三木たちがセイルの部屋に侵入し。三木がセイルに向けて銃を構えた時、
「殺さないで!セイルは二ホン人です!」
部屋の入口で車椅子のユリネが叫んだ。
隣の部屋でセイルの「二ホンのミキ!」という声や騒動を聞きつけ、看護士に車椅子を押させてやってきたのだ。
驚いたのは三木だけではなかった。母親の意外な言葉にセイルは銃を頭から外して呆然としている。三木が二ホン人であることを知っている隊員2人も困惑している。奇妙な沈黙が辺りを包む。
「セイルは日本人です。」というユリネの言葉に三木は驚いたが、母が子を助ける方便とも考えられたし、にわかには信じられなかった。しかし、車椅子のユリネにセイルと共に導かれて、ユリネの部屋で渡された封筒の中身を見て、衝撃を受けた。
その封筒の中には和紙に毛筆でセイルの父と母の名が記され、セイルの名が聖瑠と漢字で書かれていたのである。セイルもその和紙を眺めたが、日本語を知らないセイルには何の事か分からなかった。しかし、三木の驚愕の表情を見て只事でないと感じ取っていた。
「お母様、どういうことですの?」とセイル。返答に困るような歪んだ表情をしたユリネだったが、覚悟を決めたのか、淡々と語り始めた。
セイルは父ゴメスと母ユリネの子ではなく、カメリル国がガポリ共和国を攻撃した時に、ボントの街で助けたニホン人の赤ん坊であること。その赤ん坊を自分たちの子供として育てたこと、自分は子供ができない体で、神からの授かりものだと思って寄付を続けていること、ゴメスから封筒を預かったが、詳しいことは聞いていなくて分からないことなどを話した。
「バジルおじ様は知っていたの?」とセイル。
「兄には私が話したから知っていたはず、でも私と同じ程度だわ。」とユリネ。
セイルはバジルにロマスク帝国との交渉を報告していた時、二ホンを知っている素振りをしたことを思い出した。
「最近、顔を見ないけど、カイルなら詳しいことを知っているかもしれない。おかしいね。セイルちゃんが帰っていると必ず来てたのに。」とユリネ。
セイルは顔が曇った。カイルが上官殺しで監獄にいることを話していないのだ。
「カイルおじちゃんが、どうして?」とセイル。
「最初にボントから赤ん坊をここへ連れてきたのはカイルなんだよ。」とユリネ。
「・・・・・・」
2人の会話を黙って聞いていた三木は、かつての職業の血が騒ぎ始めるのを感じていた。疑問は徹底的に調べ上げるという職業病が、退職して10年以上経つのに治っていない。
「お嬢様、そのカイルとかに会って聞けばいい。どこにいるんだね、そいつは?」と三木。
「カーレン。」としかセイルは答えられなかった。
「じゃあ、カーレンに戻って聞けばいい。ちょうどいい、トラックで来ているから、夜が明けたら、カーレンまで送るよ。」と、三木。とてもその男が監獄にいるとは想像もできなかった。
三木は、思いつくとすぐに行動に移すタイプであった。準備が整うのを待っていたら人生が終わってしまうとさえ思っていた。
翌朝、2人の隊員にセイルの警護を命じ、メイキ大尉に調査を休止してセイルの警護に当たるよう連絡を指示して、自分はガポリ共和国のボントの街で調査をすることにした。メイキにセイルから離れないようにしてカイルとの会話を聴くように指示することも2人の隊員に念を押していた。
三木がボントの街へ行こうと思ったのは、ボントの街から日本人の赤ちゃんが来たのなら、何らかの事情でボントに日本人がいると考えたからである。
そのことをセイルに話すと、セイルも気になっていたのであろう、了解をした。三木は16・7の多感な年頃であるセイルが了解するとは思っていなかった。年が離れているとはいえ2人のイカつい男と一緒の長い道中になる。それを平然と了解したのである。しかも、ボントまでの車を用意してくれ、街角のレストランの老婆への紹介状まで書いてくれた。
セイルは好きか嫌いか、安全か危険かという感情や基準で行動する少女ではなかった。常に、今なすべきことは何かという判断で動いていたのだ。
日本人の親の名前が書いてある和紙の入った封筒をユリネから譲り受けた三木は、ボントの街に向かった。
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コンガのカメリル陸軍陣地のスマル少尉は、何度も地下都市の偵察を繰り返していた。偵察はいつも夜間、しかも少人数、部下2人を連れての偵察である。
今夜はどうしても確認したいことがあった。亜人が住んでいると思われる家は多いのだが、人のいる奴隷収容所が1カ所というのは少なすぎる。もっといるはずと考えて、思い至ったのは、農園で働く奴隷、農園や果樹園のあった建物の近くに奴隷収容所があるはずということだった。工場のような建物の近くに奴隷収容所があったのだから。
スマルたちは最初の交差点を右に、東に向かって監視カメラを避けながら進む。農園や果樹園の建物がある方向だ。7番目の交差点からその建物が並んでいる。ピンクともパープルとも言える明かりが灯っている建物とそうでない建物が以前と変わっている。さらに進んで、11番目の交差点を越えると、予想通り、南側の壁の近くに、塀に囲まれた建物があった。奴隷収容所と思われる。存在していても見えないことはよくある事、視覚は意識していないと見えないものなのだ。以前、近くを通った時に、気付かなかったのは、東側でのロボットの集団の行動に気を取られていたからだろう。
偵察は短時間で、目的を果たすとすぐに退却、それがスマルの考えである。欲張ると危険な目にあう、スマルたちは退却した。退却の途中、充電器を見たとき、スマルの顔が曇った。壊したはずの充電器が修理されていたのである。充電器が修理されれば破壊の効果が半減する。全て直されれば意味がない。
(困ったことになった。)スマルはそう思った。
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三木はガボリ共和国ボントの街に来ていた。ツール地方のツルゴやツイクで1人も見かけなかったのに、ボントはカメリル軍の兵の姿が目立つ街であった。
(属国だから制圧に兵が必要なのかな。)と三木は勝手に思っていた。
(そんなことよりレストラン)と目的の店を探す。そのレストランは通りの角にあり、大きな店ですぐに見つけることができた。
店に入ると、昼食時でもないのに、かなり客がいた。
「いらっしゃいませ。」店主らしき老婆が冷たくドスの効いた声で言う。見かけぬ客で迷惑とばかり睨んでくる。
「あなたがこの店のご主人か?」と三木が尋ねると、「そうだが、何か用か。押し売りはお断りだ。」とぶっきらぼうに答えた。
三木がセイルの紹介状を老婆に渡すと、紹介状と三木を交互に眺めた老婆は、「どうぞ、こちらへと」中へ招き入れ、階段を上がって行った。
2階の個室に案内された三木は、老婆に「早速だが。」と要件を言おうとしたが、「ちょっと待って。」と部屋から出て行った。しかたなく三木は部屋を見渡す。大きなテーブルに椅子が6、家族用に設定された個室のようである。
しばらくして、老婆がコーヒーをもって入ってきた。そして、それをテーブルに置き、三木に座るように促した。そして、三木の隣に座った老婆は、いい香りのするコーヒーを三木の前に差し出して言った。
「何が聞きたいんだい?」
差し出されたコーヒーを飲みながら、三木が尋ねた。
「この街に二ホン人はいるのかい?」
「二ホン人?何だね、二ホンって。知らねえよ。」
三木は二ホン人を知らないからニホン人がいないとは思わなかった。ユリネが嘘を言ってるとは思えなかったし、何よりもこの封筒の中身が二ホン人がいたことを物語っている。
「ガボリ人でない人はいますか?」
「いるよ、いっぱい。憎たらしいカメリルの兵がね。」
「そうですね。他に異邦人は?」
「どこの国か知らないが、領事館の向こうの草原のテントにいるよ。」
「そうですか、ところで、この近くに宿はありますか?」
「うちに泊まりな、お代はいらない。部屋が空いているから。食事代は貰うけどね。」
三木はボントの街で日本人に会えるのか?