綾小路がBクラスに配属された世界線   作:来世

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待たせたな
44話中盤で話していた人物は綾小路と姫野でした


49話:女王の死

 

 

「ペーパーシャッフルで坂柳があんたらに仕掛けなかったの、あんたが関係してるわけ?」

 

 

冬休み。

 

ばったりと(多分)神室と会ったオレは、そんなことを訊かれていた。

 

人通りの少ない道の脇にあるベンチ、いつかを思い出す風景だ。

 

 

「…………そう、だな。ないと言えば嘘になる」

 

「何言ったわけ。坂柳、なんだかやる気満々って感じだったのに、急に「まだ時期じゃありません」とか言い出して驚いたんだから」

 

 

──────坂柳有栖。

 

オレとの戦いを望むAクラスの女子生徒、彼女が狙いを定めていたユキを見逃したのには当然理由がある。

 

それは…………オレが、直接彼女との対局を申し出たからだ。

 

 

「それは悪いことをした。だが、そろそろお前も窮屈な生活から解放されるさ」

 

「それって、つまり…………」

 

 

神室の目が、真剣さを帯びた。

 

その中には、希望や期待といった感情が含まれてるように感じる。

 

 

「──────ああ。坂柳と、戦うことにした」

 

「勝てるの? 裏切ってる私が言うのもなんだけど、アイツ頭いいからさ。しかもアイツの得意分野のチェスでしょ?」

 

「まぁ、現時点ではそう評価されていたとしても仕方ないな」

 

「実際は違うって?」

 

 

神室の視線がオレに向く。

 

それを見つめ返し、オレはただ淡々と告げる。

 

 

「ああ。オレがあのような小物(・・)に敗北することはあり得ない。断言しよう、冬季休暇が終わる前に坂柳有栖は──────

 

 

空気が冷たく、吐く息は白い。

 

隣に腰掛ける神室の耳が、少し紅くなっているのが分かった。

 

 

──────この学校を去るだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私──────坂柳有栖は、自身を天才だと称しています。

 

実際、同学年で頭脳と言う面において私に勝る者に私は未だ、出会っていません。

 

──────一人を除いて。

 

幼い頃、父に連れられて見学した教育施設『ホワイトルーム』。

 

その中で淡々と実力を発揮し、大人までもを圧倒する少年─────綾小路くんに会いました。

 

それからは長い片思い…………でも、ようやくこの想いを伝えられる。

 

 

「ふふ、楽しみです」

 

 

実は、ペーパーシャッフル前に綾小路くんから電話を受けました。

 

内容は、このようなものです。

 

 

 

「もしもし?坂柳か?」

 

「はい。その声は綾小路くんですね」

 

「長い話は嫌いだ。短刀直入に言う、ペーパーシャッフルでは何もするな」

 

「…………? 私は何も致しませんよ」

 

「裏で企んでいることには見当がついている。その代わりと言ってはなんだが、冬休みにお前と直々に対局するつもりでいる」

 

「ようやくその気になってくれたのですね」

 

「ああ。早い内にお前を倒しておこうかと思ってな」

 

「ふふ、冗談がお上手ですね。楽しみにしておりますよ」

 

 

 

最初は姫野ユキの排除に勘づかれたのかと思いましたが、彼の口ぶりからカマを掛けているのだと判断しました。

 

ですが、このタイミングで仕掛ければ私の狙いが露呈する可能性があるので、彼女の排除は後回しです。

 

 

ようやく、彼と戦える。

 

きっと、今までで一番いい試合にしてくれるのでしょう。

 

私は楽しみで夜もまともに寝ず、ずっと彼のことを考えることにしました。

 

 

 

 

 

 

 

十二月二十四日。

 

 

今日は待ちに待った綾小路くんと戦う日です。

 

一応自前の盤は用意しましたが、そこは彼の意見を尊重するとしましょう。

 

 

 

『思ったのだが、どちらかの部屋、若しくは学校での対決は目立つ』

 

 

いきなりかかってきた電話に出たと思えば、それは綾小路くんからでした。

 

彼の無機質な声に酔いしれつつ、私は適切な言葉を返します。

 

 

『確かにそうですね。では、どこでの対決をお望みで?』

 

 

極論、私は彼と戦えればそれでいい。

 

土俵くらい、彼に選ばせてあげましょう。

 

 

『そうだな…………互いの部屋でネットを介して行うのはどうだ? お互い、不正なんてする質じゃないだろ?』

 

『あなたがそれでいいなら、私も構いませんよ』

 

『なら、それでいこう』

 

 

別に、綾小路くんが不正を使うわけもないですしね。

 

そのような小物であるはずがありません。

 

 

 

 

 

 

 

数分後・自室にて。

 

 

 

 

『準備は良いか?』

 

『はい。いつでも構いませんよ』

 

 

私はネットで二人で対局できるチェスのサイトを通して、綾小路くんと対戦しようとしていた。

 

目の前のPC画面には、無機質でデフォルメされた盤と駒が映っている。

 

 

『此方も準備はできている』

 

『では、先手はお譲りいたしますよ。私の我儘に付き合ってもらっているわけですから』

 

『そうか。なら、有難く受け取る。それと、あの約束を忘れるなよ?』

 

『ええ、私に二言はありません。私がこの対極に負けた暁には、しっかりとこの学校を去りましょう』

 

 

それくらいの気概を持って、彼に挑む。

 

嘗て年少の時代に大人のプロ棋士を圧倒していた彼に。

 

今の自分なら、負けはしない。

 

来る日も来る日も打ち続けていたこのチェストいう舞台で──────

 

 

 

 

──────あなたに、敗北と愛を教えてあげましょう。

 

 

 

 

『じゃあ、始めるぞ』

 

『ええ、いつでもどうぞ』

 

 

それから、画面の中で中央の白いポーンが一つ、前進した。

 

よくある出だし、まずは様子見と言ったところでしょうか。

 

 

私も無言で、彼の出した駒の真反対のポーンを前進させる。

 

早い内に中央を制した方が有利と言うのは常識中の常識。

 

まずは基礎を徹底し、尚且つ攻めて攻めて攻めまくる。

 

 

『…………』

 

『…………』

 

 

互いに無言の状態が続く。

 

でも、それが今は心地いい。

 

思考時間はお互い数秒にも満たないのに、盤上の風景は目まぐるしく変化を遂げていく。

 

 

 

 

『──────ふふ、楽しいですね』

 

 

前に立てかけてあるスマホに、問いかける。

 

彼の無機質な顔を想像しながら。

 

 

『…………ああ。そうだな』

 

『私の攻撃は、あなたに届いていますか』

 

『ああ。一手間違えば此方も負けが見える。お前は強い』

 

『そう言ってもらえて光栄ですよ。ただ、あなたも予想以上にお強いではありませんか』

 

 

チェスでの勝負を持ち掛けてから約四カ月。

 

単純な練習でここまでするのは不可能な以上、きっと弛まぬ努力を続けてきたのでしょう。

 

それすらも…………今は、運命に感じる。

 

 

 

 

『──────ですが、楽しい時間はいつも素早く過ぎてしまうものです』

 

 

綾小路くんも攻めを意識し始め、互いの持ち駒が着々と減っていく。

 

それは、この夢にまで見た時間がもうすぐ終わることを暗に告げている──────

 

 

悲しいけれど、これもまた現実。

 

それを受け入れてこそ…………あなたは‘‘次’’へと行ける。

 

道案内は、私が努めましょう。

 

 

 

『…………これで、終わりです。チェック』

 

 

黒いクイーンとビショップに挟まれ、白い王は行き場を失う。

 

でも、まだ手はある。…………あなたなら、当然気付きますよね。

 

 

『まだだな』

 

 

今度は白い馬が黒い王を狙う。

 

まだまだ、勝負は佳境に入ったばかりですからね。

 

 

『では、こういうのはどうでしょう?』

 

『…………』

 

 

互いに駒もさらに減り、打てる戦略も減っていく。

 

でも、それでもまだ私たちは諦めない。

 

最後まで、鎬を削る。

 

そうしてこそ、真の戦いとなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『チェックメイトだ』

 

 

彼の言葉に、自分の耳と目を疑う。

 

でも、現実は変わらず、私に結果だけを突きつけてくる。

 

 

『…………そ、んな…………』

 

 

黒い王は行き場を失い、ただそこに映っている。

 

最早あれを守る兵士はおらず──────孤独に死んだ。

 

 

 

 

ずっと、最善を尽くしてきた。

 

盤面を読んで、最善と思われる手を打ち、罠も張り巡らした。

 

なのに…………

 

 

『お前の負けだ、坂柳』

 

『──────な、何故…………』

 

『前に言っただろう。人は、守るものがあることで強くなれる。そして、愛する者がいるのなら尚更(・・・・・・・・・・・・)

 

『愛する、者…………? あなたに、感情が理解できると仰ったのですか?』

 

『いや、少し違うな。そして、お前はずっと勘違いをしている』

 

 

そのとき、嫌な予感が背筋を奔った。

 

体温が下がり、本能がその先の言葉を聞くのを躊躇っている。

 

それでも、彼は無慈悲に告げた。

 

 

 

 

『──────お前が今対局していたのは、オレではない』

 

『ぇ?』

 

 

何を言っているのか、理解が出来ない。

 

彼以外に、私を追い詰めれる者など、いる筈もない。

 

きっと、悪い冗談なんだ。

 

 

 

『オレではなく──────』

 

 

 

 

 

『──────私だよ。ばーーか』

 

 

その声は、どこかで聞き覚えがあった。

 

最近、ずっと調べていた…………ずっと、耳障りだった。

 

そんな声──────

 

 

 

 

『姫野、さん…………?』

 

『正解。一人で負けるクイーン、哀れだね。盤上の黒の王と同じじゃない』

 

 

──────現実を、直視できない。

 

そんなわけはない。

 

きっと、彼は姫野さんに頼んだんだ。

 

終わった後にだけ、話せって。

 

そうじゃなくちゃ、おかしいから。

 

 

 

 

『ふふ、そのような冗談は嫌いです』

 

『なら、ユキ、最後の十手の意図を説明して見せてやれ。この分からず屋にな』

 

『そんなの、紙か何かで指示すれば簡単に──────っ!』

 

『? お前は、オレに完全に理解できる程度の思考しかしなかったというのか?』

 

『そ、それは…………!』

 

 

完全に、言い負けている。

 

確かに、私は途中まで彼を完全に追い詰めていた。

 

なのに、私の終盤を手を理解しているわけもない。

 

 

『いいでしょう。では、説明して見せてくださいよ。出来るのなら』

 

『いいよ。だってあんたの思考、見え見えなんだもん。まずは終局十手前─────』

 

 

それからのことは、正直記憶にない。

 

でも、確かに覚えているのは、私の手の意図が完璧に当てられたという事だけ。

 

それでは、不正も言いようがない。

 

加えて、そんなことをしても私の悲願は達することも出来ない。

 

 

 

 

 

 

『結局、お前とは一度も会うこともなかったな。だが、最後にお前に向けて言葉を遺そう』

 

『…………なんでしょうか…………』

 

 

 

『──────一人で舞い上がり、一人で地に落ちていく。名前に恥じない落葉樹。そして夢見る少女だったというわけだ。

 

 

彼の容赦ない言葉が、私に突き刺さる。

 

嫌味なあの女も黙りこくっているのが、尚更心を抉る。

 

 

 

─────だが、そろそろ現実に目を向けてもいいかもしれないな。チェスを始めて二か月そこらのユキに負けた時点で、お前は天才ではなかったというわけだ。あくまで、お前の定義する天才で、の話だが」

 

 

…………ああ、ここまでなのでしょう。

 

直感的に、認めてしまった。

 

私は、彼女にすら勝てなかった。

 

何かしらの策があるのかもしれない、私は、騙されているのかもしれない。

 

でも、あるのは確実にどちらかに負けたという事実だけ。

 

どのみち、約束は果たさなければなりません。

 

 

 

落葉樹、ですか。

 

名前の通り、そろそろ葉を落とし、眠りにつく時期だったのかもしれないですね…………

 

 

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