The Ship who met.(出会った船-ヘルヴァ) 作:六位漱石斎正重
それほど大きな部屋ではないが、そこは6人が余裕をもって活動できる部屋だった。高価な調度品ではないものの、いわゆる品のある家具や照明器具、カーテンなどがしつらえてある部屋だった。それらは、鑑定眼のある者が見ればかなりの意匠をこらしたものだと一目でわかるものだった。
その部屋の窓際に、ささやかだがひときわ大きなデスクがあり、その前に、彼らは直立不動の姿勢で横並びに立っていた。むろん、ジェナンとタナーだ。二人とも顔にいくつかの痣をこしらえていたが、体の方にはそれ以上の痣があるだろう。彼らは明らかに緊張した表情を浮かべていた。冷静沈着を基本トレンドとする偵察局員にしては珍しい場面だった。
ここは、監督官執務室。この部屋に呼び出される偵察員は、およそ偵察局始まって以来の偉業を達成した者か、偵察局の威信を著しく低下させるような失敗をしでかした者だけだった。実際、退役するまで一度もこの部屋に足を踏み入れたことのない者は少なくなかった。そんな部屋だ。
ジェナンとタナー達の前には一人の初老の男性が座っており、まるでゴミでも見るかのようなさげすんだ視線で彼らを見つめていた。この椅子に座ることのできる者は<中央緒世界>の高級官僚か、退役偵察員だけだった。
彼はこの偵察局員寮を統括する最高責任者で、退役偵察員にとっては人生で最高の地位のうちの一つでもあった。
<中央緒世界>の偵察局は軍のような階級制度はない。どちらかといえば役職の差がほとんどない官僚機構に近い構造になっている。偵察局の地位で言えば、個人の能力を除いて隊員同士の間に差はない。入隊時期や経験による差があるだけだった。
あるのは、<中央緒世界>からまとめて指令をを受ける最高監督官と、その指令を実際に偵察員たちに命じる監督官とその補佐官たちがいるだけだ。
その監督官が不機嫌さを隠そうともせず、ジェナンとタナー達に尋ねた。まるで、彼らと同じ空気を吸うことで、自身の健康に害があるとでも言わんばかりの冷たい声音だった。
「……で、このくだらない騒動の原因はたかだか、カードだったというわけかね?」
ジェナンとタナーは二人とも全く同じ文言で即答した。
「ハッ! その通りであります監督官」
「ハッ! その通りであります監督官」
そう言って敬礼する二人を見て、監督官はあきれるように言った。
「ここでは偵察局だ。軍隊ではない。敬礼はしなくてよろしい、確か入寮のさいに申し渡したはずだが?」
偵察員養成課程では一時的に陸軍や海兵隊の訓練プログラムに短期間参加し、階級による言動の調整を徹底的に叩き込まれはするものの、偵察局訓練課程に戻った瞬間、
彼は何度も同じことを言わせる人物が嫌いだった。<中央緒世界>のあらゆる優秀な頭脳を集めたはずのこの組織に、なぜこういった人物が存在するのか、彼には理解に苦しむことだった。
「ハッ! 申し訳ありません監督官」
「ハッ! 失念いたしておりました監督官」
二人はこれ以上、失態を重ねるのを恐れるかのように、正直にそう答えた。目の前の人物は彼らと同じく偵察局の特殊な訓練を受けた元偵察員だ。ごまかしは一切効かないし、これ以上彼の心証を悪くするのは得策ではなかった。
「それから、語尾にいちいち監督官とつけなくてもよろしい」
「ハッ!失礼いたしました監……いえ、失礼しました」
「ハッ!失礼いたしました」
この二人の隊員たちに限らず、医務局の偵察員は高度な訓練を受けた優秀な頭脳達だ。ささいなことで彼らを失うわけにはいかなかったが、彼らの意思でこの医務局の活動にほんの少しでも影響を与えることができると勘違いをするとしたら、それは大きな誤りだと肝に銘じさせなければならなかった。
監督官は、彼らが見かけの上では、今回しでかした事件を失態をととらえていると判断し、声の調子から冷却成分をほんの少し減らして彼らに話しかけた。
「君たち二人は訓練学校を極めて優秀な成績で卒業し、この偵察医務局の隊員の一員になった。そして偵察員は一人残らず、ずば抜けた知能を持ち複数の博士号を所持している学者だ。さらに、偵察局が要求しているプロのアスリートでさえ音を上げる極めて厳しい肉体的条件をすべて君たちはクリアしている、無論、容姿を含めてだ。」
監督官は、そう一気に話して彼らを見つめた。二人は無論、監督官の目を見たりはせず、中空に視線を固定したまま、彼の話を聞いた。
「訓練学校では多くの事を習ったはずだ。乞食からなんとかして1クレジット借りる方法から……4人の女性と同時に付き合い、しかも相手に決してそれを気づかせずに、相手の女性達からあらゆる情報を引き出す心理学的手段。大小さまざまなおよそ手に入る限りの銃器、刀剣の取り扱いや素手あるいは小さな道具を使った24の無音殺傷技術に代表される軍事的戦術も身につけている」
事実だった。座学では学びえないスキルがあるのは当然のことで、実地で経験しなければ身に着けることのできないテクニックは確実に存在する。いくつか実施が困難なものを除いて、彼らは実際にそれらの経験を積んでいた。
ただし、無音殺傷技術は実際に行使するには、訓練生にとってはかなりの心理的抵抗があるため、現在のカリキュラムでは彼らにそれを行わせることはなかった。
だが
DSは24ものスキルを披露したわけではなく代表的な、しかも即効性のあるスキルの一つを実際に使って見せた。その殺されたばかりの死体を使って、反射行動など様々な観点から、死を結論付ける観点をDSは訓練生たちに説明した。
DSも当然、現役の医務官出身の偵察局員だから、医学的観点からの知見を披露したわけだ。訓練生はすべて医務官で大学でも人の死を見ることが頻繁ではなくても、まったくないわけではない。それでも、目の前で実際に人が殺されるのを目にするのはショックだった。思わずおう吐した訓練生も何人かいた。
DSは敬意をもって遺体を非常に丁寧に扱った。医務官なら当然のことだった。大学でも繰り返し刷り込まれ、医学を身に着けるものなら誰でも自然に行われる態度だった。
訓練生たちも気持ちをすぐに切り替えた。少なくともその努力をした。この死体は簡単には学べないスキルを我々に学ばせる機会を与えてくれた。いかなることがあってもこの経験を無駄にしてはならない。訓練生たちも必死だった。
訓練生たちが、実際に無音殺傷技術を見る前の座学でDSはこう説明した。
「本日の無音殺傷技術実験では、被実験者はこの実験に自ら志願した死刑囚である。諸君らの中には色々と言いたい事や考えていることもあるだろう。だが、本日私が行う無音殺傷技術はその死刑囚に苦痛は与えないはずだ。なぜなら、その技術は彼が知覚する前に確実に命を奪うものだからだ。私には彼の立場を想像することしかできないが、私なら頭に袋をかぶせられて首に縄をかけられてから恐怖に震えながら刑を執行されるより、わけがわからないうちに死ぬ方を選びたい」
DSはしばらく黙った。訓練生は誰も一言も話さなかった。
ジェナンとタナーは、監督官が無音殺傷技術のことについて触れた時、そのことを思い出して暗い表情になった。監督官はそんな二人の様子に一瞥すら与えず、静かに言い聞かせるかのように二人に語り掛けた。
「その上、君たちには自分で必要とするときに、躊躇なくそれらの技術を行使できるように心理学的な暗示もかけられている。その気にさえなれば瞬きをする間に、目の前の人物を死体に変えるぞっとするようななおぞましい知識と技術を備えているんだ世間でいうちょっとした喧嘩は君たち偵察員にとっては、ふとした拍子に相手を殺しかねないのを忘れてはならん」
そう言って、監督官はジェナンとタナーを冷徹そのものの目で見つめた。