聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~ 作:きなかぼちゃん
次の日、予定通り帰ってきたシオンは村民の歓待とともに迎えられた。
村に入るなり、シオンはあっという間に友達に取り囲まれて再会を喜び合っていた。わたしはそれを遠巻きに他の村民たちと一緒に眺めている。
シオンは帰ってくる前にちょうど魔物の討伐任務があったらしく、2人の仲間を連れ立っていた。
1人は飄々とした雰囲気を纏った茶髪の逞しい騎士だった。友達にもみくちゃにされているシオンを「うちの若様は人気者だねえ」と他人事のように茶化している。
革と金属を綴り合わせた動きやすそうな軽鎧を纏い、右腰に2本の直剣を帯びていた。騎士というよりは、どこか傭兵のようにも見える。
そしてもう1人。その姿を見た村の皆は、総じて目を離せない。慄きすら感じた。わたしも同じだった。
その女の人は、黒い布にきめ細かい金色の装飾が施されたタバードを纏ったすらりとした美人だった。RPGの魔法戦士っぽい恰好だな~、なんて思ったけれど武器はとくに帯びていなかった。
淡い桜色の長髪が風で揺れて、日の光で生糸のように輝く。黄金色の双眸はどこか人間離れしたような、見る者を引きつけるような存在感があった。
なにより驚いたのは、人より長く尖ったその耳の形だった。
エルフ。長命で強大な魔法力を持つという、只人とは隔絶した種族。
それも本で読んだだけでわたしも実際に見たのは初めてだった。
思わず見惚れてしまっていると、その人もわたしに気づいたようで、ふいっと顔を背けられてしまった。
じろじろ見すぎて気を悪くしてしまったのかもしれない。慌ててぺこりと頭を下げるとわたしは視線を外した。
やがてようやく友達の輪から解放されたシオンがわたしに気づいたようで近寄ってきた。
もはやわたしより背が高いし、白銀の鎧を纏った堂々とした体躯はかつて弱々しい泣き虫だったシオンと全く結びつかない。
きっと血の滲むような努力をしてきたのだろう。
なんて言ってやろうか。「立派になったな~」とか「いい男になったな~」とか。
いやまずは「おかえり」かな。
口を開こうとすると、なぜか目の前でシオンは片膝をついてわたしを見上げた。皆の視線がわたしたちに集中する。公衆の面前である。
そして、シオンはわたしの手を取った。
「ユーリア、僕と結婚してください」
……何言ってんだこいつ?
脈絡がなさ過ぎて意味が分からなかったわたしはつい、思ったことをぽろっとそのまま言ってしまった。
「えっ? 嫌です……」
※
昼下がり。わたしは川向こうにある見慣れた遊び場の近く、ちょっとした高台にある草原でだらしなく座りながらぼうっと村を見下ろしていた。
周りに人は誰もいない。
いないというか、わざわざそういう場所に逃げてきたという方が正しい。
シオンの出会い頭の意味不明なプロポーズ(でいいのか?)のおかげで、わたしは一瞬にして針のむしろになっていた。
混乱する中でわたしははっきり嫌だと言った気がするのだけど、いきなりのプロポーズにわたしが恥ずかしがっただけということになり、皆それが冗談だと思っている。特に大人が悪ノリしまくっているのは頭が痛い。
大人たちはすぐに式の準備を始めそうな勢いがあり本当に怖かったので、本気で嫌がっていることを分かっているポプラはじめ、わたしを信じてくれる同年代の子供たちに庇われながらなんとかここまで逃げてきたのである。
特にポプラはカンカンに怒っていて「本当にバカでしょあいつ。絶対にモテないって思ってたけどあそこまで能なしだとは思わなかったわ」なんてめちゃくちゃ悪態をついていた。
この間にお母さんやポプラが大人たちを説得してくれていることを祈ろう……。
「ユーリア」
しばらく草原に寝そべっていると、遠慮気味な懐かしい声が上から聞こえた。
声変わりしててもなんとなく誰かは分かるもんなんだな~、なんて思う。
「来たってことは、釈明の言葉は用意してきたわけ? シオン」
そうして、じっとりと声の主を睨んでみせる。
「その……ほんとにごめん。久しぶりにユーリアに会えて、嬉しくて思わずあんなことして……」
「はあ……まあいいよ。5年ぶりに会ったってことで許してあげるから。ほら、隣座りなさい」
もう声だけでメチャクチャ落ち込んでいるのがわかる。せっかく男らしくなったなって言ってやろうと思ったのに、こんなの昔と変わらないじゃん。
まあ、反省はしてるんだろうしとやかくは言わない。
起き上がってぽんぽんと手で右側を示す。
鎧を脱いできたのか、動きやすいチュニック姿になったシオンが神妙な様子で横に座りこんだ。
「ポプラに叩かれたよ。頭冷えたらユーリアに謝れ、自分のことしか考えてない最低野郎だって」
そ、そこまで言うのポプラ。
いや、わたしのために怒ってくれるのは嬉しいけどさ……。
ぽつりと言うシオンの顔を見れば左頬が少し赤くなっていた。
「カンカンだったからね。でもまあ、わたしもさっきのシオンは普通に最低だと思う」
ああいうのはさあ、お互いの同意が取れてからやるサプライズみたいなもんでしょ。そうじゃなきゃただの押し売りだよ……。
「うう……ごめん」
「ま、次はちゃんと確実に結婚してくれそうな人相手にやってよね。わたしじゃなくてさ」
そう言って笑いかけてやると、シオンはなぜかまた泣きそうな顔になってしまった。
「……本当はわかってたんだ。ユーリアが僕のことなんて何とも思ってないって。一人で舞い上がっちゃって、バカみたいだ」
「いや、そんなことはないけど……」
恋愛対象じゃないだけで、幼馴染としての情はあるよ。
だからそこまで落ち込まないでよ……。
「本当?」
泣きそうな顔を引っ込めたシオンがわずかな喜色を秘めてわたしを見つめた。
こ、こいつ、誘導しやがった……。姑息な……。
「シオンのことは幼馴染として大切に思ってるよ。でも結婚したいわけじゃない。それはわかる?」
「好きじゃないってこと?」
「だから違うって。話飛びすぎ。そのさぁ……わたしはもっと年上の大人が好きなの。わかる? 同い年の子は恋愛対象にならないの! 今は」
「じゃあいつならいいんだよ」
「わたしたちが大人になったら、シオンをそういうふうに意識することもあるかもしれない。だから、そんな今すぐ判断しないでよ」
「僕はもう大人だ!」
食い気味にシオンの声が跳ね、思わずびくりとしてしまう。
シオンが聖都でどんな経験をしてきたのかはわたしには計り知れない。
でもそうやって断言するほどに、頑張って振舞ってきたのだろうとわかってしまう。
勇者の祝福を下賜された者として恥ずかしくない人間になるために。
誰がそうしろと言ったの?
『大切なのは勇者であることじゃなくて、そんなものが無かったとしても自分自身を誇れるようになることだよ』
動悸がする。
「……ッ、15歳なんてまだまだ子供だよ! どれだけシオンが強くなっても、それは同じことでしょ」
「ユーリアはわかってないッ! ずっとこんな平和ボケした村にいるからそんなこと言えるんだ! 僕が、どれだけ君のことを思って、毎日傷だらけになって頑張って! だったら、なんで、あんな……!」
シオンが泣きそうな顔で怒鳴った。
わたしの両肩を掴んで、そのまま地面に押し倒される。
服越しに肩に指が食い込む。ものすごい力だった。聖騎士として日々鍛えているのだから当たり前だ。
いつの間にか背筋もわたしを追い越して、がっしりした肩幅とその太く日焼けした腕は完全に男のそれだった。
わたしだってそうだ。もう15歳の女なのだから出るところは出ている。ほんの一瞬だけ、シオンの視線がわたしの胸元に移ったのを見た。
男なのだからそれはしょうがない。
そしてこの場でシオンがわたしに何かするわけがないと分かっていても。
それでも、少しだけ怖くなった。
「シオン、痛い」
「ッ! ご、ごめん……」
シオンはぱっと手を離してほんの少しだけ後ずさった。
両手を震わせたまま、後悔に塗れた顔をしている。
「……そんなわたしにこだわらなくたって、聖都にはわたしより可愛くて家柄もしっかりした優秀な女の子がいくらでもいるでしょ。選びたい放題なんだから、いい加減幼馴染離れしなさい」
居づらくなったわたしは目を逸らして立ち上がると乱れた服を整え、無言のままのシオンを置いて足早にその場を去った。
肩に残る痛みは、ただ掴まれたからだけでないような、そんな気がした。
「自分で蒔いた種」
言い聞かせるようにつぶやく。
シオンにとってわたしは初恋の相手なのだろう。
そしてわたしは心のどこかでこうなることを予想していた。
そのうえで放っておいたのだ。
そのうちわたしのことなど忘れるだろうという希望的観測だけを根拠にして。
「あはは、なにしてんだろ、わたし」
だったら、なんで、そんな思わせぶりなことを言うんだよ。
最初から期待させるようなこと言うなよ。
シオンが言いたかったことが手に取るように分かる。
思えば、ずいぶんとひどいことを言っていた気がする。
男の目線で見るなら、わたしほどに都合のいい女はいないだろう。
端から見ればポプラの言うとおり、男の影すら見せずただ幼馴染の帰りを待つ健気な女にしか見えない。
勇者の祝福にふさわしい男になったら「大人しくわたしだって守ってもらうことにするからさ」なんて言っておいて、期待するなという方がおかしいんだろうな。
シオンにわたしを諦めさせるなら、そういう行動をしなきゃいけなかった。
なんならこの村で協力してくれる男を見つけて形だけでも恋人になってしまえば、そういうフリだけだったとしてもシオンは諦めたと思う。
だから、それすらもしてこなかったわたしが悪い。
なぜ?
本当に嫌ならそうしたはずなのに。
それとも、あるいは。
誰もが羨む勇者たる男を虜にしている自分に酔っていたのか。
そんな感情が、あったとしたら。
ふと、自分の掌に目を落とす。
シオンのそれより小さくて、色白の細い指。若くて柔らかそうな手だ。
これがいまのわたし。
中指に小さく青い宝石があしらわれた細い指輪が光る。
わたしを産んだ母親が持っていた唯一の形見だと、お母さんからは教えられた。
実の母親は私を産んですぐに亡くなったのだという。
命がけの出産。その命の上にわたしは立っている。
なのに。
「バカでごめんなさい」
なんで、あんなこと言っちゃったんだろう。
なんで、向き合おうとしなかったんだろう。
自覚する。
きっとわたしは、自分で思っているよりずっと愚かで子供だ。