The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ) 作:六位漱石斎正重
だが、彼女は彼を自分のパートナーとするべき決定的な理由を見いだせず、パートナーをタナーとすることを一時保留した。ヘルヴァは彼の提案に従いパートナー選びと歓迎会を兼ねたパーティーにその他のシングルの偵察員達を誘うのだが……。
タナーは楽しげに船内をゆっくりと吟味するように船内通路を歩いて中央制御柱室へ向かっていた。ヘルヴァはその姿を船内カメラで捉えており、乗組員が様々なデータを分析する中央制御柱室にタナーが入ってくるのをじっと見つめた。
この中央制御柱室の西側の側面には床から天井に及ぶ巨大な真っ黒の円柱があり、その半身が部屋側に露出している。この柱は頭脳船の主であるシェルパーソンが格納されているシェルを守る一番外側の入口になっている。
円柱自体は真っ黒で船室からヘルヴァの姿を見ることはできなかったが、ヘルヴァからは船内の様子が手に取るようにはっきり捉えることができる。
もっとも仮に、この柱が透明であってもやはり船室からヘルヴァの姿は見えないであろう。なぜなら、円柱の内側には強力な電磁バリアが張り巡らされており、更に内側に硬チタニウム製の金属シェルが設置されていて、その内部にヘルヴァの生身の体があるからだ。
タナーは訓練学校で頭脳船に十分な敬意を払うように教育を受けていたし、シェルパーソンがどういった姿でどこに安置されているかを知識として知っていた。だが、自分の目で実際に確認できない存在と対話をするのは難しい作業だ。
古来ユダヤ教やイスラム教では偶像崇拝を禁止しており、それゆえに人間の存在を超えるものとして神に対する畏敬の念を人々の心に呼び起こしてきた。だが、それと同時に神と人との距離を絶望的に広げ、常なる努力なくしてはその存在を確かめるのが困難になる。故にこういう宗教には厳しい戒律が有ることが多い。
一方、キリスト教ではもともとは偶像崇拝を禁止していたはずだが、いつのまにか人々が想像するような【作られた神(これは絶大な権力を握った教会の影響が大きい)】の姿を心に呼び起こすようになった。
これによって【神】と人との距離を近づけることには成功したが、神は俗物化して彼らの真の姿を見失うことにもなった。
姿は見えなくても心は一つといえば聞こえはいいが、そのためには相手を思う十分な愛情や敬愛が必要不可欠となる。そしてそれは偵察員とシェルパーソンの間でも全く変わらない。
タナーはその晩、最大の失点をした。といっても、ヘルヴァの気分を害する事を彼がやったわけではない。一言で言うと、ヘルヴァの心に彼自身を決定的に印象づける事ができなかったということだ。
船内の制御柱室に入ってきた彼は、物珍しそうにあれこれ見回しながらも、ヘルヴァのシェルにつながる通路の入口になる制御柱に特別な関心を払うことなく部屋を横断し、部屋の前部に設置してあるコントロールパネルの前の椅子に着座した。それを見たヘルヴァは一瞬、せつなそうな表情をしたが特に何も言わず彼が話しだすのを待った。
ヘルヴァがタナーの行為を残念に思ったのは、タナーにとっては酷なような気もする。偵察員にとって【シェルパーソンの身体】とは宇宙船全体のことであり、彼女と会話する者がどこにいようと彼の声や姿を感覚器に捉えることができる。
これは、彼らが船内にいる限り彼らのプライベートは守られないということでもある。だが、シェルパーソンはブローンとの対等な人間関係を形成するにあたって、当然、非常時以外にはブローンのプライベート領域には関知しないし、【感知】しようともしない。
でも彼女はそういった関係に少々不満を持っていた。不公平だと思うのだ。なぜなら、彼女はいつも【彼らの顔を見て会話する】のに対し、彼らから返ってくるのは言葉だけだからだ。
ごくたまにそういった状況を熟知している人間が乗り込んでくることも有る。シェルパーソンの身体を診断することを専門とする医師と、シェル周りを整備調整するメカニックたちだ。
彼らは私を見て会話してくれる。それも当然で、医師の視野範囲は生体部分のシェルパーソンだし、メカニックにはなんでもかんでも擬人化する【ロマンチスト】が多いからだ。
彼らと会話するのはヘルヴァにとってはとても楽しみであった。医師には投与する薬剤の量を増やされて肉体的な痛みを感じさせられることがたまに有る。また、メカニックたちには調整のためにシェルに接続されている配線を一時的に外し、感覚を遮断される恐怖を感じさせられることが有る。それでもそれをさっぴいても、彼らとの会話は心が弾むのだ。
だが、それ以外の人間にそこまで求めることはできない。人によっては彼女がどこに安置されているかすら知らない者も決して少なくないのが現実だからだ。
保守的な面ではむしろこれは望ましいはずだったが、ヘルヴァにとっては、それはモヤモヤする事実なのだ。そして、彼女が一番期待していた初めて船内に迎え入れた偵察員が、制御柱に特別な関心を払わなかったのを少し残念に思ったのだった。それでもせっかく訪ねてきてくれた偵察員を不快にさせないようにすぐに気持ちを切り替えた。
タナーは椅子の上で肘掛けに腕をいっぱいに広げてもたれかせ、形式張った口調で次のように告げた。
「ところで、もし<中央>をびっくりさせるのと、僕たちに親切をほどこすのを一度にやってのけたいなら……宿舎に連絡したまえ。そして、船の景気づけ兼パートナー選びのパーティーを開こうじゃないか、どうだい?」
自分がやってほしいくせに、まるで最初からそれがヘルヴァの希望だったかのような、タナーのその妙な言い草にヘルヴァは思わずくすくす笑った。そして迷うことなく即座に中央司令部にコンタクトを取った。
「中央指令部、こちらはXH-834号、パイロット宿舎につないでちょうだい」
「映像で、か?」中央司令部は即座に応答した。ヘルヴァは「たのむわ」と短く返答した。
寮への回線は遅滞なく接続され、40枚ほどにも及ぶ監視パネルがヘルヴァの視界デバイス内に生成し、寮内の様子が写しだされた。彼女はウキウキした逸る気持ちを抑えながら、各部屋の偵察員たちに語りかけた。
「こちらはXH-834号、勤務についてない【シングルの】偵察員の方は、私のところに来ていただけないかしら?」
頭脳船からの連絡を聞いて寮内は騒然とし始めた。ついにデートのお誘いだ。ぼんやりしていると他の男どもに出し抜かれちまう。
あわただしく靴を履いて部屋を出ようとする偵察員がいる。連絡を聞いてすぐに立ち上がったために食べかけのパンが乗った皿をひっくりかえしてしまった者もいる。湯船に浸かっていて連絡を受けた者は、体に泡をまとわりつかせたまま慌てて下着を履こうとしていた。
そして、ある者は偵察員に支給された正式な制服をハンガーから取り出そうとしていた。それをヘルヴァは視界の隅に捉えて次のように言った。
「ああ、正装でなくてもいいわ、ラフな格好で来てちょうだい」
船内の乗組員用のモニターごしにそういった彼らの様子を見ていたタナーは、クックッと含み笑いを漏らした。
まったくどいつもこいつもガツガツしやがって。初めて女の子とデートするぼうや達みたいだぜ。タナーは乗船するまで抱いていた不安などまるでなかったかのように余裕たっぷりの表情でモニターの前の椅子にふんぞり返っていた。
そしてこう思った。一番最初に俺の姿をヘルヴァに印象づけたのは大きい。これからの彼女が行う【セレクション(選抜試験)】では、このアドバンテージをせいぜい最大限に利用させてもらうさ。他のどの男どもよりも俺が一番だってことを彼女に理解……いや、再確認してもらうのに努めるとしよう。彼は獲物を狩るような獰猛な笑みを浮かべた。