聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~   作:きなかぼちゃん

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5.審査

 数日後、どんよりとした曇り空に覆われた村の入り口に、白木で装飾された仰々しい馬車と、白いサーコートを纏った聖騎士の一団が到着した。

 

 あらかじめ今日のこの時間帯に村を訪れることは早馬で知らされていた。

 そしてお母さんと村長を先頭に、わたしたちはぞろぞろと適当に並びながら村人総出で出迎えをしている。

 

 こんな田舎に聖都から使者が来るなんて今までなかったことらしく、びっくりちゃった村長は村の大人たちを集めて相談して「もうとにかく全員でひれ伏してお迎えすればいいんじゃないかな」という結論に至ったのである。

 

 馬車から出てきたのは、きめ細かな装飾が施された白銀の鎧を纏い、深い青色のマントをたなびかせた長身の男だった。

 

 身に着けているものを見るだけでも、わたしのような田舎者では一生拝謁(はいえつ)することはかなわないであろう貴人だとわかる。

 

 暗銀の長髪を後ろで束ね、淡い紫色の瞳は見ているだけでも怜悧さがある。

 ぞっとするような美丈夫で、視線を向けることすら憚られるような完成された雰囲気をまとっていた。

 

 進み出た騎士と、お母さんが向かい合う。隣に居る村長のただでさえ小さな背中は後ろから見てもどこか縮こまっていた。

 わたしは思わず両手でこぶしを握った。頑張って!

 

「祈りを」

 

 お母さんの凛とした声が響く。

 その声と同時に、騎士たちを含めその場に居合わせた者全てが一斉に跪き、祈りを捧げた。

 

 女神マルグレーテの慈愛の前では誰しもが平等に地位も、年齢も、性別も、何もかも剥ぎ取った只人でしかないという誓い。これはこの国のあらゆる儀式において優先されるものだった。

 

 つまりこの一団の到来そのものが儀式と同等の格をもって扱われる、尊いものであることを意味する。

 

「女神マルグレーテよ、碧き海原に満ちる御心が我ら只人にもまた行われますよう乞い願いお祈り奉る」

 

 今まで何度も聞いたお母さんのその祈りを合図に全員が立ち上がる。

 

「聖都枢機卿及び教皇庁祝福審査機関局長、ルクシオ・アウグストゥスである。女神マルグレーテより《勇者》の祝福を下賜されし者が現れたと報告を受け、かの聖人を迎えに参った!」

 

 そう猛々しく名乗った騎士は一転、優雅に青いマントをはためかせて一礼し、一転、人好きのする柔らかい笑みを浮かべた。

 

「……と、格式張ったやりとりはここまでです。聖女クラリエッタ、並びに村長ブラッドリー、そして親愛なる村民の皆様、このように盛大にお出迎えいただき我ら一同、深く感謝を」

「は、アウグストゥス卿、遠路はるばるお越しいただき、感謝申し上げます」

「申し上げますッ」

 

 最後の村長の声が裏返っていた。お母さんの声も緊張でどこか固くなっているのを感じる。

 わたしたちも慌てて礼をした。

 

 それもそうだ。わたしも焦った。

 

 枢機卿とは教皇に次ぐ12人の権力者だ。教皇から地方統治を委任された大司教たち──前世の世界では郡県制に近い──をも凌ぐ権限を持つ。基本的にこの国の政治を動かしているのはこの枢機卿たちであることをお母さんから教えられたことがある。

 

 シオンの《勇者》の祝福を確認するためだけにこの国の最高権力者のひとりがこんなド田舎に来ているのである。今更だけどとんでもない話だった。 

 

 アウグストゥス卿はその後も「そんなに身構えなくても良いのですよ」なんて言って気さくに笑っていたけど、普通に無理だと思う。

 わたしたちから見たら雲の上の人で、万が一機嫌を損ねようものなら罪に問われる可能性もあるわけだし?

 

 

 

 

 シオンの祝福が無事本物と認定されたと聞いたのは、ちょうどわたしの祝福の有無を審査してもらう直前だった。

 

 そして今、しんとした礼拝堂の中でわたしはアウグストゥス卿とたった2人で向かい合っている。

 

 祝福審査機関が行う「試し」は秘技扱いであるらしく、お母さんですら同伴を許されなかった。礼拝堂の扉の外では聖騎士たちが見張っている徹底ぶりである。

 

 教皇庁から認定された審査官と被審査者のみによって取り行なわなければならず、今回はその審査官がアウグストゥス卿ということになるらしい。

 

 彼は持っている小さな銀色の手鏡をわたしに差し出し、なんの変哲も無い鏡の表面を指差した。

 

「ここに指を触れてみなさい」

「あの、これで祝福の有無が分かるのですか?」

 

 言ってからハッとする。無駄な疑問は不敬だと気づいた。思わず口を押さえるとアウグストゥス卿は面白いものを見るかのようにふっと笑った。

 

 軽く装飾はされているけれど、ところどころ表面が錆びていて黒ずんでいる部分がある。とても祝福を見通すような高尚な道具だとは思えなかった。

 

「ああ、この手鏡は女神マルグレーテの聖遺物なのだよ。あらゆる祝福を見通す力がある。ただひとつしかない秘宝ゆえに、おいそれと持ち出せないのが玉に瑕なのだがね」

「えっ!?」

 

 思い出したかのように言われて、伸ばそうとした指が止まる。それがホントなら女神の持ち物を侮辱するという確実に不敬罪になることをたった今脳内で考えていたわけだけれど……。

 

 マルグレーテ様、お許しください!

 

 祝福なんて力がある世界なら、神の実在を信じないわけにもいかない。

 なので心の中で女神様にちゃんと謝っておく。

 

「えっと……そんな秘宝をわたしみたいな田舎者が触れてもよろしいのでしょうか?」

「ふむ、評議会の知れるところとなれば議題に上がる事柄ではあるな」

「やっぱり!?」

「大丈夫だ。仮にここにいるのは君と私だけだからな」

 

 相変わらず人を安心させるような笑みを浮かべて、いたずらっぽく唇に人差し指を当てながらアウグストゥス卿は言う。

 むしろ枢機卿と2人でいる方が怖いわ!

 

「それに君なら無闇に話すことは無いだろう?」

「ええ、まあ……言うつもりはありませんが……ええと、あの、つい先ほど初めてお会いしたばかりの田舎の小娘をそんな信用していいのでしょうかという話、でしてぇ……」

 

 やや引き気味に呟く。言わないけどさ。

 

「少し話しただけでも君が聡明な子だということくらいはわかるものだよ。私のような愚僧であってもね」

 

 どんな信頼だよ~! わたしとあなたはまだ出会ったばかりだよ~!

 しかもはるか目上の貴人にへりくだられても困るよ~!

 

 ええいままよ。わたしはやけくそ気味に鏡の表面を人差し指の腹でつついた。

 すると不思議なことに銀色の鏡面が薄く波紋で波打ち、やがて消えた。

 

「えっと、これは」

 

 様子を伺うと、背筋にぞくりと悪寒が走った。

 アウグストゥス卿は何の感情も読み取れない無表情で鏡を見つめていた。わたしの視線にすら気づかないほどに。

 

 そして呟く。

 

「本当に残念です。ユーリア、君は祝福を得られなかった。……女神マルグレーテよ、なぜ幼子にこのような運命を課せられるのか?」

 

 そしてひどく無念そうな顔を浮かべて祭壇の向こう側にある女神像を見た。

 たった今の無表情は何だったのだろう。結局祝福がなかったわたしを哀れに思ったのだろうか。

 それなら気にしなくていいのに、とわたしは思わず口を開いた。

 

「あ、あのっ、わたし別に落ち込んで無いのでだいじょうぶですよ! 祝福がなくたって暮らしていけないわけじゃないですし、できることはたくさんありますからね」

「ほう?」

 

 アウグストゥス卿は意外そうに目を丸くしてわたしを見た。その表情は既に見た者を安心させるような柔らかなものに変わっていた。

 

 それにつられてわたしはにっこりと笑ってみせる。

 

「どれだけ優れていたって、人間、1人じゃできないことの方が多いでしょう?」

 

 優れた祝福を持っていたところで、なんでも1人でできるわけではない。

 シオンの持つ《勇者》の祝福だって身体能力が上がるだけのものだそうで、あらゆることを1人で完結できる超人になれるわけじゃない。

 

「君は面白いことを言うのだね」

「そうですか?」

「己に祝福が無い上、友達が優れた祝福を手に入れたのを目の当たりにしてなお、一欠片の嫉妬すら見せないとは」

 

 ああ、そういうことか。そんな降って湧いた宝くじみたいなものが外れたからって、わたしにとって落ち込む理由にはならない。ま、前世の記憶があるから子供らしい嫉妬が湧かないだけかもしれないけれど。

 

「無い物ねだりしても仕方ないですから。わたしは目の前にあるやるべきことをやるだけでいっぱいいっぱいなだけです」

 

 それは事実だ。

 日々の暮らしを送るだけでわたしは普通に忙しい。お母さんの手伝いもしなきゃいけないし、歴史の勉強とか聖書読むのも結構楽しいからね。

 

 アウグストゥス卿は屈んでわたしに目線を合わせると、じっとその薄紫の瞳で私の目を射貫いた。

 笑みを消して、誠意を感じさせる真面目な表情だった。

 

「……改めて、名乗ろう。私の名はルクシオ・アウグストゥス。君の青き御心(美しい、気高い等の意。エル=ラピスでは青色が尊ばれる)を侮ったことを詫びよう。ユーリア」

「えっ、あ、わたし、名前!? なんで……じゃない! お伝えしてません! ごめんなさい!」

 

 ここでやらかしに気づいて思わず頭を下げる。

 緊張しすぎてわたし名乗ってない!!

 

「フッ、気にするようなことじゃない。マザー・クラリエッタから君のことは手紙で聞いていてね。とても褒めていたよ。ぜひ祝福の再審査を受けさせるべき者だと。まるで《勇者》の祝福を見つけ出した事などどうでもよいかのような熱の入れようでね」

 

 お母さん、そこまでしてわたしに再審査を受けさせたかったのか……。

 それを知ってしまうと、なお祝福を与えられなかった自分自身が少し申し訳なくなる。

 

 そんなことを気にする人じゃないことはわかってるけど。

 

「《勇者》の祝福を見出すのは誇るべき功徳なのだが、それを差し置く理由が私にも分かったよ。ユーリア、エル=ラピスの未来を担うのは君のような……たとえどのような祝福を得ようと、あるいは祝福そのものすら無くとも己のなすべき事を為せる人間であると、そう思っている。これからも励みなさい」

 

 壮大な話すぎるでしょ。わたしはこの村で静かに生きていくつもりなんだけどなあ……。

 

 というか、仮にも枢機卿がそんな祝福の存在を蔑ろにしていいのかなあ。聖都は祝福至上主義なのかと思ってたけど案外そうでもないみたい?

 

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