聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~   作:きなかぼちゃん

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13.母娘

 女神マルグレーテよ、お恨み申し上げる。

 なぜ、なぜ、貴女はこの子に計り知れぬ苦難を背負わせるに至ったのか。

 貴女の与える祝福とは、只人を救済するためのものではないのですか。

 

 ユーリアの手を引き、村を抜け、森の中に入る。

 もし追っ手がいるとすれば、土地勘のある自分たちの方が容易に抜けられ、姿を眩ましやすいだろうという考えだったが、それが甘かったことを知る。

 

 森を走り、待ち伏せるように目の前に現れたのは黒い全身鎧を纏った3人の騎士だった。全てフルフェイスのヘルムを被り、その一切の表情は伺えない。

 

 甲冑には紋章も、模様のひとつすらも装飾が確認できない。

 女神に捧ぐ誉れある戦いを是とする騎士道とは対極に位置する、後ろ暗い刺客であろうことはすぐに分かった。

 

 そんなものが放たれるということは、私の予測はおそらく正しいのであろう。

 

 周囲の気配を辿る。その奥の木陰にさらに2人。背後はまだ囲まれていない。

 ならば、今しかない。ユーリアの耳元で囁く。

 

「ここから北の国境近くにあるジェットの街に、ルイボスという老婆が住んでいるはずです。この聖印を彼女に見せなさい。必ず力になってくださいます。逃げるのです。その剣から決して手を離してはなりませんよ」

 

 そして首に提げた聖女の証たる聖印の紐を引き千切って無理矢理握らせた。

 

 聖騎士シオンよ、どうかこの子を守って。

 

 濃厚な殺気が満ちる。そしてそれが私のみに向かってきているのを肌で感じた。

 私さえ始末すればあとはいかようにでもできるという魂胆か。

 村を焼き、勇者を殺し、私を殺してでもユーリアを奪おうとする者たちが、この子をまともに扱うなどあり得ない。

 

「わたしも戦う! それに狙いがわたしなら───」

「喧《やかま》しい! 戦いも知らぬ小娘のさえずりで時を無駄にするな! 然《しか》らば、行け! 行きなさい!」

 

 戸惑いがちに剣を構えたユーリアを一喝する。

 だが、それでも怯んでくれなかった。

 

「ならっ、それなら約束して! 絶対に、絶対に死なないって!」

 

 ユーリアの絞り出すような声に、心が張り裂けそうになる。

 

「お母さんッ!」

 

 ユーリアが絶叫した。

 

 否、死してでも、貴女は必ず逃がす。

 だから、私はできぬ約束をする。

 

「良いですか。地の利はこちらにあります。私一人であれば、機を見て逃げることも可能です」

 

 一歩前に出る。背後で、ユーリアが息を呑むのを感じた。

 

「ユーリア、すべきことを成すのです。私もすぐに追いつきます。さすればその時にこそ、貴女を娘と呼びましょう」

 

 振り返らずに、呟く。

 少しだけ躊躇(ちゅうちょ)した後、後ろで走り去る足跡が聞こえた。

 

 それでよい。

 知っていた。情だけでなく理を説けば聡いあなたは必ず逃げてくれると。

 

 背負っていた鎌を抜き、石突で地を突く。

 衝撃で折りたたまれた刃を跳ね上げた。

 

 いずれも相当な手練れである。

 何より、正面に立つ双剣を携えた戦士は、相当の強者であることを感じさせた。この者が頭であろう。

 

 卑怯とは言うまい。

 助太刀なき一騎打ちなど、叙事詩の世界でしかあり得ぬことだ。

 

 鎌を回し長柄を背にぴたりと付け、刃を下段に構える。

 

「我が名は女神マルグレーテに隷するエトナ村が聖女、クラリエッタである。貴公、その出で立ち、一角(ひとかど)の騎士とお見受けする。この期に及んで、もはやなぜ我らを狙うかなど聞かぬ! 故に名乗られよ」

 

 自ら名乗って、酷く心の中で嘲笑う。村の皆を捨てて走る者などもはや聖女ではない。女神に隷するなど、どの口が言えようか。

 

 騎士たちは何も答えない。

 当然である。名乗れるはずがない。

 女神を冒涜しているのはお互い様か。

 

「声を出すことすら(はばか)られる身の上であるか。恥を知れい!」

 

 絶望的な戦いだというのに、何処かに心が(たぎ)る己がいることを感じた。

 若き闘争の日々からはとうに離れている。だが、染み付いたこの(わざ)で娘を守ることくらいはできよう。

 

「なれば、もはや語るに及ばず。異教徒を尽く恐怖に陥れた、血に浴する黒き花の鎌狩りを知るがいい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 静かだ。

 風の音すらも聞こえない。

 

 目尻を下げれば、自分の腹に大きな穴が空いて、その内から千切れた臓腑《ぞうふ》がまろび出ている。

 

 右足も、左腕も、切られ、潰され、いつの間にか失ってしまった。

 もはや私の五体で残っているのは右腕と頭だけだ。

 

 だというのに、痛みすら感じない。

 血を流しすぎて、全身の感覚も失われた。もはや、助からない。

 

 酷く冷静な気分だった。

 

 周囲には四の死体がある。唯一逃げた、あの頭らしき者のことを思う。

 今の衰えた私では奴の左腕を持っていくことくらいしかできなかったが、手負の身でユーリアを追跡することはできないだろう。

 

 少なくとも時間を稼ぐことはできたと思いたい。

 

 ならば、もはや私にできることはない。

 あの子の無事を願いながら、死に往くだけだ。

 

 人の死とは、これほどあっけないものか。

 

 冷静になると、ふと脳裏を走馬灯が駆け巡る。

 不思議と、戦いに明け暮れていたかつての記憶は薄れていた。

 

 思い出す景色は、いつだって村の日常のことで。

 そのそばには、いつも私を呼ぶ貴女がいて。

 

『お母さん』

 

 どくん、と心臓が小さく跳ねた音がした。

 ……駄目だ。

 

『さすればその時にこそ、貴女を娘と呼びましょう』

 

 なぜ、私はそんなことを言ったのだ。

 目を背けられなくなる。蓋をしていたはずの己の本当の気持ちに。

 

「ああ……あああ……!」

 

 もはや取り返しがつかぬと理解して、心が慟哭(どうこく)した。

 

「死にたく、ない」

 

 そう、思ってしまった。

 あの子を残して、死にたくない。

 こんなに身体は冷たいのに、ぼろぼろと涙が止まらない。

 

 ああ、ユーリア、私の、私のただひとりの娘。

 

 産婆(さんば)とともに貴女を取り上げた時、人はこのように産まれくるのだと、初めて知った。

 

『お願い、この子を、ユーリアを、この子だけは』

 

 そう言って出産した束の間、震える手で私の手を握り、息絶えた名も知らぬ貴女の母。

 己の名すら名乗らず、それでもなお貴女の名だけは今際(いまわ)に伝えきった彼女。

 

 若くして死に往く流れ者の哀れな女だというのに、ひどく羨ましいとさえ思った。

 

 己が子の産めぬ身体だと知ったのはいつだったか。

 それから鎌を手に神敵と戦い続け、女神マルグレーテへの信仰に全てを捧げる人生だった。

 

 それでよかった。

 

 信仰のために己の全てを投げ打てば、戦うこと以外何もできぬ罪深い私にも価値があるのだと、この世に生を受けた価値があるのだと、そう思っていた。

 

 人並みの幸せなど、願っていなかった。

 

 なのに。ユーリア、貴女がそれを私にもたらしてくれた。

 敵を討ち果たすのみでしか己を証明できなかった私に、たくさんの幸せを与えてくれた。

 

 なのに、

 

「ごめん、なさい……ユーリア……」

 

 ごぼり、と喉からせり上がってくる血の塊を吐く。

 生きて帰って、貴女との約束を守ることはもうできそうにない。

 

 狂おしい後悔だけが胸に渦巻く。

 

 母としてもっと抱きしめてあげたかった!

 できることなら、娘として愛してあげたかった!

 

 共に祈り、ふたりでパンを焼き、畑を耕し、野草を集め、ささやかな花壇の世話をして、あの子の冗談に怒ったり、笑ったりする。

 

 そんな何気ない暮らしこそがかけがえのないものだった。これからもそうやって、ずっとあの子の成長を見守っていきたかった!

 

 それこそが、私の生き甲斐だった……!

 

 そんなことに、今更気づくだなんて。

 

 いや、違う。とっくに気づいていた。

 それでもなお、戒律を理由にして言い訳していたのは、私自身だから。

 

 時間はいくらでもあったのに、思い出すのはできずに後悔したことばかり。

 だから、せめて。

 

 ユーリア、愛しい我が娘よ。

 これから訪れるであろう貴女の苦しみを少しでも私が肩代わりできたならと、思わずにはいられない。

 

 聖印を失い、戒律を破った私に女神に祈る資格はない。

 だから、ただの人として、母として願う。

 

 苦難に満ちた貴女の運命が、どうか少しでも安らぎのあるものであるように。

 

「愛して、いるわ。どうか、幸せに、なりなさい……」

 

 呟いて、ゆっくりと目を閉じる。

 なんだか、とても眠い。

 

 

 

 

 

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【祝福:具現化】

あなたは特定条件下において対象者の祝福を肉体から分離し、同等の効果を得たアイテムとして生成することができる。

制約①

あなたはアイテムの形状を指定することができない。

制約②

あなたは生命活動が停止している者をのみを対象にすることができる。

制約③

あなたは対象者の生命活動が停止してから30秒以内にその身体に触れなければならない。

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