The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ)   作:六位漱石斎正重

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 タナーもジェナン同様、今回の騒動を起こした責任を取らされることになった。ジェナンはうまくやったが、俺もうまくやって見せる。そのための材料も持っている。彼は自信をもって自身が医務局に必要な人材であることを主張するのだが……。


【第10話】ロバート・タナー

 監督官に名前を呼ばれたタナーは思った。ジェナンの奴はうまくやったが、俺もこんなことで医務局を去るわけにはいかない。全知全能をもって監督官の信頼を取り戻さなければならない。

 タナーは緊張したが、監督官との会話に好奇心をも覚えていた。自信過剰ではあるものの、これが彼の長所の一つでもあった。

 

「さて、ロバート」

「はいっ」

「君の所持している博士号は、医学、神経科学、臨床薬学の3つでよかったかな?」

「いえ、ジェナンと同様にここに来る直前に感覚矯正学もとりましたので全部で4つになります」

「そうか、君もジェナンに負けず劣らず優秀だな」

「恐れ入ります」

 

 タナーは自分の能力に過剰なほどの自信を持っていたが、ここでは殊勝そうにそう言った。

 

「君の経歴にも訓練学校のDS(訓練教官)からのコメントが付与されているぞ」

「光栄です!参考までにどのようなことが書かれているか、お教えいただければ嬉しく思います」

「君へのコメントは緊急性のあるものではないし、君に伝える義務もないが、ジェナンだけに伝えて、君に伝えないのもフェアではないので、君にも伝えるものとする」

 

 タナーはDSが書きそうなことを想像したが、ほぼ彼の想像した通りのことが伝えられた。

 

「君は……ムードメーカーで積極性があるが、タガが外れやすいと書いてある」

「そうですか……ですが、それは言ってみればチームの親和性を高める一種の才能と言ってもよいと思うのですが……」

 

 タナーは何食わぬ顔でそう言ったが、監督官には異なる見解があるようだった。監督官は、いったいお前は何を言っているんだ? と言わんばかりの表情で皮肉たっぷりにタナーに話しかけた。

 

「そうかね? 私には君のことをほめたたえているようには受け取れないがね」

「私のDSは、最初から私にある種の偏見を持っていたようです」

「ほう、その話はにわかには信じがたいが……そのDSが持っていた偏見とは何かね?」

 

 タナーの話は監督官にとってはナンセンスそのものだったが、監督官はタナーのその言い草に少々興味を抱いたようだった。『せいぜい唄ってみるがいい』といわんばかりの表情で彼はタナーに先を促した。

 

「ジェナンとともに偵察局の募集事務所に赴いた時のことです。私たちの前にある女性が偵察局への志願の手続きを行っていたのですが、その時のDSはあふれんばかりの柔らかい笑顔でその女性の志願手続きを行っていました。後にも先にも、彼の笑顔を見たのはそれっきりでした。その女性の手続きを終えて、DSは彼女を丁重に見送った後、改めて我々の方へ顔を向けました。そこにはもう例のあふれるような笑顔はかけらも見えませんでした。」

 

 一般的に、陸軍、海軍。海兵隊では徴募事務官が書類受付をすることが多いが、彼らの多くは【現場】に出ない制服組で、完全にデスクワーク専門だった。それはまるで新兵達の能力を見定めるのは自分達の仕事ではないと、言わんばかりの仕事ぶりだった。

 

 入隊の書類上の手続きをするためのほんの二言三言の言葉のやり取りだけで志願者の能力を判断することはできないし、それは労力の無駄だ。彼らは志願者を受け入れる入口であって、扉ではない。せっかくやる気になった【お客さん】だし、軍と外部の境界に彼らは存在する。余計な口をさしはさんで彼らのやる気に水を差すのも気分の良いものではなかった。

 

 それに実際問題、彼らは毎年応募に応じる志願者の情報が記載されている大量の書類をなんとか処理するのに手いっぱいで、これ以上余計な仕事を抱えたくないというのが本音でもあった。

 志願者の選別は彼ら以外の者が行う。志願者のうち、身体的に問題があるものは医務官がはじくし、精神的に問題があるものは訓練を通してDSがはじく。そうやって組織はうまく回っているのだ。少なくとも軍では。

 

 一方、偵察医務局ではすでに志願者は能力上の選別(偵察医務局では複数の博士号の所持が最低条件になっている)が行われていて、彼らの偵察員としての選別は最初に徴募事務官と顔を合わせた時からすでに始まっている。

 これはそれなりの鑑定眼を持つ者しかできない仕事であって、その仕事には偵察員を訓練するDSが従事することが多かった。したがって、偵察医務局の徴募事務官は志願者をお客様扱いしない。むしろ、『こいつは俺の同僚として仕事を任せられる資質があるか?』という厳しい目に志願者は入り口の段階でさらされることになる。

 

 <中央緒世界では>軍に限らず人材が常に払底している。使()()()人材はそれ以上に貴重だった。さらに隊員の死亡率がずば抜けて高い偵察局ならより一層深刻な状態だった。

 だが、偵察員であること、それ自体がエリートであることを証明しており、人員が足りないからと言ってその選別されつくした組織に愚鈍な人物を入れるつもりはDSには全くなかった。役立たずに足を引っ張られるくらいだったら、死ぬほど忙しい方がいい。勘違いしたぼうや達にはお帰りいただいて、別の素晴らしい人生を歩んでほしいと、彼は心底思っていた。

 

 タナーはその場面を鮮明に思い出したかのように不快気に話をつづけた。

 

「そしてめんどくさそうにこういったのです……で、お前たちは宇宙船の整備係に志願しに来たのかと……とんでもありません、偵察員を志願しますと私たちは言いました。すると、彼はこういいました」

 

「お前たちは優秀な学者で、容姿もまずまず偵察局の基準を満たしていると思う、その青臭ささえ抜ければな。だが、ここはお前たちが考えているような面白おかしい場所じゃないぞ」

 

 それを聞いたタナーは、面白おかしいことを期待してここに来たのではないんだがな、と心の中でささやいた。

 

 DSはそのまま話を続けた。

 

「どうせお前たちは徴募ポスターの文言を真に受けてここにやってきたのだろう。今年の文言は、『<中央諸世界>のために銀河のあらゆる場所へ旅して任務を達成しよう、勇気のある諸君たちをまっている!』だったかな? そして、お前たちは臆面もなくこう考えてやがるんだ。年間で割り振られた任務をさっさと果たして、バカンスは太陽のさんさんと当たるところでシャンパンでも飲みながら肌を焼く。そのうち、お前たちの容姿につられてやってくる身体だけが魅力の頭の弱い蛾のような女たちがやってきてこう言うのさ。『ねえ、あなたたちのジョイスティックで遊びたいわ』、とね。どうだ、図星だろう」

 

 それを聞いて、監督官は心底おかしそうに言った。

 

「ほう、DSがそんなことを言ったかね」

「ええ、全く持って下品な男です」

 

 タナーがそう応じたのを聞いて、監督官は表情を改めて、きっぱりと次のように言った。

 

「そうか、ならそのDSは意味があってそのようなことを言ったのに間違いない。君が偵察員になる素養がないとDSは見抜いたのだろう」

 

 監督官のその言葉を聞いて、タナーは思わず気色ばんだ。常に自信にあふれ、少々傲慢とさえいえる彼にしては珍しいことだった。

 

「なぜですかっ、私に偵察員の素養があるかどうかはともかく、今のセリフが偵察員のDSにふさわしい物言いだとは私には思えません!」

「黙れっ、ミスタータナー! いいか、この際はっきり言っておくぞ!」

 

 監督官が我々に『ミスター』とつけて呼ぶのは危険な兆候だ、我々はにわかに緊張した。監督官が我々にはっきりと怒りと分かる感情を示すのは初めてだった。そして、燃えるような瞳でタナーをにらみつけて言った。

 

「正直に言うが、温厚な私でさえDSを殺そうと思ったことは一度や二度ではない」

 

 監督官が温厚という言葉を使った瞬間にジェナンとタナーは吹き出しそうになったが、もちろんそんなことはしなかった。かろうじて虎口を逃れたばかりのジェナンの方はなおさらだった。

 

「DSのしごきはすべて計算に基づくものだ。彼らのあざけりや罵りの一言一句の全てがだ! それはすでに君たちの入隊前から開始されているのだ。精神面肉体面を問わず君らをしごくとき、そこに彼らは私情を一切はさまない。そんなことも知らなかったのか? 君たちを鍛え上げたDSも彼らのDSに鍛え上げられた、それを偵察局は連綿と続けているんだ、これこそ伝統というものだ。」

 

 そう一気に言葉を吐き出した後、監督官は表情を幾分改めて真剣な様子でタナーに語りかけた。

 

「君たちの訓練にいったいどれだけの費用が掛かっているのかわかっているのか? もし、DSが赤ん坊に接するように君たちをあまやかしたらどうなる? 君たちが任務下で置かれた厳しい状況に耐えきれず安易な道を選択し、その結果偵察局の威信と名誉を傷つけることにもなりかねないんだぞ」

 

 事実だった。<中央諸世界>ではシェルパーソンを育成するのに恐ろしいほどの予算をかけているが、偵察員の育成にも莫大な予算が消費されている。ましてや偵察員訓練計画に参加できる者はえりすぐりの人間だけだ。途中でドロップアップしたり、任務中に死んでしまったりしてはたまったものではない。

 

「君たちが勝手に死ぬのは私の知ったことではない。だが、その結果は君たちへ投資した血税が水の泡と消えることを意味するんだ。私は偵察局のDSが鍛えた偵察員しか信用もしないし、この寮にも迎えない。なぜなら、彼らのしごきに耐えられなかったものは<中央諸世界>の偵察員足りえないからだ。DSが送り出した偵察員、それは彼らが太鼓判を押したえりすぐりの隊員であることを保証するものなのだ」

 

 そう言って、監督官は今まで見たこともない真剣な表情でタナーを見つめた。これで分からないヤツはここにはいらない、と言わんばかりの真剣さだった。

 

 監督官のその真剣なまなざしにタナーは降伏した。

 

「前言は撤回します、もうしわけありません」

「まあ、訓練生の不平不満を一身に受けるのもDSの職務の内だ。だが、彼らは職務でそれを行っていることを忘れるな」

「はい、肝に銘じます」

 

 タナーのその言葉を聞いて、監督官は表情を和らげた。タナーにとって第一の危機が去った瞬間だった。そして、軽く笑みを浮かべてタナーに言った。

 

「よろしい……ところで、ロバート」

「はい」

「先ほどの君の調書にDSからのコメントがかかれていた件だが……彼はこうも書いておる」

 

 こういって、監督官はしばらくの間を取った。

 

「君は調子に乗りやすい傾向があるが、いくつかの些細な欠点をすべて帳消しにして余りあるほど優秀だとな。つまりDSが君に太鼓判を押したということだ」

「はい、ありがとうございます」

「礼なら君のDSに言うんだな、それに私の君への信頼はまだ回復をしていないのを忘れないように。さて、長くなったな、話を元に戻そう」

 

 そう言って、監督官は心底不思議そうな表情を浮かべて、タナーに尋ねた。

 

「君の父上は偵察員ではなかったはずだ」

「はい、ただの絵描きで、【中央諸世界】の年金と、自分の描いた絵のわずかな展覧料でのんびり暮らしています」

「ふむ、つまり君は偵察局にこだわる理由は特にないわけだな?」

 

 その監督官の言葉を聞いてタナーは緊張した。第2の試練がやってきたと思ったからだ。ここをうまく超えれば心配事が一つ減る。タナーは表情を引き締めて自分が偵察局員の資格があることを力説し始めた。

 

「いいえ、私はこの広大な宇宙をまたにかけた任務をぜひ実行したいと思っています惑星の地表に張り付いて仕事をするのは私の性に合いません」

 

 その言葉を聞いて、監督官は即座にタナーに問いかけた。

 

「君は医務局偵察員という仕事を大きく誤解しているようだ。偵察局の仕事は華のある仕事とは言い難い、むしろ、日の当たることのない仕事と言ってもいい。偵察員はどこかの諜報員のように派手に街中でドンパチやらかしたり、車両を暴走させたりすることはしない。また、とある軍の特殊部隊員のように大型銃器を街中でぶっ放したりもしないだろう。ただでさえ、容姿が他人の目を引く諸君達だ。地味で目立たず灰色の隊員になるように訓練学校で教育されなかったか? 派手好きな君には向かないと思うが、どうかね?」

 

 監督官はタナーを簡単に逃がすつもりはなかった。タナーの言葉の矛盾や脆弱さをついて彼の理論武装を崩すつもりだった。タナーだけでなく、監督官にとってもここは正念場だった。だが、タナーにはこの危機を乗り越えるための切り札があった。

 

「私は、ジェナンのように家名を高めたいという欲求はありません。父は今でこそ不自由なく生活していますが、私の子供のころの生活は貧しいものでした。私の家は貧乏でしたので、自費で大学に行くことはできませんでした。私は<中央諸世界>の経済的な援助のもと、学問をおさめることができたのです。無論、血のにじむような努力と才能があったからだと自負いたしております。成長して偵察員となった今こそ、私は<中央諸世界>に恩返しがしたいと思う次第であります」

「ほう、殊勝な心がけだな」

 

 監督官はタナーのその演説に全く何の感銘も受けなかったかのようにそう答えた。タナーは監督官が、自分の予想したリアクションと大きく異なる態度だったのを見て少々がっかりしたが、そんな様子をかけらも見せずタナーは答えた。

 

「ハッ、恐れ入ります」

 

 監督官はしばらく黙っていたが、改めてタナーの目をまっすぐ見たが、その眼にはうさんくさそうなセールスマンを見るかのような成分が含まれたいた。そして感情のこもらない声で次のように告げた。

 

「企業のウブな面接官なら泣いてその場で合格させるほどの見事な「プレゼン」だったよ、ロバート」

 

 その言葉にタナーは驚かされたが、視線を伏せて監督官の次の言葉に備えた。

 

「くだらん喧嘩で寮の家具を破壊したのを聞いたら、君に奨学金を出した我が<中央諸世界>の高官も涙を流して君の行為をほめたたえるだろうな……」

 

 グゥの音もでないとはこのことだ。タナーは言葉を失って黙り込んだ。ジェナンはうまくやったが俺はここで終わりなのか、と自問した。だが、監督官はタナーの想像するような言葉を吐かなかった。

 

「もし本気で<中央諸世界>に恩義を感じているなら行為でそれを示せ、偵察局の施設の破壊行為を行うな」

「ハッ、申し訳ありません、二度とこのような不祥事を起こさないことをここに誓います」

 

 監督官の言葉を聞いてタナーは、懸命に力強く返答した。声には心底反省を感じさせる調子がこもっていた。

 

「口だけでなく、普段の行為でそれを証明したまえ」

 

 そうタナーに告げて監督官はしばらく考え込んだ。ジェナンとタナーは自分の意志ではどうにもできない不安な時間を過ごした。しばらくたってから監督官は二人の偵察員の中心に視線を固定して、言った。

 

「では、君たちの処置を伝える、ただしこれは懲戒ではない。【ここ】では隊員に懲戒は加えない、先ほど君たちに伝えたとおりだ」

 

 監督官はここで一拍間を取った。嫌な間だ、と二人の若い偵察員たちは思った。

 

「処置とは……つまり退職か無罪放免のどちらか、ということだ」

 

 ジェナンとタナーは緊張で身を固くした。二人は最初の女の子と付き合うときに告白した時以上に緊張した。監督官は厳しく詰問するような強い口調で言葉を吐き出した。

 

「ジェナン・サイラン、ロバート・タナー」

「ハッ!」

 

 監督官は二人に交互に視線を向けた後、感情のこもらない言葉で今回の騒動の処置を告げた。

 

「今回に限り、諸君たちの行為を不問に付すものとする…」

 

 ジェナンとタナーは目に見える形でほっとしたが、次の監督官の言葉に再び凍り付いたかのように直立不動の姿勢を取った。

 

「ただし!」

 

 二人は緊張で身を固くし、監督官の次の言葉を待った。

 

「諸君たちの行為によって生じせしめたこの寮の設備への損壊に対する経済的債務を履行せよ。その債務は君たち二人で等分に負担するものとする。処分に異議がある場合は、5日以内に所定の書式で提出してその意思を示すことができる」

 

 そう言って、監督官はタナーとジェナンを交互に見た。表情は柔和だったが目は笑っていなかった。これは単にお前たちの権利を告げただけだといわんばかりの口調だった。

 ジェナンとタナーはもはやこの部屋を無事に退散することしか考えておらず、二人は即座に次のように応じた。

 

「もちろん、異議などありません」

「滅相もないことです」

「よろしい、では後日、今回の行為によって生じた経済的債務の内容を諸君らに提示する、下がってよろしい」

「ハッ!」

「ハッ!」

 

 そう言って敬礼した二人に、一瞬何か言いたそうな表情を監督官はしたが、追い払うような身振りをした。

 

 二人は失礼しますといって退出し、監督官執務室をでて廊下を歩き出した。まず、タナーが口を開く。

 

「もう、何が原因かというのはやめよう。監督官の言われる通り、俺たちはお互いに拳をぶつけるためにここにいるわけじゃない。それぞれの夢のためにここにいるんだ。だろう、ジェナン?」

「そうだな、とんでもない難易度のセレクション(選抜試験)をくぐりぬき、せっかく厳しい訓練を終えてここに来たばかりなんだ。こんなつまらないことで、ここを追い出されて大学に戻ったら、大学の同僚達に顔向けできないからな」

 

 それを聞いて、タナーはもっともだ、と軽くうなずいて再びジェナンに尋ねた。

 

「さて、このあと、どうするジェナン?」

「そうだな、部屋の戻ってひと眠りかな」

「そうか、俺は散歩でもしてくるよ、晩飯までには戻る」

「ああ」

 

 そう言って、二人肩を並べて廊下を歩き続けた。二人はなんとか、ここ追いだされずに済んだことに心底安堵していた。

 

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