The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ) 作:六位漱石斎正重
一般的に、シェルパーソンに対するソフトパーソンの反応は、大きく分けると2つのパターンがあった。
1つはシェルパーソンを、船というボディを持ったある種の人格とみなして、それなりの対応をする者。これは、シェルパーソンに対するある種の敬意の表れなのだが、ヘルヴァにとっては満足のいく対応ではなかった。
この対応はどちらかというと、知能の極端に高いペットに対する対応、あるいは、知性のある異星人(<中央諸世界>の構成員はヒューマノイドだけではなく、そもそもヒューマノイドから見て四肢さえ判別不能な生命体すらいる)に対する対応、だったからだ。
もう一つはシェルパーソンをあくまで宇宙船の付属物とみなす者である。こちらは完全にシェルパーソンを『物』として扱っている。
まあ、それは行き過ぎとしても、高度なAIに対する対応に近いもので、せいぜい便利な家電製品くらいの認識でしかなかった。
こちらの判断をする者の多くは、きわめて傲慢で、その多くが身分不相応な過度な社会的地位を求めたり、自身の能力以上に金銭を持ちたがる人間だった。いつの時代もマウンティングが好きな人間がいなくなることはなかった。
そんな中、ジェナンだけはヘルヴァを確立した一人の人間として扱った。例え、彼女の姿が物理的に目に見えなくてもである。
ジェナンは彼女のカラム(制御柱。ヘルヴァが封印されているシェルに通ずる通路の出入り口)が物理的に見えているときは、自分の顔を必ずその方向に向けた。空返事をすることは決してなかった。
そういった彼の心遣いがヘルヴァにとってはこの上なくうれしいものだったし、だからこそ彼女はジェナンに恋をしたのだともいえる。
それと同時に、ジェナンとのこの上なく極上の時間を過ごすうちに、彼女は一抹の不安をも覚えるのだった。ジェナンは私が思っているように、私を思ってくれているのだろうか……と。
これは古今東西、解決不能な永遠のテーマのうちの一つであり、そもそも解答がないのかもしれない。
ヘルヴァがジェナンに恋しているのは本当だ。なぜなら、それは彼女の心の中にある確かな感情だからだ。
だが、ジェナンがヘルヴァのことが好きかどうかはわからない。ヘルヴァが勝手にそう思い込んでいるだけかもしれないし、ジェナンの普段の言動を見て、彼がヘルヴァを愛しているように
可能なのはヘルヴァがそう考えることだけで、真実は闇の中だ。だからこそ、人はパートナーの言動に常に注意を向け、より確かな確証を求めるのだ。
その確証を得るうちの一つの行為がセックスなのだが、自由に動けるジェナンとカラムに封印されているヘルヴァでは肉体的な結びつきを形成することができない。
二人の間には【確証】は何一つなく、ヘルヴァが惑星に駐機している間、ジェナンが街中で羽をのばしているとき、彼と離れている時間が長くなるごとに、無意味な妄想に彼女は胸を焼かれるのだった。
そんなヘルヴァの思考を中断するかのようにアレックスはぼそっとつぶやいた。
「べつにそんなんじゃないけど……」
アレックスはヘルヴァに「優しいのね」と言われて恥ずかしさのあまり、思わず思ってもいないことが口をついて出てきたのだった。
アレックスの頬が少し赤みを帯びている。ぷいっと顔をそらしてそう言うのだった。自分の気持ちが相手に伝わったのがうれしいくせに、憎まれ口を意図せず叩いてしまうアレックスだった。
「まあ、とにかく座ってちょうだい、今、お菓子を用意するから」
「ありがとう、ヘルヴァ」
「でもどうせならヘルヴァと顔を合わせながらお話ししたいな」
「わかったわ」
「ま、どんな顔してるか見えないけどね」
「そうね、うふふ」
「でも、アレックスの好きな女の子の顔を思い浮かべるといいわ」
ヘルヴァは船内デバイスを操作し、ドローン(半自律型制御機器)を呼び出した。よく使うドローンの行動は解放コードが設定されており、健常者が指先を動かすかのように、ヘルヴァは自由にドローンを操った。
まもなく、2機のドローンがアレックスのいる中央カラム制御室にかすかな低音をともなって飛来してきた。そのうちの1機はアレックスが座るための椅子を、もう1機は高密度耐衝撃性プラスチックテーブルをそれぞれ3Dリアルタイムプリンターで作成した。
その様子を見て、アレックスは大層驚いた。
「なにこれ? ロボット?」
「ええ、ドローンと言って半自律的に行動できるデバイスなんだけど……まあロボットみたいなものね」
「ほら、私は柱の中にいて動けないから、こまごまとした作業はこの手の機械に任せているのよ」
「ふーん、なんだかめんどうくさいんだね」
「でも、アレックス、あなたが自分の手足を使うのと本質的には同じことよ?私は人間の手足の代わりにドローンを使う。今まで一度も不便さを感じたことはないわ。それどころか、もし、私に生身の手足を移植してあげる、というお医者さんが現れても私は断るでしょうね。なぜかというと、私はもうこの手段に慣れきっていて今更2本の手と2本の脚だけではまともに生活できないからよ」
「そっかー、まあヘルヴァにとってはこの方法が一番居心地がいいんだね」
「そういうことね」
二人が話している間に2機のドローンは家具を設置し飛び去っていき、再び部屋に戻ってきたときには、ケーキやらお菓子やらを積み込んだトレイと、デネヴ産のシレット(高級茶葉でブローカーによる投機を防ぐために、デネヴ扇形区の管理局が流通量を慎重に調整している)のティーポッドを運んできた。
アレックスは子供らしい無遠慮な様子で、ケーキにかぶりつき紅茶を熱そうにすすった。そんな少年の様子を見てヘルヴァは思わず笑みを浮かべた。
「うふふ」
「どうしたの?ヘルヴァ」
「以前もこんなことがあったのよ」
「僕みたいに誰かがこっそり……あ、違った、入ってきちゃったってこと?」
「ええ」
「ふーん、そのお話してくれない?」
「それはかまわないけれど、アレックスは時間あるの?」
「うん、なんかいろんな手続きとかのお話でだいぶかかるって言ってた。ご飯も食べてきなさいって、お金ももらったんだー」
それを聞いたヘルヴァは少しの間考え込んだ後、再び口を開いた。
「そう、じゃあお話ししましょうか……これは私が初めて自分の相棒になる偵察員を選んだ時のお話なの」
「僕のお父さんみたいな?」
「ええ」
アレックスはそれを聞くと、父親の顔を思い出し自慢げに言った。
「僕のお父さんはすっごくかっこいいよー」
「きっと、そうね」
「私のところに来た偵察員たちもみなハンサムだったわ。そして私の選んだ偵察員も、それはとびきりハンサムだったのよ?でも最初は、そんなにハンサムだとは思わなかったし、彼は隊員たちの中ではあまり目立たなかったのだけれど……」
「ふんふん」
「私の選んだ偵察員の名前は……ジェナン。もう、あれから3年も前のことになるのね……」そう言って、ヘルヴァは目を閉じた。
ヘルヴァが最初にブローンを選んだ夜、ハンサムでウィットにとんだ若い偵察員達。一人残らず全員がずば抜けて高い知能を持ち、彼らの知能にふさわしい教養やふるまいを身に着けていた。
忘れられない素晴らしい一夜だった。ヘルヴァの時間は過去に戻った。