聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~   作:きなかぼちゃん

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12.聖剣

「魔物に襲われて、ユーリアが逃してくれて! 私、ユーリアを見捨てて……ごめんなさい、ごめんなさいっ! マザー、私、なんてことを……!」

 

 いくらかの魔物を倒し教会に戻った私は、ただ慟哭《どうこく》するポプラを見て愕然とした。

 

「……っ」

 

 あれほど教会にいるよう言い含めたのに。どうして。

 

 抑えきれぬ憤怒(ふんど)が漏れそうになる。

 違う、ポプラは悪くない。クラリエッタ、冷静になりなさい。

 

 大丈夫だ。ユーリアは死んでいない。聡い子だ。

 だから、どうにかして魔物から逃れているはずだ。

 そうだ、そうに違いない。

 

 そう思わなければ、今にも心が引き裂かれそうになる。

 

 祭壇の向こう側の壁に鎮座する女神マルグレーテの像が見えた。

 教会は女神の家。聖女たる私がうろたえるなどあってはならない。

 

 拳を握る。爪が痛いほどに掌に食い込んだ。

 この憤怒は、己の至らなさに対してのみ向けなければならぬ。

 

「ポプラ、ユーリアは賢い子です。何も考えずに飛び出していくようなことは決してしません。貴女を助けたことも、自分が残ったことも、きっと貴女たちふたりともが助かる最善の道を模索した結果でしょう。だから、信じて祈りましょう。女神は必ずユーリアをお救いくださる。あの子はきっと無事です。必ず戻ります」

「マザー……」

「早まったことはけして考えぬように。良いですね」

 

 ポプラは泣きはらした目で小さく頷いた。

 それを見て私は礼拝堂を見回す。皆、同じように不安に押しつぶされそうになっている。

 

 できるのなら、今すぐに教会を飛び出してユーリアを探しに行きたい。

 今も、そうせずにはいられぬ自分自身の心を押しとどめるだけで精一杯なのだ。

 

 だが、聖女として村の皆を放置するなど、どうしてできようか。

 

「いくらかは滅しましたが、未だ魔物はこの村に残っています。ゆえに私はこの女神の家たる教会、そして皆様の命を守らねばなりません」

「おい、それは違うんじゃねえのか? マザー」

 

 そう言って有無を言わせぬ調子で近づいてきたのは、近所に住む狩人のベルク氏だった。癖のようにカイゼル髭を撫でつけながらも、その鳶色の瞳は鋭く私を射貫いている。

 

「何が違うのです。私は、聖女として皆様を守らねばならぬと───」

 

「ユーリアは、あんたの娘だろうがッ!」

 

 ベルク氏はその場で足を踏みならした。ユーリアの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 違う、違うッ! 私は、聖女だから。戒律を、守らなければ。

 

「……ッ、私は、聖女」

「ああ、そうだろうさ! でもそれだけであんたがユーリアを育ててきた15年が嘘になるとでも言うのか!? マザー、いいや、クラリエッタ。あんたが決心できないなら俺が代わりにやってやる! 何が魔物だ! 自分の身くらい自分で守れらあ! 戦えるのはあんただけじゃない! 狩人を舐めんじゃねえ!」

 

 そして手に持った弓を掲げてみせた。

 

「あんたらはどうだ! 怖いのは分かる! ダチや家族が死んだ奴だっているだろう! 俺だって恐ろしい! でもその為に母親が子を助けに行けねえなんてのは間違ってるぜ! そうじゃねえのか!?」

 

 演説のごとき口ぶりに、俯いていた人たちも勇気づけられたのか「ああ」「そうだ」「その通りだ」と呟きながら次々と立ち上がる。

 

「答えは出たようだな。教会は俺たちに任せろ。なんとかしてみせるさ」

 

 そう言うと、ベルク氏は得意げに笑ってみせた。

 私は、呆然として何も言えなかった。

 

 そうして、追い出されるように教会を飛び出した私は走った。

 焼き焦された村人たちの遺体や、自分が切り刻んだ魔物の死体を視界に捉える。

 

 救えなかった。皆、良い隣人だった。

 けしてこのような惨劇で、命を女神に還さねばならぬ人々ではなかった。

 せめて祈りとともに、彼らの魂に安らぎを捧げねばと心が締め付けられる。

 

 だが、それでも、今だけは済まぬと目もくれずただ走る。

 

 そして、見つけた。

 

「ユーリアッ!」

 

 建物が完膚なきまでに破壊された瓦礫の山。右手に剣を握ったまま、足から血を流してぼうっと立ち尽くしているユーリアがそこにいた。

 

 走り寄って思わず抱きしめる。張り詰めていた気が緩み、目頭が熱くなる。

 

「無事でよかった……! 貴女に何かあったら、私は……!」

 

 絶望のうちに自ら死を望んでしまうかもしれない。

 

「おかあ、さん?」

「ええっ、私です。クラリエッタです。あれほど教会に居るように言ったのに、貴女という子は……!」

 

 そして、気づく。周囲には切り刻まれた魔物の死体が散乱していた。

 

「この魔物たちは、一体……?」

「わたしがやった」

「え……?」

 

 ユーリアが心ここにあらずという風にぽつりとつぶやく。

 耳を疑った。この子に魔物と戦う力はないし、ましてや戦闘訓練を課したことなどない。

 

「お母さん、ごめんなさい。シオンが死んじゃった。わたしなんかを守って。全部、わたしのせい。それで、剣になって、その剣でわたし戦って」

 

 意味のわからない部分もあるが、理解はできる。

 確かに彼はユーリアを守ったのだ。

 

 シオン君、どうしてこんなことに。

 

 泣きはらした目で、それでも抑揚のない声でただ話すユーリアの精神は限界を迎えている。私はただ強く抱きしめることしかできない。

 

「ユーリア、あなたのせいではありません。決して……!」

 

 エマの顔が頭をよぎる。彼女の絶望はどれほどであろう。

 私とて、ユーリアを失う想像をしただけで狂いかねないほど心がかき乱されたというのに。

 

 それだけではない、エマはいつだって、聖騎士として戦うシオン君が出陣するたびに身を引き裂かれるほどの不安に襲われていたはずだ。

 

 手紙をやり取りしている時も、息子が危険な任務へ赴くことについて、母としてのの苦悩が文章から感じ取れなかったと言えば、嘘になる。

 

 説法を生業にする聖女でありながら、今更になって、子を持つ親の気持ちを理解するとは。

 

 女神マルグレーテよ、この惨劇ですら貴女の祝福の導きと仰られるのか。

 

 胸の聖印を強く握る。女神は何も答えてくれない。

 

 そして、ユーリアの持つ剣《つるぎ》からは何か異様な気配がある。

 一体何なのだ、この剣は。

 

「この、剣は」

「シオンが死んで、身体が、いきなり剣になった。頭の中で声がして、祝福を継承するとか、もう、何も分からない……」

「祝福を、継承?」

 

 ユーリアはただ頷いた。

 

「この剣を使えば、勇者の祝福と同じ力が出せるって、頭の中で説明されて、それで、戦った」

 

 そんな、馬鹿なことが。だが、どう見てもただの剣ではない。

 奇跡を付与された聖剣か、あるいは異教徒の魔法を付与された魔剣。

 それらがこのような気配を纏っていた覚えがある。

 

 ならば、本当にユーリアの言う通り《勇者》の力が宿っているとでもいうのか。

 

 そこまで考えて、背筋に怖気が走った。

 

 恐ろしい考えが浮かぶ。今まで積み重なったわずかな違和感。

 疑問に思っていた点が線となり全て繋がったような感覚。

 

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 祝福を持たないユーリアをなぜ聖都へ召し出し、あまつさえ青の学院に入学させようとした?

 その後も、何かと理由をつけてアウグストゥス卿が私を通してこの村と関わり続けていた理由は何?

 

 その理由が、この剣にあるとしたら。

 

「ユーリア、その剣を、私に少し預けてもらえますか」

 

 言われるがまま渡された剣をおそるおそる握る。

 

 その瞬間、絶句した。

 

 視界が異常に鮮明になり、身体が異常に軽くなり、手足に力が漲った。

 左足の義足すら気にせずに全力で走れそうな気さえした。

 かつて異教徒と戦い続けた、あの日々のように。

 

 そう、この剣を持てばきっと私も昔のように戦うことができる。どのような神敵であろうと滅し、誰よりも女神への信仰を体現することが───。

 

 カラン、と乾いた音が鳴る。

 

 気が付けば、私は剣を取り落としていた。

 

 なんだ、なんなのだこれは。

 

 怖気がする。血のようにどろりとした、甘い誘惑を感じた。

 剣から手を離したのは、己が己でなくなってしまったような錯覚がして、ひどく恐ろしくなったから。

 

 そして瞬間、ユーリアの身体がぐらついた。

 倒れるすんでのところで慌てて支える。

 

「大丈夫ですか!?」

「ううん、ちょっと、ふらついただけ」

「……この剣は、貴女が持っていなさい」

「え? うん……」

 

 ユーリアに無理矢理剣を持たせる。するとふらついていたのが嘘のように、再び身体に力が戻った。

 よく見れば、足を針で貫かれているというのに、普通に立っていられること自体がおかしい。

 

 理解してしまった。

 どういうわけか、この剣には《勇者》の祝福の力が宿っている。

 

 そしておそらく、ユーリアは自身の祝福でこの剣を創り出したのだ。

 

 そして何より恐るべきは、()()()()()()()使()()()()()()()()()だ。

 

 この剣を握りさえすれば、誰でも《勇者》の祝福を得たのと同じようにその力を振るうことができるのかもしれない。

 

 無才の只人(ただびと)であろうと英雄に押し上げるであろう武器。

 常識で考えればけしてありえぬ。祝福とはどれほど強力なものであろうと一世限りであり、受け継ぐことも、譲渡することもできない。

 

 その制約を突破できるのだとしたら、恐ろしいことになる。

 ユーリアの持つ祝福は世界を左右するほどの力だ。

 

 薄く笑みを湛えたアウグストゥス卿の顔がちらつく。

 

 祝福審査機関直々の試しをし、ユーリアは何の祝福も授からなかったと断じた。

 最初から、嘘だった。

 確信する。ユーリアのこの祝福の正体を、卿は意図的に隠蔽したのだ!

 

 何故かは分からない。目的など理解できない。

 

 だが、おかしいとは思っていた。

 私が村の聖女として任じられて以降、今までこの地域で魔物など出たことはない。

 村に戻る前に、この近くで現れた魔物を討伐したとシオン君は言っていたが……。

 

 今まで魔物の影すら無かった村に急に魔物の群れが襲撃し、都合良くそこに《勇者》たる聖騎士が帰郷しており、なおかつ祝福を受け継げる人間が居合わせていた。

 

 ただの偶然? そんなことがあるのか?

 ただ、いかなる手管(しゅかん)を弄したのかはわからぬが、ユーリアが祝福を授かっていると知らなければ、けして描けぬ意図がある。

 

 だとするなら、狙いは……。

 

 絶望的な未来が脳裏に浮かぶ。私はきつく目を閉じた。

 そして瞼を開くと、ユーリアの顔をまっすぐに見つめて、その手を取った。

 

「ユーリア、今すぐこの村から逃げましょう。一緒に!」

「え……? でも、魔物は、もう。それに教会の皆が」

「私の考えが杞憂《きゆう》に終わればそれでよいのです。後で皆に謝りましょう。ですが、そうでなければ恐ろしいことになります。魔物はただの撒き餌にすぎない。魔物を差し向け、この村を焼き尽くし、聖騎士シオンを害した者の狙いは、貴女です! ユーリア!」

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