綾小路がBクラスに配属された世界線 作:来世
短め
「私ね──────あんたのことが…………好きなの」
冬の寒い風が吹きすさぶ。
姫野の長い髪が舞い上がり、冷たく揺れた。
「…………」
「でも、あんたにそんな気持ちないことくらい、私にも分かる。だから、今のは忘れてくれていい」
姫野は、そう言い小さく笑った。
その笑みはいつものような雰囲気ではなく、哀愁を漂わせている。
「─────分からないんだ」
「ぇ?」
オレは、そう打ち明けていた。
気付けば、口が勝手に開いて言葉を発していたのだ。
「お前や柴田、渡辺たちが感じている『相手を好き』という気持ちが、オレには理解できない。未だに、体験したのは怒りだけだ」
あとは、笑か。
だが、オレには未だ理解できない。
相手を愛すとは何なのか、どうすればそういった感情を手に入れられるのか。
常人が生まれた瞬間から持ち得ているものを、オレはまだ持っていない。
「─────ねぇ、清隆」
「なんだ」
「もし私が小さな花だったら、あんたは私を摘み取る? それとも、水を与える?」
意味の分からない質問だ。
でも、姫野のことだからきっと意味があるんだろう。
オレは懸命に思考する。
そして、一つの答を導き出した。
「──────水を与える、だろうな。現に今まで一之瀬や神崎にやってきたことはそれと同義だと言える」
「はぁ、締まらないわね。でも、分からないなら──────
姫野が、近付いてきてオレの前で背伸びをする。
そのままオレの頭を下げさせ、優しく触れた。
──────私が、教えてあげる」
その声音はどこまでも透き通るように美しく、同時に優しさを帯びていた。
初めて彼女を見た時の印象とは大きく違う、静かな雰囲気。
「─────それは…………有難いな」
オレは地面に膝をつき、姫野を抱き寄せる。
それは、きっと友達の距離間ではないのかもしれない。
でも、今はそんなことどうでも良かった。
「不安な思いをさせて、すまなかった」
「いいって言ってんでしょ。それに、あんたならあんな奴ら一発で沈めるって思ってたから」
眼前で、姫野は優しく笑った。
だから、オレも懸命に同じような笑みを作る。
「ふっ、何その顔」
「笑顔、のつもりだ」
「…………まずはそこからね」
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしく頼む」
「任せなさい」
──────姫野、いやユキは一之瀬と同じくいい意味でオレを変えてくれた。
初めて笑わせてくれたのも、オレがまだ人を大事に想える人間だったと教えてくれたのも、ユキだ。
だから、オレはきっとこの誘いに乗ったんだと思う。
多くいる友人の中でも…………きっと、特別な存在だから。
「大見得切ったけど、どうやったらいいんだろう…………」
「何か、ないのか。オレが偉そうなことを言える立場じゃないことは重々承知だが」
オレはユキと共に自室に戻ってきていた。
夜は基本男子が女子の部屋に行くのは禁止になっているため、仕方なくユキが来てくれている。
「じゃ、じゃあ…………」
「じゃあ?」
「キ、キスとか、興味ある?」
ユキは少し照れ臭そうに提案してくる。
流石のオレでも知っている、唇同士の接触だ。
特に意味が見出せるとは思えないが…………
「まぁ、ないと言ったら嘘になるな」
「じゃあ、して…………みる?」
「ユキがいいなら」
「私は…………いい、けど」
そのまま互いに顔を近づけ始めた時──────
──────ピンポ~~ン
玄関のチャイムが鳴った。
今は夜の十九時だ。
こんな時間に誰かが来ると言うのは珍しい。
「少し行ってくる」
「分かった」
断りを入れてから立ち上がり、オレは玄関へ向かう。
知り合いだろうが、連絡もなしに来るのはどうなんだろうか。
「あ、綾小路くんっ、良かったぁ」
ドアを開けるなり飛びつこうとしてきたのは一之瀬だった。
冬風に長時間晒されていたのか、自慢の桃色の髪が酷く冷たい。
「何が、良かったなんだ?」
「知らないの?今日、学校で乱闘事件があったって話。学校からの連絡じゃないから本当かは分からないけど、負傷した男女四人組が歩いているのが目撃されたって」
一之瀬は心配そうに語る。
オレはとりあえず中に招き入れ、お茶でも出そうかなと考える。
「それで、何故オレの心配を?」
「全然連絡がつかないからだよっ!電話したのに出ないし、心配したんだからね」
「それは済まない。少し用事があって、電源を切っていた」
龍園たちが目撃されたのか。
「そうなんだ。兎に角、スマホの電源は入れていくようにね?」
「分かった。善処しよう」
そんな会話をしながら、歩みを進める。
あと数歩進めばリビング兼寝室兼ダイニングに着くという時──────
「──────きよたかぁ? 誰か来てるの?」
ユキが、ドアを開けて顔を出した。
その瞬間、周りの温度が下がった気がした。
体中に寒気が走り、直感的に横に視線を投げる。
「へ~~え? 綾小路くん、ユキちゃんと仲いいんだね」
「ああ、そうだな」
「げっ」
オレが会話を試みる中、ユキはあからさまにダルそうにしている。
一之瀬も、良い奴なんだけどな。
「ユキちゃんとは、どういう関係なのか聞いても良い?」
「ああ、勿論良いぞ「ちょっ、清隆待っ」────一応、恋愛を試みている最中だ」
「ふ~~ん? そうなんだぁ? ユキちゃん」
「…………ちっ、一番めんどいのに知られたし」
一之瀬は笑みを浮かべているが、とても嬉しそうには見えない。
口は笑っているが、目は完全に冷めきっているからだ。
どうやら、何かまずいことを言ってしまったらしい。
「ユキちゃん、少し二人で話そっか?」
「嫌、なんだけど…………」
「い・い・よ・ね?」
「…………分かったって」
そのまま二人はオレの家だというのにベランダに出て話し始めた。
雰囲気的にオレは参戦しない方がいいと判断したため、大人しく室内にて待つ。
──────数分後、疲れ果てたユキとまだ奥のある笑みを浮かべた一之瀬が戻ってきた。
そして、一言。
「私、諦めてないから」
意味を理解していないオレに対して、ユキは何故か対抗心を燃やしているように見えた。
一体、何を諦めてないんだろうか。
きっと、スーパーの特売を買い損ねたとかの話だろう。
そう思うことにして、再びユキとの時間を始めた。
一之瀬さん、流石にそれは難易度高くないっすか…………?