The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ) 作:六位漱石斎正重
タナーを含め8人の男たちがたっぷりした料理とアルコールを楽しみ、会話に花を咲かせていた。男たちはいずれも驚くべき美貌の持ち主で、みな礼儀をわきまえ洗練された社交技術を身に着けていた。
一般的な男性が見たら舌打ちしそうな光景でしかなかったが、いわゆる『華がある』光景なのは否定できない事実だった。
無論、ホストクラブではない。ここは今期ロールアウトしたばかりの新造頭脳船XH-834号の中央制御柱室で、15人ほどの大人が快適に過ごせる空間を持っていた。
ヘルヴァは偵察員たちを迎えるにあたって、同時に10機の半自立型のドローン(作業デバイス)を巧妙に制御して彼らを迎える準備をしていた。
彼女の生身の部分の頭脳は単なる人間の脳に過ぎなかったが、そこに複雑な過程を通して有機的に接続されている様々な高機能のデバイスは、人間の頭脳が扱う事のできるデータの量を遥かに上回る大量のデータを高速に処理することができた。
もちろん、このデバイスは一朝一夕で使えるようなものではなく、気の遠くなるような筆舌に尽くしがたい長期間の厳しい訓練を通じて初めて使えるようになる代物だった。
ヘルヴァ達のようなシェルパーソンは、生来発達不全の肉体に外科的・生化学的・機械的な処理を行うことによって、肉体の大きさを人工的に小さい状態に維持されている。
体の大きさだけでなく、脳の大きさも一般的な人間に比べて小さい。だが、当然ながら人間の知能は脳の大きさでは決まらない。
例えば水生哺乳類のイルカの仲間はヒトの脳の大きさとそれほど変わらないにもかかわらず、彼らの知能はせいぜいヒトの6歳程度のレベルでしかない。体の表面は流線型で複雑な外部構造を持たないからだ。
事故で肉体の一部を失った人が、体の全く別の部位に感覚を感じるようになったり、感覚が鋭くなって、他の能力が際立つことがある。これは脳の使われなくなった、つまり感覚器から信号が途絶えた領域に、その周辺の脳細胞が支配領域を広げる有名な例だ。
シェルパーソンが自身の肉体の感覚器から受ける信号の量は、欠損のない一般的な人間に比べて大幅に少ない。さらには彼らにとって不要な信号を、生化学的な薬物とともに心理学的に構築された【条件付け】によって著しく低下させることに<中央諸世界>は成功していた。
その状態で様々な人工的感覚デバイスを脳に接続すると、【体の構造】が変化することによって、一気に脳の機能は増大する。その結果、健常者が処理しなければならないはずの信号に煩わされることなく、接続されたデバイスの操作だけに集中することが可能となるのだ。
一般的な表現をするなら、ちょうど長い棒を持って道を歩く状態を思い浮かべると良いかもしれない。彼の持っている棒は彼の肉体でも何でもないが、あたかもそれが自分の肉体の一部であるかのように彼は棒に気を配りながら歩くことができる。まさに人の脳の可塑性を感じさせる事例ではないか。
ドローンがいくつかの高密度耐衝撃性プラスチックテーブルや椅子などを成形し始めたときに2人の偵察員が制御柱室に入ってきた。恐らく彼らは部屋の天井に彼女の意識があると考えたのだろう。彼らは天井に顔を向けて紳士らしく丁寧にヘルヴァに挨拶した。
そして、壁際に立ってドローンが料理や飲物を運ぶのを眺めていた。ヘルヴァはドローンを制御しつつ乗船許可を与え、人物認証を行い彼らとの会話も同時に行った。その後続けて他の偵察員たちが乗船してきて、制御柱室はにわかに活気づいた。
タナーも素晴らしいハンサムガイだと思ったけど、他のみんなもすごくハンサムね、と彼女は思った。美醜に差があるならそこに目が行くものだが、彼らは皆ハンサムだったがゆえに、かえって彼女の心は冷静だった。
もちろん、個性の違いはあったが、それはこれからの会話ではっきりしてくるのだろうと、彼女は考えた。いずれにせよ、今の所タナーを含めて8人全員がイーブンの状態だった。彼女の制御柱に意識を払う者は誰一人としていなかったからだ。
和やかな親和的時間が過ぎていった。会話はもちろんヘルヴァを中心に行われていたが、水面下では原始的とも言える男達の戦いが行われていた。彼らはヘルヴァに気に入られるためにはどんなことでもやるつもりだった。
無論、彼らはティーンの『ぼうや達』ではなくいっぱしの大人だったので、勝つために非人道的なアンフェァなことをするつもりはなかった。心情的にはそのつもりであっても……。
興が乗ってきたのか、歌を歌い始めるものもいた。これがまた、平均的な男性から聞けば嫌味なほど誰も彼も歌がうまかった。声質は生来のものがあるにしても、自分の能力を少しでも伸ばせる余地があったならば、彼らは努力を怠らなかったからだ。
なぜ歌を? と思うかもしれないが、別に歌に限った話ではない。ここは選びぬかれたエリート集団だ。偵察員を志願する前は集団の中で飛び抜けた存在であっても、訓練学校に入ればごく普通にいる【ありきたりな男】に過ぎない。
今までに住んでいた世界では労せずして頂点に立てた。ところがここに来たらまわりはみんな美男子。おまけにどいつもこいつも秀才揃いときてる。ここでは死ぬほど努力しても髪の毛一本ほどのリードでしかない。かくして彼らの能力は飛躍的に上昇していき、【今日の俺】は【今日のアイツ】に勝ったと、自分を納得させるしかないのだった。
努力を欠かすものはこの集団に恐るべき速度で置き去りにされ、間もなく退校していくのだった。去っていった者達は、中間層あるいは底辺層の集団の中で頂点を極めるだろう。そして緩やかに
だが、ここにいる偵察員たちはそんな人生を送るくらいなら死んだほうがマシだと、みな考えていた。
いつの間にか、タナーを中心に3人の男たちがテーブルを離れ、部屋の中央で若者らしいポップなダンスをしながら歌を歌っていた。みな美しい男たちだったが、その中でもタナーの姿は際立って見えた。野性味のある男の姿というべきか、ヘルヴァにはよくわからなかったが……。
ただ、はっきりといえるのはタナーの声は素敵だということだ。心に響く優しげなカヴァリエ・バリトン(主役を担うような輝きのある声をだすパート)、プロの声楽家でもこれほどの声量と雰囲気が出せるかどうか……。その彼が歌を中断して急に怒り出した。
「待て、ちょっと待て! なんだよ、全然音程が合ってないじゃないか! われわれに必要なのは、声量のあるきれいなリードテノールだ」
そして、タナーはテーブルの奥で、ウィスキーを片手に静かに目を閉じているある男を指さして、いまいましげにこう言った。
「お前はエースを手のひらに隠してイカサマをするほかに、歌も得意なんじゃないのか? ジェナン」
「辛辣だな」ジェナンと呼ばれた男は軽く笑みを浮かべてそうつぶやいた。
ジェナンと呼ばれた男の言葉を聞いて、あら、この人も素敵な声ね、とヘルヴァは思った。彼女はその瞬間まで、ジェナンに特別な注意をひかれていなかったが、【歌が得意】というタナーの言葉に興味をそそられた。
そこで彼女はジェナンを改めてよく観察してみた。きれいな顔ね……ハンサムだわ。明るめの青い髪が白い肌によく映える。目も暗めの淡いブルーで彼の魅力をさらに引き立てているわ。
街を歩いたら彼の知らないうちに女の子達がぞろぞろと後ろを付いてきそうね。でも、中身はどうなの? ここにはお顔のキレイな