聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~   作:きなかぼちゃん

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14.終わり

 すぐに追いつく、だなんて、嘘だってわかってた。

 お母さんが死ぬかもしれないと分かっていて、それでもわたしは逃げ出した。

 

 わたしはあの時確かに、お母さんを見捨てたのだ。

 

 絶望で視界がゆがみ、足を止めそうになる。引き返しそうになる。

 それでもこの剣のおかげなのか、痛みどころか息すら上がらずにわたしは走り続けている。

 

 走らされている。

 その一歩ごとに、自分の心が引き裂かれていくのを感じた。

 

 シオン。

 お母さん。

 

 何もわからない。

 わたしはどうすればいいの?

 逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、その先に何があるの?

 どうやって生きていけばいいの!?

 ここまでして、わたしに生きている価値なんてあるの!?

 

『我々は、生きていかねばなりません。女神マルグレーテの導き有る限り』

「なら、教えてよ……女神様……」

 

 右手にあるお母さんの聖印を痛いほどに握りしめる。

 

 ねえ、マルグレーテ様。

 

 祝福なんて力を人間に与えているなら、本当にいるんでしょう?

 ねえ! それならわたしたちを救ってみせてよ!

 シオンを返してよ! お母さんを助けてよッ!

 ()()()()()()()()()()()()ッ!

 

 答えはない。

 よくわかってる。神なんていない。

 いたとしても、人間に語りかけてくることなんてない。

 前世の記憶は、余計なことだけを教えてくれる。

 

 そこで、はたと気づく。

 

 お母さんの言う通り、わたしが狙われているというなら。

 わたしのせいでこの惨劇が起こっているというなら。

 この村でわたしが生まれなければ。

 お母さんと出会っていなければ。

 

 何事もなく、この村のみんなは生きていたのに。

 

 足が、止まる。

 

 夕日が沈み始めたのか、森の中はどんどん薄暗くなってきて、全てが同じ景色に塗りつぶされる。

 方角すらわからず、目印すらなく、どこに向かえばいいのかも、もはやわからない。

 

 ああ、そうだ。

 

「きっとわたしなんて、最初からいなければよかったんだ……」

 

 呟く。

 ほんの小さな声のつもりだったのに、不思議なほどに重く響く。

 

「うん。ヴィーもそう思う。とっても。だから、死んで? いま、ここで」

 

 え。

 

 と、声を出す前に、右側から衝撃。

 次に、浮遊感があった。

 

 何かに衝突されたと気づいたのは、そのまま体が吹き飛ばされて木の幹に全身を打ち付けられた後の話だった。

 

 そして、全身に一気に痛みが襲う。

 

 地面に倒れ伏す。湿った土草が、ぞっとするほど冷たい。

 

 かろうじて動く目線の先に、取り落とした剣が落ちている。

 

 あ、わたし、剣を、落として。

 気づいた瞬間、剣を持っていた時には感じなかった苦痛が全身を襲った。

 一瞬にして針のむしろになったような感覚。

 まともな声すら出すことができない。悲鳴すらも。

 わたしにできるのはひたすら耐えて、歯を食いしばり、涙と脂汗を浮かべることだけだった。

 

「う、あ……」

 

 落ちた剣の向こう側から、黒い大きな影が木立を縫うように音もなく近づいてくる。

 

 大きな黒豹だった。

 だが、その燃えるように赤い瞳の中では、ちりちりと炎のようなゆらめきが瞬いている。

 

 こんな瞳を持った獣はいない。

 これは、魔物だ。

 なによりおかしいのは。その魔物の背に女の子が乗っている。

 品の良さそうな紫色のフリルドレスを纏った、つるりとした真っ白な髪が目立つ女の子。

 

 こんな森の奥にいていい恰好じゃない。

 

「この子はとっても賢いのよ? 一度臭いを覚えれば絶対に見失わないの。だからね、意味ないの。おまえがどれだけ速く逃げても、だれかにおとりになって逃してもらっても、なーんにも意味ないの。わかった?」

 

 嗜虐にまみれた、甘ったるく幼い声だった。

 女の子は、黒豹から降り立つと、わたしの横までゆっくりと歩み寄ってくる。そして、

 

「なんか言えよ」

「ぎっ、ああああ!」

 

 思いっきり、針が刺さったままのふくらはぎを何度も何度も踵で踏みつけられた。

 

 およそ人が発するべきでない悲鳴が自分の口から勝手に漏れた。爆発するような痛みを処理できず、頭がチカチカした。

 

 小柄な少女なはずなのに、想像できないほどの力だった。やがて頭の方に回ると、髪の毛を掴まれて無理やりおもてを上げさせられる。

 

「わー鼻水と涙でべとべと。なに? この田舎っぽくてきったない顔。おまえみたいなブス、お父さまのお願いじゃなかったらいますぐ殺してあげるのに」

 

 紫色の瞳をした、人形のような美しい少女だった。

 でも、その瞳と声から伺えるのは、ひたすらにわたしへの殺意だけだった。

 

「ねえ、ねえ、おまえはあたしのかわいいペットをみんなダメにしたのに、なんであたしはおまえを殺しちゃいけないの?」

「ペッ、ト……?」

「質問に答えろブス」

「ぐ、ぎ……」

 

 首を絞められる。

 やがて意識を失いそうになる寸前で、うわ、汚い、とつぶやきながら乱暴に振りほどかれた。

 

「ごほ、ゴホッ! わたしは、わたしたちは、殺されなきゃ、いけないことなんて、何も、してない」

「え? なに? 聞こえなかったんだけど!」

「あ、あああああ!」

 

 再び、執拗にふくらはぎの傷口を潰すように踏みつけられた。

 

「もういちど言ってみて! ねえねえねえったらー」

 

 わたしはただその問いに悲鳴で返すだけだ。

 もう、何も考えられない。

 痛い。

 

「あーもう! やっぱ殺しちゃお。うん。それがいいよね! お父さまが殺すなっていうからずうっと我慢してたけど、むかつくからおまえ殺すね? ね? ね? ね? ね? いいよね? お父さまだって間違えちゃったって言えば許してくれるもん。ヴィーはいい子だから! うん! 絶対そうだよ! 大丈夫! あははっ」

 

 白髪の少女は一人で自問自答しながら無邪気に笑った。

 そして、

 

「ね、ルル、だからこいつ噛み殺して! 食べちゃっていいよ!」

 

 少女に呼びかけられた黒豹がべろりと舌を出してゆっくりとわたしに近づく。

 ああ、生きたまま食べられるのか。

 

 もう、それでもよかった。

 疲れてしまった。

 

 痛いだろうなあ。あ、でも、今もずっと痛いし、何も変わんないか。

 あはは、シオンを殺して、お母さんを見捨てたわたしにふさわしい最期かもしれないね。

 

 そうして、目を閉じようとすると、

 

「ヴィオラ、何をしている?」

 

 底冷えのするような、聞き覚えのある声がした。

 

「あっ……お父さま!? 身に来てくれたの!? ヴィー、いっぱい頑張りました! ねっ、言いつけ通りこのブスも捕まえたし! ほら! だから褒めて!」

 

 その男は、かつてと同じように白銀の甲冑を纏い、青いマントを翻し、ゆっくりと少女へと近づく。

 

「アウグストゥス、卿……?」

 

 ひゅるひゅると、か細く震えた声しか出なかった。

 姿を見るのは5年ぶりだけれど、見間違いじゃない。

 間違いなく、ルクシオ・アウグストゥス卿が、この場にいる。

 

 なぜ、あなたが、こんな場所に?

 

 少女はわたしのことなど最初からいなかったかのように、アウグストゥス卿の元へと走り上ずった声をあげていた。黒豹もまた、それに付き従うようにわたしから離れている。

 

「ヴィオラ、己の立場をわきまえなさい。でなければ良い淑女にはなれないよ。私が何を言っているかは分かるね?

 

 アウグストゥス卿は涼しげな笑みを張り付けたままだ。

 でもその声音は、ぞっとするように冷たかった。

 

「……お父さま、なんで怒ってるの?」

 

 上ずっていた少女の言葉におびえが混じった。

 

「あいつを痛めつけたから? わかんない。なんであんなブスのこと気にするの? ねえ、お父さまはあたしよりあいつの方が大切なの? お父さま、あたしは」

「ヴィオラ、私をあまり困らせるな」

 

 それはただ穏やかに人をはねのけるような、感情の籠らない声だった。

 少女が息を呑むのがわかった。

 

「分からずとも聞きなさい。私は“わきまえろ”と言っている」

「……ッ! ごめんなさい。おと……()()()()()

 

 それ以上、少女は何も言わず、その場で憮然と立ち尽くすままだった。

 アウグストゥス卿は、わたしが取り落とした剣を腰をかがめ、丁寧に拾い上げた。

 そして目を細めて笑みを浮かべ、頷いた。

 

「《具現化》の祝福とはいかなるものかと思ったが、まさかこれほどのものとは」

 

 アウグストゥス卿の淡い紫の瞳が、わたしの顔をとらえる。

 ねえ、どうして?

 なんであなたはそんな落ち着いて、満足そうな顔をしているの?

 

「感謝するよ。ユーリア。君はよく()()を果たしてくれた」

「なにを、いって……?」

「よくぞこの剣を作り出してくれた。まさしく聖剣と呼んで差し支えない。この先、世界を変える一振りとなるだろう。礎となった聖騎士シオンにもまた、感謝せねばな」

 

 この人は、何を言っているの?

 意味が、わからない。

 

「なん、で……」

「何故か? ユーリア、君の中には様々な疑問が渦巻いているだろうが、まずは謝罪しよう。ヴィオラには君を殺してはならないと言い含めておいたのだが。どちらにしろ、君をこれほどまでに物理的に傷つけるつもりはなかった」

「アウグストゥス卿、お母さんを、ポプラを、村の、みんなを、助けてください。お願い、します、魔物が、村を、襲って」

 

 もう、言葉が何も頭に入ってこない。

 でも、なんでもいい。枢機卿ならば、魔物だって倒せるはず。

 わたしたちを、助けてくれるはず。

 

 だって、そう思わないと、もう、わたしの、心が───

 

「それを命じたのは私だ」

 

 自分の中で、何かが砕けたような音を聞いた。

 

「うそ……ですよね……?」

「嘘ではない。全ては計画だったのだ。ユーリア、私は君に対して誠実でありたいと望んでいる。ゆえに偽りなく答えよう。エトナ村に魔物を放ち、村を焼いたのは、このルクシオ・アウグストゥスの純然たる意志による行いであったと!」

「なんで……なんで!? どうして!? シオンが死んだのも、最初からそうするつもりだったって、いうんですか!?」

 

 身体から温度とともにあらゆる感覚が抜け落ちていった。

 痛みすら置き去りにして、吐き気がするほどの寒気だけが残る。

 

「その通りだ。ユーリア、全ては神無き世界を築き上げるための計画なのだ。聖騎士シオンはその到来のための礎となった。聖女クラリエッタ、君の良き隣人であるポプラ、エトナ村の良き人々、みな同様だ。彼女らは()()()()のため、命を捧げた」

 

 声すら、出なかった。

 

 お母さんが、死んだ?

 ポプラが死んだ?

 わたし以外の人は、みんな?

 

 信じない。

 信じない信じない信じない信じないッ!!

 

「お母さん、お母さんはッ! ポプラは! どうなったんですか! 答えてください! 答えろおおおお!!」

「聖女クラリエッタは死んだ。私が殺したのだ。ユーリア」

 

 そう言うと、目の前に立った男はわたしの顔の前で跪き、腰の剣に縛っていた薄手の布を私に見せた。

 

 血まみれのヴェールだった。

 お母さんが、いつも、被っていた、ものだった。

 

 きっとわたしはこの時、人として持つべき大切なものを失ったのだと思う。

 

「……ころしてやる」

 

 ただ、勝手に口が言葉を紡ぐ。

 

「お前を殺す! 殺してやる! 許さない! 絶対に許さないッ!! あああああ!」

 

 手足はもはや動かない。どうにか目の前にいる男をかみ殺してやろうと、おもてを上げ、顎を動かした。

 

 届くわけがないなんてこと、わかっているのに。

 

 男は造作もなくわたしの口元を粗末な布でふさいだ。

 瞬間、ぐらりと脳が揺れ、わたしの意識は闇に落ちた。

 

「ユーリア、存分に私を憎悪するがいい。それこそが、神無き世界を到来させる呼び水となるのだから」




※1章あとがき
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聖剣の守護乙女
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