聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~   作:きなかぼちゃん

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4.聖書

 こんなド田舎ではあまり娯楽もないので、わたしはそれなりに勉強している。

 

 辺境の村において教会は学び舎がわりでもあり、聖都の教皇庁が編纂した聖書をはじめとした学習教材に加えて、敬虔な信者が寄進した書物がささやかながらこの教会にも配給されている。

 

 なので、それなりに何かを勉強できる環境は田舎の割に整っていた。

 わたしたちでも文字の読み書きができるようになるのだから、この国の識字率はきっと高いのだろう。

 

 ちなみに聖書とは直接的にありがたい言葉が書き連ねられているわけではなく、かつて人の世に零落した堕神マルグレーテが、神である己を取り戻すまでの衆生済度の記録である。

 その旅路でマルグレーテはあらゆる人々を救済し、神界(しんかい)の許しを得、聖都たるラピスラズリを人のための安息地として遺し再び神へと昇った。

 

 その中のエピソードひとつひとつが、人が日々の暮らしを良くするための教訓として聖書に示されているわけである。

 

 この旅路でマルグレーテは奇跡で病める人々を癒やし、あるいは説法と共に祝福と呼ばれる異能を与え、貧者の瞳に希望を灯した。

 それこそが、わたしたちが受けた祝福の儀式のはじまりだと言われている。

 

 カラッと晴れた日、教会の礼拝堂。

 

 寺子屋のような授業が終わるや否や、周りに座っていた子供たちは待ってましたと言わんばかりに立ち上がりバタバタと正面扉を勢いよく開け放って外に出ていく。

 

「礼拝堂は走らないように! 女神の御前ですよ!」

「ごめんなさーい! マザー!」

 

 何一つ反省していない適当な返事が返ってきて、教卓代わりになった祭壇の前でお母さんはやれやれと肩をすくめた。

 

 今日は聖書の読み聞かせの日だったので、聖女たるマザー・クラリエッタが先生だった。

 昔からこの教会では、教えられる村の大人が日替わりで先生を務めることになっている。

 

「先生、夕方までここで勉強しててもいい? この間届いた建国史も読みたくて」

「ええ、構いませんよ。私の手伝いは今日は必要ありませんから、夕餉の準備まではゆっくり過ごしなさい」

「はーい」

 

 さすがに授業の時だけはわたしもお母さんのことは先生と呼ぶ。流石にそのくらいの分別はあるからね。 

 

 歴史は好きだ。こんな中世ファンタジーみたいな古びた世界に転生しておきながら、その中でさらに古い歴史を学んでいるのがなんだか不思議な気分になる。

 

 うーん。この世界もあと500年か、1000年くらい経ったら前世みたいな世界になるんだろうか? そしてわたしの生きるこの時代も歴史の1つになるんだろうか。

 

 すくなくとも、前世みたいな世の中になるまでわたしが生きてることはないんだろうなあ。

 

「ユーリアは真面目ねえ」

 

 人もまばらになった礼拝堂で、からかうように傍に寄ってきたのは1歳年上の幼馴染のポプラだ。

 アッシュブロンドの髪をサイドテールにまとめた、勝ち気なつり目が特徴の女の子で、見た目通りあけすけに物を言うので子供たちの中で諍いを起こすことも珍しくない。

 

「他にやることがないだけだよ」

「ヒマならわたしと遊びなさい。シオンにそっけなくされてるのがそんなに悲しいわけ? バカみたい。スッゴイ祝福を貰ったらすーぐ調子に乗って友達を乗り換えるようなヤツなんてさっさと忘れなさいよ。勇者か何だか知らないけどさ、アイツ絶対モテないわよ」

 

 ポプラはわたしにまくし立てるとむすっと頬を膨らませた。

 

 きっとポプラは彼女なりにわたしを元気づけようとしてくれているんだろう。苦手な子も多いみたいだけど、わたしはポプラのさりげなく優しいところが好きだ。そしてそれをなかなか認めようとしないことも。

 

「ポプラは優しいなあ」

「はあ? 何でそうなるのよ。わたしはアイツが気に入らないだけ。ちょっとユーリア、なんで笑うのよっ」

 

 ちょっとだけ耳を赤くしてムキになったポプラから視線を外す。

 

 後ろの長椅子を見ると、同じく授業を受けていたシオンの姿はすでに無かった。まあ元気なことで。

 

 森に入ったあの日を境に、シオンはあまりわたしの所へ来なくなった。

 避けられているというわけじゃなくて、友達が増えたというべきか。

 

 あの後、シオンは自分ひとりで喧嘩した子供たちに謝りに行ったらしい。

 やりすぎてごめん、と。

 

 その結果が今である。

 

 自分をいじめていたはずのやつらといつの間にか楽しそうにチャンバラごっこで遊んでいるのを見かけたときにはさすがに驚いたけど、男って喧嘩するとなんだかんだその後仲良くなってたりするよね。不思議だなあ。

 

 まあ本来いるべき場所を、シオン自身の勇気で作り出せたことはいいことだし、うれしくもなる。

 もしかすると最初からわたしが手出ししなくても自分の力だけでなんとかなったのかもね。

 

 ふう。あの様子ならきっと聖都に行ってもやっていけるだろうし、わたしが心配することも特になくなったかな。

 

「ユーリア、ポプラ、では私は少し外に出ますので、どなたか訪ねてこられたら村長のお宅に伺っていると伝えていただけますか?」

 

 はーい、と2人で返事をすると、お母さんは「外に遊びに行っても大丈夫ですからね」と付け加えて、かつ、こつ、と2つの足音が重なったような音を鳴らしながら正面玄関から外へ出て行った。

 

 お母さんが出て行ったのを見計らって、ポプラがわたしに耳打ちする。

 

「ねえユーリア、マザーが義足って本当なの?」

「そうだよ。足音が左右で違うでしょ」

「そうだけど……あんなに綺麗に歩いてるのに、信じられないわ」

 

 ポプラが納得できなそうな顔で腕を組んだ。

 気持ちはわかる。お母さん、めちゃくちゃ姿勢いいからね……。

 

 法衣の裾が長くて隠れてるからなかなか気づけないけれど、お母さんは左足が無い。

 

 義足を付けているので歩くことに支障はないけれど、それでも木の棒をそのまま義足にしたような簡素なものなので、人並みに速く走ることは難しいようだった。

 

 事故で怪我をしたから、とお母さんは笑っていたけれど、たぶん違う理由なのだろうとわたしは察している。

 

 時々夜更けに、外に出て武器を持ち鍛錬していることがあるからだ。

 多分お母さんもわたしがそれに気づいていることも知っているだろうけれど、お互いにその話をしたことはない。

 

 たぶん、触れられたくないのだろう。

 

 きっと左足も戦いか何かで失ってしまったのだろうと思う。

 

 でもお母さんが月の光のもとで、背丈ほどもある柄の長い鎌を舞うように振り回す姿をこっそり覗いては見惚れたものだ。

 

 だってめちゃくちゃカッコいいじゃんね。

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