The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ)   作:六位漱石斎正重

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 ついに頭脳船と出会った少年は、自身をアレックスと名乗った。アレックスはヘルヴァとのたわいのない会話を皮切りに、どうにかして乗船許可を得るために、ヘルヴァを必死に口説き落とそうとするのだが……


【第4話】未来と出会った船

 ヘルヴァは自身の宇宙船の船底のはるか下に立っている少年を興味深げに見つめたが、乗船許可は出さずそのまま黙ってしまった。

 自分に乗船できる者はアイデンティティの確かな人間のみで、例え相手がどんなに無害で無邪気な少年だろうと、乗船許可を出すつもりは毛頭なかった。

 

 そもそも<中央諸世界>の偵察医務局は秘密機関でもなんでもなく、頭脳船の乗船体験は年間のスケジュールの決まった期間に実施され、メディアや一般人の公開要求には十分応えている。

 ヘルヴァには個人的な権限で必要に応じて、アイデンティティの不明な人間に乗船許可を出すことを許されてはいたが、彼女の心は、常に彼女の心の奥底にある【条件付け】によって、少なからぬ影響を受けていた。

 

 そんな彼女の気持ちを知る由もない少年は、無邪気な笑顔で頭脳船を見上げていたが、ふと不安そうな表情になり上目遣いの視線で頭脳船に話しかけた。

 

「でね、少しだけ船に乗せてもらうのって……やっぱりだめだよね?」

「!」

 

 ヘルヴァは乗船とは無関係の話題で、少年の関心をあれこれと振り回したつもりだったが、結局、彼の乗船の話題に話が戻ってきてしまった。

 

 だめだ、この子は他人の説得で乗船をあきらめる子じゃないと、ヘルヴァは思った。説得が無理なら、個人的な権限できっぱりと彼のリクエストを拒否する必要があったが、この時どういうわけか彼女は判断に迷った。最近では珍しいことだった。

 

 シェルパーソン(宇宙船に接続されているシェルパーソンは特に)は、いついかなる時でも、あらゆるコンディションの状態で、素早い判断ができるように訓練されていた。その判断が例え間違った判断であったとしてもだ。

 

 高速で飛行する宇宙船が、判断に迷えば大事故を引き起こす可能性が高く、その判断がベストでなかったとしても、判断をしないことによって引き起こされる被害をはるかに軽減できるケースが多いからだ。それは統計学的にも有意な値が現れていた。

 

 彼女らはサイボーグであるとはいえ、生身の人間であることには変わらない。判断を誤ったり迷ったりすることはソフトパーソンと同様だ。<中央諸世界>の管理官は、各シェルパーソンにはベストを要求するが、結果、彼女らの行為がベターの領域にある間は、めったに口をさしはさむことはなかった。

 

 ヘルヴァは一つ小さなため息をついて、管制室のリアルタイムデータベースにアクセスし、行方不明者のリストにアレクサンダーという少年の名前がないかを素早く検索した。

 また、同時に彼の父親の身元を照会し、確かに現役の偵察員であることを確認した後、ためらいがちに少年に言った。

 

「いいわよ、少しなら、どうぞ」

「やったー!」

 

 少年は小さな体に喜びをいっぱい詰め込んで、うれしそうにはしゃいだあと、駆け上がるように頭脳船の入り口への昇降階段を登って行った。

 

 階段を上る少年を見つめながら、ヘルヴァは声のトーンを意識的に下げて静かに話しかけた。

 

「でも、私に乗り込むのなら一つだけルールを守ってもらうわよ」

 

 少年はヘルヴァの声のトーンが下がったのを聞いて、ほんの少し緊張して身構えたが、まさかここまで来て降りろとは言わないだろう。意を決して視線をまっすぐに昇降口へと向けて彼女に尋ねた。

 

「いいよ、何、XH-834号?」

「そのXH-834号という呼び方はやめること……」

 

 そう静かに伝えた後、今度は打って変って優しげな響きがヘルヴァの声に加わった。

 

「ヘルヴァでいいわ」

 

 少年は自分が受け入れられたことにホッとしたと同時に、自分も親愛の情を示すべきだと考えて、ヘルヴァに話しかけた。

 

「うん、わかったよXH……あ、違った、ヘルヴァ」

「じゃあ、僕のこともアレキサンダーじゃなくて、アレックスでいいよ? もう僕たちは友達だもの」

「そうね」

 

 ヘルヴァはそれを聞いて、心底おかしそうにクスクス笑った。

 

 間もなく、中央カラム制御室に入ってきたアレックスにヘルヴァは優しげな視線を向けたが、それと同時に彼女の心の奥底から、人工的に生成された警戒の感情がにじみ出てきた。

 

 【条件付け】は、<中央諸世界>が完成させた高度な心理工学の粋が結晶化してできたもので、それは人工的に形成された感情が、あたかも自分の心の中から湧き出てきたかのように錯覚させるほど完成されたものだった。心に油断がある時が一番危ういのだ。それは人類史を通して、常に正しい数少ない真理のうちの一つだった。

 

「XH-834号にようこそ、アレックス」

「ありがとー、ぼく頭脳船に乗るのって初めてなんだー」

「そうだったの」

「でもなんか、普通の宇宙船だね」

「脳みそが部屋の中央に置いてあると思った?」

「んーん、そんなことは考えなかったけど、なんかケーブルとかがいっぱいついてるのかなーって」

「そうね、ケーブルはいっぱいついているのよ? あなたの見えないところにね。でも、部屋の中にいっぱいそういうのが置いてあったら、みんながつまずいちゃうでしょ?」

「そっかー、それもそうだねー」

 

 ここまで話したあと、ふと何かを探すようにアレックスは視線をあちこちに向けた。

 

「でも、それじゃあ、ヘルヴァはどこにいるの?」

「あなたの目の前の黒い柱の奥深くにいるわ。でもあなたがどこで話しかけても私の感覚にあなたの姿と声が入るようになっているから、船内のどこでも私と会話することができてよ?」

「そっか……でも、つらくない? そんな柱に閉じ込められて……」

 

 アレックスの言葉はヘルヴァにとっては、今日もっとも驚かされたものだった。彼女は、どう返せばいいか一瞬言葉を失ってしまうのだった。

 

 アレックスは、急に押し黙ってしまったヘルヴァに怪訝な表情を浮かべ、彼女の反応を確認しようと声をかけた。

 

「ヘルヴァ?」

「ご、ごめんなさいね。そんなことを私に言った人は初めてだったから……ちょっと驚いただけ。優しいのね、アレックス……」

 

 そう言って、自分がアレックスの姿にジェナンの姿を重ねているのにヘルヴァは気付いた。思えば、ジェナンは常に自分に『視線』を向けてくれる、彼女にとっては数少ないパートナーだった。

 

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