お手製仮面を叩いてみれば、文明退化の音がする   作:竹馬噺

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新投稿でござんす
あっちの方もちゃんと再開するからユルシテ…ユルシテ…


プロローグ『クソみてぇなある日』

 コツ、コツ、コツ…コツ、コツ、コツ…。

 岩壁の窪みに柵を嵌めただけの牢屋の中に、硬いものを打つ音が静かに響く。柵の間からびゅうっと吹き込む夕方の風は肌に冷たく、夏の終わりを感じさせた。

 九歳の少年──リンは腰巻き一つの原始人のような姿で、ぶるりと体を震わせた。尻に伝わる土の冷たさは骨身に染みるようだった。

 

「お手製仮面を叩いてみれば、文明退化の音がする」

 

 リンはふと、気を紛らわせるように呟いて、胡座の上にある奇面を打つ指を止めた。

 こんな意味不明な事を口走るのは、きっと牢屋にいるせいに違いない。

 手元を見れば、腰巻き以外に持ち込みが許された唯一の私物である、奇怪なデザインの仮面と目が合った。

 服を剥ぎ取ってきた相手が、『これを取るのは可哀想!』と言って残してくれたのだ。配慮の出力がおかしいだろ、非文明めが。

 

「──たいか?ってなんだ?」

 

 独り言の返事が、牢屋の奥から帰ってきた。幼さのある鈴の音のような可愛らしい声は、同じ牢屋の同居人である少女の声だ。

 

「人が猿になること……って、何してるのかな?」

 

 振り向くと、壁と向き合ってうんこ座りをしている同い年の少女が目に映る。

 リンと違い、きちんと衣服を着ているが、何故か大きく肌が露出している。

 その尻は丸出しであった。

 

「見てわからないのか?」

 

 うんこだ。見れば分かる。でも、そうじゃない。

 

「ごめん、質問の仕方を間違えたわ。何でしてるの……って一旦うんこ止めんかァ!」

「うんっ──ふぅぅううッ」

 

 やめろ、踏ん張るんじゃない。

 会話の間に、少女はぷるぷる震え出した。思わず噴火する前の活火山を幻視してしまう。最悪だ。

 

「俺もいるんですけど!?臭いが来るんですけど!?牢屋だから逃げ場がないんですけど!?」

「がまんっっうっ!……しろっ!」

「力んでんじゃねェェエ!?」

 

 リンは茶色いブツが発射される前に、慌てて牢の外へと視線を戻し、耳を塞ぐ。

 恐らく必要ない配慮だが、文明人としての気遣いだ。

 そのまま無心で赤く染まってきた空を眺めていると、ややあって、後ろから芳ばしい臭いが漂ってきた。

 どうやら、成し遂げたようだ。

 リンは速やかに口呼吸に移行し、背後から気配が近づいてきた所で、耳を塞ぐのを止める。

 

「ふぅー……」

 

 少女は隣までやって来くると、どっかりと腰を下ろした。スッキリした表情で膝を抱えて座る少女を眺め、顔はいいのになぁと、呆然と思う。

 赤い刺青が額の中心と、泣き黒子のように目元に小さく刻まれている美貌は、少女とは思えない程の妖しい魅力を帯びていた。金に近い茶髪は手入れを怠っているのにも関わらず、夕陽と溶け合って美しく輝いていて、この一帯では珍しい青い瞳が、牢屋の外を楽しげに眺めている。

 でも、野グソはするし、尻は拭かないのである。台無しだ。

 葛藤すら籠った目線に気付いたのか、少女は此方を向くとにっこりと笑顔を見せた。なにわろてんねん。

 

「昨日に食った鹿肉が出そうだった」

「おせぇよ」

 

 今言ってどうする。あと、うんこが出る理由ではなく、うんこを決行した理由を聞いてるのだが。

 

「大物だったぞ。見てみろ」

 

 嬉しそうに報告する様はやんちゃ小僧のようだ。

 リンがおそるおそる後ろを向くと、華奢な少女の排便とは思えない、熊が出したようなブツがあった。

 どうりで中々パンチの効いた臭いがすると思ったのだ。

 

「少しは遠慮とかさァ……俺もいンだけど?」

「一度出たら止まらない。首を飛ばした後の血飛沫のように」 

「例えが野蛮過ぎんだろ。じゃあ、ヤルにしてもせめて壁際に尻を向けてやってくれ。何でケツを見せつけながらヤルんだ」

「おまえはバカか?顔が見えたら恥ずかしいだろ」

「他にも気にする所があるだろォが」

 

 男がいる事とか、少女としての慎みとか、無くしちゃいけない人としての尊厳とか。

 だが、少女は話が理解が出来ないようで、こてんと不思議そうに首を傾げた。

 

「少しは臭うけど、漏らしたらけっきょくクサイだろう?」

「そこじゃねェよ!あるだろ!?慎みとか、恥じらいとかさァ!」

「ツツシミ?よく分からんが、うんこはしたい時にする方がいいだろ……リンは歳の割にデカいくせに、相変わらず変なところで器が小さいな」

 

 少女はリンの叫びに、何言ってんだオマエ?みたいな表情を浮かべ、ため息を吐いた。

 聞き分けの悪い弟を相手にするような態度だ。

 これは俺か?俺が非常識なのか?あ、こら、肩をすくめるな。やれやれってするな。

 

「リンも出したければ今のうちに出しておいた方がいいぞ?これから荒れるからな」

「……はァ?」

 

 リンは間抜けな声を出し、少女を見る。荒れるとはなんだ、倫理が乱れてる事だろうか。

 少女はリンの訝しげな視線にニヤリと笑うと、白魚の様な指を柵に向けた。

 

「今、私たちは牢にいる」

「オウ、そうだな」

「それは何故だ?」

「お前が『最近服従させた一族のご飯が美味しいから食べに行こう』って誘った先で相手に捕まったからだが??」

 

 そう、牢屋の土で尻を冷やす羽目になったのは、少女の遊びの誘いが発端だ。

 日課の矛術の鍛錬を終え、昼食を摂ろうとした矢先に、少女が家まで訪ねてきた。

 普段はアバラにこびり付いたカスみたいな肉すら譲らないクセに、やけにイイ笑顔でご馳走があるから一緒に行こうと態々誘ってきたのだ。

 そんな怪しい誘いに──当然乗らないワケがなく、ほいほいとついていって今のざまだ。オープン野グソをする奴に嵌められたなど、末代までの恥である。

 

「ああ……正直言って、笑えるほどチョロかったぞ」

「うっせェ!こちとら味のしねェ焼肉に飽き飽きしてたんだよ!」

 

 リンの脳裏に浮かぶのは、焦げる手前まで焼かれた獣肉と千切った野草──日頃の悲しき食事風景だった。

 この周辺の食事において、塩味は全く期待できない。

 あるのは果物の甘みと野草の苦味、肉の血の味くらいで、来る日も来る日も臭みが取れない焼肉を齧っていると、美食という言葉に弱くなってしまった。

 

「って、オマエのお間抜け話で遮るな。話を戻すぞ」

 

 誰が間抜けだ、コラ。

 リンは喉元まで出かかった文句を堪え、話の続きを待つ。

 

「今日の訪問はご飯を食べれたらそれはそれで良かったが、本命は別にあった」

「それが、今の状況だってのかよ」

「そうだ」

 

 少女は頷くと、笑みを引っ込めて目を細めた。青い瞳には、先程とは打って変わって剣呑な光が宿っている。

 

「説明した通り、ここは服従させたばかりの一族だ……ただし、戦いらしい戦いをせず反抗的なヤツらが多く残ったまま服従した一族だ……邪魔だな」

 

 リンはすぐに、少女の言わんとする事が理解できた。

 

「なるほど……獅子身中の虫か」

「それはよくわからん」

「内部の者なのに、組織に害を与える者」

「最初からそう言え」

「そうだな、今のは俺が悪かった」

 

 リンが苦笑いを浮かべると、少女はふんと鼻を鳴らした。

 

「まぁ、言ってる事は合ってる。勿論、大人しく服従してる奴も多いんだが……今回はその穏健派から反抗的なヤツらの動向が目にあまるから、一緒に皆殺しにしないかと提案されてな」

「皆殺しを提案する穏健派って、なんか根本的に間違ってねェか?」

「戦争をしない提案をする立派なヤツらじゃないか」

 

 そう言われてみると、確かにそうかもしれない。

 

「それで、反抗派も表面上は大人しく従ってるから、向こうが飛びつくエサを用意して罠にかける事にしたんだ。食いつけば、それを理由に反抗派をその場で皆殺しだ」

「それで、そのエサが──」

 

 少女はこくりと頷き、再び笑顔を見せた。

 

「そう、私とリンというワケだ」

「ごめん。それ、俺いるか?」

 

 リンは真顔になった。

 まず間違いなく、今から始まる殺し合いに巻き込まれるのだが?一緒にいる友人とか、全然狙われるのだが?

 

「友達と一緒に行く方が油断してる感じがするだろう?」

「部外者の俺の身になりやがれ、バァカ!」

「はっはっはっは!」

 

 なにわろてんねん。

 少女は愉快そうに笑っているが、唐突に命の危機が訪れた側としてはたまったものではない。

 だが、尻を拭かない事を差し引いても、少女の笑顔を魅力的だった。

 ──トットッ。

 

「……ん?」

 

 ふと、リンの耳に牢へと近づく足音が聞こえた。音はまばらで規則性がなく、近づくにつれて話し声の様なものも聞こえてきた。

 もしかしたら、敵が殺しに来たのかもしれない。リンの頬に冷や汗が伝う。

 ──トットットッ。

 

「……下がっとくぞ」

 

 音が近い。もうすぐそこだ。

 リンは立ち上がると、少女の腕を掴んだ。少女のうんこが臭うが、念のため牢の奥へと離れるべきだ。

 ──ドッドッドッドッ!

 

「問題ない」

 

 しかし、少女は座ったまま動かず、自信たっぷりに音を待ち構え続ける。

 その瞳は、山に隠れ出した夕日へと向けられていた。

 

「そろそろ、待ち合わせの時間だからな」

 

 ダン!と、強く土を蹴る音が聞こえた瞬間、牢の前に複数の人影が飛び込んできた。

 現れたのは、渦巻き模様の仮面を被る四人組の戦士だ。全員が上裸で、身体の一部に渦巻き模様の刺青を入れている。

 彼等の姿はリンと少女を拘束した戦士と同じ出立ちであり、リンは鉄器の物々しい輝きを見つけると、少女を庇うように前へ出る。

 

「──お待たせしました!端和様!」

 

 しかし、彼らはリンと少女の姿をみるや否や、武器を離し、その場に跪いた。

 発せられたのは、リンの後ろの少女──楊端和を敬う言葉だった。端和は直ぐに呼びかけに答えて立ち上がり、リンの前へ出る。

 己よりも頭一つ小さいはずの背丈が、何故かとても大きく見えた。

 

「ソグ族の勇士たちよ、よく来てくれた」

 

 端和は幼くも威厳の籠もった声で戦士達を労った。

 筋骨隆々の肉体を持つ上裸の仮面の戦士達は、眩しいものを見るように顔を上げ「すぐにお出しします!」と立ち上がり、岩に棒を刺しただけの鈍器で牢を破壊し始めた。

 柵は容易く破られ、二人はようやく牢の外へと脱出できた。

 端和はこりをほぐす様に腕を回すと、戦士達へ朗らかな笑みを浮かべた。

 

「さて……今回は協力に感謝する。お前達の申し出のおかげで、前に進める」 

「とんでもございません。我らは端和様に負け、忠を誓ったのです。むしろ、我らの大掃除に付き合わせて申し訳なく思っています」

 

 最初に挨拶をした男が代表なのだろう。はきはきと受け答えをしていく。

 

「気にするな、あれらが裏切る事も含めて受け入れたのだ……戦況は?」

「解放の手立てが整い次第狼煙を上げましたので、今は集落の全方位から戦士達が突入しています。すぐに端和様を人質にするため、敵の手勢がくるでしょう」

「それは良かった。長は牢でのんびりしただけと言われずにすむ」

「どうぞ、ご存分に……馬鹿共も端和様の剣の錆となれば、子孫に語られるに足る男となるでしょう」

「それはどちらの意味でだ?」

「無論……愚かな馬鹿として、ですよ」

「「「「「……はっはっはっはっは!」」」」」

 

 会話が野蛮にすぎる。

 リンは輪に加わらず、渋い表情で彼らの様子を眺める。

 

「──あ、そうだ」

 

 ひとしきり笑った後、男が思い出した様に、一際大きい戦士が担ぐ袋をぽんと叩いた。

 

「牢に入る前に没収されていた物を取り返して来ました。どうぞお受け取りください」

「助かる」

「どうも」

 

 それは自分も非常に助かる。

 リンは開かれた袋に嬉々として目を向けた。

 戦士の手で、端和が普段使いしている剣や、防寒用の毛皮などが次々と取り出されていく。

 

「……ん?」

 

 これで全部だろうか?

 端和が戦士達に差し出された装備に手をつけるなか、リンは首を傾げた。

 袋の中には確かに己が使っている小刀があり、それは既に腰にぶら下げている。

 だが、何度も確認してもある物は袋の中には無かった。

 

「……なァ、俺の服は知らないか?」

「お前の服っていうと、あのボロ布か?」

「そう、それ」

 

 リンはこくりと頷く。袋の中に、剥ぎ取られた服が無かったのだ。

 アレは他人にとってはボロ布でも、己にとっては師から貰った思い出の服である。

 

「あれは俺の大切な一張羅で──」

「あれならケツ拭く布になってたぞ。細切れになっちまってたから諦めな」

「まるでケツ拭いたのは小事みたいな言い方だな?」

 

 大事だわクソが。てか、なぜケツを拭いたんだ。服だぞ?着ろよ。お前ら上裸じゃないか。

 リンは少し呆然とした後、せめて代わりの服を貰おうとして、戦士達が自分と同じ腰巻き一つである事に気づき、諦めた。

 これで明日からは上裸生活が確定してしまった。文明の危機である。

 すると、少し落ち込んでいるリンの前に、臍の辺りに渦巻き模様を描いている男がやって来た。

 その手には立派な矛が握られていて、仮面のせいで彼の表情や感情はまったく窺い知れなかった。

 

「なんだよ」

「服はないが、ソグ族の老戦士、『激襲』のソグノが使っている矛を持って来た。受け取れ」

「誰だよ『激臭』のソグノ……ってか俺は闘わねェよ」

 

 リンはムッとした表情で差し出された矛をそっと押し返し、拒否する。人を殺すだなんて、冗談じゃない。

 しかし、戦士は静かに首を振って矛を前にずいと差し出してくる。

 

「端和様からオマエの武勇伝は聞いている、受け取れ」

「いったい端和が何を吹き込みやがったかは後で聞くとして、俺は非戦闘員だから武器はいらねェ」

「小指で熊を殺すと聞いている、受け取れ」

「吹き込み方がイカつ過ぎるだろ」

 

 小指で熊が殺せるワケねェだろ。あと、受け取るまで先に進めないNPCかお前は。

 眼前に差し出され続ける矛に、ため息が漏れる。

 

「そんなに期待するなよな……」

 

 リンはしぶしぶ矛を受け取った。ソグ族の期待するような視線が鬱陶しい。

 元凶である端和を睨むと、明後日の方向を向いて取り戻した装備でちゃかちゃかと戦支度を整えていた。

 おい、聞こえてただろ。

 

「よしっ」

 

 よしっじゃねェよ。

 準備が終わったのか、端和は腰に取り付けた剣をぽんと叩くと、先頭へと歩み出て、くるりとこちらへ振り返った。

 端和は何も言わない。

 ただ、彼女の背後で夕陽が山に隠れていく。血の様に赤く染まった空が暗さを増し、これからの凄惨な戦いを予感させる。

 夕陽を背に照らされる彼女は美しかった。少女の可愛らしさと、戦士の力強さ、血生臭さが混ざり合い、唯一無二の存在感を放っていた。心が昂るほどに。

 戦士達の雰囲気が変わった。和気藹々とした空気は一変し、戦士達の殺気で空気が張り詰める。

 やはり、端和には天性のカリスマがあるのだろう。だから、この若さで一族の長になり、他一族を多く従えるまでになっている。

 

 ──オォッ。

 

 剣戟の音と鬨の声が、風に乗って遠くから聞こえてくる。その一部は、牢へと向かって来ていた。

 端和はビャボッ!と、空を薙ぐ音を立てて抜剣した。彼女が見せる好戦的な笑みを見てか、戦士達も己を奮い立たせる様に物騒な言葉を口走っている。

 端和が天を指す様に剣を掲げる。高められた戦意が、陽炎の様に立ち上る。獲物が近づいて、近づいて、近づいて──彼女は口を開いた。

 

「今宵、造反を目論む馬鹿どもを根絶やしにする!真の戦士の刃を、愚か者どもに馳走してやれ!」

「「「「オオッ!!」」」」

「さぁ、行くぞ──血祭りだ!」

「「「「ウィィィイイイイイッヒャッハァアァアァァアアッ!!!」」」」

 

 嗚呼──文明退化の音がする。

 

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