The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ) 作:六位漱石斎正重
ある部屋で、カードをやっている3人の男たちがいる。3人とも若い男性たちで、彼らは全員<中央諸世界>の偵察医務局の隊員たちだった。
3人ともまだ、頭脳船とチームを組んだことのない【シングル】で、相棒の頭脳船が決まるまでは行動範囲を基地内に制限されており、あたら貴重な若い時間を価値のないカードに費やすしかない状態を強いられていた。
町に繰り出すことさえできれば、彼らの容姿と洗練された振る舞いや会話をもってして、若い女性を誘ってもっと楽しい経験をするのはたやすいはずだったが、文句を言っても仕方のない事だった。
一人の男は考えていた。
名前はロバート・タナー。やや浅黒い肌、瞳は明るいターキッシュ・カフェ、ダークブラウンの髪を短くまとめていた。一言で述べるのは非常に難しいが、強いて言うならば野性味あふれる、いわゆるハンサムガイだった。
一方、タナーの目の前の男はこう考えていた。
今日はもう十分稼いだ。これで終わりにしよう。彼の名は、ジェナン・サイラン。かすかに黄色みがかった白い肌、瞳はやや暗めのシャレイブルーで、明るめのシンフォニーブルーの短めの髪が肌によく映える。
こちらもタナーに負けず及ばず美男子だ。もっとも、医務局の偵察員はみな容姿端麗で、彼らに限ったことではないのだが。
最後はこのカード遊びに加わらず、ディーラー役を務めている若者で、若干青みがかった白い肌に、濃い目のモーベットの瞳の持ち主で、これも驚くべき美貌の持ち主だったが、今回の話には大きくかかわらないので、彼のことはこの辺にしておこう。
彼らは古典的なカードゲームであるポーカーをやっていた。ポーカーは5枚のカードで手役の高さを競うゲームで、太古の昔からほとんどルールが変わっていない。
若者の間では、もう少しドラマティックにゲームが展開するテキサス・ホールデム(カジノではメジャーなポーカーのスタイル)などをやる者が多かったが、たわいもない勝負に大金をかけているわけでもないし、そこそこ暇をつぶせればいいと考えていた。
ジェナンは手の中のカードを静かに見つめていた。ジェナンの手は♣6、♠10、♠J、 Q、♣Kだった。つまり、ハイカード(俗にいう
一方、タナーも自分の手の中のカードを表情一つ変えずに眺めていたが、手の内は、♣J、♦J、 10、♦9、それに♦3だった。つまりワンペアだ。
無作為にカードを配った時のワンペアの確率は約42.25%で、ハイカードの確率は50%だ。つまり、流れは悪くない。
彼はギャンブルに限らずオカルト論者(勝負には運や流れというものが存在するという考え方の持ち主)では決してなかったが、5度連続の【不運】が去ったのを予感していた。
訓練学校ではよく言われたものだ。
「【自分の勘】を大事にすることだ、いつかそれがお前たちの命を救うことにもなるだろう……ただし、それは自身の十分な思考の果てに行われる補助的な要素でなければならない。まったくの無作為で行われる判断はもはや狂人のそれと何ら変わることがない」
極めて高度な科学理論と技術を持つレグルスで、バリバリのリアリストであるDS(指導教官)が、訓練生に対してこんな指導をするのはいささか奇妙に思うかもしれないが、偵察局の隊員は陸軍や海兵隊とは異なり単独での任務が極めて多い。
何でも一人でこなさなければならないし、判断のミスをカバーしてくれる相方もいない。判断に迷うことがあった場合に他人を頼れない。そんな環境で長い間過ごしていると次第に野生の感性が目覚めてくる。
自身の命の危険が生存への手綱を引き寄せるようになるのだ。何期も偵察局に在籍しているベテランの偵察員は一人の例外もなく、
「コール」
それを受けて、ジェナンはすぐさま答えた。
「レイズ2枚」
ジェナンの宣言を聞いたタナーも、まったく逡巡することなく答えた。
「コールだよ……」
ジェナンは、タナーをわずかに上目遣いに一瞥して彼の表情を探ろうとしたが、タナーの意図を読み取ることはできなかった。
偵察員は相手の心理を読むために可能な限りの手段を取り、それとは反対に相手に自分の心理を読まれないように訓練される。
偵察局訓練学校では、座学および実習の訓練時間の少なくとも20%は心理学関連の科目に充てられる。表情を他人から隠すのは偵察員なら誰でもできることだった。
武力を行使するのは最終手段で、しかもそれは偵察局本来の仕事ではない。相手の意図を読むことができれば、いくらでも穏便な手段で問題を解決できる上に、結局はもっとも『経済的』な手段であるからだ。
だが、表情は感情から作られるのも誤りのない事実であった。表情から情報を得られないならば、コミュニケーションで感情に揺さぶりをかけるしかない、とジェナンは思った。
「へー、手が入ったかな?」
「さーな」
タナーはそういって、貝のように口をつぐんだ。重要な場面で多弁を行うことは愚か者の印だ。サイレンを鳴らしながら、素っ裸で通りを歩くような行為に等しい。
勝負事に限らず、重要なことでは勝利の果実を味わうまでは沈黙に徹するのが賢者の行為だ。自慢や勝利宣言は勝負に勝ってからでいい。
自分のカードに視線を落として、ジェナンは不要な1枚を選んでディーラーの男に伝えた。
「僕は、1枚かな……」
そう言って、彼は♣6を捨てた。狙いはもちろんストレート(連続した数の並びの5枚のカード)だ。成立する確率はひどいものだったが、これ以外の手段は考えにくい。
ディーラーの配った1枚のカードを受け取ったジェナンはそのカードを見てほんのわずかに表情をゆがめた。カードは♣4だったからだ。つまり、カード交換前と変わらずハイカードのままだ。
一方、タナーはジェナンの表情を観察しつつ、手の内から3枚のカードを選び出した。
「俺は3枚……」
10、♦9、それに♦3である。狙いはスリーカード、あわよくばフォーカードである。
ディーラーから受け取ったカードは J、♣2、♦8だった。つまり、タナーの期待通りに♣J、♦J、 Jのスリーカードが成立した。
スリーカードは手役の中でそれほど強いわけではないが、確率的に成立しにくい役のうちの一つなのは間違いなかった。
この手を破るにはストレート以上の手役が必要だったが、そうそう
もし、そんなことが起こるならば……人為的な何か、であろうとタナーは見当をつけ、かすかに目元に笑みを浮かべた。続けてチップの上乗せの宣言が行われた。
ジェナンはベット2枚を宣言したが、タナーはテーブルに2枚のチップを置いた後、かなり強気なベットを行った。
「レイズ5枚……」
それを聞いて、ジェナンはかすかに驚きの表情を浮かべて考え込んだ。
「5枚?うーむ……」
考え込むジェナンの様子を冷静に観察しつつ、タナーは余裕たっぷりにジェナンに話しかけた。
「やめといたほうがいいぜ、そうなんども奇跡は続かんのさ…」
【奇跡】という言葉に強いアクセントを加えて皮肉交じりに言ったタナーは、憐れむようにジェナンを見つめた。これからのジェナンの怪しげな動きを一つも見逃すまいとでもいうような厳しい視線だった。