The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ)   作:六位漱石斎正重

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 二人の偵察隊員の若者たちは暇を持て余し、熱のこもらない様子でポーカーをやっていた。所詮は取るに足らないカード遊びだ。ジェナンとタナーはそう思っていたが、それでも負けるのはまっぴらごめんだとも思った。その多くを運に左右されるカードゲームに、【人為的な工夫】を加え、勝負を有利に運ぼうとするジェナンだったが……。


【第7話】ポーカー談義

 タナーは考えていた。大丈夫だ、奴はチップ12枚の圧力に勝てない。だが……奴も俺も同じ訓練を受けている。偵察員はどんなことでも全力を出すように訓練される。たわいのない勝負事でもだ。タナーはそれを思い出していた。

 

「2位は負けの一番だ」

 

 これは訓練学校でしつこく叩き込まれた教訓だ。2位に何の価値もないなどと教える学校があったとすれば、マスコミなどが黙ってはいないと思うが、是非はともかく、偵察局の訓練学校では訓練生はそう指導される。

 

 タナーの思考を中断するかのようにジェナンが力強く宣言した。

 

「よしっ、レイズ5枚だ」

 

 彼らが行っているポーカーはチップを無限に積むルールではない。そんなルールにしてしまうと、チップ数の少ない者はみな、ここぞというときに降りてしまう。それでは、いつまでたっても勝負がつかない。

 こちらが、ガッツリとチップを乗せているときに相手もチップを乗せることのできるルールが望ましい。これでテーブル上に乗っているチップはジェナン17枚、タナーが12枚だ。

 タナーがこの勝負を受けるのならば、さらに5枚のチップをテーブルに積まなければならない。タナーはジェナンのレイズにわずかに驚いたが、すぐさま5枚のチップをテーブルに置いて力強く言った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ハッ、1枚交換なんてのは切羽詰まったやつしかやらんのさっ、コールだジェナン! ナイトの3カード、今度こそお前の負けだジェナン、ざまあみろ!」

 

そう言って、タナーはカードを勢いよく開けた。それを見て、ジェナンは何の表情も浮かべなかったが、自分の手の中のカードを1枚づつゆっくりと開いていき、最後のカードを開けながら静かに言った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「悪いね…実はストレートなんだ……」

「何っ!」

 

 タナーは驚きのあまり、目を見張った。まただ!どういうわけか、いつも奴はこちらの手より一つ上の手役で必ず上がる。ありえない……。

 

「ふ~あぶないあぶない、最後にエースが来なけりゃブタだったんだ……」

「くそったれ!」

 

 タナーはそう毒づいて、テーブルに頬杖をついてぷいっと横を向いた。

 

「すまんね、何度もおごってもらって」

 

 ジェナンはそう言って、タナーの心理的な傷口に塩を塗り込んだ。続く次の勝負で少しでも心理的優勢を得るためだった。勝負事は何がきっかけで優劣の天秤が傾くかわからない。可能な限り自分の方へ天秤が傾いた状態にしておきたい。タナーが今回の勝負に勝っていれば、彼も同様のことをしただろう。恐らくは5度連続の敗北から復活したことを大きくアピールするために……。

 

 だが、悪態をつきながら、タナーはあることに気づいて頭を持ち上げた。

 

「ん?ちょっと待てよ……」

 

 ジェナンはそれを見て、わずかにぎくっとしたが、わざとらしく時計の時刻を確認してこういった。

 

「そ、そろそろおひらきにしようぜ」

 

 ジェナンは手先の器用さを利用して、ここぞというときに何度もカードのすり替えを行っていた。タナーだけでなく、彼にとっても2位は負けの一番なのだった。負けるくらいなら、テーブルをひっくり返したいくらいだったが、実際にはそんなことはできない。

 ならば、あらゆる能力を最大限に発揮するしかない。彼らはそれを【卑怯】とは考えなかった。なぜなら、それは自身の持てる能力を全てぶつけあって勝ち取った成果だからだ。負けたのは自身が弱かっただけで、能力が足りなかったからだ。

 

 そんなジェナンの様子に全く注意を払わず、タナーは「確か、さっきスペードのエースが……」とつぶやきながらディーラーの手元の捨て山に積み重なったカードを1枚1枚めくっていった。

 

 ジェナンはもはやまな板の上の魚も同様だった。まな板の上から去るときに魚が料理人にあいさつをするだろうか。この上は厄介なことになる前にこの部屋から立ち去らなければならない。

 

 ジェナンは椅子から立ち上がろうとしたが、まさにその時にタナーはジェナンの【いたずら】の証拠をつかむことに成功した。タナーは、捨てカードの山の中からスペードのエースを見つけて、ジェナンにそれをつきつけた。

 

「おかしいな、他のカードが混じったかな?」

 

 そう言って、ジェナンはとぼけたが、素人目に見ても明らかに動揺の表情が現れているのが見て取れた。タナーはジェナンが行ったいかさまに腹を立ててはいたが、憎悪している程ではなかった。

金額がもう二桁ほど高いようだったら、彼も躊躇なく【いたずら】をするのは間違いなかったからだ。とにかく奴に思い知らせる必要がある、とタナーは思った。

 

 だが、タナーはすぐにジェナンに飛びかかったりはしなかった。物理的にせよ精神的にせよ、相手に効果的なダメージを与えるためには、心はあくまで冷静でなければならなかった。怒りに我を忘れるような行動はエネルギーの浪費に過ぎず、こちらの取りうる手段を大きく狭めることになるからだ。

 これも訓練学校で散々叩き込まれた教訓だった。タナーは椅子から立ち上がり、ゆっくりとジェナンの方へ歩いて行った。歩き方は余裕たっぷりでむしろ優雅とさえいえた。表情はやわらかで笑みすら浮かべていたが、目は笑ってはいなかった。そして、凍るような低い声でジェナンに語り掛けた。

 

「このイカサマ野郎!」

 

 ジェナンは慌てて自分の椅子から立ち上がろうとしたが、その時にジャケットの袖をテーブルの端にひっかけた時、彼のジャケットの内側から彼がすり替えたクラブの4のカードがひらりと床に落ちた。

 床に落ちたそのカードにタナーもジェナンも、そしてディーラーも目が釘づけになった。タナーはゆっくりとジェナンの方へ顔を向けると、まるで女性を口説くかのようにとろけるような笑みを浮かべながら、ヒョウのような素早い動きでジェナンに殴りかかった。

 

「うわっ、よ、よせっ!」

 

 ジェナンはそう叫んで立ち上がろうとしたときに右ひざをテーブルの下にぶつけた。その上にすかさずタナーがのしかかるように殴り掛かったために、二人はもんどりうって床に倒れた。

 

 ディーラーの男も近接戦闘訓練を受けており、一人で多人数の人間を無力化する手段を知っていたが、この勝負に直接関係しているわけでもない。よけいなおせっかいでつまらない怪我をする理由は全くなかった。ディーラーの男は応援を呼ぶために早足で部屋の外へ出ていった。

 

 部屋に残されたジェナンとタナーは、血気にはやる若者らしく、相手の肉体に損傷を与えるテクニックも何もかも忘れてなぐり合っていた。お互いに同じ訓練を受けていて手の内は知り尽くしている。急所に一撃入れるのは素人相手でも難しい。いったん、近接格闘が始まった場合は、ほぼ手数が優勢な方が勝利を収める。

 テクニックの欠けた打撃によるダメージは、訓練を受けているものならばアドレナリンのおかげで無視できるほどの意識レベルまで低下し、あとは体力の残った方が勝利を収めるだろう。

 

 そうして、何人かの他の偵察員たちに取り押さえられるまで、二人は組み合って床を転げたり、家具や様々なものを辺りにぶちまけながら、ただひたすらに殴り合いを続けていた。

 

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