イロハがイブキの為に復讐する小説   作:ハーメルンのTakamagi

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どの小説の文字数一万字前後なんだよね……長くない?
まあ四話までだからこれ以上手出しできないけど…………


第三話

 作戦室に入ると、そこには既に先生が待っていた。

 

「お久しぶりです、先生」


「久しぶり、イロハ。……少し見ない間に、顔つきが変わったね。すごく頼もしそうだよ」

 

 先生からのストレートな褒め言葉。その威力は、ヒナ委員長の銃弾よりも遥かに彼女のを貫いた。

 

「そ、そんなことは……別に……。まあ、あの地獄を乗り越えたのですから、少しは……」

 

 頬が熱くなるのを感じ、イロハは俯きながら、意味もなく髪先を指でいじった。そんな彼女に、隣に立つヒナ委員長が、呆れたように小さく息をついた。

 

「……イロハ。感傷に浸るのは全てが終わってからにしなさい」


「あ、はい! すみません……! それで、これは?」

 

 指差した先には、見慣れない黒を基調とした衣服が、まるで主を待つかのように静かに置かれていた。

 

 先生は、優しく微笑んだ。

 

「今回の作戦のためだけに作ったタクティカルウェアさ」

「なるほど......?」

「とりあえず、着てみて。更衣室はあちらだよ」

 

 先生に有無を言わさぬ笑顔で、イロハはその黒い戦闘服を手に、少し戸惑いながらも更衣室へと向かい、早速着込む。見た目の重厚さとは裏腹に、驚くほど軽い。慎重に袖を通し、体にフィットさせていく。

 

 無事に着替え終わり、鏡の前に立つと、イロハ息を呑んだ。

 

 そこに映っていたのは、気だるげな少女ではない。無駄のないシルエット。動きやすさを計算され尽くしたであろう関節部のプロテクター、そして何より、黒という色が不思議と引き締めていた。

 

「……どうかな?」

 

 作戦室に戻ると、先生が心配そうに尋ねた。

 

「……はい。見た目よりずっと軽くて、動きやすいです。まるでわた足の体の一部みたいに……」

 

 イロハがそう賞賛しながら、滑らかに体を動かす。それをみた先生は、満足そうに頷いた。

 

「ミレニアムのエンジニア部が、君の身体データに合わせて、一晩で作り上げた逸品だからね。防御力と機動性、その両方を極限までに追求したそうだ」

「こんな代物を、一晩で…………?」

 

 その恐るべき技術力と、それを可能にする先生の人脈に、イロハは改めて戦慄する。

 

「それで、問題の銃火器だけど……風紀委員会側から用意させてもらったわ」

 

 ヒナがそう言いながら、机の下からアタッシュケースを運び上げ、開く。

 

「……MP7とグロック17、それから手榴弾が三個、ですか。なんというか、面白みがありませんね」

「仕方ないわ。銃火器までに変な細工すると、万が一、支障をきたすかもしれないからね」

「まぁ、妥当ですね」

 

 イロハはまんざらでもないが納得し、銃火器らを装備する。

 

 そのとき、先生の懐からアラーム音が鳴った。

 

「……おっと、どうやら私たちは一度集まらないとね。ヒナ、行くよ」

「わかったわ」

 

 どうやら他にも用事が立て込んでいたようで、イロハを除いた二人は早足で部屋から抜け出していく。

 

「あっ、イロハはゆっくりやっててね」

 

 先生は急いで言葉を残しがら、扉を閉めた。イロハが取り残された作戦室は、一瞬にして静寂に包まれる。

 

「……全く、あの人は」

 

 イロハはポツリと文句を呟いた。そんなことしながらも、準備は無事済ませたので、ここからどうしようかと悩んでいると。

 

 ────視界の端に、銀色の光がちらついた。

 

「……あれは」

 

 イロハは吸い込まれるように、その光の元まで歩む。部屋の端っこにある机の上には、アーミーナイフが不用心にも置かれていた。

 

「これがアーミーナイフ……初めて見ましたね」

 

 ────あの時の衛生講義の時間を思い出す。刃物というものは、銃以上に危険な武器だと、そう教わった。家庭用のナイフですら危険だと認知される中、戦闘用に作られた刃物は────

 

 イロハはごくりと、唾を飲む。誰かが不用心にもここに忘れただけのナイフだ。この作戦のために用意されていないことは承知の上だ。

 

 だが、もし銃火器を全て使い切ってしまったら?そのような可能性が、イロハの不安を煽る。手段として持っておいた方がいいだろう。だが、良心が許さない。

 

 長い葛藤の末、イロハがとった選択は────ナイフを懐にしまう、ことだった。

 

「…………一応持っておきましょう。一応です…………」

 

 自分自身に説得しながら、震える手でナイフを携えた。

 

「…………はぁ。そろそろ行きましょうか」

 

 今までの感情を吐き出すかのように、大きなため息を吐き、出口へと向かった。

 

 

 

 

 

 先生に呼ばれ、とある広場に足を入れる。空は既に真っ黒に塗られていた。

 

「……あっ、きたきた」

「すいません、一応時刻通りに着きましたが…………」

「大丈夫、時間ぴったりできたよ」

 

 広場には先生をはじめ、生徒が何人かイロハを待っていた。

 

「……ごめんなさいね。戦闘が不向きなあなたを、無理やり……」

「いいえ、委員長。これも全て私が選んだ結果です。苦労はありましたが、後悔はありません」

「そう……よかったわ」

 

 最初に対面したヒナは、以前とは違い心配で満ちていた。やはり怖いのだろう。

 

「……任せてください。きっと最初で最後の晴れ舞台でしょうから」

「……ええ、分かったわ。健闘を祈る」

 

 イロハはヒナに向かって敬礼し、再度前へ前進する。

 

「……まさかこんなことになるなんてね。いつの間にかイロハがこんなにも凛々しくなって」

「サツキ先輩、母親みたいに言わないでください……」

 

 次に対面したサツキは、我が子を見るかのような目でイロハを見ていた。

 

「えーっと、イロハちゃん。もし無事に助けられたら、新聞に載せてもいいですか?」

「いいですけど……死亡フラグ立ててます?」

「えっ!?いや、そんな気は……今のイロハちゃんならそんなもの簡単に折ってしまいそうですが」

「……そうですか?」

 

 チアキは依然として明るかった。心配しているのは確かだが、イロハを大変信頼しているらしい。

 

「……まあ、無事に助けに戻ると誓います。サツキ先輩、チアキ」

「ええ、頑張るのよ」

「頑張ってください、イロハちゃん!」

 

 二人からの言葉をもらい、再び前進し、今度はマコトの前に立つ。

 

「……ふむ。風紀委員会の腕は素晴らしいな。イロハがここまで成長するとは……」

 

 マコトも……相変わらずだった。

 

「最初の言葉がそれですか?気持ちが全くも伝わりませんよ」

「ん?いや、貴様の事はしっかりと思っているぞ。出陣式までやりたかったが止められてしまってな」

「はぁ…………真剣なんだか、ふざけてるんだか……これ以上ないんでしたら、行きますよ」

 

 マコトに観念したイロハは、不貞腐れたように前進しようとしたが────

 

「きゃっ!?マコト先輩!?急に抱き付かないでください!?」

「…………無事に戻ってこい」

「…………はい」

 

 湿度マシマシの抱擁を受け終わると、今度は先生の前まで前進するその瞳は、いつになく真剣だった。

 

「一つだけ、約束してほしい。……決して、一人で全部背負い込まないこと。君には、君を信じて待っている仲間たちがいる。そして……私もいるから」

「……ふふっ。先生は心配性ですね。大丈夫ですよ。サボれるところは、きっちりサボらせてもらいますから」

 

「……うん。君ならきっと大丈夫だね。行ってらっしゃい、イロハ」

 

 先生との対話はあっさり終わってしまった。しかしこれでよかったのだろう。イロハは心の中で折り合いをつけた。

 

 暫く歩いた先にある装甲車の側面に、五人分の人影が寄りかかっているのが見えた。どの人物もイロハと同じく、黒いタクティカルウェアに使い勝手のいい武器を携えている。

 

 彼女たちはイロハの姿を認めると、弾かれたように立ち上がり、完璧な直立不動の姿勢をとった。

 

「あなた達が────」

「はい、今回の作戦に参加させていただく特殊部隊です。よろしくお願いします、隊長!」

 

 隊長。

 

 たった二文字の言葉が、ずしりと彼女の両肩に重くのしかかった。

 

 いや別に聞き慣れないといわけではない。むしろイロハは戦車長という格を務めていたのだ。だが今回は違う。計り知れない戦地へ赴くのだから、この重い何かはより重くなるのだから。

 

 イロハは一瞬、体が震えそうになる。だがその震えを、奥歯を噛み締めることで無理やりねじ伏せた。

 

 彼女はゆっくりと彼女たちに向き直ると、覚悟を決めて口を開いた。

 

「面倒なので、長々とした訓示はしません。未だに私が、ゲヘナの未来を左右する作戦の筆頭に選ばれたという実感は湧きませんが…………イブキを助けたいという確かな事実があります。ですので、みなさん力を貸して下さい」

 

 決意して出した言葉がこんな威厳のない事で良いのか疑問に思う。しかし聞き手は、納得したように頷いた。『ゲヘナの未来を左右する作戦に選ばれた』………ことに対しての実感がまだないのは皆そうだったのだ。

 

「それでは、前置きはここまでにして…………乗り込みましょう」

「「「「「はい!!」」」」」

 

 イロハの号令に、五人ははっきりと声を出し、順番に装甲車の中へ乗り込む。5人全員が乗り終わり、次はイロハの番だ。

 

 乗り込む最中、ふと後ろを振り向くと、先ほど挨拶を交わしたみんなが見守っているのを確認した。

 

「…………」

 

 イロハは何も言わずに、利き手でグッと握り締め、中へ入った。

 

 

 

 

 

 車内は不気味なほど冷たく、静寂を貫いていた。

 

 乗り込んで数分、あるいは数時間。この空間に時計が設置されていないため、正確な時間は分からない。

 

 特殊部隊の一人が運転手を務め、残りの五人は静かに待機している。イロハもその一人だ。

 

 イロハは周囲を一見する。誰もが俯いていいて、会話がなされていない。この空気感、イロハにとって非常に心地悪いものだ。どうにか対話が可能な隙を探るも、やはりそんな可能性は微塵もなかった。

 

 イロハは落胆し、彼女ら同様に床に目を向ける。彼女は、今置かれたこの沈黙を、自分自身と向き合う最後のチャンスだと捉えた。

 

 ゆっくりと瞼を閉じ、思考に集中する。

 

 ところが、ついさっきまで沈黙を貫いていた空間に、覚醒させるように雑音が響いた。

 

 ついに進展ができた。この場にいる全員がパッと顔を上げ、とある一点に視線を注ぐ。

 

 視線が集中する先には、少し大きめなモニターが設置されている。少々時間を置くと、スクリーンに色が映り、一人の生徒の顔が浮かび上がった。

 

『こんばんは皆さん。今回の特殊作戦の参謀を務める、天雨アコと申します。録画の形で送るようなことになってしまい申し訳ありません。しかし当作戦上、直接伝聞することは不可能なのでご理解の上、是非静聴して頂きたいです』

 

 アコの前置きが言い終わると、モニターはとある建物の写真を映し出す。

 

『今、皆さんがご覧になっている建物は、いうまでもなく当作戦の戦場です。調査によると、ここはかつて存在した商業ビルの廃墟のようですが、まだ廃業になってから数年しか経っていないの事』

 

 その建物は廃墟というにしては、あまりにも綺麗で、現役の建物にしては、少々荒れている…………そのような中途半端な建物だった。

 

『ここまでの説明だと、ただの廃墟ですが…………問題は、今現在でも電気が通っている、という点です。恐らく、この地を占領する組織が手を加えたのかと。電気が通っている、つまりセキュリティがまだ稼働していることを意味します』

 

 なるほど。これは面倒だ、とイロハは心の中で呟く。

 

『一見、こちらにとって非常に不利な事実です。しかし逆に捉えれば、こちら側にとっても非常に大きなアドバンテージになるということ』

 

 すると今度は、その建物の構内であろう地図に移り変わる。

 

『こちらは、我々の調査で得た構内地図ですが、流石に限界があり一部しか発見できませんでした。さて、こちらの地図を確認すると、3階にセキュリティルームと記載されている部屋が確認できます。ここが第一に目指すポイントです』

 

 セキュリティルームを目指す理由は語られなかった。イロハは独りで考える。

 

 ────きっと、三つの理由がある。まずは位置の特定。敵の警備位置やイロハが捕えられている位置も詳細まで知ることができる。

 

 第二に、建物内の移動の快適化。商業ビルという前提条件から推察して、セキュリティロックや認証がいちいち必要となる。だからこそ、この部屋でそれらを解除すれば、作戦遂行はより快適になる。

 

 最後に、相手の戦力削減。こちら側の位置特定やセキュリティロボットの停止ができる。

 

 彼女は数秒もしないうちに、この理由について折り合いをつける。

 

『そしてこの作戦伝聞以来、本部からの支援は一切ありません。マガジンや医療品などの物資を存分に準備はしましたが、賢く消費して下さい。最後になりますが、私はあなた達を信頼しています。それでは皆さん、健闘を祈ります』

 

 その言葉を最後に、映像はプツンと切れ、モニターの役目も終わってしまった。色々と要所要所の説明が足りない気がしたが、あちら側でも時間が押し迫っていたのだろう。

 

「えっと、すいません隊長。今の作戦内容、理解できなかったのですが…………」

「はい、私が説明しますよ」

 

 いつもはめんどくさいという理由で、説明を断っていたが、今が今なため説明せざる得ない。

 

 そうしてイロハは、全体への説明を終わらせ、ついに準備へと入る。決戦の時は近い、彼女はそう覚悟し、手際よく準備を進めていると────

 

「…………隊長は怖くないんですか?」

「勿論、怖いですよ」

「あっ、あっさり言うんですね」

「ですが、この作戦で命を捨てれる覚悟はあります。とは言っても、私は死にませんし、皆さんを死なせませんよ」

 

 彼女は重々しく告げるが、軽い気絶で済むのが、ここキヴォトスでの戦いの常識だ。

 

「…………そうですね!ありがとうございます!」

 

 感謝を口にした生徒は、その明るい笑顔を暗視ゴーグルで覆い被せる。それに続くように、イロハも暗視ゴーグルを装着した。

 

「ここで停車します」

 

 運転席の方から声がかかると、イロハが揺られていた装甲車はゆっくりと動きを止める。

 

「それでは、出動しましょう」

 

 イロハの張り詰めた声と共に、装甲車の扉は開かれた。

 

 彼女が装甲車からゆっくりと降りた途端に、冷たい風が頬を撫でる。やけに冷たいと感じ、空を仰ぐと、透き通った黒色の空が眼前に広がっていた。まだ夜だということには変わり無い。

 

 そして次に、今回の戦地に目を向ける。そこには写真と同様の廃れた商業ビルが聳え立っていた。ここからは少しだけだが距離がある。

 

「隊長、商業ビル周囲に警備ドローンを複数体確認できました」

「…………厄介ですね」

 

 となると、ここで一度細かい動向を確認する必要がある。イロハは暫し長考しながら、ドローンの巡回ルートを観察する。

 

「今私の目で確認できる限り、どのドローンも同じ動作を行っていますね」

「となると、ステレス作戦ということですね」

 

 しかしこんな作業であまり多くの時間を割きたくはない。だから、ここはある程度予測して────

 

「…………ルートが見えました。全員、私の動きに合わせて下さい。一歩でもずれたら、即座に発見されます」

 

 イロハは部下達に指示を飛ばし、先頭に立って、忍足でビルへ向かう。それに続いて部下達も歩を進める。

 

 ビルへ向かう道は、まるで塹壕に似た凹凸が激しい土地だった。ドローンはその凹んだ道を辿るように巡回している。しかしこのように凹凸が激しくなると、死角も多くなる。なので隠密に移動できるのは簡単だ。

 

「こっちにも敵は確認できません。進みましょう」

 

 幸い、人型の警備は確認できなかった。ドローンの眼を掻い潜り、いつの間にか正面玄関へと辿り着いた。

 

「正面玄関まで辿り着きましたが…………どうします?正面突破しますか?」

「それでは非効率です。このビル周囲は丁度ドローンの巡回ルート範囲外ですので、ゆっくりと警備が薄手の場所を探しましょう」

 

 こうして部隊は分かれ、入り口を探す。六人だからか捜査は効率よく進み、簡単にその場所を見つけることができた。

 

「お手柄です。それでは…………武器を構えて下さい」

 

 イロハはキッパリと告げると、取り付けられた窓を破る。流石にステルス作戦はここまで。ここからは正面衝突するしかない。

 

 彼女はささっと部屋へ入り込むと同時に暗視ゴーグルを起動する。内部は少し薄暗い程度で、暗視ゴーグルの出る幕はなかった。

 

 部下達がぞろぞろと内部へ侵入すると、突然部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「なっ……何も──ぐあっ!?」

 

 敵へ報告される前に、頭部めがけて二発発砲。全て見事に当たり、敵は沈黙する。だが、ここの騒ぎを聞きつけて、敵はまだやってくるだろう。

 

「それでは皆さん、突撃しましょう!」

 

 部屋を抜け出し、廊下へ。既に敵は目前までに迫っていた。イロハは迫り来る敵を最小限で、効果よく対処する。

 

 敵の勢いを一度鎮め、前進する隙が生まれる。その隙を見逃さず、部隊は次々と前進する。

 

「隊長!後方からも敵が迫っております!」

「でしたら、障害物を倒すなりして進路を塞いでください!」

 

 命令を聞き、部下の一人が付近のロッカーを押し倒した。

 

「ああ、それと今回の作戦は『敵の殲滅』も目的ですから──手際よく処理しませんとねっ!!」

 

 イロハは後ろを振り向き、手榴弾のピンを抜き、後方に向かって勢いよく投げる。数秒後、背後から爆音と黒煙が室内に満ち渡る。

 

 戦闘開始から数分、第一波の敵数の半分を撃破する。

 

(まったく、単純ですね)

 

 イロハは心の中で静かに、嘲笑う。

 

「隊長!!」

「……はっ!?」

 

 一人の部下からの警告。イロハは危機を察知して、体勢を下へ崩すと同時に、頭上を銃弾が飛び交う。

 

「なっ!?今の、どうやって!?」

「少し、神速の方から特訓させられましたから、ねっ!!」

 

 彼女は自慢するように言い放つと、目の前の敵を蹴り飛ばす。

 

「すかさず追撃を入れて下さい!」

「「「「「了解!!」」」」」

 

 吹き飛ぶロボットと、その背後にいる集団に、すかさず弾丸を撃ち放った。

 

「……周囲に敵は?」

「今のところ、確認はできません。2階へ上がっていいでしょう」

「わかりました」

 

 正直、自分の成長には驚いている。私はこんなにも強くなれるのか、と感傷に耽たかったが、そんな時間はない。

 

 イロハを筆頭に、部隊は2階へと上がる。

 

「……思ったんですけど、なんでここから上までいけないんでしょうか?」

「……さあ?」

 

 構内地図を見た時から抱いた疑問がある。どうして各階層ごとに階段の位置を変えているのだろうか。まるでこのような戦闘を予期して建設させられたようで、不気味にも感じる。

 

 だが、今気にする必要がない。

 

「……敵が見えてきました。対処しましょう」

 

 敵はイロハの都合にも関わらずやってくるものだ。

 

 

 

 

 

 数多の銃撃戦を駆け抜け、イロハ達ついに第一目標であるセキュリティルームの扉の前にたどり着いた。

 

 先頭に立つ彼女は、MP7のマガジンを一本抜き差ししながら、静かに呟いた。

 

「……上出来です。ここまでの戦闘で、消費した弾薬は想定の半分以下。負傷者もゼロ。完璧な進軍ですよ」
「これも、隊長の的確な指示のおかげです!」

「……静かに。まだ作戦中です」

 

 イロハは、人差し指を口に当てて、彼女を窘めた。しかしその声は、驚くほど穏やかだった。

 

「あっ、申し訳ありません」

「…………まあ、いいですよ」

 

 イロハは扉に手をかけ、部下達に合図を送る。

 

 扉を静かにこじ開け、暗い室内へと滑り込んだ。

 

 ひんやりとした空気。無数のサーバーが発する、低い駆動音。そして壁一面に設置されたモニターだけが、青白い光を放ち、部屋の中を不気味に照らし出していた。

 

「…………クリア」

 

 クリアリングを終え、敵の不在を確認する。

 

「二人は入口の警戒を。残りのメンバーは、私と一緒です」

 

 大まかな命令を伝え、部隊は二手に分かれた。

 

「どなたかPC操作が得意な人はいますか?」

「はい、私がやります」

 

 そうして部下の一人がセキュリティを操作し始める。

 

「はい、ハッキングできました。監視カメラの画面を表示します」

 

 無事にハッキングを終え、モニターに監視カメラの画面が映し出され、次々と景色が移り変わる。

 

「……っ!戻って下さい」

「はい…………あっ、見つけました」

 

 部下の一人が叫んだ。その時モニターに写っていたのは、殺風景な部屋に閉じ込められる金髪の子供の映像だった。

 

「……イブキ」

 

 イロハは久々にイブキを拝むことが叶った。彼女は孤独に泣いていたが、外観から傷や体調の異常は確認できなかった。

 

 イロハは一度安堵するも、すぐに首を振り、真剣にその画面と向き合う。

 

「イブキが監禁されている場所は?」

「えーっと、地下一階?地図にそんな事記載されていませんでしたよね?」

 

 先程から不思議な情報が次々と明らかになる。それらの情報をつなぎ合わせてみれば、大抵この会社の闇が暴露されそうな、そういうやつだ。

 

「……しかし面倒ですね。またあの道を辿って、また戦うんですか?」

 

 そういえばと思い返してみたが、三階に辿り着いてから敵の配置が明らかに少なくなっている。これが意味することは、上階に重要要素はないと推察できる。なら、イロハ達がやるべきことは一つだ。

 

「…………一階に戻りましょうか。皆さん、もう一度残弾数の確認を」

 

 それを言い終えたのち、ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 地下一階へと続く階段の特定は、驚くほど速やかに完了した。アコの訓練で叩き込まれた戦術マップ分析能力が、この歪なビルの設計思想──『各階層の階段は、必ず前の階層の対角線上に位置する』という単純な法則性を、瞬時に見抜いたからだ。

 

 しかし、

 

「隊長!MP7のマガジンが…………!」

「隊長!今度は西方面から…………!」

 

 だが、そこからの道が、地獄だった。

 

 通路の角を曲がるたび、待ち伏せしていた敵の十字砲火がイロハ達を襲う。それは、もはや『警備』というレベルではない。侵入者を確実に処理するための、『戦場』そのものだった。戦闘が長引くたび、部下からの報告が殺到する。イロハもまさか、ここまで苦戦するとは思わなかった。

 

 セキュリティルームへ登る道との戦闘の違い────まさしく敵の密度が以前より増したこと。そしてルートがまったく変わっていたこと。

 

 あまりにも粗雑な戦力増長。しかしそれはかなり効果的だった。消耗戦に持ちかけるつもりだ。

 

「一応聞きますが、ハッキングした後、遮断しましたよね?」

「も、もちろんです!」

 

 状況はより混沌を極めていた。今まで予定通りに進んだはずなのに、あれ以来歯車が狂い出してしまった。

 

 一体どうすれば、イロハは脳の回転をフル稼働させる。

 

 その刹那、ビル内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 

『警告、警告。セキュリティシステム作動。全通路に設置されたシャッターの稼働を開始します』

「えっ!?まだ閉まるんですか!?」

 

 イロハは一世一代のピンチに追い込まれた。背筋を走る緊張感。頬をなぞる冷や汗。遠くから響くシャッターの閉鎖音。

 

 シャッターは全て同時に閉まらない。これだけは分かった。しかしだ、時間がもう残されていないことは深く考えなくても理解してしまう。

 

「隊長!隊長!」

 

 小細かに曇り出す意識から這いずり出したのは、部下の声だった。

 

「もう時間が残されていません!物資が惜しいですが…………ここはなりふり構わず突き進みましょう!」

 

 部下の、悲痛なまでの叫び。


 イロハは、一度だけ、きつく目を閉じた。そして、次に目を開いた時には、もう一切の迷いはなかった。

 

「全員、弾を惜しまないで! 目の前の敵をなぎ払い、最短ルートで階段へ突入します!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 時間は物資よりも、何よりも優先される。イロハは時間を惜しみ、物資を捨てる選択をとった。

 

 迫り来るシャッターから逃れるように、イロハ達は敵の群れに飛び込んだ。

 

 開幕、イロハは最後の手榴弾を投擲。見事に敵らはボーリングのピンのように吹き飛ばされる。

 

 切り拓いた道を突き進み、都度現れる敵に向かって銃火器を乱射させる。そのような反復的作業を部隊全員で繰り返し、いつの間にか地下一階へ通づる階段まで辿り着く。

 

 ところが、遂に限界が訪れる。

 

「隊長!弾切れです!」

 

 無情な報告が、イロハの耳に突き刺さる。

 

(……違う。判断は、間違っていなかったはずだ)

 

 奥歯をギリ、と噛み締めた。

 

(ただ、私の予測を……敵の執念が、上回った……それだけだ)

 

 迫り来る敵の足音。そして、背後から迫るシャッターの閉鎖音。

 

 ────万事休す。

 

 その四文字が、ずしりと、私の心にのしかかった。

 

 目の前にあるはずの階段が、遠く、遠くへ遠ざかってしまう。

 

 もう、終わりなのか。イロハは絶望に打ちのめされ、目を閉じた、その時だった。

 

「隊長!まだ終わりじゃありません!これを……!」

 

 切羽詰まった一人の部下の声。イロハが急いで振り返ると、彼女の手元に丸くて冷たい物を差し出される。

 

「……手榴弾?いや、どうして……」

「ここを爆破させて、先へ行って下さい!」

「はぁ!?」

 

 イロハは部下からの予想外の提案に、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

 

「でも、リスクが────」

「早く!!」

 

 イロハの葛藤に対し、部下は「早く」の一点張りだった。

 

 ここで重荷を下ろすことはとても都合がいい。しかし、部下を切り捨てる作戦はかなりリスクが高い。もしイロハが失敗してしまえば、事は流れるように終わってしまう。

 

 だが、現にこうやって部下達がイロハを信じ、託してくれているのだ。なら、イロハは彼女らの意思に応えるのみ────!

 

 階段入り口のシャッターが、警報音と共に閉めかかろうとしている。イロハは敵対生徒やドローンらを押し除け、数十センチの隙間へ滑り込む。そして手榴弾のピンを抜き、後方へ。

 

「────いい夢見てくださいねっ!!」

 

 彼女がその台詞を言い終わるのと同時に、閃光が迸った。

 

 爆破地点とかなり近かったのか、軽やかなイロハの身体は爆風にさらされ、勢いよく階段を転げ落ちてしまう。

 

 勢いは止まる事なく、段々と深く、深く…………。

 

「いっ…………たいですね…………」

 

 体の節々に猛烈な痛みが走る。身体を確認してみれば、ところどころに痣が残ってしまっている。

 

 イロハはゆっくりと立ち上がり、ポンポンと塵をはらう。それが終わると、懐から拳銃とサブマシンガンを取り出す。

 

 残ったマガジンは、5個と2個。

 

「…………危機的状況ですね」

 

 だからといって後悔する心境は微塵もない。改めて覚悟を決め、暗い廊下を突き進んだ。

 

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