聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~ 作:きなかぼちゃん
「おまたせ、パン焼けたよー」
教会の中に併設されたささやかな生活スペース。
畑で育てたジャガイモとアーティチョークを刻み、塩味を付けて煮込んだ温かい野菜スープを器に注ぐ。
そして食卓で焼きたてのバゲットをざくざくとナイフで切っていると、座って見ていたポプラが感心したように呟いた。
「へえ、ユーリアも最初はまともに切れない石みたいなパンばっかり焼いてたのに成長したわね」
「あれはわざとだってば。カビ生えないように水抜いてるんだからそれが普通でしょ」
「そうだけど、カビが生えなくても食べられなかったら意味ないじゃない。昔のあなたが作ったパンってそのくらいのものだったわよ」
「食べる物なくてお腹空かせるよりはマシじゃない?」
「スープに漬けてもまともに食べられなかったから言ってるのよ……」
「え、そこまで? そこまでダメだったの……?」
そう言ってため息をつくポプラを見てわたしは愕然とする。
マジか……昔のわたし、貴重な小麦を使って人が食べられないレベルのものを作っていたのか……。
わたし的にはアレでもギリギリ食べれるラインだと思ってたんだけど、その、ほら、腹に入れば何でも同じじゃん、ねえ? さすがにそれは苦しすぎる? ともあれ、ポプラのお眼鏡には適わなかったみたい。
教会にはパン釜があり、祈りやミサに訪れる人向けのパンをいつも焼いている。
昔はお母さんがやっていたけれど、今はわたしが引き継いでいた。共同利用できるパン釜として村民に貸し出したりもしている。
お母さんからパン作りを習った当初は、ポプラが言う通りそれはそれは下手くそだった。だって前世でパン焼いたことなんてなかったしさ~。
ともかく今ではマシになり、こうやってポプラがわざわざ焼きたてを食べに訪ねてくる程度のものは作れるようになったのである。
「多分あなたが傷つくからみんな言わなかっただけよ」
「その優しさが辛い! しかも今更すぎる!」
「別に今は美味しく作れてるからいいじゃないの」
「そうだけどさあ。その、過去に迷惑をかけてたのは変わんないわけでさあ」
「あなたって変なところで気にしいよね。そんな昔のこと、言われなきゃ誰も覚えてないわよ」
ポプラはやれやれと肩をすくめた。
昔、と言われて、わたしたちがまだ小さかったときのことを思い出す。
シオンが旅立ったあの日から5年。わたしは15歳になっていた。
変わったことといえば、あれからお母さんのことを常に「マザー」と呼ぶようになったこと。
そして、村がすこしだけ賑やかになったことだ。
《勇者》の祝福を賜った聖者を輩出した村ということで多少有名になったらしい。三月に一度来れば良い方だった行商人も月に一度は村を訪れるようになり、買い物が便利になった。
南で作られている塩や海水魚の干物、野菜の種などの食料品が気軽に入手できるようになって、わたしたちの食生活もいくらか豊かになったのである。
ポプラとお昼ご飯を食べながらいつものようにお喋りしてると、ふと感慨深くなる。
「明日帰ってくるのかあ」
明日はシオンが5年ぶりにこの村に帰ってくる日だ。
エマさんとお母さんは頻繁に手紙でやり取りしてるらしく、聞く話では聖都で有望な聖騎士として着実に名を上げているという。
「勇者の凱旋だなんて大袈裟よね。出迎えの手伝いにかり出されてウンザリするわ。別に私たちはなーんにもシオンに助けられてないんですけど」
「まあまあ、村の有名人が帰ってくるんだから歓迎してあげなきゃ。シオンのおかげでこの村も結構便利になったわけだし」
するとポプラは言い淀むようにわずかに視線を逸らした。
やがて何かを決心したように、わたしの瞳をまっすぐに見つめた。
「ねえ、ユーリア。私、じきに村を出ようと思ってるの」
「あ、そうなんだ。いいんじゃない?」
「なによその他人事みたいな反応!」
「止めてほしいの?」
「そうじゃないけど……」
「ポプラらしくないね。止めても何も変わらないでしょ」
ポプラは大人しく村で一生を送るタイプではないことは何となく察していた。
やりたいことがあれば物怖じせずに飛び込んでいくような雰囲気がある。
そして人から言われることにすぐ左右されるような子じゃない。
わたしが何気なく言うと、鼻で笑ったポプラは私を挑発するように言った。
「はっ、あなたはそうやってずっとこのつまらない村にいるつもり?」
「あいにく、今みたいなつまらない生活が好きなんだよね~。だから村を離れることは考えてないかな~」
静かでゆっくりした生活が好きなんだよね。
スープにバゲットを浸してモシャモシャと食べる。うん、アーティチョークの甘みが塩味によく合ってる。今日のパンとスープはなかなか美味しくできた。
そういえば、同じようなことを昔シオンにも言ったような気がする。
一方のポプラは面食らったようにぱっちりとした瞳を瞬かせていた。
「それ本気? 私はてっきり……」
「てっきり?」
「はぐらかさないでよ。あなたの、その、王子様のことはどうするのって聞いてるの」
「王子様ぁ?」
怪訝な顔をすると、ポプラは取り繕うように咳払いをして、自分を落ち着かせるように野菜スープを飲んだ。ほんの少しだけ顔が赤らんでいる。
「調子狂うわね……シオンのことよ。あれほどやめておきなさいって言ったのに、あなた、あいつが帰ってくるのをずっと待ってるんじゃなかったの?」
「待ってるって言われてもなあ。そりゃ久しぶりに会えるのは普通に嬉しいけど……シオンは幼馴染ってだけで、別に気があるとかじゃないよ。ていうか聖都ならいくらでも綺麗な女の子くらいいるだろうし、とっくにいい人見つけてるでしょ」
「でも、あなたが言い寄ってくる男をことごとく袖にしてたらそうも思うわよ」
「それとこれとは別。シオンは関係ないってば。あと王子様だなんて、ポプラもたまには女の子らしいこと言うんだねえ」
「からかわないでちょうだい。それあなたの悪い癖よ、ユーリア」
クスクスと笑ってみせると、ポプラがむっとしてわたしを睨み付けた。
これは別に怒ってない時の顔だ。
「つまりポプラは幼馴染を健気に待ってるわたしが失恋して落ち込まないか心配してくれてるわけね」
この村にいつまでいるつもりかと挑発的に聞いてきたのも、シオンにこだわらなくても村を出ればいくらでもいい男はいると暗に言いたかったのかもしれない。
「ち、違うってば! 勘違いしないで。私はこの村のつまらない生活で満足しているあなたをバカにしただけよ!」
「本当に人をバカにしてる人はそんなこと言わないよ」
「ぐぬぬ……」
ぐぬぬじゃないよ。年上なのにこういう意地っ張りなところがなんとも可愛らしい。
かつて男と殴り合いをするヤバイ女と呼ばれていたわたしだったが、成長するごとになぜか同年代の男子から好かれることが増えた。
かといって前世では普通の大人だった記憶があるわけで。
だから恋愛対象だって、自分が死んだ歳と同じくらいの大人になるわけで。
そんなふうだから、記憶に引っ張られて少年たちに恋愛感情を抱けないのはしょうがないと思う。
仮にアウグストゥス卿みたいな、思わず目で追ってしまうような顔が良い大人(不敬なので口には出さない)なら惹かれることもあるだろうけど、15歳の小娘から大人に言い寄るとか大変よろしくないし、いろいろと終っている。
まあこの世界だとわたしくらいの歳で嫁ぐのは珍しいことじゃない。
だから歳の差婚や重婚も問題ないので、10歳以上年上の大人が恋愛対象でも気にしなくてもいいのかもしれないけれど……。
かといって、年上の人と結婚したらそれだけ相手はわたしより早く老いてしまうわけで、それはそれでどうなのかなぁと思ったりする。
前世の記憶と同じくらいに自分が成長して初めて、同世代の子に恋愛感情が抱けるようになるのかも。
……こうしてみると凄いこじらせてるなあ。わたし。
前世の記憶なんてそれはそれとして、第二の人生楽しむぞ! くらいの気持ちでいるべきなのかな?
「はぁ……まあ、いいわ。ユーリア、つまらない生活が好きって言うけど、何かやりたいことはないの?」
「うーん、一生独り身かもしれないし、どうせなら聖女でも目指してみようかな」
「独り身なのは貴女が勝手にそっちに突き進んでるだけじゃない。意味わかんない。というか、そんな動機で聖女になりたがってたらマザーが怒るわよ……」
ポプラは「なんだこいつ……」とでも言いたげな目で完全にドン引きしていた。
そうかな~? お母さんは怒るかな。そうかも。
アウグストゥス卿といえば、そういえばずっと前に聖都の学校に通わないかって言われてたんだっけ。
あの時は断ってしまったけど、聖都で勉強して聖女になってからこの村に帰ってきてお母さんの後を継ぐのも悪くないかもな、なんて今更ながら思う。
※
「マザー、明日の出迎え用の花ってまだ用意してないよね? 今から採りに行ってくるね」
「ええ、お願いします。夕方には戻るようになさい」
ポプラが帰ったあと、いつも通り白い法衣を纏い、長いレースのヴェールを被ったお母さんが礼拝堂の床を箒で掃きながら淡々とわたしに答えた。
『ユーリア、今後いついかなる時も一切、私のことを母と呼ぶことを禁じます。2人だけの時でも同様です。破れば問答無用で馬屋で生活してもらいます。分かりましたね』
お母さんはあの日からわたしにどこか壁を作って接するようになった。
試しに1度だけお母さんと呼んでみたことがある。そしたらぞっとするくらいの無表情のまま首根っこを掴まれ、無言で納屋の藁の山の中にぶち込まれた。
そして1週間くらい教会の中に入ることを禁じられた。
あれほど怒ったお母さんを見たのは、かつていじめっこと殴り合いの喧嘩をして顔にあざを作って帰ってきた時くらいだ。
だから本気なのだと思った。それ以来、常にわたしはお母さんのことをマザーと呼んでいる。
表面上の態度は昔とほとんど変わらないけれど、それでもどこか余所余所しいのはわかる。一緒にご飯を食べていても以前よりずっと事務的な会話が増えた。
心当たりはある。
聖女は子を持ってはならぬという戒律。
もしかすると、わたしとの関係について枢機卿に何か咎められたのかもしれない。
でも、それは仕方ないことだ。わたしが一方的にお母さんと呼んでいただけなのだから。お母さんがわたしを娘だと言ったことは一度も無い。
でも、わたしは今なお心の中でマザー・クラリエッタのことを今生の母だと思っている。
口に出さなければ許されるというのなら、それでいいと思う。
礼拝堂から出ようとして、思い出して振り向く。
「マザー、わたしが聖女を目指したいって言ったら、どう思う?」
「それが貴女の意思なら、私がそれに反対する理由はありませんよ。ユーリア」
変わってしまったのはこういうところで、少し悲しくなる。
理由を聞かれない。聞こうとしない。
「……《勇者》の出身地ゆえでしょうが、アウグストゥス卿は今なおこの村のことを気にかけてくださっています。ありがたいことです。貴女の気持ちがそちらに向いているなら、今でも卿は青の学院への門戸を貴女のために開くでしょう」
そう言ってわたしを見る浅黄色の切れ長の瞳からは、あまり感情が読み取れなかった。