The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ) 作:六位漱石斎正重
監督官は、物わかりの悪い子供に言い聞かせるかのように、しかしきっぱりとこう言った。
「私は、頭が悪い人物は嫌いではないが、
そう言って監督官は顔を横に向け、壁に飾られてある偵察医務局のエンブレムに優しげな視線を投げかけた。しばらくしてから、彼は直前の柔和な表情などきれいさっぱりと忘れたかのように、ジェナンたちに冷徹な表情の顔を向けた。
「ここは軍隊ではない、一々隊員がしでかした不始末に対して懲罰は加えない。懲罰として、プッシュアップ(腕立て)やチナップ(懸垂)を加えなければならないほど自制心が欠けている者は、偵察局を去らなければならないからだ。君たちのつけている、その偵察員のバッチを受け取る時に訓練学校の校長は言ったはずだ。それを獲得することよりも、
そう一気に話した後、少しの間を取って監督官はジェナンに視線を移して尋ねた。
「ジェナン」
「はい」
「君は、医学、神経科学、医療情報学の3つの博士号を所持していたな?」
「いえ、ここへ来る直前に医療薬学もとりましたので全部で4つになります」
「そうか、いずれにせよ、医学の世界では最も優秀な人材のうちの一人と言ってもいい」
「ありがとうございます」
「そこでだ……」
ここで監督官は2、3秒ほどの間を取って、優しげな表情でジェナンに語り掛けた。理解の悪い子供に言い聞かせるかのような口調だった。
「もう君は医学の道に戻ってもよいのではないかと私は思うのだが……大学に戻れば、もうくだらないカードのことで同僚と殴り合いのけんかをしなくてもすむというものだ、どうかね?」
監督官のその言葉を聞いて、ジェナンはより一層緊張した。ここで、『はい、おっしゃる通りです』というセリフを吐くには多くのことを知りすぎた。
かけがえのない膨大な時間を訓練に費やしたし、彼には頭脳船のブローンになって医務局の困難な任務を果たしていくという、他の職業では経験できない大きな夢があった。ここが正念場だ。監督官も本心から我々を追放したいとは考えていないはずだ。
だが、彼の自分に対する評価を変えさせるためには、自分が医務局に残る資格があることを彼に証明しなければならない。ジェナンは気持ちを切り替えて監督官に話しかけた。
「いえ私はこの偵察医務局で職務を全うしたいと思っています。それに私の父も偵察員でした」
監督官はジェナンのその話を聞いて、古い記憶を頭から引き出すかのように目を閉じて静かにつぶやいた。
「そうか……確か、惑星パルシーアから戻る途中で亡くなったのだったな、思い出したよ」
「はい、おっしゃるとおりです」
監督官は静かに目を開けた。
「お父上の事は残念だった。彼は自分自身に打つべき最後のワクチンを患者に打った。ワクチンを自分に打たなければ自分が確実に死んでしまうのを十分に理解していたのにもかかわらずだ……」
そう言った監督官の表情は、なんとも表現のできない複雑なものだった。ジェナンの父親の行為は、医務局の偵察員らしからぬ行為には間違いなかったが、自分が実際にその立場に立ってみなければ本当のところはわからないことだった。少なくとも単純な善悪の観点でかたをつける話題ではない。
「残念なことに彼の業績は惑星パルシーアを疫病から救出した、という程度にしか世間には知られていない。しかし、確かに君の父上の行為のおかげで<中央諸世界>は惑星パルシーアを放棄せずに済んだという事実が存在するのだ」
そう言った監督官の表情には、わずかではあるものの、ジェナンの心情をいたわる配慮が見て取れた。
「君の父上に接種されるはずのワクチンは彼の命と引き換えにある少女の命を救った。その少女には特別な能力は備わってはいなかったが、少女の父親はある種の扇動力ともいうべき特殊なタレント(能力)の所持者だった。疫病に侵されて死ぬはずだった娘が生命力にあふれたまばゆい笑顔を彼に向けた時、彼のタレントは開花した。彼は驚異的な情熱をもって、人々の心に直接浸透させる効果的な、ある意味ディラニストに近い扇情的ともいえる弁舌をふるい、パルシーアの人々を奮い立たせた。疫病で人員が欠乏したことにより、ずたずたになった情報通信網を整備し、医療チームを再編成した」
ジェナンは監督官の話に口を挟まず、直立不動の姿勢でずっと耳を傾けている。
「また、その頃パルシーアで開発されたばかりの希少鉱物の採掘権を餌にちらつかせ、狡猾ともいえる手段でスポンサーを集めた。惑星外の優秀な医者を呼び寄せるために、疫病で亡くなった患者の遺体をワクチン研究のためと称し、遺族に無断で献体することさえした。その非情ともいえる手段にはさまざまな異論もあるだろうが、彼の行ったことが惑星パルシーアを救う一端となったことは確かなことなのだ。残念なことに君の父上はそうなったことを知ることが亡くなってしまったが、自分の命を捨ててその原因を作ったのは間違いないことだ」
この話はジェナンにとっては初めて聞く内容で、彼は思わず目を見張った。監督官はジェナンの顔から机の表面に視線を移した。まるで机の表面に何かが書いてあるかのように。
「だが、君の父上の名誉は失われたままだ。君の父上には一つの勲章も与えられず、偵察医務局の任務に殉じて亡くなった偵察員のための共同墓地への埋葬さえ認められなかった。偵察医務局管制室が発令した惑星パルシーアからの撤退命令に反し、その行動がもとで亡くなったからだ。命令違反により、彼の死はKIA(Killed in action 任務中の死亡)とはみなされなかったのだ」
監督官はジェナンやタナー達に自分の表情を読まれるのを避けるかのように、自分の机の表面を見つめ続けていた。ゆうに10秒ほども経過した後、彼は表情を引き締めてジェナンの方に顔を向けて、力強く言った。
「だが……例え彼が一つの勲章も授与されなくても、誰も彼をたたえなくても……私は彼が、いや彼こそが本物の英雄だと思っている」
「恐縮です。父が英雄かどうかはわかりませんが、私にとって今でも父は誇りです」
監督官はジェナンのその言葉を聞いて、ほんのわずかだが満足したようだった。ジェナンに話しかける声の調子が明らかに変化したのがジェナンには分った。
「ところで、ジェナン」
「はい」
「君の経歴には、訓練学校のDS(訓練教官)からのコメントが付与されている」
「どんな内容か、お教えいただければ幸いです」
普段ならこんな質問を監督官に直接ぶつけることはありえなかったが、彼はこれまでの監督官との会話から一つ目の重大な危機を回避したと直感した。それに、彼自身DSが自分にどんな評価を下したのか純粋に興味もあり、緊張感を好奇心が上回ったのだった。
監督官は、ジェナンのその直接的な質問を非礼だと叱責することはしなかった。そもそも彼にその話を聞かせるために話題を振ったのだ。
「本来はDSのコメントは極秘扱いで隊員には伝えないことになっている。だが、このコメントは、君がそのことを自覚していないとしたら、いつか君の命を奪うことになるかもしれん。よって、特別に君に伝えることとする」
ジェナンは監督官が伝える話の内容を一言一句聞き逃さないように、すべての集中力を動員した。
「君は、父親への心理的傾斜の影響が多少見られ、窮地に陥るとしばしば英雄的行為を示そうとする傾向があると書いてある」
それを聞いたジェナンは思った。自分を褒めたたえる内容ではない。そもそもDSに褒められたことなど彼の記憶にある限り存在しなかった。むろん、ほかの全ての隊員たちも同様だった。監督官は話をつづけた。
「いいかねジェナン、偵察局に英雄はいらない。なぜなら英雄とは死者の事だからだ。仮に生きている英雄がいたとしても、彼はすぐに死者の列に並ぶことになる。英雄という名が彼に本来不必要な無理を強いるからだ」
ここで一拍おいて間をとった監督官は、今まで見たこともない厳しい表情を浮かべて、ジェナンに話しかけた。
「偵察局の任務で生き延びたいなら、父親への名誉を回復させるために無理をしないことだ。ましてや、
「はっ、承知しております」
監督官は、ジェナンにとって必要かつ極めて重要な心理的くさびを彼に打ち込んだことで、満足したようだ。表情から厳しさが消え失せていた。ほんのわずかに笑みすら浮かべて、彼は話をつづけた。
「また、こうも書いてある。君は偵察局にとって得がたいほど優秀な人材である、……とな」
「ハッ、光栄です、偵察局の栄光を一層高めることを誓います」
監督官は、そんなジェナンをわずかにうさんくさそうに眺めた。まだ、監督官のジェナンへの信頼は完全には回復してはいないのだった。
「さて、ジェナン」
「はい」
「君も知っているように、偵察員は世間の人たちが想像しているよりはるかに危険な任務についている。当然、偵察員の死亡率は極めて高い」
「承知しております」
「だが、今は人が惑星の表面にへばりついていた時代じゃないんだ、父の職業を子が継がなければならないということはない。それに君の父上は、危険な任務に就いて、君が死んでしまうことを望んではいないと思う」
これが監督官による本日最後の試練だろう、とジェナンは判断した。彼は目に強い意志を宿して力強く監督官に答えた。
「いえ、父は自分が任務で命を失ったことを悔いてはいないはずです。むしろ、息子が偵察局においてサイラン家の名を高らしめることを願っているに違いありません」
ジェナンは完ぺきな受け答えだと思ったが、監督官は今までのジェナンとの会話など一切存在しなかったかのように冷たい声で答えた。
「だったら、くだらんことで同僚となぐり合うのはよせ。父上の名声を貶めるな」
これは、やっとこれで解放されるという、ジェナンの浮ついた気持ちに冷水をかけるのに十分な効果があった。
「はい、申し訳ありません、このようなことが二度と起こらないよう肝に銘じます」
ジェナンは心底すまなそうにそう答えた。
「今君が言ったことが口だけにならないといいがな……」
そう、監督官は答えたが、もうジェナンに興味を失ったかのような口調で次の最後の言葉で、彼らの会話は終了した。
「おって処置を伝える、そこで待ちたまえ」
「ハッ!」
ジェナンは一歩後ろに下がりながら、顔を伏せてわずかに笑みを浮かべた。
次に監督官は、ターナーに視線を向けた。凍るような冷たい表情だった。