いないさ。それに、学期の変わり目、話すにはいい機会だと思うぞ」
船上で坂柳から宣戦布告を受けた時、一之瀬についての言及があった。
そして、ここの理事長の苗字は坂柳。
最悪の場合、アイツが一之瀬の過去を知っていることもあり得るのが嫌なところだ。
「ありがと」
「気にするな」
そんな会話をしながら、道を進む。
寮から高育の校舎まではそう遠くはないが、既に汗が滲んでいる。
…………早く夏なんて終わって、冬になって欲しいぞ。
「──────っていうことで、十月初めに行われる体育祭に向けて、体育の授業が多くなるから、今から変更後の時間割を配るわね。回して~」
体育祭。
それが何であるのかは、オレは既に知っていた。
全クラスの生徒が赤組や白組、青組に分かれて運動神経と団結力で王座を競う熱き戦いのことだ。
そして──────それが、ここでも行われるらしい。
「はぁ…………」
「綾小路くん、運動嫌いだっけ?」
「嫌いじゃないな。だが、暑い中汗水垂らしながら運動するのは嫌いだ。いや、やったことはないが、想像できるからな」
無人島試験では、スポットの為にあちこちを走り回ったが、あんなものはカウントしない。
神崎と一緒だったから話題は尽きなかったし、ペースも多少落とすだけで良かったからな。
だが、体育祭は別だ。
学校の言う『実力』に身体能力が含まれているからこういったイベントも予測してはいたが、実際にやるとなると憂鬱だ。
「私は好きだなぁ。それに、皆と一緒に戦えるからね」
「そうか。それなら、オレの分も頑張ってくれると助かる」
「君もやるんだよっ?!」
「…………まじか」
そんな会話をしていると、星之宮からの視線を感じた。
どうやら、話を遮ってしまったらしい。
少し申し訳なさそうな顔を作ってから、オレは窓の外に視線を流す。
「──────今回の体育祭では、A・Dクラスを赤組に、B・Cクラスを白組として、この二つの組で競い合ってもらう形をとってるわ。詳しいルールは、配る資料に目を通してね」
今回の体育祭のルールは以下の通りだ。
・三学年を赤組・白組に分け、この二つの組で争わせる
・下記の個人競技・団体競技に勝利することでポイントを得られる
・競技には個人競技/団体競技、全員参加/推薦参加がある
・最終的に総合点で1位のクラスは『+50CPT』、2位のクラスは『+0CPT』、3位のクラスは『-50CPT』、4位のクラスは『-100CPT』される
詳しいルールは省くが、これが大まかに設定されたものだ。
あまりこんなことは言いたくないが、その…………単調だな。
夏季休暇中に行われた特別試験に比べれば、何の捻りもない。
逆に言えばそれだけ、正攻法に強いオレたちの舞台と言うわけだが。
そして、今回の体育祭には『参加表』というものがある。
これは、誰がどの種目に出るか、どのレースどの順番で行くかなどを記入するものだ。
つまり、出場者も出場するタイミングもすべて生徒たちで決めることになる。
体育祭での種目は以下の十三種だ。
①100メートル走/全員参加/個人競技
②ハードル競走/全員参加/個人競技
③棒倒し(男子限定)/全員参加/団体戦
④玉入れ(女子限定)/全員参加/団体戦
⑤男女別綱引き/全員参加/団体戦
⑥障害物競走/全員参加/個人競技
⑦二人三脚/全員参加/団体戦
⑧騎馬戦/全員参加/団体戦
⑨200メートル走/全員参加/個人競技
⑩借り物競走/推薦参加/個人競技
⑪四方綱引き/推薦参加/団体戦
⑫男女混合二人三脚/推薦参加/個人競技
⑬学年合同1200メートルリレー/推薦参加
その後、反則事項や個人総合点下位十名に与えられるペナルティを星之宮が説明してから、解散となった。
六限目だからか、SHRさえあの人はカットしたらしい。
もう教師失格だろ、あんなの。
──────そして、ここからがもっと重要なイベントだ。
一之瀬が、過去を打ち明ける。
それが彼女にとってどれだけ大変で苦しいことなのか、オレには理解できない。
だから、せめて心の中で応援するとしよう。
…………頑張れ、一之瀬。
「──────みんな、ちょっといいかな」
自席を立ち、教壇まで歩み寄った一之瀬が口を開く。
その姿に、多くの者の視線が吸い寄せられた。
「私はみんなに、言わなくちゃいけないことがある」
前を向き、真剣な瞳で語る彼女を前に、最早誰も言葉など発さない。
いや、彼女の出すオーラが、発させないのだ。
カリスマとはまた違った場を支配する能力、それが今開花しているのだろう。
「──────私は、罪を犯した」
そこから語られたのは、オレが船上で聞いたものと同じ過去。
痛ましい過去を乗り越え、新たな一歩を踏み出す。
普通の者は味わうことのないその凄惨な過去は、誰よりも彼女を蝕んだ。
だが今、一之瀬はそれを自らの力のみで乗り越えて見せた。
「──────これからも私に、ついてきてくれますか?」
最後の一之瀬の問いかけに対する反応が、彼女の人望を表す。
柴田や網倉、神崎までもが彼女を肯定し、そしてついていくと宣言する。
「みんな…………ありがとう………」
これで、一之瀬の弱点はあと一つにまで減った。
だが残る一つは、最早彼女の力だけで克服することは難しいかもしれないな。
「…………ありがとう、綾小路くん。君のお蔭で、踏み込む勇気を貰えた」
放課後の教室。
参加表について考えると言って残る選択をした彼女に言われ、オレもまた教室に残っている。
夕日に照らされる彼女の顔が、どこか寂しそうに見えた。
「乗り越えられたのは、お前の力だ。自分を誇れ」
「君はいつもそう言ってくれるね」
「事実だからな」
さて、今回の体育祭ではオレは静観に徹するとするか。
勝とうと思えば、いくらでも策はある。
松下や櫛田、小宮に近藤。
使える駒は無数に存在するからな。
だが、それよりも見たいと思ったからだ。
─────一之瀬と、新たに団結したBクラスの本気を。
ふと、スマホが震えた。
着信を見れば、相手は非通知。
嫌な予感がするが、出ないわけにもいかない。
オレは慎重に電話を繋いだ。
『──────もしもし?』
『ふふ。話すのは久しぶりですね』
聞こえてきたのは、いつか聞いた少女の声。
嫌な予感は正しかったというわけだ。
『なぜあのときオレに直接電話をしなかった』
『初めては、インパクトがある方が良いかと。それに、橋本くんなら面白い反応を見せてくれそうだったので』
『それで、何の用だ?』
『私と、勝負してくれませんか?』
『前にも言っただろ。メリットがない』
『なら、メリットを作ればいいじゃないですか』
スマホの向こうで、息を吸う音が聞こえた。
メリットを作る、か。
『─────私と一局、チェスでもどうですか? もし受けて下さらないのであれば、今後葛城くんの信頼を堕としてから徹底的にBクラスを狙います。ですが貴方が勝てば──────
──────私が、この学校を自主退学すると約束しましょう」