綾小路がBクラスに配属された世界線 作:来世
「──────というわけだ。だから、うちはDクラスと当たることになった」
オレは堀北学の特定だけは避けつつ、協力者の存在を神崎に明かした。
その結果、彼も納得し、一先ずは先のペーパーシャッフルへの対応を優先してくれるらしい。
「それはいいが、となると問題製作はどうする。こっちもDクラスでも退学者が出ないであろうレベルの問題にするか? それなら、勝敗は分からない」
「向こうはそれで納得してくれるかな? もしかしたら、問題を売ってやるんだから、意図的に点数を下げて勝利を譲れって言われるかも」
一之瀬の言いたいことも分かる。
だが、今優先すべきは勝利よりも仲間の安寧だ。
「…………この際、勝利は捨ててもいいと思うぞ。無論、Aクラスへの切符を手放すという意味じゃない。だが、危険性を孕んだ試験である以上、安定を取ることも重要だ」
オレは神崎に向けて言う。
彼はきっと、Bクラスの中で最もAクラスへ行きたいという気持ちが強い。
だからこそ、目的を見失って欲しくはない。
「…………分かってる。今回失うのは100ポイント。AクラスがCクラスに勝っても開くのはたった200ポイントだ。恐らく、今後の試験で必ず取り返せる」
「なら…………」
「ああ。その作戦で行こう。今回は安全を重視する」
神崎の説得に成功したことで、オレたちの取る作戦は決まった。
だが、オレには同時に進めておかないこともまだ残っている。
同日・深夜。
「なぁ…………チェスは得意か?」
深夜、寮から離れたベンチにて。
無表情の男と、少し人相の悪い女が会話をしている。
互いに隣に座っているものの、その視線が交差することは稀だ。
「別に。やったことはないわね」
「そうか」
「というか、なんでここ? もっといい場所あったでしょ」
女の悪態に、男は意に介さず会話を続ける。
その様子は、いつも通りで普遍的だ。
「都合がいいだけだ」
「それで、チェスが何なのよ」
「…………ああ、少しな。お前に伝えておかなければならないことがある─────」
男の言葉を聞いた女は一瞬驚き、そして悪い笑みを浮かべる。
その顔は獲物に狙いを定めた肉食獣のようであり、同時に…………ライバルを見るような目でもあった。
「やぁ、綾小路くん。久しぶりだね」
「ああ、そうだな。平田も元気そうで何よりだ」
「君のお蔭だよ。まぁ、少し不安でもあるんだけどね」
ペーパーシャッフルでの対戦相手の決定は、先日行われた。
当然結果は決まっており、DvsB、AvsCの対戦が決定した。
そして今は十一月の上旬。
オレと一之瀬・神崎はDクラスの中心メンバーである平田・櫛田・軽井沢とのお茶会を催している。
「…………体育祭での件か」
今いるのは、ケヤキモール内の小洒落たカフェ。
奥の個室に集まっており、ここには六人しかいない。
「やっぱり君も気付いていたんだね」
「そりゃな」
「え? 何々、何の話?」
一之瀬や神崎も察し黙って聞いている中、オレと平田の話を遮る者が一人。
Dクラス──────軽井沢恵だ。
「あまり大きい声じゃ言えないけど、Dクラスの中に体育祭の参加表を他クラスに流した生徒がいるんじゃないかって、僕たちは思ってる」
確か、二人は交際しているんだったな。
やけに身体的距離が近いのも頷ける。
「そんなことする人いる? あ、一人思いついたかも」
隣で櫛田が一瞬動揺した顔を見せたのにも関わらず、軽井沢は気付かずに続ける。
きっとその変化に、神崎も気付いたことだろう。
「──────誰だかわかるの? 軽井沢さん」
「うん。いや、だって裏切りそうなのアイツしかいないじゃん。…………堀北さんでしょ」
その名前が出た瞬間、一瞬だけ場の空気が凍る。
一人だけ、内心で怪しい笑みを浮かべてそうなのがいるが。
「…………なんで堀北さんなの? 何か、クラスで?」
堀北…………誰だっけか。
Dクラスにそんな奴いたか? いや、いたのか。
申し訳ないが、オレは平田と佐倉と櫛田くらいしか名前を憶えていないぞ。
「えーと、その、堀北さんは少しクラス内で孤立しちゃってるんだ。綾小路くんからの助言を貰ってから話しかけてはいるんだけど、どうにも空回りしちゃってね」
「だとしたらお前に非はないぞ平田。ただ、頑固な人間もいるからな。だが、それでもクラスメイトとして堀北を守りたいのなら、努力は必須だが」
その堀北がどんなヤツなのかは知らないが、仲間の大切さに気付けないようでは底が知れる。
学が言っていたのは、まさかその堀北じゃないと思うが、どうなんだろうか。
「─────それで、えっと、今日は何の要件で僕たちを集めたんだい? まさか、Dクラスの裏切り者を捜すためってわけじゃないだろう?」
少しきつかったのか、平田が話題を変える。
確かに、今日来たのはそんなことの為じゃない。
もっと、重要なことの為だ。
「──────オレたちはペーパーシャッフルでの対戦が決まった。そして、勝敗はどちらのクラスの総合点が高かったかで決定される。正直言ってお前たちに勝ち目はない、だろ?」
オレは正直に話す。
友達相手に隠し事はしたくない主義だからな。
平田や櫛田も、小さく頷いた。
「そしてオレたちも、仲間が退学になる可能性を捨てたい。だから、交渉だ。お前たちから、‘‘Bクラスに出す問題の制作権’’を購入したい」
オレの言葉に、正面の人間たちは全員驚きを隠さない。
当然だ、真っ向勝負ではなく自分たちにメリットがある提案をされたんだからな。
「それは…………大体、いくらくらいで?」
オレは一之瀬に視線を投げる。
前にも言ったが、オレは基本的にはクラスの方針は彼らに任せることにしている。
ここに来たのも、相手がオレの友人であるという点から、『利用できるBクラスの一生徒』という名目だしな。
だから、オレが担うのはここまでだ。
「─────大体、50万くらいなら、出せる。都合がいいのは分かってるんだけど、今のDクラスなら一人一万五千ポイントくらい渡せる筈。少しの譲歩ならできるけど、受けてくれないなら真っ向勝負することになる」
一之瀬は、現実を突きつけるように言った。
こっちは、もし断られても勝てるんだぞと直接言っているのだ。
だが、彼女からしてみればこの中に友人と呼べるのは櫛田だけ。
それでも、一之瀬はクラスを優先できる人間だ。
「分かった。なら少しだけ、僕からも提案をさせてくれないかな? 聞いて損はしない筈だよ」
一之瀬の発言を受け、平田は改めてオレの方を向いた。
流れ的には、一之瀬の方を見るべきのような気がするが、気にしない。
「…………何かな?」
「実は、こういう展開になるんじゃないかって思ってたんだ。…………Dクラスの問題の制作権は、0ポイントでもいい。だから──────
オレは平田の言葉に耳を傾ける。
彼の選択はきっと、クラスを守る為のものだろう。
この状況の中、クラスのリーダーとしてどんな判断を彼が下すのか、興味が沸いた。
──────週一回でもいいから、Bクラスの勉強ができる人たちに、Dクラスの勉強会に参加して欲しい」
出てきたのは、予想外の言葉。
そんな願いを、ここでするのか。
此方は、いつでも相手を斬れてしまうというのに。
「それは…………」
「待ってくれ。当然、クラス問題の制作権だけやってくれとは言わないよ。もう民意で決まったことなんだけど…………
今度は何だ?
一体、オレたちにどんなメリットを共有してくれると言うんだ?
──────今後僕たちはDクラスは、Bクラスに攻撃をしない。それに、協力が必要な試験なら、当然協力も惜しまない。だから、少し不安定かもしれないけど、僕たちと同盟を結んでくれないかい? もし足手纏いだと感じたのなら、切ってくれても構わない」
櫛田や軽井沢の顔を見る。
だが、その表情に驚きはない。
クラス内で共有済みと言うのは本当の話なんだろう。
隣で一之瀬と神崎の息を呑む音が聞こえた。
そして、声も──────
「──────持ち帰って検討しても良いかな?」
「勿論だよ。検討してくれるだけでも有難いからね」
一之瀬クラスと平田クラスの同盟結成が決定したのは、この日の僅か二日後である。