The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ)   作:六位漱石斎正重

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 宇宙船を間近に見て、はやる気持ちに押しだされるように走り出す少年を、一人の歩哨が呼び止める。その少年はとてもトラブルを起こすような子供には見えなかったが、相手がだれであれ宇宙船の駐機エリアに近づけさせないのが、歩哨である彼の仕事だった。彼は少年の心をなるべく傷つけずに、おだやかにこのエリアへの接近を断念させようとするのだが……


【第2話】子供ならたいていのことは許される

 建物の影から現れた少年の姿に歩哨はすぐに気が付き、ゆっくりと少年の元に歩み寄った。少年はより近くで宇宙船を見ようと宇宙船のほうへ歩みを進めたが、ふいに現れた兵士の大きな身体に行く手を遮られ不安な表情を浮かべて、兵士を見上げた。

 

 兵士はこのエリアに接近する者の意思をくじくためにこれ見よがしに自動小銃のリロードを行う手筈になっていたが、相手が年端もいかない少年ということもあり、いたずらに恐怖感を与えるという選択肢を選ばず、優しげな声でその少年に向かって声をかけた。

 

「ぼうや、ここには入れないよ? 迷ったのかな?」

 

 少年はここまで来て、宇宙船を間近に見ることを邪魔されたのに腹を立てたが、短気が常に損を招き寄せる結果しか生まないことを苦い経験とともに学んでいたので、身体をすくませて憐みを込めた目で兵士に答えた。

 

「宇宙船を見たいんだけど……ダメ?」

 

 少年の悲し気な視線にその兵士は少々たじろいだものの、関係者以外の立ち入りを禁じるのが彼の任務だったので、彼はきっぱりと少年にその意思を伝えた。

 

「どうしても見たいなら、保護者の方に連れてきてもらいなさい」

 

 だが、少年も目的をあきらめる気はなかった。せいいっぱい上目遣いの視線で兵士の心の動揺を誘ってこういった。

 

「でも、お父さんは忙しいから一人で見てきなさいって……」

 

 兵士は大声を出して少年を威圧する気は毛頭なかったので、穏便に少年の意思をくじくセリフを懸命に考えた。

 

「うーん、見せてあげたいけど、危ないよ、ここは……」

 

 重機の作動する大きな音を背景に、少年と兵士はしばしお互いを見つめていたが、それはほんのわずかな時間に過ぎなかった。

 いきなり少年の背後を巨大な車両が通過し、唐突に車両のタイヤがきしむ大きな音が聞こえた。彼はびっくりして飛び上がった。

 

「ひゃっ!」

 

 基地所属の車両だろうか、8tトラックの巨大な車両が少年の右後方10mのところに停止している。歩哨の兵士と少年の耳に、トラックの操縦席から発せられたドライバーの悪態が聞こえてきた。

 

「くそっ!また止まりやがった」

 

 少年を説得していた歩哨の兵士は、新たな厄介ごとを抱えて腹を立てた。車両が止まったのがドライバーのせいであれ、整備士のせいであれ、そんなことは彼の知ったことではなかったが、なんであれ自分の視界を遮るものは断じて排除せねばならなかった。

 この新たな【障害物】のせいで何かがあった場合、その責任は彼に帰することになることを彼は十分承知していたからだ。

 新兵のころ、散々自分と関係ないこの手の原因で苦い思いをした記憶が心に決して消えることのないしみとなっており、彼はその苦い記憶を思い出した。

 

 何度か任務がうまくいかなかった原因について、自分に責任がないことを上官に丁寧に説明を試みたこともある。だが、すべては無駄に終わった。

 上官がまともに自分の報告を聞いてくれたことはほとんどなかった。無論、中にはこちらの言い分に耳を傾けてくれる(あるいは、ふりをする)上官がいなくもなかったが、最後の結論は全員同じだった。そう、すべての上官の結論が、だ……。

 

 『結局、お前は任務を果たせなかった。例えそれがお前に原因がなかったとしてもだ』

 

 軍隊というのはリアリズムの権化のような場所だ。少年っぽい甘い空想は入隊後3日もたたないうちに砕かれる。

 最高のパフォーマンスで任務を遂行できたことなど一度としてなかった。体調が悪い。チームを組んでいる相手が悪かった。突然、携帯武器がうまく作動しなかった。【理由】はいろいろあるが、上官にとってはそれはすべて兵士の言い訳として扱われる、当然だ。なぜならその任務に就いていたのは【その兵士】だったからだ。

 

 そもそも上官たちは兵士たちに最高のパフォーマンスで任務に就くことを期待していない。無論、最高のパフォーマンスを維持するように常に強制的な圧力を加えられるのだが……とにかく肝心なのは、いつも()()()()()()()()()()()()()()?という一点に尽きる。

 体調が悪い? じゃあ、その状態でどうやって任務を遂行する? チームの相手が悪い? では、どうすればお前は彼の不足分を補えるのか? 万事がこの調子だ。

 

 彼はこのような生産性のない【言い訳】をした回数を3回までは数えていたが、それ以降このようなことになった回数を数えるのはやめた。無意味だとつくづく身に染みたからだ。

 これらの痛い経験から、彼はより厄介なことをかぎ分ける嗅覚を発達させ、任務の達成度を高めるように事前に手を打つ習慣を身につけた。

 

 彼はふと、思い出したように少年に一瞥を投げかけたが、少年は停止した巨大なトラックに不安げな視線を向けているだけだった。

 歩哨である彼の任務はアイデンティテイーの不明な人間を駐機エリアに入れないことだったが、彼は少年の心をくじくよりも道路をふさいでいる巨大な車両をなんとかする方がより厄介だと考えたようだった。

 

 少年は歩哨の兵士が自分に視線を向けているのを感じたが、こういう時に自分も相手を見つめて何かいい思いをした経験は彼にはなかったので、漠然とトラックを見つめ続けるのだった。

 

 兵士は少年に、もう戻りなさいと優しく声をかけ、トラックに顔を向けた。彼は少年に向かって投げかけていた優しい言葉と柔和な表情などまるで無かったかのように、ぷりぷり怒りながら大声で怒鳴りつつ、トラックの方へ歩き出した。

 

「おい、そんなところに止まるな!先に進めっ!」

 

 少年は、兵士とドライバーの口論を黙って見つめていた。そして、この()()がそう簡単に解決しそうもないことを肌で感じ、その場から駐機エリアに向けてゆっくりと後ずさりし始めた。

 

 目立つ行為が注意を引くことをもちろん彼は知っていたが、突如心に湧きあがった宇宙船に接近できるチャンスが慎重さに打ち勝った。兵士たちからある程度の距離を離したのを確認すると、少年は踵を返して宇宙船に向けて走って行った。

 

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