聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~ 作:きなかぼちゃん
それからシオンと2人の仲間たちは数日間村に滞在した。そして何事もなく、村の皆に見送られて出立していった。
わたしはあれからシオンとは1度も話さず、見送りに行くことも、なかった。
気を遣ってくれたのか、お母さんにそれをたしなめられることはなかった。
そしてその日の夕方、早い夕食を食べた後にお母さんはわたしを連れ立って教会の外に出た。
夕日に照らされたその横顔は相変わらず、5年前のあの日と同じ感情の読めない表情をしていた。
「ユーリア」
「うん」
生暖かい夜風が吹きはじめ、裏手に広がる森を揺らす音が聞こえる。
「シオン君の思いに対して、貴女が責任を感じる必要はありません。貴女のしたことはけして間違いではない」
「でも……わたしはシオンを傷つけた」
「きっと貴女の心には過ちを犯したという悔恨があるのでしょう。そして今、深く己の心を傷つけている」
「どうして、今までもっと向き合ってあげられなかったんだろうって」
そう言うだけで、泣きそうになる。
泣きたいのはわたしじゃないだろうに。
「……その苦しみは、ただ時が過ぎるに委ねなければ癒えることがないのかもしれません」
お母さんは屈んで涙目のわたしと目線を合わせると、その浅黄色の瞳でまっすぐにわたしを見つめた。
そして聖女の証である、首から下げた銀色の聖印をそっと握る。
「ユーリア、私は聖女です。貴女が懺悔《ざんげ》を望むならいつどこであろうとそれを受け入れる用意があります。この機会なので問いますが、懺悔とは何のためにするかわかりますか?」
突然問われて、思わず口ごもってしまう。
「えっ……と、女神様に謝って、悔い改める、こと?」
「いいえ。女神マルグレーテは我々
わたしは、何も答えられなかった。
「ユーリア」
「うん……」
「何にしろ、苦しみはやがて和らぎます。だからこそ、今すぐに向き合って決断する必要はないのです。貴女はひとりじゃない。辛さを感じるときには、側《そば》にいる人々のことを思いなさい。そして、会いにゆくのです。その足でね」
ふと、ポプラの顔が頭に浮かんだ。
そして、目の前にいる、真っすぐにわたしを思ってくれる人のことを。
「ありがとう。マザー」
「女神の名の下に説法を行うのも私の役目ですからね。それに、貴女は───」
そこから言い淀むように瞳を閉じると、小さく息を吐いた。
「……とにかく、1人で抱え込むのはおやめなさい。今、私が言いたいのはそれだけです」
そして「戻りますよ」と柔らかく言うと、お母さんはわたしの手を取り、昔のように薄い笑みを浮かべた。
繋がれた手はやや乾いていて、心地よい冷たさがあった。
かつて、わたしが幼い時もそうだったように。
『私はあなたの友達なんでしょう? その私がマザーは今もあなたを愛しているんだと信じてあげるわよ』
ポプラに言われたことを思い出す。
何となく、それを信じようと思えた。
勝手口から教会に戻ろうとした、その時だった。
お母さんの動きがぴたりと止まる。
「待って」
「えっ?」
「何かが、おかしい。この気配は」
相変わらず、ぬるい風が吹いているだけだ。
「マザー? どうかしたの?」
「ユーリア、今から貴女は教会から出てはいけません。
お母さんは表情を硬くして、有無を言わさぬ調子で言う。理由がまるで分からない。
「どういうこと?」
「聖女を目指すのでしょう? では、貴女の聖女見習いとしての最初の仕事です。分かりましたね」
それだけ言うと、お母さんは裏手にある厳重に施錠された、普段は絶対に使わない方の納屋へと向かった。
その先には、ひっそりと深夜に鍛錬していた時にのみ持ち出していた長柄の鎌があることをわたしは知っている。
けしてわたしには見せようとしなかった一面。
それを隠そうともしないほどの状況に、動揺してしまう。
「魔物の臭いがします。私の勘違いならば良いのですが……」
※
獣であって獣にあらず。
女神の敵にして、神聖と相反するもの。
世の虚《うろ》より生まれし人狩りの魔性。
エル=ラピスの聖書において、女神マルグレーテはうそぶく。
魔物とは、生物にあらず。ただ現象によって形作られた怪物である。
ゆえに慈悲など要らぬ。手足を詰め、頭を潰し、ただ殺せばよい。
※
それからお母さんは鎌を持って村へと向かい、わたしは言われたとおりに正面玄関以外をすべて施錠して礼拝堂に灯りを付けた。
やがて、血相を変えて村の皆が家族を連れて次から次へと駆け込んできた。
やがて、遠くから爆発音のような、建物が倒壊するような、不安になる音が断続的に聞こえはじめる。
そのたびに礼拝堂に集まる皆が身を寄せ合って恐ろしげに身震いした。
「あんな、あんな生き物……見たことねえ……身体じゅう燃えてるのに生きてやがった。あの燃える針が突き立ったと思ったら、一気にわあって家が燃えちまって……魔物ってのは、あんな化物だっていうのかよう……」
「やっぱり魔物が、襲ってきたんですか……?」
尋ねると、逃げてきた大人の1人が呟きながらぶるぶると震えながらこくりと頷いた。
「でもマザーが教会に行けって逃がしてくれてよう。なあユーリア、マザーはあんな恐ろしい化物と戦えるってのか……?」
わたしは何も言えなかった。
お母さんが過去に戦いを生業にしていたであろうことは察していたけれど、それについて踏み込んで聞いたことはない。
お母さんは、魔物と戦っている。
実感して、背筋がぞわりとする。
だって、ただでさえお母さんは片足が義足でうまく走れないんだよ?
もし、もし、万が一、お母さんが死んでしまったら、わたしは。
考えたくない。
それだけじゃない。村の皆の命が危ない。
ポプラだって、まだ来てない。
最悪の想像をしそうになる。その瞬間、勢いよく正面扉が開け放たれた。
這う這うの体で入ってきたのはポプラの両親だった。
血まみれの足を引きずって呻く旦那さんに肩を貸したポプラのお母さんが必死の形相で叫んだ。
「ポプラ! ポプラ! いないの!? 返事をして!」
「ポプラはまだ来てません! もしかして、一緒では」
「そ、んな……」
急いでポプラのお母さんの元に駆け寄ると、彼女は呆然とした様子でその場に崩れ落ちた。
お腹の底に氷を落としたような冷たさが身体を襲った。
「ポプラがどこに行ったかわかりますか」
「分からない。でも行かないと、私が行かないと」
あなたはここにいて、と痛みに呻く旦那さんに囁き、どこか心ここにあらずというふうにポプラのお母さんがゆらりと扉の外へ出て行こうとする。
こんな様子で今外に出たらまずい。わたしはその手を思わず掴んだ。
「待ってください!」
「止めないで! こうしてる間にもあの子が」
「わたしが、わたしが行きます! あの子が行く場所なら大抵は知ってます! わたしの方が見つけやすいはずです!」
お母さん、ごめんなさい。言いつけを破ります。
やっぱりわたしは聖女にはなれないかもしれません。
ポプラのお母さんを詭弁でむりやり押しとどめ、村に繋がる下り坂を走る。
むせ返るような、鼻をつく野焼きにも近い臭い。黒い煙、燃えさかる家屋。
そして赤い夕焼け。どこを見ても、景色そのものが燃えていた。
「ポプラ、どこ! いるなら返事をして!」
昼下がりに散歩に行ったとポプラのお母さんから聞いた。
それならあらかた見当はつく。向かいそうな場所を探しつづける。
ポプラは見つからない。だが、不思議と魔物らしきものには出会わなかった。
途中でこちら側に逃げてきた人たちに教会に向かうよう叫びながら走る。
そこら中で、矢のように長い黒い針に貫かれて斃れた人間だったものがバチバチと音を立てて燃えていた。人が焼ける臭いに胃液がこみ上げる。
それが誰か、なんて知りたくもなかった。
村で見知った誰もが生きているのだと信じたかった。
口を押さえて吐き気に耐えながら、村はずれの草原に繋がる道まで走った。
そして、見つけた。
「ポプラ!」
「ユーリア!? どうして!?」
数メートル先、尻餅をついたポプラにちょうど襲いかかろうとしていたのは、森にいる野犬をさらに一回り大きくしたような、狼にも似た獣だった。
背中には山嵐のように大量の棘を背負い、全身は炎そのもののように燃え上がっている。その体表は燃え切った炭のごとく黒い。
見ただけで、この目の前の存在が魔物と呼ばれるのも分かるのを理解した。
普通の生物とは存在から異なるのだと、危機感が本能に訴えかける。
わたしは足下にあった大きな石を思いっきり投げた。
果たして、奇跡的にその石は魔物の顔近くに直撃し呻き声が聞こえた。
「ポプラ、逃げるよ!」
腰を抜かさなかったのが奇跡だと思う。
有無を言わさずポプラの手を引き全力で走る。
「追ってきてるわっ!」
「いいから走って!」
ひゅん、と風を切る音がして顔の横を何か矢のようなものが通り過ぎたのを見た。
それが村の人たちを殺したあの黒い針だとわかった。
「建物に隠れながら走るよ!」
ポプラが青ざめた顔で頷く。
炎上する建物がひしめく変わり果てた村を縫って走る。
そして、延焼していない建物の陰にわたしたちは息を潜めて隠れた。
口元を抑えて陰から様子を伺う。
建物を1つ1つ丁寧に確認するように、口から吐く炎で焼き焦しているさっきの魔物の姿が見えた。
ぞっとした。
それは明らかにわたしたちがこの周辺に隠れていることを理解して、隅々まで探しているような動きだったのだから。
そんなの、まるで人だ。
魔物にはそれほど高度な知能があるというの?
2つ隣の家屋が炎に包まれたのを見た。徐々に魔物が近づいてくる。
わたしは覚悟を決めた。
「ポプラ、このままじゃ見つかる。だから」
「……わかってる。だから、2人、別々の方向に、逃げるわよ」
顔は青ざめたまま、ポプラが半ば過呼吸になってわたしに言った。
「どっちが、あいつに狙われても、恨みっこなし。それで、いきましょう」
「……わかった。逃げられた方は、教会まで無事たどり着くこと。いい?」
「わかったわ」
わたしたちは死への恐ろしさを張り付けたまま顔を見合わせた。
きっとわたしもポプラと同じような顔をしているのだろう。
そして、数を数える。
「さん」
「にい」
「いち!」
ゼロ、の合図を待たずにポプラが走りだそうとするのを見た。
そしてわたしはそのことを知っていた。
ポプラなら、この提案をした時点できっと自分が犠牲になろうとするだろうと。
だからわたしは、ポプラより先に建物の陰から飛び出した。そしてあらかじめ拾っていた石を魔物の背に投げつけた。そして教会のある丘とは逆方向へ走る。
背後からポプラが悲鳴をあげてわたしの名を呼んだ。
魔物がわたしに向かってくるのを感じて、叫ぶ。
「振り向かずに走って! 逃げて! ポプラ!」