綾小路がBクラスに配属された世界線 作:来世
──────体育祭まで、残りも約二週間となった。
各々の出る種目も既に決定されていて、オレは推薦参加だと借り物競争と学年合同リレーに出ることになっている。
これは普通に神崎に押し付けられたからだ。
断るのも気が引けたので、押し切られてしまった。
まぁ、これのうちどれかで本気を出すつもりだったから問題はない。
どれにするかは、直前に決めればいいだろう。
「─────頑張ろうね。綾小路くん」
ある体育の授業。
一之瀬がふと、そんなことを言ってきた。
「ああ。そうだな」
「ねぇ、気になることがあるんだけど、聞いても良い?」
意味ありげな発言に視線を向けると、一之瀬がオレを真っすぐ捉えている。
オレは黙って頷く。
「…………船上でさ、橋本くんが訪ねてきたよね。あのときの電話、どうだったの?」
「どう、とは?」
「他クラスのリーダーから直接電話なんて普通じゃないよ。だから、もしかしたら脅されたりとかしてるんじゃないかって。少し不安なの」
確かに、あの状況はかなり不自然だったと言わざるを得ない。
だが、それでも坂柳との電話の内容を明かすことは出来ない。
「…………大丈夫、心配には及ばない。なんてことのない内容だったぞ」
「本当に? 君はいざって時、自分を犠牲にしそう。信じて良いの?」
「それは一之瀬の方だろ。オレの心配は良いから、体育祭でクラスを勝たせることを考えろ」
最近は、人に呼び出されるブームがオレに来ているらしい。
今日オレ、綾小路清隆はなんと生徒会室に呼び出されていた。
校内放送で伝えられた時はクラスの皆に心配され、態々誤解を解いたんだからな。
下らん用事だったら…………心の中で文句を言ってやろう。
そんな心持ちで、オレは生徒会室の扉をノックする。
すると、中から「入れ」という声が聞こえた。
「──────久しいな。綾小路」
「裁判以来ですね。…………堀北生徒会長」
目の前で椅子に座っているのは堀北学。
一年生時から生徒会長を務め、今までAクラスを維持し続けている生ける伝説、らしい。
一之瀬の情報だが、概ね正しいのだろう。
「まあ座れ。遠慮はいらない」
「分かりました」
オレは促されるままに、目の前の椅子に腰かける。
だが、テーブルを挟んだ向こうに座る彼から感じる威圧感は依然として凄まじい。
対峙しているだけで気が滅入りそうだ。
「──────それで、今日お前を呼び出したのには、少々事情があってな」
「…………とりあえず、聞かせてください」
何の理由もなく堀北がオレを呼び出すとは思えない。
それに、関わったのは裁判だけ。
なのにオレを選んだということは、相当な理由があるんだろう。
「まず最初に言っておくが、俺はお前の入試の結果を把握している。これは俺ではなく、生徒会室に与えられる権力によるものだ」
…………はぁ、マジかよ。
この学校、プライバシーはどうなってるんだ?
星之宮はまだ教師ならと割り切れたが、一生徒にもそんな権力が与えられているのは話が違う。
これでは、警戒しなければいけない生徒が増える。
「…………試しに、聞いてみても良いですかね」
「学力試験では全教科八十点、これははっきり言って異常だ」
「そうですか。前提は理解できました、話を続けてください」
「驚かないのか?」
「そりゃ驚きますよ。ですが、ここでその反応を示しても無意味ですから」
「…………そうか。では続ける。お前に話したい内容は、直近の生徒会内の動き、お前と同じ1-Bの一之瀬帆波、そして生徒会への勧誘についてだ」
どれも、気になりはする話だな。
だが、一番興味を惹かれるのは一之瀬についての話だ。
彼女は以前、生徒会への所属を希望していた。
だが、龍園による自クラスへの攻撃が始まったため、そっちに専念するために一時断念していたと聞いている。
しかし夏季休暇によってCクラスは勢いを落とし、更にBクラスが現在波に乗っていることで、これを機に生徒会への所属と言う目標を再び掲げた。
「まずは生徒会内の動きについてだ。俺は、お前にある種期待をしている。実際、腐ると思っていたBクラスは、お前が率いたことで勢いに乗り、今ではAとも僅差と聞く。そのお前と見込んで、少し頼みたいことがあってな」
「なんですか?」
「…………生徒会に、入らないか?」
「入りません」
「即答だな。理由を聞いても良いか?」
一之瀬は、目の前の堀北学に生徒会入りを断られ続けている。
オレ自身、彼女よりも適した人物はいないと思ってるため、単純にコイツが気に食わないのが理由だ。
当然、顔にも口にも出さないが。
「…………面倒事は嫌いなので」
「そうか。では、事態を説明しよう。今、生徒会は二つの派閥に分かれつつある。三年の橘などがいる俺率いる派閥。そしてもう一つが、過激な実力主義を掲げる、二年Aクラスの南雲が率いる派閥だ。ここまで言えば、もう分かるだろ?」
「オレに、その南雲とやらを止めて欲しいと?」
「ああ。俺はあと半年もしないうちに卒業する。そうなれば、生徒会長はアイツになるだろう。そうなれば、この学校はアイツの都合のいいものに改竄され、お前にとっても居心地のいいものではなくなるぞ」
「まさかそれだけの理由で、あなたたちの問題にオレを巻き込むと?」
「…………それだけではない。南雲側のスパイからの情報ではどうやら、アイツは────一之瀬帆波と接触を図る気らしいぞ? もし懐柔されたらどうなるだろうな。アイツは二年生の中でも黒い噂の絶えない男だ。気を付けるべきだとは思わないか?」
…………問題が多すぎるな。
正体不明の坂柳、実力を見たい星之宮、加えて一之瀬との接触を目論む南雲か。
堀北は聡い男、態々ここでオレに嘘を吐くことにメリットがないのは分かっている筈だ。
だからこそ、この時期なのが悔やまれる。
「…………もしオレが生徒会に入ったときに、ある程度の褒賞を約束していただけるのなら、あなたの誘いに乗っても構いませんよ」
「ほう? 言ってみろ」
「まずは、オレが生徒会に入る場合、同格の役職として一之瀬も入れること。そして次に──────」
「─────そこまで大きな要求をするんだ。お前にはしっかり、これから南雲の動きを止める際には協力してもらうぞ」
「ええ。もしそのときが来たなら、出来る限りの協力を約束します」
こうしてオレは、堀北学という大きな協力者を得ると同時に、南雲雅という男と陰ながら敵対することになった。
だが、オレは別に彼らの争いなどどうでもいい。
オレが欲しかったのは、二つ目に挙げた褒賞のみだ──────。
「最後に聞きたいことがある」
「なんですか?」
「…………堀北鈴音という生徒を、知っているか?」
「いえ、知りませんね。若しくは、覚えていません」
「そうか。今日は来てくれて助かった、また会おう」
「ええ」
堀北、鈴音…………
聞いたことがあるような気がしなくもないが、どうせ下らないことだろう。
オレはその話を脳内の隅へ押し込み、廊下を進み始めた。
ああ、これは運命だ。
彼を見つけた瞬間、心がそう叫んでいた。
綾小路清隆くん、彼は、私が倒すべき相手であると同時に、私が唯一心の躍る相手でもある。
初めて彼を見たのは、白い壁に囲まれた部屋の中。
黙々とチェスをする彼に、他を圧倒する彼に、私は心を惹かれた。
それから、もう会えないと思っていた彼と、高育で再会できたのだ。
正確には会えてはいないですけど、電話ではもう何度も声を聞いたので会ったのと同義です。
でも、そんな彼に、初めて電話をかけたときは良かった。
声も聞けたし、良い感じに存在をアピールできた。
でも、密偵の山村さんからの報告を受けた時に、私の心に罅が入った気がした。
「姫野ユキ…………」
思わず、考えている相手の名前を口に出してしまう。
綾小路くんは、作られた天才。だから、真の天才である私が万全の状態の彼を倒す。
そんなシナリオは、彼女の存在によって崩れ去った。
彼は──────弱点を抱えていたのだ。
だから、そこを徹底的に叩く。
そして彼を完膚なきまでに叩きのめして、もうあんな白い部屋とあの女のことなんて考える必要はないと教えてあげないといけません。
だから…………だから…………
「あなたはいりません。
──────消して差し上げますよ。 身の程知らずさん」
あーあ…………(諦め)