カメリル国の執務室は高層ビルの最上階15階にある。バジル執政官はセイル外交官に執務室に来るよう連絡していた。
「何でしょう?おじ様」そう言って執務室に入ってきたセイル外交官は15歳の少女、まだあどけなさが残る。
「ここで、おじ様はよせ、執政官と呼びなさい。」
「はい、バジル執政官、何の用でしょう。」
カメリル国の国政は、執政官を筆頭に15人の正義院議員で運営されている。正義院議会が立法機関で、行政も司法も正義院議員が占めている。15人の正義院議員は世襲制であり、その家に生まれた長男、長女が継ぐことになっている。子供が生まれなくても、養子制度によって正義院議員を出す名家が絶えることはない。特権階級の名家への養子は国民の羨望の的である。
セイルは幼い時に父親を亡くし、母親の兄であるバジルの援助を受けて育った。そして、15歳の誕生日に正義院議員を病弱の母親から引き継いだ。この国では15歳から大人なのである。
この国は人種差別、性差別、ナショナリズムを明確に否定し、全ての国、人種、信条、階級の繁栄を保証する統一された世界秩序を築こうとしている国である。
この国の宗教はサンマル教で、その聖典にはブッダもイエスもムハンマドも等しく神の顕示者であると記載されている。サンマル教の神とは、宇宙万物の創造主で唯一の存在であり、名前はない。偏見の廃止と人間の本質的平等、神がお創りになった人種や多様性は享受すべきと述べている。
「西の方から見慣れぬ航空機がやって来たことを聞いておるか?」とバジル。
「はい、軍部では偵察機ではないかと言っていますが。」とセイル。
セイルは10歳から軍部で訓練を受け、今は陸軍少尉である。名家の子女は必ず10歳で軍隊に入ることになっている。
「報告によると、それは西のガーゴの街から北の方に向かって飛んで行ったという。」とバジル。
「レーダーを当てると慌てて逃げて行ったそうですよ。どうして撃ち落とさなかったのでしょう?」とセイル。
「それは私が逃がすように命じたからだ。軍から連絡があった時、レーダー照射で様子を見るだけにしろと。どんな国か分からないからな。」
「すぐに逃げる国ですよ、たいしたことない。撃ち落とすべきだった。」
「それは違うよ。レーダー照射にすぐ気付いて、ミサイルを想定して逃げているんだ。そこらの蛮国とは違う。高度な軍備があるとみて間違いない。で、命令だが・・・」
「はい。」
「陸軍にガーゴから北方に出兵するように指示した。北から来たんだから北に未知の国がある。軍隊で威圧はするが、戦争をしに行くのではない。全権大使を命じる。対等の国交でよい。その国の様子を見てきて欲しい。」
「はい、バジル執政官。質問があるのですがよろしいでしょうか?」
「いいよ、言いなさい。」
「北方は草原の向こうの地形も分からないのに、偵察機を出さないわけは?」
「ミサイルを察知した国だ。今までの国と違う。対空ミサイルのある可能性が高い。撃ち落とされるとまずい。それに、航空機では交渉ができない。」
「はい、分かりました。」セイルは敬礼をして、執務室から出て行った。
セイルを全権大使に任じたのは、単に身内びいきだけではない。かつてガーゴの街を征服した時、見習いとして外交官について行ったセイルが、少女であったことも幸いして現地の人と交流し、短時間に現地の言葉トウィ語を習得して、 交渉のリードをしたことがある。セイルは多彩な能力を秘めた少女であることをバジルは知っていた。今回も言語が不明な未知の国との交渉、セイルの言語能力に期待していた。
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西方大陸東岸地区の集落では、三木ことミッキーがため息をついていた。ハリーから新築の家と一人では耕しきれない畑を譲り受け、この集落で生活していたのだが、ふさぎ込むことの多い毎日を送っていた。
コリーはハリーから説明を受けミッキーが自分たちの祖先の血を受け継いでいると知ってから、頻繁にいろいろなものをもってミッキーを訪ねた。只者でない男が自分たちの仲間だと知ってうれしかったのだ。
この集落にはイエという概念はない。建物としての家、共に生活する家族という概念はあるが、家柄とかそういったイエという概念はないのだ。だから、名前はあるが、苗字はない。あえて苗字をつけるならば、集落の全員が同じ苗字になる。いや、猫耳熊耳の人たちの他の集落の人たちも同じ苗字となるのだ。
ミッキーの新築の家は畳こそないが、部屋がいくつもある大きな家であった。
「1人なのに、こんな大きな家、どうしろというんですか。」とハリーに抗議したら、
「各部屋に身の回りを世話をする女性たちを住まわせる。気に入った娘がいたら一緒になればいい。」と返された。そして、猫耳の可愛い娘たちが住みついたが、とても一緒になる気にはなれない。ハリーのお見合い作戦の意図がミエミエであったが。
古の民のメッセージから、ミッキーは自分が人工的な人と日本人の混血であると自覚していた。でも、猫耳の人を妻にしようとは思わなかった。
日本人がこの人工的な人たちと出会ってから、10年近くになるのに、結婚したという事例は1件もない。猫耳や熊耳の人たちが日本人との結婚を拒否しているのではなく、日本人が躊躇しているのだ。
しかし、互いに協力して国政を担っているバーキー王国では、多くの混血の子供たちが生まれている。
ミッキーが憂鬱なのは、猫耳の娘たちが住みついていることでもなければ、貨幣もガス電気もない不便な生活でもない。晴耕雨読、何不自由のない安定した老後のような生活が、ミッキーには耐えられなかったのである。
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カーゴの街を出発したカメリル国陸軍の小部隊が広大な草原を進んでいる。戦車5台、自走砲3台、トラック3台、武装警護車1台の小さな部隊だ。
トラックには、1カ月分の食料と燃料、野営のテント、砲弾、弾薬などが積み込まれている。距離も地形も未知、10日ほど北へ進行し、何もなければ引き返す予定である。
武装警護車には指揮官のトロル中尉、補佐のアビル少尉、衛生看護士のマーヤ曹長、そして全権大使のセイル外交官が乗っている。トロル中尉は名家の息子で、正義院議員の父が実績をあげさすために無理やり派遣隊にねじ込んだのである。セイルはトロルの評判がよくないことを知っていた。自分勝手で臆病で卑怯だと。
「右手に集落があるそうですが、どうします?」とアビル少尉。
「もう、日も暮れる、その集落で休もう。」とトロル中尉。
「寄り道をしないで進行、そして野営と聞いています。」とセイル外交官。
トロルは、この小娘が、という顔をしている。しかし、この少女が何者か知っている。
何事もなく無事に連れて帰らなければ、我が身も我が家も危ういことを承知していた。
「ですが、外交官殿、運転している兵は、休むことなく疲れています。アビル、右へ進路を変えるよう指示せよ。」
カメリル国の陸上部隊の北進、部隊は何を見る?