聖剣の守護乙女~死体をアイテム化する能力を得た転生者の話~   作:きなかぼちゃん

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9.後悔

 ユーリア。

 

 シオンがことあるごとに名前を出すその女は、どこにでもいるような小娘だった。

 ただ伸ばしただけで、たいした手入れもできていない長い黒髪と、この国ではよく見る青い瞳。

 そこら辺にいる田舎臭い娘と何も変わらない。

 すれ違っても印象にすら残らないであろう女。

 

 そんな奴が、素知らぬ顔をして、私を地獄から引き上げてくれた人の心のほとんどを占めている。

 

 気に入らない。

 

 一番近くにいるのは私なのに、シオンの心の中にはいつだってこの女がいる。

 ただの八つ当たりなのかもしれない。

 でも、それが私にはどうしようもなく許せなかった。

 

 

 

 

 その日の夕方から、村の中央にある広場でシオンの帰郷を祝う宴会が始まった。

 規模的には村人みんなが参加してるから、ほぼお祭りみたいなものだけど。

 

 主役であるシオンは金物のコップを片手に、嬉々とした様子の村長の長そうな会話に付き合っていた。

 わたしを押し倒してショックを受けたまま放っておいてしまったから心配だったけれど、見た感じ愛想笑いできる程度には復活しているらしい。

 

 そう思ってほっとしそうになる。

 違う。何様のつもりなの。わたしにシオンを心配する権利なんてない。

 シオンを悲しませたのはわたしの方だから。

 

 ……わたしは、どうすればいいのだろう。

 

 シオンに言われたことを思い出す。

 

『ユーリアはわかってないッ! ずっとこんな平和ボケした村にいるからそんなこと言えるんだ!』

 

 あはは、そのとおりかも。

 平和ボケで、何も考えてなくて、なんとなく日常を生きてるわたし。

 そんなヤツにいろいろ言われたらむかついて当然だよね。

 

「はぁ」

「ひとまず騒ぎは収まったんだからちょっとは元気出しなさいよ」

「そうだね……ありがとね」

 

 横にいるポプラが気を遣ってくれる。

 わたしの悩みは別のところにあるのだけど、そこまでは言えない。

 

 結婚ムードになっていた村の大人たちの誤解はお母さんが説得したらしく、すれ違うたびに村の大人たちに丁寧に謝られた。

 

 テントを立てて屋台をしていた近所の猟師のおじさんから、お詫び代わりに持たされた焼きたての鹿肉の串焼きが両手にある。

 

「ポプラいる? これ片方」

「なんでよ。あなたが渡されたんだからあなたが食べなさいよ」

「え~? 両手塞がっちゃうから食べてよ。二本持ちなんて食い意地張ってるみたいで嫌じゃん。友達らしく半分こしようよ。その方がお祭りっぽくて良い感じじゃない?」

「素直に友達だって言っておけば何でもしてもらえると思わないことね」

 

 気分を上げようと、意識的に明るくふるまう。

 ポプラはそっぽを向いて口を尖らせながら呟いた。

 

 さっきまで大人に結婚はいつだと詰められるのを恐れていたわたしを「もう大丈夫だから」と宴会に誘ってくれたのはポプラである。

 

 ただ、その優しさがあまり人に理解されていないのはちょっと悲しい。

 嫌われているわけではないけれど、ポプラは昔から言いたいことを言うタイプなので、16歳になった今でもどこか近寄りがたく孤立している雰囲気があった。

 

 この村を出ようとしているのも、昔から村の小さな人間関係に馴染めていないことをポプラ自身どこか理解しているからなのかもしれないね。

 

「逆にポプラはあまり素直じゃないからちょうどよくない?」

「ああそう。じゃあ仰るとおり素直じゃない私は放っておいて、食い意地を張り続けてればいいじゃない」

「ごめんて」

 

 腕を組んでふんっと鼻を鳴らしているポプラにむりやり串焼きを押し付けた。

 そして「しょうがないわねえ」なんて言いながら受け取ってくれる優しいポプラなのだった。

 

「それにしても……あんなに怒ってたマザーは初めて見たわね」

 

 まんざらでもなさそうに鹿肉を頬張ったあと、ポプラがぼそりと呟いた。

 

「……お母さん、そんなに怒ってたの?」

「ええ、あんまりにも収まらなさそうだったからね……。ユーリアは貴方たち大人が気持ちよくなるための都合の良い道具ではない。将来この村を担う者たちの模範となるべき大人たちが、揃って子の意思を軽視するなど恥を知りなさい。って、大声で怒鳴ってたわ。そうしたら一気にシーンって皆黙っちゃってね。あれは痛快だったわ」

 

 その光景を思い出しているのか、ポプラは意地が悪そうにクスクスと笑った。

 そして、

 

「愛されてるわね、あなた」

「……そうなのかな」

 

 薄い笑みで向けられるその視線に、わたしはどこか気後れしてしまう。

 正直、お母さんに愛されているかと言われると、もはや分からない。

 

 昔なら頷けただろうけど、聖女と孤児という壁を作った関係のまま暮らした5年という歳月はわたしにとってあまりにも長かった。

 

 お母さんが戒律を大切にしていることは分かっているつもり。

 心の中では、変わらずわたしを愛してくれているのかもしれない。でも、確信はない。

 

 村の大人たちをたしなめたのも、単に子供の意思を尊重しろと怒っただけなのかもしれないし。

 

「信じられない?」

「ゴメン。正直、自信ないかな」

「ふうん。じゃあ、自分が信じられないのなら、私の言うことくらい信じてみれば?」

 

 わたしははっとした。そう言うポプラはいつも通り勝ち気に、まっすぐにわたしを見据えていた。

 

「私はあなたの友達なんでしょう? その私がマザーは今もあなたを愛しているんだと信じてあげるわよ」

「ポプラ……」

「あと、シオンと何話したのかは知らないけどひとまず忘れなさい。どうせうじうじ自分のこと責めて落ち込んでるんでしょうけど」

「……気づいてたの?」

「何年あなたの顔見てると思ってんだか。ちょっとくらい人のせいにしたっていいのよ」

 

 それはあけすけに言いたいことを言う、ポプラらしい思いやりだった。

 

 

 

 

 あらかた色んなものを食べた。空もいつの間にか暗くなっている。手が汚れてしまったので、宴会を抜けて手を洗いに広場の裏手にある井戸に向かう。

 

 誰もいない中、そばにある木桶で水をくみ上げて手を洗う。遠くで聞こえる賑やかな声は相変わらずだ。まだまだ終わりそうにないなあ。

 

 お腹も膨れてきたし、そろそろこっそり帰ろうかな? とりあえず戻ってポプラと話してから考えよっかな。と立ち上がる。

 

 そして、振り向く。

 

「えっ」

 

 音も無く、自分より頭ひとつ分くらい背の高い人影がいた。見上げた瞬間、ものすごい力で胸ぐらを掴み上げられる。そしてそのまま後ずさるようにむりやり建物の壁に背中を押し付けられた。

 

 左手には黒い石を削り出したようなナイフがある。それをわたしの首を掻き切りかねないくらいにぴたりと突きつけられた。

 

「お前、どういうつもりですか」

 

 見開かれた黄金色の双眸が獣のごとくわたしを睨みつけていた。

 殺意に等しい憎悪を叩き付けられて、身が竦み上がる。

 壁に押し付けられた痛みすら忘れるほどに。

 目の前にいるのが、ついさっき見た、シオンの仲間である美しいエルフの女性だということも信じられなかった。

 

「どう、いう、って」

 

 震える口元から、なんとか声を絞り出す。するとエルフの女性はひどく馬鹿にするようにあざ笑った。

 

「それすらも分かりませんか? なるほど、よく理解できました。のうのうと何も知らず生きてるお前のような愚鈍な馬鹿女はシオンに到底相応しくないってことが」

 

 はっとする。

 この人は、きっとシオンのことを大切に思っているのだろう。

 

 仲間なんだろうし、当たり前だ。

 だからこそ、シオンの求婚をあっさり断ったわたしに怒っているのか。

 

「迷惑なんですよ……幼馴染だかなんだか知りませんが、思わせぶりな態度でこれ以上シオンを振り回すな! お前のせいで、あの人は本当に傷ついている。あの人がッ、シオンがお前なんかのためにどれほどの努力を重ねてきたかすら想像できないくせに!」

 

 本当にその通りだと思ってしまう。

 きっとわたしなんかよりこの人の方が、ずっとずっとシオンのことを。

 

「わたしは……」

「黙れ。お前の言葉なんて聞きたくない。金輪際あの人に近づくな! これ以上苦しませるな! さもなくばこの黒曜の刃はすぐにでもお前の喉を貫くぞ!」

 

 その金色の瞳は煮えたぎるような憎悪を湛えながらも、どこか辛さを押し殺すように揺れていた。ああ、きっとこの人は……。

 

 シオンのことを愛している。

 

 一方的にまくし立てると、エルフの女の人は乱暴にわたしを投げ捨てる。

 襟で首が絞められて咳き込んでいるわたしを置いて、そのまま建物の合間を縫って宴会とは逆の夜闇へ消えていった。

 

 理不尽な怒りだとは、思わなかった。

 

『僕、ユーリアを守れる男になるよ』

 

 かつて、シオンがわたしに言った言葉。

 ただの子供らしい目標だと思った。

 ゆくゆくはそんなこともあったな、で終わることだと思ってた。

 

 でも、それをよすがに、シオンはきっと5年間ずっと努力してきたのだ。

 その間、わたしは何をしていた? のうのうと村で暮らしながら、シオンがどういう思いでそんなことを言ったのか1度でも考えたことがあった?

 

 わたしは何もしていない。

 

 そんな女が、シオンのそばにいる資格なんてない。

 人のせいになんて、できない。

 

 なら、わたしはシオンの前から消えよう。

 この村を離れて、いずれ、探しても見つかりもしない場所へと行こう。

 

 その日、わたしは宴会へと戻らずに真っ暗な教会に戻ると、寝室で掛け布団を被り現実から逃れるようにただ目を瞑って人知れず泣いた。

 

「ごめんなさい……」

 

 愚かなユーリア。前世の記憶なんて、無ければよかったのに。

 そうすればきっと、こんなことにならなかったから。

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