The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ)   作:六位漱石斎正重

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 夫を亡くし心を病んだ女キラをパートナーとしていたヘルヴァ。ヘルヴァは3年もの間キラとともに多くの任務をこなしていたが、そんな彼女にもついに別れの時がやってきた。
 ヘルヴァは万感の思いを抱きながらもキラに別れの言葉をかけようとしたが、キラはそんなことはまるで大したことではない、とでも言うかのようにそっけない別れの言葉をヘルヴァに伝えて彼女のもとを去っていった。ヘルヴァはモヤモヤする気持ちを抱えたまま、宇宙港で一人静かに次の任務の命令を待ち続けるのだが……



【プロローグ】ブレインシップ

 広大な宇宙港に何隻かの巨大な宇宙船が駐機している。その中にその宇宙船はあった。その船は<中央諸世界>のテクノロジーの粋を集めた最新鋭の宇宙船である。その銀白色のほっそりとした船体の下部が、沈みかけたレグルスの二重連星の光の照り返しで赤く染まっている。

 

 この宇宙港は<中央諸世界>の偵察医務局の管理下にあり、その宇宙船の足元には多くの整備員たちが忙しそうに走り回ったり、重機などの操作をしていた。

 整備員たちの目は真剣そのもので、宇宙船に存在する可能性のある異常をわずかでも見逃すまいと、目を皿のようにして宇宙船を安全に運航させるのに必要とする膨大な整備項目をチェックしていた。

 

 一旦静止衛星軌道上に宇宙船が飛び立ってしまえば、そこから先は宇宙船に何が起きようとも彼らに責任が追及されることはない。

 そもそもこの場所に駐機される以前に何重もの整備上のチェックを他で受けているのだ。彼らが整備項目をチェックするまでもなく、何か不都合な事故が起こる可能性はほぼゼロに近かった。

 

 それにもかかわらず、手を抜いている整備員は一人も見受けられなかったのは、無論この宇宙船を無事に静止衛星軌道上まで安全に飛行させたいという、整備員たちのプロ意識もあるのだが、彼らが整備している宇宙船は『通常の宇宙船』ではなかったという理由もある。

 

 その宇宙船は船体の奥深くに『生きている人間』が埋め込まれたサイボーグ船だった。このような宇宙船と触れ合う機会のない一般の人々は、頭脳だけを取り出して宇宙船に接続しているというありがちな誤解から、こういった宇宙船を頭脳船(ブレインシップ)と呼んでいた。

 

 宇宙船の真下にいて端末を忙しそうに作動させている一人の整備員が、あることに気づいて顔を上げて宇宙船を見上げた。

 何かのメロディーが宇宙船から聞こえる。他の何人かの整備員たちも気づいたようだ。最初は気のせいかと思った他の整備員たちも次々と宇宙船を見上げた。勘違いではなかった……確かに()()()()()()()()()

 

 最初に歌に気づいた整備員がイライラしながら宇宙船に向かって大きな声を張り上げた。

 

「XH-834号、まだ整備は終わってないぞ! 歌うのはこちらの仕事が終わってからやってくれっ!」

 

 突然、足下から大きな声を投げかけられたその宇宙船は、驚いて歌うのをやめた。そして、船体の外部に通じるスピーカーで整備員に尋ねた。

 

「ごめんなさい……でもいつまでかかるの?」

「もうちょっとだ、待つのも仕事だよ。おとなしく静かに待っていてくれ……早く終わらせたいならな。間違っても今メインノズルをふかしてくれるなよ? 我々をフライにしたら、宇宙に飛び立つのが何か月も先になるぞ」

 

 わかってるわ、とその宇宙船はそっけなく答えて黙った。宇宙船は自分の『足元』にいて、忙しそうに働いている整備員たちを無表情に見つめながら、まるで女王蜂と働き蜂ね……と思った。

 でも、私は地上に縛り付けられている女王蜂なんかじゃないわ、と鼻を鳴らし不快げにエアダクトを少し排気した。

 

 このブレインシップのコールサインはXH-834。サイボーグの中身は今年19歳になるヘルヴァという若い女だった。

 ファミリーネームはない。彼女の両親からそれぞれサインの入った17枚の書類を<中央諸世界>が受け取った瞬間、彼女はファーストネームだけの存在になった。

 

 彼女の『船体』は<中央諸世界>の所持品だし、将来、彼女の生みの親が彼女の置かれている状態を気に病むことがないようにという<中央諸世界>の()()でもあった。

 

 結局、整備が終わったところで、()()きりで宇宙に飛び立てるわけではない。無論、能力的には彼女はすぐさま宇宙に飛び立つことができる。その前に試験飛行を行う必要があるが……。

 

 本来、そのような『セレモニー』を彼女は必要としなかったはずだ。なぜなら16歳の時に処女航海を終えてからというもの、既に何度も<中央諸世界>の任務をこなしてきた実績が彼女にはあるからだ。だが、彼女の『相棒』がまだ決まっていなかった。

 

 ブレインシップには基本、相棒である偵察員が必ずペアになって乗り込むことになっている。ブレインシップに乗り込む偵察員は彼女のような頭脳のbrain(ブレイン)に対して、筋肉という意味でbrawn(ブローン)と呼ばれることが多かった。

 彼ら二人でひとまとめにされることが常だったので、頭文字をそれぞれとってBB-shipと称されるのだった。

 

 ヘルヴァは数時間前に自分の相棒と別れたばかりだった。相棒の名前はキラ・ファレルノヴァ・ミルスキー。そのキラが別れ際に自分に言った言葉を彼女は思い返していた。

 

「またいつか会いましょう、ヘルヴァ……だからさよならは言わないでおくわ。またね」

 

 実にあっさりした別れだった。キラとは直前の任務で3年間一緒だったのにも関わらずだ。二人はお互い気心が知れた、というのは言い過ぎかもしれないが、信頼できる数少ないパートナーだった。少なくともヘルヴァはそう思っていたのだが……。

 ヘルヴァには今日の日のために考え抜いていた別れのセリフがあったのだが、そのセリフもキラの別れの言葉を聞いた瞬間に念頭からすっかり消し飛んでしまい、次のように言うのが精いっぱいだった。

 

「ええ、あなたも……元気でね」

 

 これで終わりなの? もう少しお互いに気の利いたことが言えてもいいはずなのに……3年間というのはそういう関係が育成できる期間じゃないの? と、ヘルヴァはなんとなくモヤモヤした気持ちを抱きながら宇宙港が夕闇に包まれるのを静かに見つめていた。

 

 ヘルヴァのような頭脳船は独立した意志と行動力を持ち、単独でも任務を実行できる能力があるのは当然のことだが、その能力を十全に発揮するために必要な資格も与えられていた。彼女らよりはるかに()()()乗組員が任務中で死亡するようなことがあったときのためである。

 

 彼女に与えられた宇宙船の船体には高出力の推進エンジンが取り付けられており、人間の五感をはるかにしのぐ高感度の感覚器が設置されている。

 その上、彼女自身の身体は強化耐久チタニウムの殻(シェル)の内部にあり、その殻は破壊困難な電磁バリアで包まれている。さらには正確なピッチ(音程)で唱えられた特殊な開錠鍵(リリースワード)を知らなければ彼女の身体へ続く通路にさえアクセスできない構造になっている。

 

 つまり、彼女に物理的な危害を加えることのできる可能性は限りなくゼロに近く、事実上の『不死』といっても言い過ぎというわけではなかった。こんな状態だから、生身の人間では危険すぎて接近できない場所でも、彼女にとっては自分の家の庭を散策するようなものだ。

 

 では、わざわざ乗組員とペアを組ませる必要性を感じないではないかと多くの人は考えるだろう。だが、少なくとも偵察局が存在するここレグルスの周辺400パーセク以内の星系内にはレグルスをしのぐテクノロジーを持つ惑星は存在しない。

 

 それどころか、いまだに人工物を惑星の静止衛星軌道上に打ち上げることのできない星はいくらでもあった。そういった星では頭脳船どころか、宇宙船自体を目にすることがまれなのだ。そのような星において、()()()()()()()()()()()()という現象はある種の畏怖を惑星の住人に引き起こす。

 その感情が畏怖にとどまっているうちはよいが、それは間もなく恐怖へと変化し、そこから嫌悪という雛が生まれることになる。

 

 多くの星系を束ねる<中央諸世界>は、それらの星々に恐怖感や嫌悪感を抱かれる対象となることを望んではいない。<中央諸世界>は生命体が住むすべての惑星において、あくまでも仰ぎ見られるべき慈悲深い生命の守護者たりうる存在として君臨しなければならないのだった。

 

 人は五感の内の約八割を視覚に頼っているといわれている。相手に安心感を持たせたいのであれば、彼らの想像の範囲内にとどまる姿を彼らに見せなければならない。特に交渉ごとにおいてはなおさらだ。

 

 ブレインシップとブローンには、それぞれの行動の範囲と取りうる選択肢が重なり合わない部分がかなりあり、物理的に及ばない部分をお互いがカバーする。

 たとえ最小のユニットであっても、任務上ではツーマンセル(二人一組)が基本形となるのは、いつの時代も変わらないというわけだ。

 

 ヘルヴァは一つため息をついて、通信回線を開き『中央管制室』を呼び出した。これで4度目になる通信だった。

 

「中央管制室、応答願います……」

 

 だが、何分待っても管制室からの応答はなかった。

 

 管制室は通常ブレインシップの通信回路の接続を優先的に行うことになっている。ましてや今日は彼女に新しいブローンがあてがわれ、新しい任務に就く日である。通信不能ということは起こりえない。きっと、こちらの送信内容だけ聞いていて居留守を使っているに違いない、とヘルヴァは思った。

 

 なぜなら、これ以前の三回の通信はいずれも、『いつ整備は終わるのか』と『ブローンはいつ決まるのか』という内容だったからだ。

 

 管制官もついに居留守を使うようになったわね、と彼女は考えた。新しい門出を迎える日だというのに、()()も私の相手をしてくれない。ヘルヴァはイライラを通り越して無感動に管制室の建物を見つめた。

 

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