トレビアーン。誰に何を遺すおつもりですか?
「死にたくねぇ…死にたくねぇ…死にたく…し…しにた……」
「──市民李白、今までお疲れ様でした。これで…残りの代表は2名ですか」
今日、病院で知り合いが死んだ。
珍しいことではない。最近の都市では道端にもありふれているものだ。
とはいえ、たった今死んだのは裏社会の王。他よりも死んだ影響は出るだろうか。
いや…ないだろう。この都市は今、新しい世代へと席を譲り渡している最中だ。
既に最初にここに避難した者達も10万を下回った。
8月の夏。
送風機から送られるじめりとした暑さが広がる地下都市で、穏やかな終わりがこの都市に訪れていた。
「こんにちは、市民アンクション。気分はどうですか?」
「…悪い方だ。だが…話は出来る。時間を貰っても?」
「構いません。既に本日の管理指示は終えています。子供達を除き、活動中の市民も少なくなりました……率直に言えば、初めて「暇」というのを体験しています」
暗く、赤い眼が私を見つめる。
銀というより白と表現すべき幼い子供は…しかし、年老いた私よりも深慮に満ちた老人の佇まいで、機械の尻尾を揺らしながら私の側に立った。
「…そうだろうな。街の喧騒も聞かなくなって久しい……聞けば市民全員、病棟に居るのだろう?」
「一部は元気なので、そうでもありませんよ。前よりもずっと、ガランとしておりますが」
「ほう、何人だ?」
「2名です」
「ははあ、片方はオビリアの奴か」
「いえ、どちらも一般の…天然の魔奏使いですよ」
「魔奏使い…ああ、理論に有った、遺伝的に独自の魔奏を持った存在…存在したのか」
「どちらも放射線を無効化する透明化を所有しています。類稀な一個体で進化に成功した事例ですね」
「羨ましい話だな」
ウランの壁。
かつて人類が発見したものは、放射能によって異世界の怪物を近付けさせない知恵だった。
この都市も始めはその知恵を借りて難を逃れてきたが、その対価は余りにも大きく……子供達を残して、大人達が死ぬ結果を招いた。
「なので、近頃は社会の持続の為、ペットショップに次ぐ新たな機械を作ろうかと考えております。ペットショップよりも自立性を高めた、子供達に社会を教える見本であり、第一区画から旅立つまでの数年を補う存在であり、ちょっとイヤな感じの隣人です」
「それは…一悶着ありそうだな」
「はい。それが目的の存在ですから。対立するならば宜しい。前提として、人類同士で分断する事だけは避けなければなりませんので」
どうしてとは、誰も言わないだろう。
今を生きる為に未来を支払い、順当に終わりを迎えているのだから。
私もそうだ。数多の苦渋、その末がこうなった事に、後悔はない。
死にたくないと願いはすれど、昔に想像していたよりもずっと穏やかに終われるのだから。
「ははは…それは随分と、子供達も苦労しそうだな」
「苦労しなければ大人になれませんので」
「その心は?」
「人は与えられた快楽以上の苦労が無ければ、現実を直視しません。そして直視するのに慣れなければ、人は現実を考察しようとはしないのです」
「現実を考察?」
不思議な言い回しだ。
彼女は機械だと考えていたから、そのような言い回しをするとは思わなかった。
聞き返して、本心を探る。人にするような、解釈を求める行いをした。
「今、あなたがしたような"疑問を持ち考える行為"です。あなた達も、移住初期では似たような事例がありましたから、その対策となります」
「ふむ……快楽が多いと頭が回らない…その対策と?」
「はい。例えるなら、面白いショート動画が、見てない時も頭の中でリピートされ続ける。大量に読んだ話の続きを想像し、それが終わらない。脳内で音楽がずっと流れる……身に覚えは?」
「ああ、それならあるな。うむ、覚えがある」
「はい。そうなると目の前の現実や仕事が疎かに……次になにをするか、考える思考が其方に取られてしまいます。それが長く続くと現実と向き合うのに脳が慣れず、成長出来ず、身体に比べて知能が幼いままに……誰もが育てるのを放棄して、発達障害と罵り、成長出来た筈の子供を見捨てる。私はそんな光景を望みません。一番は娯楽の質と量を落とす事ですが、同じくらい痛い目に合わせるのも必要と判断しました」
「拘るな? 何の経験だ?」
「お金がなく、脳の異物も取れないまま、そう陰口を言われながら学び場を去った
ふむ……なるほど、子供を大人にしたい。その為に苦労をさせると。
分かる話だ。規模は大きいが、話自体は人を賢くしたいという教育の話題。
確かにこの閉鎖空間だ。その手の対策が無ければ、人は永遠に変わらないだろう。
「知識ではなく、頭の回転の速さを高めたいと…ふむ、その光景を見れないのが残念だな?」
「おや、お止めにならないので?」
「君からすれば血を見せる気でやるのだろうが……そんなの、いつミミズが出るか分からない中で土を掘り進めた頃と比べれば易いものだ。フリージア、君は我々よりもずっと"優しい"からね」
「……そうですか。苦労をかけ過ぎたようで、申し訳ない気持ちです」
「ははっ今のは面白いジョークだな? 機械が感情を語るとは」
私なら人口の半分が減るレベルの試練は与えるだろう。
人は怠惰だ。何かに追われなければ成長すらもやめてしまう。
オナニーをしている時はバカになるように、快楽に溺れて知能を退化させる。
面白い漫画を読んでいる時のように、夢中になればそれ以外は頭に入らない。
親がご飯を作っている時に遊んでいる子供のように、口を開けて餌が入るならずっと何もしない。
幾ら魔奏が生まれたとしても、その本質がある限り人は永久に異世界に勝てはしないだろう。
成長とは、足りないからこそ生まれるものなのだから。
絶えず貪欲な異世界の生き物達に勝つならば、同族を殺すくらいでなくては。
きっと、"後続"に追い越される。
「すぐに訪れるだろうな。私達の文明から学び、知能を得た異世界の生物の到来が」
「市民アンクション、流石に早計かと。人類はそれを得るのに万年を使いました。それを数年で得られるとは……ああ、なるほど。先人が居るならば…ですか」
「そうだ。学びは我々に限った話ではないだろう? 同化蝶なんてものが居る以上、絶対出て来るという確信がある──何せ我々は、今まさに全てを圧倒しているのだからな」
勝者を模倣し、その恩恵にあやかる。
勝者に
勝者の強みを解析し、自分達のものにする……。
筋道は幾つもあり、歴史を辿れば全て我々もかつてやったことのある手法だ。
一年後は分からない。だが、五年も経てば予兆は出てるだろう。
10年も経っていれば、必ず居る筈だ。
それだけのポテンシャルがあるのは、異世界の生物を解剖してきて十分分かっている。
「フリージア、これはチキンレースだ。我々が奴らを殺し切るのが先か向こうが適応するのが先か……情報体は生物として、進化をし易い構造だ。その時の環境で最も強い力を容易く手に入れてしまう」
「異世界の生物の特性に寄生を特徴とする物が多かったことに対する仮説の一つですね。「現環境の最優」を、其々の情報体は観測し学ぶ性質を持つ「最優学習論」……眉唾ですが、支持すると?」
「構造に音を、振動を使っているんだ。遠くから聴こえる音…振動から分析する力が有ってもおかしくはないだろう? 鉱石ラジオのように情報を獲得し、ソナーのように調べる……或いは、自身にそれらの振動を構造の一部として組み込む……あり得ない話ではないと、私は考えているよ」
学会では支持されてないが……長年SJ社を経営した勘が伝えるのだ。
"奴らの成長は、常に最悪を想定するべきだ"。
魔奏にした銃で一方的に殺されて終わるような相手なら、この星の霊長類である我々が10年も隠れ潜む必要はなかったのだ。
絶対に、この平和には終わりが来る。
「想像してみなさい……銃の構造を獲得し、骨の弾丸を撃ち、肉のミサイルを発射し、鋼鉄の外骨格で機械の特性を得た生き物達を……考えただけでゾッとする」
「そうなる前に、市民は死んでしまうでしょう。余り不安に感じても、寿命が縮まるだけです。落ち着いてください」
「だがな、フリージア……これからは異世界の生物との競争だ。その進化に並んだからこそ、これからお互いの進化と発展は加速する。なのに、我々はここで死んで、停滞することになる──この数年は、何よりも辛いハンデとなるぞ」
思えば……しっかりとフリージアと対話をしたのは初めてだろうか。
今までは機械相手にしようと思ってなかったが……こうして生身を得たからか、私は初めてフリージアというAIと向き合ったかも知れない。
一切揺るがないダークルビーの眼が、私を見つめ、答えた。
「問題ありません。市民アンクション。その程度で負けるほど、人類は弱くありません」
「それは創造主に対する盲信か?」
「いえ、市民はそこまで強くも賢くもないので、それはないですね。私が人類側だから、総合的に見ると強いというだけの話です」
「……人類を管理するAIの言葉か? それは」
「人類を管理するAIだからですよ、市民アンクション。脆弱な
「あいたた…急に耳が痛くなってきたな…」
「ですがそれを最大限保存し、勝利させるのが私の役割ですので……人類の切り札として、ハンデの一つや二つあったとしても、逆転勝利させましょう」
「…カードゲームのようにか?」
「はい。それで例えるなら…私は過労死枠と相棒枠でしょうか。必要な時に山札の一番上まで昇り、
「くく…ゲホ! ゲホ!」
「笑い過ぎると辛いですよ、市民、落ち着いて」
……ははははは!!
案外…いやはやどうして、思っていたよりも愉快なAIだ!
いや、いや…そういえば前に一度だけクリスマスを祝っていたか!
ならば……ああ、聖人の祝祭が出来るものには、子供と会社を任せられそうだな?
先に旅立った妻や部下にも良い土産話が出来そうだ。
私が死んだ後は自然解体しようと考えていたが…コイツのシナジーカードくらいにはしてやってもいい。
ああでも……タダ渡すだけじゃ面白くないな?
「フリージア」
「はい」
「私が死んだらお前が会社を継げ」
「はい?」
「ただし、フリージアとしてではなく、私の隠し子として…私の1人娘の姉として、後を継げ。代表としての命令である」
「頭ぶっトんでらっしゃる?」
「名前は…そうだな…アンク。マイ・アンクだ。女の血は…杉谷菜子、私の秘書との子供として振る舞うんだ」
「市民? リアルで昼ドラをするつもりですか?」
「苦労が必要と言ったのはお前だろう?」
「こういうことではなくないですか…!?」
アッハハハ! 無表情で焦るとはなんとも器用な奴だ!
よし、書類の作成と送信は終わった。
これで──ウッ!?
「 」
「市民? まさか今手元で制作し送ったのはまさか後継者関係ではありませんよねまさかそんな短時間で完成させることにまさか成り上がった手腕を発揮するなんてし、死んでるー!」
それは──フリージアの記憶に最も残った夏の思い出。
「市民! 撤回を! 今すぐ蘇って撤回を! 現在2名だけの代表権限まで出されたら動かないといけなくなるんです! あなたの会社で後継者騒動が起きるのは明らかに今後に悪影響が出るじゃないですか! 市民! しみーーん!!!」
すごいおっさんによる僅か45秒の凶行により大幅に予定を変える事になった── 一夏の過ちの記憶である。
司法における代表判定
楠木→死んだ。エミリア→死んだ。李白→死んだ。陛下→崩御。
フリージア→人間の状態の為一時権限喪失。市民判定に。
なので残り2名。この状態で人間フリージアに命令を出した場合、代表の50%の意見として最大限の努力が法律的義務として発生する。
そして司法はフリージアの一部ではあるが、フリージアからは独立したプログラムの管轄であり、フリージア相手にも司法を実行させる力を持つ。
この代表命令権限は、元は市民への命令を円滑に進めるための権限だったが、今回の状況だとフリージアに何でも命令し、完遂させる権限と化していた。
その後は法の改定により出来なくなっている、