The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ)   作:六位漱石斎正重

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 停止したトラックに歩哨が気を取られているうちに、少年はなんとかして宇宙船に乗り込もうとしていた。夕暮れ時とはいえ、宇宙港は広大な上、彼の思った以上に人の行き来が激しかった。彼はどうにかして、ある一隻の宇宙船のもとにたどり着くのだが……


【第3話】僕はぼうやなんかじゃないぞっ!

 雑然と置かれた巨大なコンテナの間を縫って少年は一隻の宇宙船のもとにたどり着いた。彼にはこの宇宙船がブレインシップかどうか全く判断がつかなかったが、周囲をうろつく作業員や監視している歩哨を視界の隅にとらえて、これ以上うろつくのは危険と悟って思い切って頭上の宇宙船に静かに声をかけた。

 

「誰か……いますか?」

 

 少年は、もしこの呼びかけに返事がなかったら、素直に管制室の建物に戻ろうと決心していた。この宇宙港は広すぎるし、再び自分が見つからずに他の宇宙船にたどり着けるとは思えない。

 問題なのは帰りのことだが……それほど心配することはない、行きはまあうまくいった。帰りもちょっと迷ってしまった、とか言えばなんとかなるだろう、そういう打算もあった。

 ところが、彼の意に反して、まもなく彼の頭上の宇宙船から慎重に声量を絞った返事が彼に投げかけられた。

 

「あらあら、かわいい男の子ね、ぼうや一人?」

 

 美しい透明感のあるソプラノで優しくヘルヴァは応えたが、その言葉を聞いて少年はカッとなって大声を上げた。

 

「僕は()()()なんかじゃないぞっ!」

 

 特にこのくらいの年齢の少年には、異性に対してわずかながらでも何らかの優位を得たいと思うものだ。この年代の子供の多くは女子の方が早熟で、体の大きさや反射神経、頭脳の回転などにおいて、男子は後塵を拝しやすい。数年もたてば、あせらなくても多くの肉体的な面で男は女を凌駕するのだが、この年代の少年にはそれを理解するのは難しいことだった。

 

 今まで性差を気にせず友人付き合いをしていたのに、ある日突然居丈高になり優位に立とうと、心ない言葉を投げかけられて心が傷つけられる少女が現れるのも、ある種の風物詩といってもいいのかもしれない。いわゆるギャングエイジのありがちな一場面だ。

 

 さきほどは屈強な男性の兵士の前では猫の子のようにおとなしかった少年も、自分が話している相手の宇宙船が女だとわかったとたん、心理的な優位を占めるべく(恐らくは)本能的に叫んだのだろう。

 

 思わぬ反応にわずかに驚いて、ヘルヴァは少年に非礼をわびた。

 

「あら、それはごめんなさい」

 

 だが、少年は宇宙船とケンカをしに来たのではないことを思い出し、声のトーンを落としておずおずと宇宙船に尋ねた。

 

「あなたは、その……頭脳船?」

「そうよ、私はXH-834号よ。あなたは?」

「僕はアレキサンダー」

 

 ヘルヴァは今まで多くのソフトパーソン(ヘルヴァのようなシェルパーソンに対して、肉体的に致命的な欠陥のない人間を一般的にこう呼ぶ)と大なり小なり接触があったが、これほど年齢の低い人間と話したり付き合うのは久しぶりだった。

 

 そしてブローン(乗組員)が対シェルパーソン心理学を履修しているのと同様、ヘルヴァも児童心理学、青年心理学をはじめとする多くの対人心理学を修めていた。

 

 彼女には特に少年の機嫌を取る理由は存在しなかったのだが、いつまでもブローン候補は現れず、管制室からの連絡も途絶え、話し相手もおらず、正直退屈しきっていたのは事実だった。

 彼女は最初に少年が激した理由と、そのあと彼が声を潜めた理由を正確に洞察し、まず、少年の気分を良くする戦術を採用した。

 

「そう、なかなか素敵な名前ね」

「ありがとー、XH-834号、えへへ」

「うふふ」

「ねえ、XH-834号、その……僕、ちょっとだけ船に乗せてもらうって……だめかな?」

 

 ヘルヴァはその言葉を聞いてわずかに気を引き締めた。

 

 彼女の身体は強化耐久チタニウムの殻(シェル)の内部にあり、事実上船外から物理的な打撃を受ける可能性は皆無だったが、いったん船内に侵入されると、彼女の【無敵】の確率がほんのわずかに減少する可能性があった。

 相手は年端のいかない少年だし、考え過ぎだとヘルヴァは思ったが、彼女の心の奥底をきつく縛りつける【条件付け】が彼女に緊張を強いた。

 

 ヘルヴァのような頭脳船には特にハイジャックのあらゆる手段が叩き込まれており、彼女らが想像もつかない手段で、いとも簡単にハイジャックが成立することを訓練でいやというほど経験させられていた。

 実際に訓練で迂闊にも腹に高性能爆薬を抱えた少女(爆薬はフェイクで少女はエキストラ)を船内に招き入れ、ハイジャックが成立した瞬間、【要塞はからめ手から】という格言を身にしみこませるべく、船体への五感のアクセスを切断され死ぬほど心細い思いをさせられるシェルパーソンもいた。

 

 それらの苦い経験は即座に頭脳船の間で並列化され、実際にはそのようなヘマをしでかさなかったシェルパーソンでさえ、二度とそんなマネはさせないという強い意志が条件付けの一部に組み込まれるのだった。

 

 船内にアイデンティティの不明な人間を入れないことがヘルヴァのワイルドカード(切り札)で、相手が誰であれ彼女はそれを手放すつもりは毛頭なかった。彼女は少年のリクエストには直接答えず、少し考えた後、話題逸らしも兼ねて少年に話しかけた。

 

「ご両親はどうしたの?」

「管制室にしばらく用があるから一人で宇宙港を見て回ってきなさいって」

「お父さんは偵察員なんだー」

「そうだったの……」

 

 ヘルヴァは少しの間考え込んだが、あることに気づいて少年にそのことを訪ねてみた。

 

「でも、ここには一般の人は立ち入れないはずよ? よくここまで止められずに来れたわね」

「うん、僕って運がいいんだー」少年は笑顔でそう無邪気に話した。

 

 少年のこれらの言葉は、この船に乗り込むための虚言だろうか。また、運がいいとは、文字通りの意味だろうかとヘルヴァはかすかに訝ったが、少年の次の言葉を聞いて、結局この少年は奸智とは無縁だと判断した。

 

「僕のアレキサンダーっていう名前は、もともと【王様】って意味なんだって。だから、みんな通してくれるんだよー」

「あらあら、そんなこと言っちゃって、こっそりきちゃったのね?」

 

 ヘルヴァは少年のその言い草にあきれると同時に、この少年に対してかすかに興味がわいてくるのを感じた。

 

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