The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ) 作:六位漱石斎正重
伍長は思った。歩哨ほど退屈な仕事はないと……彼とペアを組んでいる二等兵はなおさらそのように考えているだろうことは疑いなかった。
軍隊に入って5年、今だかつて歩哨に立って『事件』が起きたことはないし、自分が知っている限りの範囲において何かがあった歴史は存在しなかった。
彼らは起きるはずのない突発的な事件に備えてこの任務に就かされていた。相方の二等兵はいかにも退屈そうに大あくびをしたが、伍長の視線に気づいてあわてて口を押えた。
伍長は二等兵を叱責しなかった。事実、彼自身が死ぬほど退屈を覚えていたからだ。だが、彼と同様に歩哨任務に就いている二等兵の前で気を抜いたしぐさを見せることはできない。
そのようなことをすれば下士官という身分にも関わらず、既にピカピカに磨かれている便器をこれ以上に磨きようがないほどに、自分が兵卒だった時と同じように磨かされる羽目になる。彼が二等兵の行動を見ているように、誰かが彼の行動を常に見ているのだ。
軍隊では【仕事】が尽きることはあり得ない。仕事は必要に応じて作られるものだからだ。
伍長は歩哨に立ってから何度目かの武器のチェックを行った。軍隊では何でもそうだが、チェック&テスト、チェック&テストだ。安全装置を解除し、弾丸をチェンバー(薬室)に送り込んで装填し、引き金を引けば弾丸は間違いなく飛び出す、彼にはそれはわかっていた。
だが、何かの拍子で自分の持っている自動小銃から弾丸が出なかった場合、それはすべて彼自身の責任に帰せられる。銃は単なる道具にすぎず、道具を使うのは彼自身の責任においてなされるからである。
彼は改めて自分の小銃のチェックを行った。問題ない、チェンバーは空になっているし、可動部分はすべてちゃんと動く。
5.7×28mm小口径高速弾の運動エネルギーでは射手に不安感が残るものの、これ以上の重量の弾丸を使用するにはレグルスの重力は大きすぎる。だから弾丸に工夫が施されており、マンストップパワーに不足がないようになっている。
さらには、1分間に弾を1000発打ち出す能力があれば大抵の事には対処できるはずだったが、彼はこの武器が嫌いだった。いつも使用しているクリプトン励起型重水素レーザー銃を持っていないことが不安だった。第一、この高重力のレグルスで火薬式の自動小銃を使う必要性を彼は大きく疑っていた。
上官は歩哨の任務は基地に生じた危険を周りに知らせることであると説明した。それにしては大した音が出るわけでもないし、火薬の焼ける匂いが特別に強いわけでもない。大きな音がするスピーカーでも小銃に取り付けたほうが、よっぽど気が利いていると彼は思った。
この銃が役に立ちそうな事といえば、取り回しのしやすさと、一般人に不用意な威圧を与えない小型なフォルム、それに射撃時に排出される周囲にばらまかれる薬莢……これは例え自分が勤務時に命を失っても任務をきちんと果たしたことを意味するのだろうか……。
「チッ!」
縁起でもない! 彼は自分で想像した架空の光景に思わず腹を立て舌打ちをした。
基地の一歩外は普通の一般道と歩道に面している。大型のレーザー銃などを装備して歩哨につけば、基地内に侵入しようとする者の考えを変えることができるが、それと同時にSPRIM(知的少数派の権利を守る会)のような招かざる団体が、大型の銃で我々を威圧するのかと大声でわめきたてる状況をも引き起こしかねない。
先日この団体の一員が基地のゲート前でシェルピープル(一般にブレインシップの船体に埋め込まれている人間をこう呼ぶ)の権利を守れと、唾を飛ばしながら口汚く彼らをののしったことを思い出し、彼は不愉快になった。
上官は、一般人に敵意を抱かせてはならぬとは言ったが、お前たちの任務は「脅威」を基地内に侵入させないことである、とはいわなかった。つまり、彼は我々のことなど少しも気に留めていないということになる。
伍長は心の中で悪態をつきながら、今日何度目かになるであろう小銃のチェックを行った。そして、ふと顔を上げると一人の少年が宙港管制の建物の壁に沿って歩いているのに彼は気付いた。
一人の少年がぶらぶらと歩いていた。少年は周りをきょろきょろ眺めながら、建物の壁に沿って歩いていた。
髪は黄色がかったショート、淡緑色気味の明るい瞳、年のころは恐らく十歳前後だろう。背中に彼の身体にあった大きさのリュックを背負っており、肩ひもに小さなかわいらしい動物のぬいぐるみをぶら下げていて、それが彼の上半身の揺れに合わせてゆらゆらと揺れている。
この年頃の子どもにはよくあることだが、自分を見つめている兵士の視線に少年は気づいた。兵士は鼻から顎にかけてマスクで覆われており、目元しか見えなかったが、確かに自分を見ていると彼は思った。
彼は微笑み、その兵士に向かって手を軽く振った。常に愛想よくすることで少しでも自分にとって有利な状態を大人から引き出すことができることを、彼は経験上学んでいた。
一方、兵士のほうは自分に対して少年から何がしかのアクションがあることを想定していなかったらしく、困惑気味に視線をわずかに少年から外したが、再び少年に視線を向けた。少年は、兵士の自分を見る視線が少し和らいだのを敏感に感じ取った。
兵士は件(くだん)の伍長だったが、少年が建物を迂回して宇宙船の駐機エリアの方向へ向かうのを見ると表情に険しさが加わった。とはいえ、このゲートから離れることはできない。
彼は上官に報告すべきかどうかわずかの時間悩んだが、何もせず少年の後姿を見送った。この先にはゲートはないが、どうせ向こうにも多くの歩哨が定点監視している。その少年が宇宙船の駐機エリアに許可なく侵入できるはずがないと、彼は判断した。
結局、今日の彼に起こったイベントはそれっきりで、交代の下士官が来るまでの数時間を自動小銃のチェックと幹線道路に視線を向けることを交互に行うという、生産性の欠片もない作業ですごすことになった。
少年は建物の角を曲がったところで宇宙船の巨大な船影を間近に見ることになり、思わず歓喜の声を上げた。
「わぁ……」
夕闇に包まれた宇宙船の下部が路面からの投光器の強い光に照らされて、銀白色にまぶしく輝いていた。周りには大きなコンテナが雑然と置かれている。そこで多くの作業員が忙しく働くとともに、大型の重機が鈍い重低音を響かせて稼働している。
少年の目的は最初から決まっていた。ブレインシップを間近に見る。そしてできることならブレインシップに乗ってみることが叶えば、彼は今夜安らかな満足感とともにベッドに入ることができるだろう。だが、無粋という名の影が少年の目的を妨害しようとしていた。