The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ)   作:六位漱石斎正重

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 ヘルヴァによるブローン選抜のためのパーティ-は終了した。未練もなく去っていくタナーの後ろ姿を見て彼女は複雑な思いを抱く。一方、取り残されたジェナンはジェナンで、なぜ自分をおいて皆帰ってしまったのか見当がつかず途方に暮れるのだが……。


【第16話】タナーとの別れ

 極めて穏やかな時間が過ぎていった。もともとメンバーがメンバーなので大声を出すような粗野な人間は居なかったし、アルコールの影響で理性を消失するような程度の低い者も存在しなかったこともある。

 その後、ジェナンはソファに戻って若者らしく料理にかぶりついたり、アルコールをのどに流し込んだ後、再び制御柱の前に戻ってきてヘルヴァとの会話を楽しんだ。

 そしてタナーを含めた他の偵察員たちも、今更ながら制御柱の前に入れ代わり立ち代わりやってきては彼女と話をしたが、ヘルヴァの視線はジェナンから片時も離れなかった。そしてついに今夜の歓迎会が終了する時がやってきた。

 

 タナーは偵察員の一人に促され、一つ大きなため息を付いてソファから立ち上がって言った。

 

「それじゃ、ヘルヴァ、君に会えて最高に楽しかったよ」

 

 そのため息は、彼がしぶしぶとはいえ自身が認めた【敗北宣言】だった。そしてジェナンの方に顔を向けてニヤッと笑い、こう言った。

 

「いずれ宇宙で会おうぜ、ジェナン」

 

 そして直前の笑顔などまるでなかったかのように、皮肉めいた口調で「お前は運のいい奴だよ」と吐き捨てるように言うのだった。

 

 ヘルヴァはそんなタナーの様子を見て、他の隊員たちをそっちのけにしていたことを知って慌てた。シェルパーソンの頭脳はどんなときでも並列処理ができるように、最適化されたソフトウェアで調整されたデバイスを組み込んでいた。

 

 テーブルに置かれた料理やアルコール飲料が少なくなってきたときには、偵察員達と会話しつつ複数のドローンを操り料理や飲物をテーブルに補充し、空調を整え快適な空間を維持した。それは普通の旅客船にも決して引けを取らないスチュワードだった。

 だが、彼女の能力で余力のある部分は全てジェナンに向けられていて、全ての偵察員たちに対して平等なもてなし方だったとは言い難かった。

 事実、タナーに声をかけられるまで彼らがパーティーをお開きにして寮に帰ろうとしている様子を察知できなかったのだから。

 

 ヘルヴァはそんな自分のいたらなさに顔を赤らめたが、そんなことを知る由も無いタナーは優しげにヘルヴァに話かけた。

 

「パーティーを開いてくれてありがとう、ヘルヴァ」そして制御柱に背中を向けて、部屋の外の通路につながるドアに向けてタナーたちは歩き始めた。

 

 それを見て、ヘルヴァは一層慌てた。彼女はタナーに声をかけようとしたが、かけるべき言葉を失ってしまった。ねえ、タナー、あなたも素敵だったわ。2番めだったけど……、とでも言うつもり? 何を言っても彼を傷つけることになるわ。

 そして、有効な対応策が見つからず子供のようにすねた様子で「こんなに早く帰らなくてもいいんでしょう?」と言った。それが今の彼女がタナーにかけられる精一杯の言葉だった。

 

 タナーはそれを聞いて立ち止まり、肩越しに制御柱を見るように振り返って言った。

 

「一番の男が勝つのさ、いつの時代もな」

 

 そして軽くウィンクするのだった。それはヘルヴァが見た中で最も魅力的なウィンクだった。彼は再び背中を向け、天を仰いでこう言った。

 

「恋の歌の入ったテープをどこかで手に入れたほうがよさそうだ。次の船のために必要になるかも知れないからね」

 

 そして、うつむいて自分に言い聞かせるかのようにこうつぶやくのだった。

 

「君みたいに歌に詳しい船が他にいたら……の話だけどな」

 

 そう言って、部屋を仲間たちとともに去っていくタナーの後ろ姿をヘルヴァは黙って見送った。そのたくましい彼の背中がやけに小さく見えた。

 

 船内通路を通ってエアロックに向かうタナーの姿を、ヘルヴァは船内カメラを通して見つめていた。そして心の中でタナーに語りかけた。

 

 タナー、私、あなたに初めて会ったとき、とってもドキドキしたのよ? もしかすると、この人が私のブローンになるんじゃないかって……あなたはとてもハンサムでユーモアがあって、ジェナンと比べても全く引けを取らなかった。

 

 そこまで語りかけてヘルヴァはジェナンの方に視線を向けた。ジェナンはまるで叱られた子供のように所在なさげに、制御柱の前に立ち尽くしていた。視線を再びタナーの方に向けたヘルヴァは再び心の中でタナーに話しかけた。

 

 でも……あなたは、【私の方を】一度も振り向いてくれなかった。【私に振り向いて】くれたのは、ジェナンだけ。だから、私はあなたではなく、ジェナンを選んだの。

 そして切なげな表情で、ヘルヴァは遠ざかるタナーの後ろ姿を見つめた。もし、ジェナンが私に振り向く前にあなたがそうしてくれていたら、私……きっと……。

 

 そこまでヘルヴァは心の中で語りかけた後、静かに目を閉じた。ごめんなさい、タナー。さよなら……。

 

 唐突な状況に変化についていけず、落ち着きなくそわそわしていたジェナンは、バツの悪い様子で視線をさまよわせていたが、制御柱を横目に見て「タナーは結論を急ぎすぎたんじゃないのかな」と独り言のようにつぶやいた。

 そして、テーブルの方へ歩いていって、手に持ったウィスキーのグラスをテーブルの上にそっと置いた。かなり前に新しく入れ直したそのウィスキーのグラスは全く口をつけられていなかった。

 

 ジェナンはソファの一つを制御柱の方へ向けたあと、どすんと腰を落とし両手を肘掛けの上にあずけて天井に顔を向けた。まぶたは何かを考え込むかのように固く閉じられていた。

 実際のところ、ジェナンには他の隊員たちが唐突に帰ってしまった理由がわからなかった。確かにここへ来てからタナーを除いて最もヘルヴァと会話したのは自分かもしれない。だが、彼女は俺を選んだとは一言も言っていない。それなのに……。

 

 ソファに身体を投げ出して天井に顔を向けたジェナンをヘルヴァは見つめた。薄く暗めの青い瞳も魅力的だけど、こうやって厳しい表情で目をつむっている顔も素敵ね。まるで、ギリシャ神話に出てくるアドニス(没薬の木から生まれた美少年)みたい。

 ……と、いうことは、私はペルセポネ(冥界の女王、後にアドニスを巡ってアフロディテと争いになる)になるのかしら? 私はそんなに嫉妬深くはないと思うけど……。

 

 そういえば確か神話ではアドニスは若くしてこの世を去るのよね……と。あらぬことを考えてヘルヴァは激しく妄想を打ち消した。

 何を考えているの、全く縁起でもない。まだチームを組んでさえいないのに。とにかく、私は彼の外面ではなく内面からあふれる優しさに惹かれたのだわ。それだけは自信を持って言える。

 

 ヘルヴァの思考を中断するかのように、突然ジェナンが立ち上がって顔を制御柱に向けたが、なにか眩しいものを見るかのようにヘルヴァから視線をそらした。そして、言いにくいことを言うかのような口調でこういった。

 

「とにかく、一晩ゆっくり寝て考えることだ、ヘルヴァ」

 

 そう言って部屋の出入り口に向かってゆっくりと歩きだした。

 

 ジェナンはそのまま部屋を縦断して歩いていき、出入り口の前で立ち止まって制御柱を振り返ったが、やはり視線をヘルヴァに合わせなかった。

 

「朝になったら呼んでくれ。もしも、君が僕を選んだなら……」そう言い残して、ジェナンは部屋を出ていった。

 

 唐突に部屋を出ていくジェナンにあっけにとられ、彼にかける言葉も思い浮かばず、ヘルヴァはジェナンを見送った。

 

 何? 一体何なの? 今夜は僕の夢を見てくれとか、もう少し何か気の利いたことが言えないの? と彼女は思った。まさか、ここまで来てやっぱりパートナーを辞めるっていうんじゃ……ヘルヴァは急に不安になって、中央管制室を緊急回線で呼び出した。

 

 管制室の係官は、本来1年の間にほとんど点灯したのを見たことがないシグナルが点灯しているのに気づいて、慌てて回線をつないだ。

 

「どうした、XH、何があった?」

「これから言う偵察員のデータファイルを転送して頂戴」

 

 管理官はヘルヴァの要求が非常事態でも何でもないことに少し腹を立てた。そしてヘルヴァを非難してこういった。

 

「なんだ、異常事態発生じゃないのか? なぜ、このシグナルを送った? 規約違反だぞ」

 

 管理官の思ったより強い口調にヘルヴァは少々ひるんで自分の行為を素直に詫びながら言った。

 

「ごめんなさい。でも、あなた達たまに出ないことがあるじゃない」

 

 管理官はヘルヴァのその言いぐさに呆れもしたが、相手の頭脳船がまだ少女に過ぎないのを思い出して、口調を和らげた。だが、規約を必ず守るように告げるのを彼は忘れなかった。

 

「今後二度と異常事態以外にこの緊急シグナルを使うな、わかったな? で、誰の情報がほしいんだ?」

「医務局偵察員ジェナン・サイラン……」

「ああ、そうか、お前のロールアウト記念とブローン選びのパーティに偵察員連中を呼んだって話を聞いたな。なるほど、先程まで()()()()だったというわけだ」

 

 管理官のその下卑たいやらしい言い方にヘルヴァは、カッとなった。

 

「うるさいわねっ、急いでいるのよ! 早く送って頂戴」

「おお、怖い、怖い。まあ、すぐに送るさ、ちょっと待ってろ」そう言って管制官は通信を切った。

 

 ヘルヴァとジェナンは、なんとなく居心地の悪い思いでそれぞれの夜を過ごすことになった。このような不安な思いを抱いたのは二人ともはじめてのことだった。

 

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