聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~   作:きなかぼちゃん

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11.価値

 ただ走る。燃えさかる村の中を、教会からできるだけ遠くへ。

 ポプラが他の魔物に襲われていないことだけを願う。

 

 魔物はなかなかわたしを殺さなかった。

 時折針を飛ばしてきては付かず離れず、まるで狩りを楽しむかのように。

 

 そしてついに、その中の1つがわたしのふくらはぎを抉るように掠める。

 

「ぐうっ!」

 

 火傷したような熱さに呻く。片足が持って行かれたような衝撃。

 そのまま倒れ込む。

 見れば右足からどくどくと血が溢れ地面を濡らしていた。

 

 倒れたまま振り返ると、数メートル先からひたひたと迫る魔物が見えた。

 

 じわじわと痛みが身体中にせりあがってくる。

 右足はまるで動かない。

 

 もう、だめか。

 わたしはここで死ぬのか。

 

 諦めてしまえば、ひどく思考がクリアになる。

 

「……いっそひと思いに殺してよ」

 

 ねえ、賢いなら人の言葉だって分かるんじゃない?

 

 返事をするように、魔物が口を開いた。

 ははっ、もしかしてこのまま焼き殺す気かな。

 火刑はとても苦しいと聞く。

 でも、せめて死ぬまでの苦しみが短くなることを願い、強く瞼を閉じた。

 

 ごめんなさい、お母さん。

 言いつけも守らないダメな娘で。

 

 ただ死を待つのは恐ろしい。

 それでも、ポプラを助けられた。だから、これでよかったと思う。

 

 死を覚悟して、初めて前世の記憶というものに感謝する。

 しょせん2度目の人生。既にわたしは1度死んだのだ。

 

 それなら、わたしより助かるべき命があるに決まってる。

 

 痛みと熱さは、まだやってこない。

 

 そして、ギャウ、と獣が苦しむような悲鳴が響いた。

 

 思わず目を開き、息が止まる。

 

 白銀の鎧を纏い、身の丈ほどもある大剣を携えて、

 そして、間違えるわけもない。

 5年ぶりに姿を見たあの日でも、すぐにわかったほどに見慣れた金髪。

 

「シオン……」

 

 わたしを守るように立つ、《勇者》たる聖騎士の背中がそこにあった。

 

「ユーリア、間に合って、良かった」

 

 よほど急いで来たのか、肩で息をしている。

 

「なんで、ここに」

「胸騒ぎがして、急いで戻ってきたんだ。言っただろ」

 

 そして、瞬くような一閃。魔物が両断され、そのまま絶命した。

 

 シオンは振り返って、安心させるようにわたしに笑いかけた。

 自信なく愛想笑いばかりをしていた男はもういない。

 それは、火の玉のような意思を秘めた、騎士の顔だった。

 

「君は僕が守るって」

「どうして……」

 

 わたしは、あなたの願いにはきっと応えられない。

 だから、離れようとした。裏切って背を向けて逃げようとした。

 それなのに。

 

「いいんだ」

 

 エメラルド色の瞳が、わたしを射貫く。

 かつてと変わらない優しさを湛えて。

 

「気づいたんだ。君が僕のことをどう思っていたとしても、たとえ僕のことが好きじゃなくても、関係ないって事に。だって、大切なことは数え切れないほど、もう君から貰ってる」

 

 だから、とシオンは続けた。

 

「ユーリア、君を愛してる。でも、見返りなんていらない。僕は、ただ君を守るために、強くなったんだから」

「シオン、わたし、は」

 

 わたしは、そんなつもりじゃなかった。

 そんなつもりじゃなかった!

 

 吟遊詩人に詠われる300年前の《勇者》の伝説がある。

 

 当代の勇者アルバートは遍歴の聖騎士として天翔る竜の顎を砕き、地の底に蔓延る朽ちぬ黒金の巨人を滅ぼし、富も栄誉も賜ることなく、ただ清貧のままにその旅の最果てでひとり孤独に死んだ。

 

 それが、ただのおとぎ話だと思っていた己を呪う。

 ただ捧げるのみで身を滅ぼしたかつての騎士の伝説と、シオンの姿が重なる。

 

 シオン、あなたもそうなってしまうの?

 そう、成らざるを得ないように追い詰めてしまったの?

 

 わたしの、せいで。

 

 ただ、絶望する。その時、空気がびりびりと揺れた。

 

『カロロロロ……』

 

 一体いままで何処に潜んでいたのか、燃える家屋を踏みつぶすように、赤い炎を纏った巨大な影がわたしたちの前に姿を現した。

 

 猿を巨大にして、手足を極端に伸ばしたらこうもなるだろうか。

 

 異様に長い手足を関節で折りたたみ、顎が奥まで裂けた口の奥にはびっしりとナイフのような牙が生え揃い、その背にはさっきの魔物と同じく山嵐のような針を背負っている。

 

「随分と大物だな……」

 

 シオンは低く呟くと、両手で大剣を構えた。

 これほど恐ろしいものと当たり前のように戦おうとするなんて。

 

 いや、違う。それが当たり前なんだ。

 これが《勇者》の祝福を得た聖騎士としてシオンに課された役目。

 

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 もはや取り消すことのできない、無責任で愚かな言葉。

 どれほど重いものをシオンに背負わせてしまったのかと、目の前に広がる現実がその罪科《ざいか》をわたしに囁く。

 

 わたしは思わず叫んだ。

 

「シオン!」

「ユーリアは下がってて! ごめん、痛いだろうけどもう少しだけ我慢して」

 

 そうじゃない。そうじゃないの。

 でも、わたしには何も言うことができない。戦う力なんてないから。

 立ち上がって逃げる力すらもう、ない。

 

 わたしには何もできない。

 

 わたしは呆然としながら、魔物へ向かっていくシオンをただ見ているしかなかった。

 

 

 

 

 どれほどの時間が経ったのだろう。

 

 シオンが跳躍し、魔物が鞭のように振り上げた腕を切り飛ばした。

 着地したシオンはひどく消耗しているようで、荒く息を吐く。

 

 わたしはなんとか動く両手と左足を這うように動かして、建物の瓦礫の陰に隠れている。そこからシオンの戦いを見守っていた。

 

 せめて見届けなければという一心で、ただ、無事を祈ることしかできない。

 

 だから、気づかなかった。

 

 別の魔物が、わたしの方を見ていることに。

 

「ッ! ユーリア、そこから逃げろ!」

「え」

 

 気がつけば、側面から2体の魔物が迫っていた。それはさっきわたしを殺そうとした狼の魔物と同じ姿をしていた。

 

 他にも魔物がいるかもしれないと予想していたのに、警戒を怠った!

 

 痛みをこらえてむりやり足を動かしてそこから離れようとする。

 それでも、ひどくゆっくり歩くくらいのスピードでしかなかった。

 

 恐ろしさで思わず振り返ってしまう。

 ちょうど迫った魔物たちが、いくつもの黒い針を足を引きずって歩くわたしに向けて撃ち出したのが見えた。

 

 明確な死を感じて、目を閉じようとした。

 瞬間、白い影が前を横切る。

 

 そして、放たれたすべての針が、

 

「あ……」

 

 シオンの身体を、鎧ごと串刺しにした。

 

「う、おおおおおおおおおッ!」

 

 シオンは、聞いたこともない獣のような咆哮を上げた。むりやりに大剣を横薙ぎにし、一太刀で2体の魔物を切り捨てた。そして、ごぼりと赤黒い血を吐く。

 

 それでもなお、片腕を失った巨大な魔物に突進していく。

 

 わたしは上段に構えたその大剣に光が宿ったのを見た。

 

「ユーリアは、絶対に、絶対に僕が守るッ! ───だから、消えろ!」

 

 何の音も、しなかった。目が眩むほどの光の糸が、文字通り空間を縦に切り裂いたのだけが見えた。

 

 一瞬の後、何の断末魔もなく、両断された魔物の死体だけが、残った。

 

 そして、シオンが大剣を取り落とし、力なくその場に仰向けに倒れる。

 

「シオンっ!」

 

 わたしは絶叫し、無理やり立ち上がった。

 痛みなどもはやどうでもよかった。

 足を引きずって、血がどれだけ出ようと構わなかった。

 

 はやく、はやく、シオンのそばに。

 

「シオン……シオン……! ねえっ! 起きてよ! 起きなさい! 起きろッ!」

 

 意識を失いかけているシオンに必死に呼びかける。胸や腹からは黒い針がいくつも突き出ていた。これが致命傷だなんてこと、誰が見ても分かる。

 

 信じたくない。

 

「ユーリア、無事で、良かった」

 

 喋るたびにシオンの口から血が漏れる。もはや目の焦点も合っていない。

 

「どうして、あなたはッ、わたしなんかよりずっと価値があるのに……!」

 

 わたしの人生なんてただの延長戦だ。

 人の一生なんて一度死んだら終わりなのだ。

 だから、そんな、前世の記憶なんて持ってる頭のおかしい女のことなんて、命を賭してまで守る価値なんてない!

 

 守ってくれてありがとう。そんな言葉を言うべきなのはわかっているのに、罵倒のような言葉しか思い浮かばない。

 

「ねえ、ユーリア。昔さ、勇者の祝福を貰ったとき、誇れる自分になれって、言ったよね」

「ッ……! そう、だね」

「僕は、君に、自分のことを、誇れるように、なったかな……?」

「なった、なったよ……! だから、結婚する! ずっと聖都で一緒に暮らそうよ! 嫌じゃない! だから……!」

 

 愚かな女だった。

 今更そんなバカなことを言ったって、救いにもならない、何の意味もないことは分かっているのに。

 

 血の色に染まった鎧に縋り付いてただ、泣く。

 

「だから、死なないで……」

「ふふ……」

「笑わないでよ……こんな時に」

「ユーリアは、僕に怒ってくれることはあっても、泣いてくれることは、なかったな、って」

 

 涙が止まらなかった。鎧にぼたぼたと水滴が零れて、血と混じり滲む。

 

「バカ、バカバカバカっ、好きな女を泣かせて喜ぶ男がいるかっ」

「ごめん、ね? ユーリアはさ、いつも、やさしかったよね。だから、すきだったんだよ」

「何を、言って」

「ぼくのこと、いつも、まもってくれて、だめなときは、おこってくれたでしょ。そのおかえし、すこしくらいは、できたかな……」

 

 違う、断じて違う! それはわたしが前世の記憶があるからで、かわいそうだから大人らしく守ってやろうって、上から目線の感情でしかなくて。そんな純粋な気持ちでやったわけじゃない! 

 

 そしてそんな勘違いをしたバカ女のせいで、たった今、あなたを失おうとしている。

 

「ねえ、手……繋いで?」

 

 言われるがまま、震える両手で包むように、籠手越しに手を握った。

 

 そして、思い出す。

 

 泣き虫で弱虫のシオン。

 いじめられてグズっている時、いつも仕方なく手を引いて帰った。

 

 夕焼けに照らされた、ふたりで帰る帰り道、風で揺れる木の葉の音、道端に咲く花、小鳥の声、小川のせせらぎ、いつまでも変わらずあると思っていた日々。

 

 いま、わかった。

 きっとあの頃の柔らかい日常を、わたしは愛していたんだ。

 シオンが隣にいたあの頃を。

 もう、何も戻らない。

 

「ふふ、なんだか、ねむくなってきちゃった。ごめんね。かえるの、おそくなって、おかあさんにおこられちゃうかなあ?」

「……大丈夫。夕日が沈む前に起こしてあげるから、ゆっくり眠りなさい」

「ぜったい、だよ? ユーリア、おやすみなさい……」

「うん、おやすみ。シオン」

 

 そして、手を握っていたシオンの力が抜ける。

 

 シオンは死んだ。

 死んで、しまった。

 

 ただの無力で愚かな女を守って。

 

「ううっ、ぐうううううううう!」

 

 生きていれば、わたしを守ってさえいなければ、シオンはこれから聖騎士として数え切れないほどの命を救えたはずだった! 後の世まで語られる偉大な英雄になるはずだった! それをわたしが台無しにした! わたしの無責任な行動のせいで、シオンはわたしなんかを守って死んでしまった!

 

 今すぐ発狂して魔物の目の前に飛び出して死んでしまいたかった。

 でも、目の前のシオンの遺体を見て、それだけはできないとギリギリの所で身体が強ばる。

 

 ただ、軋むほどに歯を食いしばって耐える。

 

 今わたしが死んだら、シオンはいったい何のために死んだというの?

 せめて、わたしを守りたいと思った男《ひと》の気持ちだけは踏みにじる訳にはいかない。

 

 震える手で、ただ眠っているようなシオンの頬を撫でる。

 

 まだ生きているかのように、暖かかった。

 

 あの痛がりで弱虫だった子が、最期まで、悲鳴の1つも出さずに逝ったのだ。

 きっと、わたしにできるだけ罪悪感を残さないために。

  

「シオン、ごめん、ごめんね……痛かったよね……苦しかったよね……」

 

【祝福:継承の発動条件を満たしました】

【対象者:シオン・アッシュロード 祝福名称:勇者】

【祝福継承作業中……完了。アイテムを生成します】

 

「は……?」

 

 思わず、間の抜けた声が出る。

 いよいよわたしは狂ったのかと思った。幻聴すら聞こえるほどに。

 前世の記憶に引き戻されるような機械アナウンス、無機質な音声が脳内で鳴り響く。

 

 瞬間。

 シオンの身体が輝き、光の塵となって消えた。

 その跡には、一振りの白い片手剣が残されていた。

 

【《聖剣シオン》を生成しました】

【効果を開示します。所持者に《勇者》の祝福を追加する。譲渡:可能。いかなる場合においてもこのアイテムに特定の所有権を設定することはできない。このアイテムを廃棄することはできない。このアイテムを破壊することはできない】

【繰り返しますか?】

 

「なに……これ……」

 

 ただ、呆然とする。目の前で理解できないことが起こっている。

 わかるのは、シオンの身体がどこかへ消えてしまって、代わりにこの剣が出てきたことだけ。

 

 祝福? 継承? 何が起きているのか、わからない。

 

 それでも、何かに導かれるようにして、わたしは剣を握った。

 ただ、そうしなければならないと思った。

 

 すると、身体に異様な力が湧き上がる。

 

 足の痛みすら無くなって、重かった身体が一気に軽くなるのを感じた。これがシオンの力であることを、本能的に理解する。根拠はない。でも、わかる。

 

 周りを見回せば、新たに現れた数匹の魔物がわたしを見下ろしていた。

 

 不思議と、怖くはなかった。

 今なら、わたしでもきっとこいつらを倒せるという確信がある。

 

 剣を握ると、あなたが側にいるのを感じる。

 狂ってたっていい。今は、そう思いたい。

 

 シオン、どうか、今だけは、わたしに力を貸して。

 

 せめてあなたが守ろうとしたこの命だけは、投げ出すわけにはいかないから。

 

 この時、わたしはまだ考え至らなかった。

 この剣の持つ力の意味を。そしてその恐ろしさを。

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