「人類最後の楽園 カサンドラ」
「完全で完璧な管理AIにより、あなたの価値を保障します」
今にして思えば欺瞞も良いところだ。
「なあ、いつまでこれは続くんだろうな?」
「……疑問に思うくらいなら足を動かせ」
ネコ車に載せた土を運び、ユンボが抉る山下に投げ出す。
俺らは翻ってまた端の方の土を運んで…ずっとその繰り返しだ。
「仕方ないだろ? 俺はここの切符を手に入れた時は、てっきりなんかスゲー機械に繋がれてさ、幸せな夢にでも浸るもんかと思ってたんだぜ?」
「……俺は真っ白な一室に閉じ込められて、アンドロイドに世話されるかと考えてたな」
「いいね、クールジャパニーズ。青狸か?」
「いーや、銀髪赤目の彼シャツが似合う女」
「ヒュ〜」
機械が最初に下した命令通り、設計は二の次に只管掘り進める。
只管拡張、拡張、拡張…そんなに広げて何をするつもりなんだか。
全てを託す決戦ロボでも創るのかと最初は茶化していたが、今に至ってはみんな脳死で土と石を掘り進めているだけだ。
「はぁ…そういう作品も、最初はこうだったのかね。非現実だか現実的だか、その真ん中で舞台を作ってる気分になりやがる!」
「…しょ! どの道俺たちがやる事はブルーカラーのお仕事だ。日本に造られた楽園だからと夢を見過ぎてた。ま、死ぬよりマシだろうよ」
「ご丁寧にディストピア飯は現実だけどな!」
「はは、アレは最悪だよな……反乱する気持ちが今なら分かる」
ぬかるんだ泥中を進む。目に痛い強烈な照明に照らされながら、ゴウンゴウンと鳴る空気搬入に耳を痛くして、最初の頃は身体を年中揺らす工事の振動で倒れたりもして……幸いなのは、その中でも軽口を叩ける同年代の友人を作れた事だろう。
元々高校3年だったのも昔の話。異世界の魔物みたいな連中に、3日で人類は敗北した。
それから1月は地獄のような日々で、俺もいつ死ぬか分からない世界を掻い潜った。
この楽園も、そんな中で作ったにしては良い方だと今にしては思う。
それはそれとしてクソではあるが。
素材不明の人工合成ペースト。機械による統治。風呂には入れるが、それも大衆が入れば真っ黒に汚れる。何せ全員泥まみれで作業するからな。それでも入らないよりはマシだ。俺はシャワーだけで済ますが。
絵に描いたようなディストピアに、俺は生きていた。
スマホやテレビは希少だから、ラジオでニュースを聞けば管理AI直々に希望の話が語られて、俺には関係ないと疲れから泥のように眠る。
そうして見るのはいつも戻りたいあの日々。平和すぎて欠伸をして、テロでも起きないかと考えてしまうような退屈さが、今は欲しくてたまらない。
稀に涙を流す日もあって──そんな日々も、ここに来て10ヶ月で破綻した。
『ギェェェェゲェ!!』
全長6m。ワームホールのような口に触手の口髭。鎧のような皮膚に脳を震わす叫び声に──。
『『『『『ゲェェェギェェェェ!!!』』』』』
鳥肌が立つほどの、数。
「──逃げろぉぉおお!!!!」
誰かが上げた声に反射的に友達と一緒に逃げ出して…幸い泥をセメントで固めてる最中だったから、素早く走って、梯子も…本当に幸運に恵まれて、タイミング良く昇っていけた。
そうでなければ……きっと、俺達はあのミミズに食われていた事だろう。
「はぁ…はぁ…ここまでくれば…」
「おい…おい見ろ!」
「なんだ…まさか追っ手が──」
何回も昇った先で友人に急かされて振り向けば──其処は地獄の1丁目。
「やめろ!やめ」
『ギェェ!!』
「いやだ、食われた」
『グェェ!』
「お願いだ、助けてくれ! 誰か、誰」
『ギゲェェェ!!!!』
人を食べるミミズの群れ。土からボコボコと生え出して、地面を埋め尽くす程に沸いた群れの存在だった。……今でも、思い出すと吐いてしまう。
どうしようもない絶望と、終わりがあって…ああ俺もいずれ食われるのかって思ったんだ。
「バカちげぇよ、そっちじゃなくて──空だ!」
[──市民に通達。只今外敵の解析及び、武器の生産が完了しました。ドローンで各地に配置しますので、各自討伐を行ってください]
──その流れを変えるように、友人が空を指し示した先には、1万のドローンと、それに吊るされた剣。
武器だ。あんなので戦えるのか? こんなに早く? 嘘だ。だけど──。
考えもぐちゃぐちゃで、けれど──俺の前には剣が落ちた。
まるで俺に手に取れって言ってるみたいで……俺は訳もわからず、流されるままに握って走り降りた。
[こんにちは。本日ガイドをさせて頂きます管理AIです]
「あああああ!!!!」
[攻撃の際は
「リリィィイス!!!!」
[許可。攻撃したら下がってください。反撃が来ます]
言われるがままにやって…気が付けば、俺は何体もミミズ共を殺していた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
[おめでとうございます。108体、当機の性能以上の、最多キル数です。名前を当機に教えた場合、特別報酬が降りる可能性が高いですよ]
「………俺が、やった、のか?」
[はい。世にも珍しい怪物殺しの天才かも知れません]
「…機械はお世辞が出来るんだな」
[はい。管理AIですので…それと、武器は手放した方がいいかと。今のあなたは救助に来た人を反射的に殺しそうな雰囲気がしますよ]
「…驚いた。人よりも人らしい言い方をするんだな」
[管理AIですから]
「……楠木冬馬。案外、俺たちって友達になれるかもな」
[そりゃあ人とAIですから]
「…変なやつ」
[なんだとぉ?]
「…はは」
終わったって実感したのは武器を手放して、救急隊員を殴って、殴り返されて、病院で目覚めた時。段々と生き残った実感が湧いて、恐怖が今更に込み上げて、友人が死んだと知って吐いてから。
退院した頃に特別報酬だと、あの時の愉快な剣が渡されて、複雑な思いになったのを覚えている。
[良かったではないですか。当機は一種の免許証も兼ねてます。戦闘が得意な人だと、都市管理AI直々にお墨付きを得られた証拠ですよ]
「…あんまり嬉しくないな」
[物騒なのに違いありませんからね。剣ですし。銃ならばまだ格好も付いたのですが]
「そうじゃなくて…まあいいや。これからどうしようか…」
[将来にお悩みなら、免許に沿った仕事を探せば食いっぱぐれませんよ。警察なんてどうでしょう?]
未だふわふわとした思考のまま、やりたいこともなかったから警察を目指す事にした。
土木の方は…見ていると死んだ友人を思い出して気分が悪くなるからやめた。
そして月日が流れて…気づけば工事も終わり…俺は優秀な警官として、ちょっとしたリーダーになっていた。
「総員敬礼!」
「「「「敬礼!」」」」
「休め。…今日も一日、この街の治安を守って行こう」
「「「「「はっ!」」」」」
自分の事じゃないみたいだ。ずっと上の空から降りて来ない。
去年まで普通の高校生だったのに、今じゃ拡張工事も終わって9つに分かれた地区の中央、そこの一角の治安を護るリーダーになっている。
全く自分が立派だとは思えない。なのに子供が憧れるような、立派な大人って奴になっている。
生活もあの時と比べれば随分と変わった。
合成食料には大豆やほうれん草味なんてものが追加された。
住宅も前みたいな鮨詰めから、1人1人質素ながら個室が配られた。
服だって、合成繊維だが1人4着は持てている。
余裕がある。明日に希望は持てなくても、絶望する程ではなくなった。
しかしこれも有限だ。ラジオの放送は未だ管理AIが情報を発信するだけ…最近はジャズも流し始めたが…現代を生きた聞き手側が、かまけようとする程のものじゃない。
稀に個人で発信している者も居るが、それもすぐに生活の余裕が消えて途絶えてしまう。
結果から見ればAIの統治は上手くいっているのだろう。楽園とは…程遠いが。
「署長、連絡が…」
「ああ…また連中か」
しかし、多少の余裕が出れば悪が芽生えるものだ。
それは誰かの物を奪う事だったり、様々な理由で差別する事だったり、興奮を求めての物だったりする。
警官も働いてはいる。しかし数が足りないし、闇市、賭博場、密会、強盗団、手作り銃…余りにも、規模が大き過ぎる。
刑務所だって、限度があるし、処罰するには何もかも足りていない。出来るのは精々、無意味な死を少しでも減らすだけ…。
多様な人種が混ざり合うとは、それだけ多様な悪の芽もまた咲くのだ。この仕事をしてる身としては、ため息の出る話だ
「いえ、「上層部」からの通達です。これからあらゆる放送媒体にて報じられる内容を聴くようにと…」
「なに?…いつからだ」
「今からだと…3分後です。繰り返し放送されるようなので、聞き逃したら18分後になります」
「……一先ず聴いてみないことには分からないな。分かった、全員集合! 出発前に静聴するように」
上層部─都市管理AIの暗喩だ─の指示に従いラジオの放送を合わせる。
普段はどうでも良いニュースとジャズしか流れないのに、態々聴かせる程の内容が…上からの通達として聴かせるような、重大な発表なんてあるのだろうか?
〈ラジオ体操に流れる音楽〜10秒後、音量が小さくなりBGMとなる〉
[市民の皆様、おはよう御座います。カサンドラを統治しております、フリージアです]
[本日は重大な発表が御座います。その為、本日は進展報告、及び音楽放送は御座いません]
[──本日より、都市管理AIは、カサンドラの予測継続年数が50年を超えた事を契機として、市民の皆様から"
[役割は主に3点、都市管理AIへ市民の要望をより円滑に汲み取り伝達する事。都市管理AIの要請に市民を従わせる事。外部からこの都市への外交的接触が有った場合代表となる事]
[与えられる権限は3点。就任後から外部から収穫されたあらゆる資源の20%の所得許可。カサンドラの内部構造の改築。法律の最終決定権]
[以上です。次に選出方法ですが──此方で選んだ集団のリーダーの素養があると見做した20名からの投票です。本日から30日後、健康的かつ社会的地位を落としてない方を候補とし投票して頂きます]
[その間、20名の如何なる活動も選出の為の行為として罪を求めません]
[そして──代表は20名から増える事も、減る事もないでしょう]
[──市民の皆様におかれましては、本日も健やかな日々となりますように。以上、フリージアからでした]
放送が途切れ、また同じ内容を繰り返す。ここで終わりのようだ。
「…つまり、今のは」
「殆どバトロワだな。殺して代表を奪っていいと、言外に言っている」
「……荒れますね」
「上は何を考えて…」
署内の空気は重い。それもそうだろう。ここまで分かりやすく治安が乱れると宣言してあるのだ。
救いなのは20名…いや、19名の代表が誰か不明なことか…余計な争いは起こしたくないようで、誰かれ構わず殺し合うケースも想定されるだろう。
俺も間違いなくその渦中に巻き込まれると思うと、心に重たいものがのってくる。
「…署長? そのバッヂはいつから?」
「つい先ほど窓からドローンが置いて行った……覚悟しておけ。直にここも荒れる」
《
金と緑で飾られたそれの裏には、複数の言語でそんな事が書かれていた。
困ったな…こんな事なんて、全く望んで無かったのに。
本当に、困ったな。
ずっと、悪夢の中にいるみたいだ。
転生者の大半は原作という物に合わせて転生しているそうです。
問題はそれがAIから見ていつか分からないことです。