綾小路がBクラスに配属された世界線 作:来世
100年後の荒野でまた会おう
『─────真実を、教えてくださいませんか?』
怒涛の決着から、約一時間。
ユキを部屋に帰してから、オレはかかってきた電話に出る。
相手は、当然坂柳だ。
『どういう意味だ』
『私が姫野さんに負けるわけありません。小芝居で自己満足でもするおつもりで?』
まぁ、流石にな。
あれは、全て狙われたユキの鬱憤を晴らすため。
そして、チェスを教えあの演技をさせた報酬としてさせてやっただけの舞台演技に過ぎない。
『…………そう、だな。お前を倒したのは、このオレだ。だが、今から送る動画を見ろ、お前の世界を見る目も変わるだろう』
そう告げてから、オレは坂柳当てに一本の長尺の動画を送る。
それは──────オレの部屋の天井にとりつけた小型カメラで撮影したもの。
時間は、オレが坂柳と対局している間だ。
『…………こんなものに、何の意味があるのです?』
『なぁ、坂柳。ユキが言ったお前の思考回路は、完全に合っていただろう?』
オレの問いかけに、坂柳は少し躊躇ってから頷く。
すべて計算の範囲内でしかないが、まだそれを口にはしない。
『だが、その動画内にはオレがユキにお前の思考回路を告げるシーンはない。そして当然、ユキにお前の思考を読めるわけもない』
『…………?』
『オレが何を言いたいのか、お前なら分かると思ったんだけどな』
オレがそう言うと、暫くの沈黙が続く。
そして、スマホの向こうで息を呑む音が聞こえた。
『そんな、わけ、ない…………です、よね?』
『何がだ?』
『今仰ったことからパズルを組み立てれば、ある結論に至ります。でも、私にはそれを到底受け入れられません』
少しばかり震えた声で坂柳が囁く。
その声は現実を否定するようで、受け入れてしまっているようでもある。
『──────お前の導き出した答え。それが、起きたことの真実だ』
『そんなわけない…………ですよ。そんなこと、普通の、いや人間には不可能です!』
坂柳の声が耳を劈く。
オレは手で耳を塞ぎつつ、応答する。
『…………オレは、人間じゃないさ。設計された機械、操り人形だ』
『それでも、そんなことが──────
坂柳が、意を決したような雰囲気を発した気がした。
オレは、彼女の言葉を待つ。
死刑宣告でもされるかのような、憂鬱な気分で。
──────だって、残っている可能性なんて、
『──────ああ、そうだ。オレは、お前が打つ手を事前に読んでいた。いや、もっと近い言い方をするのなら…………
今度は、坂柳が黙る。
オレの言葉を、待つように。
それが、どんなに残酷なことであったとしても、受け入れられるのだろうか。
──────オレは、
『最初のポーンの配置から数手はアドリブ、お前の打ち方を研究するのに使った。あとは、お前の思考回路から逆算して意図的にお前レベルでしか気付けない抜け道を用意したわけだ』
『なら…………たった数手で、私の打ち方の研究を終え適応したと言うのですか?十年近くですよ? そんなわけが…………』
『お前の攻撃的な性格を加味すれば可能だ。希望を見せ、絶望へと誘い込む。人心掌握の基本だろ?』
オレの言葉は、容赦なく彼女に届く。
だが、オレの恋人と友達に手を出した人間、手加減をする必要はない。
『そんな…………それでは、私はあなたと対等に戦うことすらできていなかったのですね…………』
『オレが練習を積んでいなかったのなら、或いは可能だったのかもな。だが、お前は自分からチェスでの勝負と明言した。だから、ユキへの指導と共にオレはお前を難なくいなせるように練習をした』
『なる、ほど。敗因は、私の慢心にあったのですね』
『ああ、そうとも言える。だが、一番の敗因は相手を見極めることが出来なかったことだ』
『…………?』
オレは、深く息を吸う。
これから言う事は、少し酷かもな。
だが、ざまぁみろとしか思わない。
『天才、そうお前は自分を称したな。だが、結果がこれだ。井の中の蛙大海を知らず、続く空の青さを知っているのかはオレの知るところではないが、少なくともオレに踏み込むべきではなかった』
『そ、それは…………私はあなたに──────』
『一般人が踏み込んでいい領域から、大きく逸脱している。オレの実力露呈を盾にしてきた時点で、お前を味方と思うのも無理に決まってるだろう』
『私なら、あなたに愛を教えて差し上げられます』
『必要ないな。それはユキに任せている、態々お前に任せる必要はない』
『私はあなたと会う日の為に十数年を懸けたというのに、ぽっと出の女を選ぶのですか?』
『ああ。お前よりもユキを選ぶ。その選択権は当然オレにあり、お前にオレの人生に干渉する資格はない』
オレは少し溜めてから、ここで会話を終わらせるために言葉を発する。
相手を傷つけるものだと分かった上で、尚発した。
『──────何度も言わせるな。お前はオレの人生にとって不必要な存在だ。これ以上醜態を晒す前に、この学校を去れ。それとも、もう一戦やるか?』
『いえ…………それは、無意味なことですから』
『なら、これで終わりだ。お前とは終ぞ会うことはなかったが、暫くは覚えておいてやろう。オレの気が向いているうちはな』
オレはそれだけ告げると、素早く電話を切った。
坂柳とは契約を結んでいるため、アイツはこの冬季休暇中に自主退学をするだろう。
「これで、あんたとの関係も終わりってわけね」
「案外、短かったな」
坂柳との勝負の翌日。
オレはベンチで神室と話していた。
「そうね。でも、これでスッキリしたわ」
「オレが言うのもなんだが、思い入れとかはないのか? 仮にも、半年以上連れ添った仲だろ?」
「冗談でしょ? 誰が脅して友人関係強制してくるようなヤツに愛着が湧くのよ」
「そういうものか」
「そ。あんたも、そのうち分かると思う」
神室は、どこか遠い目をしている。
だが、きっと過去ではなく明日を見ているのだろう。
「まだ、クラスに友人はいないんだろう?」
「なんか、あんたに言われるの癪ね。でも、まぁそうかな。私元々人と関わるの苦手だし」
「そうか。…………神室さえ良ければ、オレと友人にならないか? お前は確かに君子を裏切ったが、境遇を含めれば情状酌量の余地ありだ」
「上から目線ね。こっちから願い下げよ」
そう言い、神室は鼻で笑う。
そして、ベンチから立ち上がった。
「あんたとは、協力者関係でしかない。それも、今終わった。もうこれからは、ただの他人よ」
「気が向いたら、いつでも声を掛けてくれ。神室なら歓迎する」
「しないわよ。…………少なくとも、今の内はね」
オレは吐いた白い息の行方を目で追う。
空に雲はなく、快晴と言える天気が広がっている。
まるでオレたちの心模様のようだな、ふとそう思った。
練習もせずにあの戦績だった時点で、本気出せて練習もしたらそらこうなるよね…………
誇れ坂柳、お前は強い(人外を除けば)