悪魔ウォッチ   作:龍座

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聖獣ハヤタロウ

景「ハヤタロウ……!? そいつ、一体何者!?」

 

景太の叫びにアラスターは優雅にステッキを指に絡めながら事も無げに応答した。

 

アラ「ハヤタロウ。信州は駒ヶ根にある光前寺にて飼われていたとされる伝説の霊犬です。かつて、村人を苦しめる巨大な猿の化け物『猿神』をたった一頭で討ち果たしたという、怪物退治の英雄ですよ」

 

その直後、アラスターの影が爆発的に広がり景太、ヌエ、そしてオニたち悪魔を飲み込むようにして覆った。

 

景「うわっ、何これ!?」

 

アラスターが指をパチンと鳴らすと、漆黒の魔力で編み上げられた強力な防護バリアが完成し、景太たちを外部から完全に隔離した。

 

アラ「申し訳ございませんがケータくん。此処からは少々『大人の事情』が絡む戦いになります。安全な特等席でじっくり観戦していただくとしましょう。此処は、私に一任させてもらいますよ」

 

アラスターはバリアの「外側」に一人立ち、静かにハヤタロウと対峙した。

 

ハヤタロウの白い毛並みが、神聖なオーラを纏って逆立つ。その鋭い瞳は、目の前の「邪悪な笑みを浮かべる男」を、害悪そのものとして捉えていた。

 

ハヤタ「……なるほどな。あのヌエ()が何故この時代に再び現れたのか疑問に思っていたが……まさか、悪名高き『ラジオデーモン』が関わっていたとはな。貴様の仕業か」 

アラ「ニャハハハ! それは随分と的外れな推理ですね。聖獣の名が泣きますよ? 私とヌエ()は今日初めて会ったばかり。私はただ、彼の『死に際の断末魔』が実にラジオ映えしそうだったから助けたに過ぎませんよ」

 

ハヤタ「やはりラジオデーモン。口八丁は朝飯前か……。その人間の幼子を誑かし今度は何を企んでいる? 地獄の王にでも成り代わるつもりか……?」

アラ「企み、ですか。それを貴方に説明しても意味はありませんよ。どうせ聞く耳も持たないでしょうし、一言も信じてはくれないでしょうからねぇ!」

 

アラスターの周囲に、真っ赤なラジオの周波数グラフが浮かび上がり、空間が不快なノイズを上げ始める。

 

ハヤタ「……ならば仕方あるまい。貴様のその腐った舌の代わりに死体に真実を語らせるとしよう!!」

アラスター「素晴らしい提案だ! 正直、どちらでも構いませんよ。貴方のような気高き聖獣は、私がさらに強くなるための絶好の『特訓』になりそうだ!!」

 

バリアの中から景太が見守る中、伝説の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

ハヤタロウの姿が掻き消えた。文字通りの「神速」だ。

次の瞬間、アラスターの喉元に、白光を纏った鋭い牙が迫る。

 

ーガキィィィィィィン!!

 

アラスターはステッキを瞬時に構え、ハヤタロウの噛みつきを受け止めた。火花が散り、衝突の衝撃波で周囲の地面が円形に陥没する。

 

アラ「速いですねぇ! ですが、捕まえられないほどではない!」

 

アラスターの足元から、無数の黒い触手が棘のように噴き出し、全方位からハヤタロウを串刺しにせんと襲いかかる。

 

ハヤタロウは空中で身を翻し、それらすべてを紙一重で回避。

 

アラ「さあ、もっと私を熱くさせてください! 放送は始まったばかりですよ!!」

 

アラスターの背後に巨大な影の角が顕現し、彼の姿そのものがさらに禍々しく、巨大なものへと変貌し始めた。

聖獣ハヤタロウの「神聖な光」と、アラスターの「底知れぬ闇」。

 

二つの相反する力が激突し、おおもり山の空が真っ二つに割れるような未曾有の戦闘が繰り広げられる。

 

ハヤタロウの動きは、もはや生物の域を超えていた。白い毛並みが風を切り、一瞬でアラスターの死角へと回り込む。ヒットアンドアウェイ。 鋭い爪がアラスターの燕尾服をかすめ、空中に赤い火花を散らす。

 

アラスターも負けてはいない。影の中に溶け込むような瞬間移動と、地面から噴き出す無数の触手を駆使して応戦するが、次第にその動きに焦燥が混じり始める。

 

ハヤタ「―某を見よ」

 

その瞬間、ハヤタロウの全身から、目を射るような強烈な神気が放たれた。

本来、敵の注意を引きつける挑発の技だが、ハヤタロウが放つそれは異質だった。

 

景「……っ! ハヤタロウが、さっきより速くなった!?」

 

バリアの中で叫ぶ景太の言葉通り、ハヤタロウの速度はさらに一段階跳ね上がった。

神気によって自身の五感を極限まで研ぎ澄まし、命中率と回避率を爆発的に上昇させたのだ。

 

アラスターの放つ漆黒の触手の棘はことごとく空を切り、逆にハヤタロウの突進がアラスターの脇腹を、肩を、確実に削り取っていく。

 

アラ(おやおや……流石は聖獣。一筋縄ではいきませんか。ですが、対策がないわけではない!)

 

アラスターは不敵な笑みを消さぬまま、自身の周囲に強固な影のバリアを展開した。さらにその外側を無数の触手で覆い尽くし、物理的な攻撃を一切受け付けない「影のシェルター」へと引きこもる。

 

ハヤタ「万策尽きたか、ラジオデーモン!」

 

ハヤタロウは止まらない。襲いかかる触手の隙間を縫うように跳躍し、四方八方からシェルターに猛攻を仕掛ける。一撃、二撃、三撃ー。神聖な力が影を焼き切り、ついに漆黒の防壁が粉々に砕け散った。

 

その瞬間、ハヤタロウは直感した。

 

ハヤタ(……罠だ。この中に本体はいない。囮を置いて瞬間移動で背後を取るつもりか!)

 

ハヤタロウは敢えて破壊されたシェルターの中央へと突っ込んだ。アラスターが仕掛けているであろう「罠」を逆手に取り、出現した瞬間をカウンターで仕留める算段だ。

 

しかし。

 

アラスター「―おや、予想外でしたか?」

 

破壊された影の破片の中から現れたのは、影武者でも罠でもなく、悠然とステッキを構えたアラスター本人だった。

 

ハヤタ「なっ……!?」

アラ「功を焦りすぎましたね! 聖獣ともあろうお方が、裏の裏を読みすぎて自滅するとは!」

 

アラスターの影から無数の使い魔が噴き出し、全方位からハヤタロウを抑え込もうと飛びかかる。アラスターは最初から「逃げも隠れもしない」というハヤタロウの思考の裏を突くギャンブルに勝ったのだ。

 

ハヤタロウ「くっ……舐めるなッ!!」

 

ハヤタロウは空中であり得ない転身を見せ、迫りくる使い魔たちを前脚の一振りで吹き飛ばした。影から伸びる触手がその肢を絡め取ろうとするがハヤタロウはそれを強靭な顎で噛みちぎり、執念でアラスターとの距離をゼロにする。

 

アラスターの目が、驚愕に細まった。

 

使い魔も、触手も、影の障壁も、すべてを突破したハヤタロウの鼻先が、アラスターの喉元に届く。

 

ハヤタ「これで終わりだ!!」

 

アラスターが反射的に突き出した左腕。

 

ーガブリッ!!!

 

ハヤタロウの鋭い牙が、アラスターの細い前腕に深々と突き刺さった。

バリア内に、嫌な音を立てて肉が裂ける感触と、ラジオのノイズのような絶叫が響き渡った。勝利を確信した聖獣の瞳に、アラスターは至近距離で歪な笑みを向けた。

 

アラ「『肉を切らせて骨を断つ』という言葉がありますが……。

 

お生憎様、私はそこまで寛大ではありませんよ」

ハヤタ「!!」

 

噛みつかれた腕からは血が流れていない。それどころかハヤタロウの口内には肉の感触はなく硬質な「影の触手」が幾重にも巻き付いた無機質な手応えしかなかった。

 

アラスターはあらかじめ噛まれる瞬間に腕を影でコーティングし、牙を防いでいたのだ。

 

ハヤタ(だが、噛み砕けぬなら引き千切るまで! このまま首を振れば……!!)

 

ハヤタ「絶・閃光断裂牙!!!」

 

ハヤタロウが腕を食い破らんと全身のバネを使い、死のデスロールを仕掛けようとしたーその瞬間。

 

ギチ……ギチギチッ……!!

 

ハヤタロウの動きが、空中で静止した。

 

ハヤタ(!!? 身体が……動かない……!? 指一本、喉の筋肉一つさえも……ッ!!)

 

アラ「おやおや、よっぽど私に夢中だったんですねぇ。足元がお留守でしたよ?」

 

アラスターが指先を僅かに動かす。月光に照らされ、空間に無数の「目に見えない魔力の糸」が銀色にきらめいた。

アラ「貴方がこのバリアの中を神速で駆け巡り、私を追い詰めたと思っていたその全ての軌跡……。その度に、私の影から紡ぎ出された糸は貴方の四肢に絡みつき、今の今までじっくりと締め上げていたのですよ。結果はご覧の通り、完璧なマリオネットの完成です!」

 

ハヤタロウがどれほど速く動こうともそれはアラスターが張り巡らせた蜘蛛の巣を自ら体に巻き付けているに過ぎなかった。最初から、聖獣はアラスターの掌の上で踊らされていただけなのだ。

 

アラ「……良いですか? 躾のなっていないワンちゃんには…。

 

しっかりとリードをつけないと。ニャハハハハ!!」

 

アラスターの影から太い触手が噴き出し、身動きの取れないハヤタロウの首に「首輪」のように巻き付いた。

 

アラ「さあ! お仕置きの時間ですよ!!!」

 

アラスターが腕をハヤタロウの口から引き抜くと同時に、首の触手を力任せに振り回した。

 

遠心力を乗せられたハヤタロウの体は、大砲の弾丸となって周囲の巨木に叩きつけられた。メキメキと音を立てて木々がへし折れ、聖獣の骨が軋む。アラスターは手を詰めるどころか腹に過激になり、地面、石塔、バリアの壁面ー四方八方へ、ハヤタロウをゴミのように叩きつける。

 

結果、ハヤタロウの口から、神々しい白光の代わりに苦悶の混じった鮮血が飛び散りだした。

 

ハヤタ(意識が……飛ぶ……。急いで、回復を……! 駄目だ……奴の猛攻に、思考が追いつかない……ッ!!)

 

振り回され、空中に放り出されたハヤタロウ。その更に上空に、アラスターが死神のように舞い降りる。

 

アラスター「おすわり」

 

アラスターの右腕が岩盤のように巨大化し、ノイズ混じりの重圧と共にハヤタロウの脳天を真っ直ぐに打ち据えた。

 

ズドォォォォォン!!!

 

山頂全体が激しく揺れ、ハヤタロウの体は地面に深く沈み込んだ。土煙が舞い上がる中、聖獣の瞳から光が消え、視界は深い闇へと堕ちていった。

 

ーーー

 

ハヤタ「……」

 

ハヤタロウが意識の混濁から這い上がった時、最初に感じたのは、ひどく冷たい鉄格子の感触だった。重い瞼をゆっくりと持ち上げると、視界を塞ぐように漆黒の檻が自分を囲んでいることに気づく。

 

アラスター「おや? 目を覚ましたところで悪いのですが、しばらく大人しくしてもらいますね。貴方にピッタリの、実にいいお部屋(ゲージ)でしょう?」

 

ハヤタロウは震える足で立ち上がろうとしたが全身を襲う脱力感に膝をついた。ふと見れば檻の外から二人の悪魔が、自分に掌をかざしている。

 

ハヤタロウ(!? まさか、この某を……回復させているのか!?)

 

ピクシーは最後のたこ焼きを口に放り込み、リャナンシーと共に柔らかな治癒の光をハヤタロウに注いでいた。

 

アラ「ケータくんの計らいでね。死なれては後味が悪いということでピクシーとリャナンシーに回復させてもらっていますよ。

……おっと、勝手に暴れ回られても困りますので、あくまで『動けない程度』にですがね」

 

そこへ、景太が檻の前に歩み寄ってきた。その表情は先ほどまでの恐怖ではなく、どこか納得のいかないような「ムッ」としたものだった。

 

景「……ねぇ、なんであんなにヌエを襲ったんだよ。あいつ、何もしてないって言ってたのに」

ハヤタ「……フン、魔に魅入られた人間の幼子か。貴様に教える義理など、某にはない……」

 

弱り切ってなお、誇り高く鼻を鳴らすハヤタロウ。その頑固な態度を見て、景太は一つ息をつくと、傍らに立つアラスターに手招きをした。

 

景「アラスター、ちょっと耳貸して」

 

アラスターが屈み込むと、景太はその耳元で何事か囁いた。その内容を聞いた瞬間、アラスターはいつもの不敵な笑顔のまま、珍しく「おや」と眉を跳ね上げた。

 

アラ「……おやおや、それはまた。ニャハハハ! 承知しましたよ、ケータくん。貴方の発想は、時として地獄の拷問官よりも独創的だ!」

 

アラスターが指を鳴らすと、檻の縁から影の触手が蛇のように伸び、ハヤタロウの四肢をガッチリと拘束した。ハヤタロウが抵抗する間もなく、その体は無防備に仰向けへとひっくり返される。

 

ハヤタ「なっ、貴様、何を……ッ!?」

 

何をするかと思えば、景太は檻の隙間から腕を差し込み、ハヤタロウの真っ白な腹に両手を沈めた。

 

景「よーしよし、そんなに意地張らなくていいからさ」

ハヤタ「や、やめろー! 貴様、そんな不埒な……某を誰だと思って……っ、あ! ヤバ……そこ……ッ!!」

 

景太が指を立て、ハヤタロウの腹をリズミカルに、かつ絶妙な力加減で撫で回し始めた。すると、ハヤタロウの左後ろ脚が「トクトクトク」と痙攣するように動き出す。

 

景「わ、首の周り、凄いモフモフだね! 気持ちいいなーこれ」

 

ハヤタロウ「貴様ぁー! 某を犬のように……っ、あぁ、これは……いかん、抗えな……あぁぁぁ……っ」

 

聖獣の瞳がとろけ、口元からはハァハァと荒い吐息が漏れる。もはや誰の目から見ても、ハヤタロウが景太のテクニックに屈しているのは明らかだった。

 

この異常な光景を、周囲の悪魔たちはそれぞれ複雑な表情で見守っていた。

 

アラ「ホントに面白いですね、ケータくんって。恐怖で支配するのではなく、文字通り『懐かせる』とは……私の番組の新コーナーに採用したいくらいです」

 

アラスターはステッキを杖代わりにつき、愉悦に肩を揺らす。

 

ピク「……ねぇ、さっきまで山を壊しそうになってた聖獣相手に、何やってるのあのバカ。見てるこっちが恥ずかしくなってくるんだけど……」

 

リャナ「……ふふ、でもあの霊犬、さっきよりずっと穏やかな魔力になってるわ。愛の力、かしら?」

 

オニ「……嘘だろ。あの最強の犬が、腹を見せてゴロゴロ言ってやがる……。ケータの奴、もしかして俺たちが思ってるよりずっとヤバい奴なんじゃねぇか?」

 

ダイ 「……聖獣としてのプライドが木っ端微塵だっぺ。見てるこっちの胸が痛くなるべ……」

 

イッポン「ガハハハ! 良いじゃねぇか。大人しくさせるにゃ、殴るよりずっと効率が良いぜ!」

 

モコ「……のブーメランより、アイツの指先の方が殺傷能力が高いようですね……」

 

ガキ「ケケッ、今ならアイツ、お手とかしそうだぜ!」

ヌエ「オ、オレサマ……アイツ、アイナリタクナイ。ケータ、コワイ……」ブルブル…。

 

ハヤタロウは必死に理性を保とうと首を振るが景太が耳の付け根を念入りにマッサージし始めると、ついにその抵抗は限界を迎えた。

 

ハヤタ「わかった! わかったからこれ以上は……あ、そこっ、そこはいか……アーーーーーッ!!!」

 

おおもり山の静寂に、聖獣の誇りが完膚なきまでに崩壊した、魂の叫びが響き渡った。

 

ーーー

 

景太の「ワシワシ」という名の猛攻がようやく止んだ。檻の中のハヤタロウは、真っ白だった毛並みをボサボサに乱し、舌を出しながら力なく横たわっている。聖獣としての威厳はどこへやら、その顔は完全に「可愛がられた後の犬」そのものだった。

 

景「それじゃ、話してもらうよ。どうしてヌエをあんなに追い回したのか」

 

景太がそう言いながら、ニヤリと笑って両手のひらを見せ、指をワキワキと動かす。その仕草にハヤタロウはビクリと体を震わせ、必死に声を絞り出した。

 

ハヤタ「話す! 話すから! これ以上、その……その『魔の手』で某を弄ぶのは勘弁してくれ! 魂が抜けてしまう!!」

 

ハヤタロウは、ゼーゼーと荒い息を整えながら、ヌエを襲った経緯を語り始めた。

 

彼がヌエを襲った理由、それはあまりにも単純で、同時にあまりにも根深いものだった。

かつて信州でハヤタロウが命を賭して戦い、葬った伝説の怪物「猿神」。ヌエの持つ「猿の頭」が、その忌まわしき宿敵の面影とあまりに酷似していたため、ハヤタロウはヌエを猿神の生き残り、あるいは転生体だと錯覚してしまったのだ。

 

景太はヌエを指差しながら、呆れたように説明した。

 

景「……ハヤタロウ、よく見てよ。こいつは『ヌエ』。猿の頭はしてるけど、体は狸だし、尻尾はヘビなんだ。君が追ってた猿神とは、全然別の生き物なんだよ」

 

オニやダイモーンも、顔を見合わせて頷く。

 

オニ「そうだぜ。こいつはただ、山の奥でひっそり暮らしてただけのちょっと不気味なだけの奴だ。猿神なんていう大層なもんじゃねぇよ」

 

ハヤタロウは檻の隙間から改めてヌエを凝視し、深い溜息を吐いた。

 

ハヤタロウ「……確かに…今こうして落ち着いて見れば……姿形が微妙に違う。某としたことがあの禍々しい気配に冷静さを欠いていたようだ……」

 

ようやく誤解が解け、一行に安堵の空気が流れた。しかし、ハヤタロウの瞳に宿る暗い光は消えなかった。彼は低い声で、唸るように言葉を続けた。

 

ハヤタロウ「……しかしだ…貴様らはただの勘違いだと笑うかもしれぬ。だがな、今の貴様らにはわかるまい! 奴が、あの猿神が、この世で引き起こした悪行の数々を!!」

 

ハヤタロウの脳裏に、数百年経っても色褪せない凄惨な記憶が蘇る。

 

ハヤタ「奴はただの怪物ではなかった。人間の絶望を吸って肥え太る、純粋な悪意の塊だったのだ。猿神が好んだのは、村で最も美しい娘を毎年一人、生贄として差し出させること。拒めば、その夜のうちに村全体の人間を、指先一本残さず食い散らかした」

 

ハヤタロウの語る描写は、生々しさを増していく。

 

ハヤタ「某が光前寺にいた頃、隣村の惨状を見たことがある。逃げ遅れた赤子を、奴は親の目の前で、まるで果実を潰すように弄び、噛み砕いた。村の川は、流れる水よりも血の色の方が濃かったほどだ。……死を待つだけの人間の、あの腐った泥のような眼差しを、某は今でも忘れられぬ」

 

今回の騒動は確かにハヤタロウの勘違いだった。しかし、それは彼が無能だったからではない。かつて目の当たりにした、あまりにも無慈悲で救いようのない「猿神の地獄」を、二度とこの世に再来させてはならないという、聖獣としての強烈すぎる強迫観念が、彼を狂奔させたのだ。

 

ハヤタ「奴の恐ろしさを骨の髄まで知っていたからこそ……あの猿の面を見た瞬間、某の魂は怒りと恐怖で塗り潰されたのだ」

 

ハヤタロウの重苦しい語りが終わると、バリアの外で事の成り行きを眺めていたアラスターが、パチパチと優雅に拍手を送った。

 

アラ「ワンダフル! 実に芳醇で、血生臭いエピソードですねぇ。 誰かを守るための正義が、過去のトラウマによって暴走し、無実の者を追い詰める……。これほど皮肉で、心躍る喜劇が他にあるでしょうか! ニャハハハ!」

 

アラスターの残酷なまでの称賛が、静まり返った森に響き渡る。

 

景太はハヤタロウの辛い過去を知り、少しだけ申し訳なさそうに彼の頭を今度は優しく撫でた。

 

景「……そっか。そんなに怖いことがあったんだね。……ごめん、ハヤタロウ。君も必死だったんだね」

 

ハヤタロウは、景太の手の温もりに一瞬だけ驚いたような顔をしたが、やがて静かに目を伏せた。

 

おおもり山にようやく静穏な空気が戻りつつあった。アラスターが指を鳴らすと、漆黒の檻とハヤタロウを縛っていた影の糸が、霧のように夜の闇へと溶けて消えた。

自由になったハヤタロウは、乱れた白い毛並みを一度ぶるりと震わせて整えると、ゆっくりとヌエの方へ歩み寄った。

 

ハヤタロウはヌエの目前で深く頭こうべを垂れた。その瞳には、先ほどまでの狂気的な殺意ではなく、誠実な後悔の色が宿っている。

 

ハヤタ「……某の慢心であった。過去の怨嗟に目を曇らせ、無辜なる者の命を奪おうとしたのは事実。……済まなかった。この通りだ」

 

聖獣ともあろう者が格下の妖獣に対して全力で非を認める。その姿にヌエは一瞬戸惑ったように蛇の尻尾を揺らしたが、やがて穏やかな、掠れた声で答えた。

 

ヌエ「……良イ。オレサマ、怒ッテナイ。ソンナ凄惨ナ過去ヲ持ッテタナラ、無理ハ無イ……。オレサマノ顔ガ、悪カッタダケダ……」

 

ヌエのカタカナ混じりの不器用な言葉には、同じ「異形」として生きる者への奇妙な共感が含まれていた。ハヤタロウはその言葉を噛みしめるように一度頷くと、次に景太へと視線を向けた。

 

ハヤタ「……人の子よ」

景「! なあに、ハヤタロウ」

 

ハヤタロウの眼光が鋭さを増す。彼は景太の背後で相変わらず不敵な笑みを浮かべてステッキを弄んでいるアラスターを真っ直ぐに指し示した。

 

ハヤタ「そなたの傍らにいる悪魔は、地獄でもその名を知らぬ者はいない『ラジオデーモン』。理不尽なまでの暴虐と、洗練された狂気を併せ持つ恐ろしき存在だ。……そなた、そのような悪魔を従え、一体何を成そうとしている?」

 

ハヤタロウの問いは、重く、鋭かった。しかし、景太は少しだけ困ったように頭を掻くと、拍子抜けするほど屈託のない笑顔を返した。

 

景「うーん、あんまり深く考えたことなかったけど……。俺、これまでの悪魔たちと同じように、たくさんの悪魔とも友達になりたいんだ。だから、アラスターにはそのためのアドバイスをもらいたいかな、って」

ハヤタ「……友達、だと? 悪魔と?」

 

ハヤタロウは呆然とした。アラスターの正体を知りながら、なお「友達」という言葉を口にするこの少年の無垢さ…あるいは、底知れない狂気。

 

ハヤタ「……呑気なものよ。いずれ必ず恐怖するぞ。奴の本当の本性を、その薄皮を剥いだ下にある真の地獄を知ればな」

景「あはは、その時はその時に考えるさ! 今はアラスターのおかげで、こうしてハヤタロウやヌエとも知り合えたわけだしね」

 

ハヤタロウはフッと短く鼻を鳴らした。それは、景太のあまりの図太さに対する、半分あきらめ混じりの感心だったのかもしれない。

 

ハヤタ「……フン、まだ幼子ゆえか。だが、その危ういまでの真っ直ぐさは、嫌いではない。……これは、某の興味と、先ほどの無礼への詫びだ。もしもの時は、某がそなたの盾、そして矛となろう」

 

ハヤタロウが口を開くと、その内側から神聖な光を放つ「悪魔メダル」がせり出し、景太の手のひらへと滑り落ちた。

 

景「えっ、良いの!? ありがとう、ハヤタロウ!」

 

景太は受け取ったメダルを月光にかざして喜ぶ。その背後では、アラスターが「ニャハハハ!」と喉を鳴らして笑っていた。

 

アラ「素晴らしい! 聖獣までもが君のコレクションに加わるとは。ケータくん、君の『悪魔的な人徳』には、私ですら感服してしまいますよ!」

 

ハヤタロウはアラスターを冷ややかに一瞥した後、再び景太に向き直り、静かに名乗った。

 

ハヤタロウ「某は『聖獣ハヤタロウ』。……契約に従い、今後とも、よろしく頼むぞ。人の子よ」

 

こうして、血生臭い闘争と「モフモフ」による拷問の果てに、景太の悪魔ウォッチには、伝説の霊犬という最強の戦力が加わったのだった。

 

ハヤタロウに続き、満身創痍ながらも回復したヌエが、その巨体を揺らしながら景太の前に歩み寄った。

 

ヌエ「オレサマモ渡シテオク。オ前、スゴイ奴ダカラ。……アノ『ワシワシ』、聖獣ヲ一瞬デ骨抜キニスル術、恐ロシイ技ダッタ……」

 

ヌエの言葉には最大限の敬意が込められていたが、肝心の景太は「? 喜んでもらえたなら良かったよ!」と、自分の無自覚な「マッサージの威力」に気づく様子は全くない。

 

ヌエ「オレサマ、『妖獣ヌエ』! コンゴトモヨロシク!」

 

ヌエから差し出された禍々しい紫色のメダルを手に取ると、景太の悪魔ウォッチに新たなデータが刻まれた。一先ず、山頂の騒乱を終えた悪魔たちは闇へと消え、景太はアラスターとピクシーを連れて、人々が待つ肝試しのゴール地点へと急ぎ戻った。

 

会場に戻ると、そこはパニックの寸前だった。山の奥から響いた轟音や地響き、そして一時的な「バリア」による断絶。参加者たちは不安に震え、運営スタッフも顔を青くしている。

 

そこへ、すかさず人間態へと姿を変えたアラスターが、スポットライトを浴びるスターのような足取りで壇上へと上がった。

 

アラ「皆様、ご安心を! 放送トラブル……おっと、少々、地滑りという自然現象が発生しましたが、この私が確認したところ、既に危機は去りました。山の神々も、皆様の勇気ある挑戦に満足されたようですよ!」

 

アラスターの持ち前である「銀の舌」から紡がれる、滑らかで説得力に満ちた嘘。彼の放つカリスマ性に、疑心暗鬼に陥っていた参加者たちは、魔法にかけられたかのように安堵の溜息を漏らした。

 

ピク「……彼奴、嘘つく時だけは本当に生き生きしてるわね。たこ焼き食べる?」

景「あはは、今はいいよ……。それより、フミちゃんは!?」

 

景太は、運営テントの近くのベンチで、ゆっくりと上体を起こした文花を見つけた。

 

景「フミちゃん! 大丈夫!?」

文「……あ、ケータくん。……私、どうしたんだっけ。確か、森の中にすごい影が見えて……」

 

文花がこめかみを押さえながら、ぼんやりと記憶を辿り始める。景太の背中に冷たい汗が流れた。

 

景(まさか、見られた!? オニたちが暴れてたところとか、アラスターがハヤタロウを振り回してたところとか……もし俺が悪魔を使ってるって知られたら……!)

 

文「なんだか、すっごく生々しい悲鳴や、血の匂いがした気がするの。それに、誰かが……誰かがバラバラにされてたような……」

景「……っ!! あ、あれだよ! ほら、今年の肝試しの演出、すごかったじゃん!? ほら、あの……最新のホログラムと、すごいスピーカーの音だよ! びっくりしちゃうよね、あんなにリアルなんだもん!」

 

景太は必死に手を振り、裏返った声で弁明した。アラスターが横で「ニヤリ」と笑ったのが見えたが、今はそれどころではない。

 

文「……そうなのかな? でも、なんだか本当に怖くて……」

景「そ、それよりさ! フミちゃん、縁日の方に行かない? お腹空いちゃったし、美味しいもの食べて、嫌なことはパーッと忘れようよ! チョコバナナとか、焼きそばとか、俺が奢るから!」

 

文花は少し驚いたように景太を見つめたが、やがていつもの優しい笑顔を浮かべた。

 

文花「ふふ、ケータくん、ありがとう。……そうだね、なんだか甘いものが食べたくなっちゃった」

 

何とか最悪の事態を回避し、景太は文花を連れて屋台の明かりが並ぶ参道へと歩き出した。

 

景(危なかった……。フミちゃんに『悪魔使い』だってバレたら、今度こそ嫌われちゃうよ……)

 

背後ではアラスターが満足げに杖を鳴らし、ピクシーが綿飴を頬張りながらついてくる。地獄のような惨劇を繰り広げたおおもり山は、今は何事もなかったかのように、夏祭りの賑やかさに包まれていた。

 

景太はポケットの中で重みを感じる二枚の新しいメダルをそっと握りしめた。

恐怖と、興奮と、そして少しの罪悪感。景太の「悪魔との夏休み」は、まだ始まったばかりだった。

 

ーーー

 

激戦の余波が残る山頂から、賑やかな縁日の喧騒へと戻ってきた。提灯の温かい光が参道を照らし、焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂いが漂う。先ほどまでの血生臭い空気とは正反対の、平和そのものの光景だ。

 

景太は、まだ少し足取りが覚束ない文花の手を引き、人混みを縫うように屋台へと向かった。

 

景「ほらフミちゃん、ここのリンゴ飴、美味しいって評判だよ。一つ買っていこう!」

文「あ、うん。ありがとう、ケータくん……」

 

景太は真っ赤なリンゴ飴を二つ買い、一つを文花に手渡した。

文花はそれを受け取ると薄暗い森で見た「悪夢のような光景」を振り払うように小さくかじりつく。甘い飴の味が口の中に広がり、張り詰めていた彼女の心が少しずつ解けていく。

 

その後も、二人はお面屋を冷やかしたり、金魚すくいに熱中したりして過ごした。景太はとにかく必死だった。文花に「さっきの森での出来事」を思い出させる隙を与えないよう、次から次へと話題を振り、おどけて見せた。

 

景「見てよフミちゃん、このお面、クマにそっくりじゃない?」

文「ふふ、本当。怒った時のクマ君みたい!」

 

笑い合う二人の後ろで、人間態のアラスターがステッキを軽やかに鳴らしながら歩いている。その優雅な姿は、どこからどう見ても「親切な大人の同行者」だが、景太にとっては背中に氷を押し当てられているような緊張感の源でもあった。

 

そんな二人の前に、向こうから大きな声が響いた。

 

クマ「おーい! ケータ、フミじゃねぇか!」

カン「二人で何してるの? 抜け駆けはずるいよ」

 

やってきたのはクマとカンチだった。クマは両手に焼きそばと唐揚げのパックを抱え、カンチは最新のスマホで会場の写真を撮りまくっている。

 

景太(……助かったぁ!!)

 

景太は心の底から安堵した。二人きりだと、どうしても会話が森での出来事に及びがちだ。しかし、この賑やか(・・・)な友人たちが加われば、話題は自然と食べ物や遊びの方へ流れていく。

 

クマ「聞いたかよケータ! 今年の肝試し、マジでヤバかったらしいぜ。演出がリアルすぎて腰抜かした奴が続出だってよ!」

カン「ネットでも話題になってるよ。特にあの赤い光の演出、どうやってやってるんだろうね」

 

景「あ、あはは……。最新技術ってすごいよね、うん……」

 

四人で屋台を巡り、射的に興じたりラムネを飲んだりしているうちに、文花の表情からもようやく陰りが見えなくなっていった。

 

賑わう友人たちの輪から少し離れたところで、文花は肩に乗ったウィスパーにこっそりと声をかけた。その視線は、少し離れた場所で優雅にリンゴ飴を(なぜかフォークとナイフを影から出して)嗜んでいるアラスターに向けられている。

 

文「……ねぇ、ウィスパー。やっぱり、あのアラスターさん……何か隠してる気がするの。森で感じたあの恐ろしい気配、彼から出ているものと同じような気がして……」

 

文花の直感は、妖怪ウォッチの使い手として極めて正しく、本質を突いていた。しかし、隣の「自称・妖怪執事」は、いつものように知ったかぶりの自信満々な表情で首を振った。

 

ウィス「いやいやフミちゃん、考えすぎでうぃすよ! 確かにあの御仁は少々風変わりですが、人間離れしたカリスマ性があるだけです。人を疑うのは感心しませんよ?」

文「でも……」

ウィス「いいですか? もし、あそこに本物の『ラジオデーモン』なんて呼ばれる大悪魔がいたとしたら、今頃このおおもり山は血の海、阿鼻叫喚の地獄絵図になってるはずでうぃす! こんな風に、優雅に祭りを満喫してるはずがありません。彼はただの、ちょっと不気味なイケメン紳士。それで決まりでうぃす!」

 

ウィスパーの言葉は、皮肉にもアラスターという男の恐ろしさを証明していた。彼は「地獄絵図」を「極上のエンターテインメント」として楽しむ男なのだ。その本性を、平和な日常に浸りきったウィスパーが見抜けるはずもなかった。

 

文「……そうかな。ウィスパーがそう言うなら、私の気のせいなのかな……」

 

文花は納得しきれない様子ながらも、楽しそうに笑う景太たちの元へと戻っていった。

 

その様子を、アラスターは眼鏡の奥で赤く瞳を光らせ、口角を吊り上げて見守っていた。

 

アラ「……おや、可愛い執事さんですねぇ。私の本性を『血の海』程度で片付けてくれるとは……。実に、買い被られたものですよ。ニャハハハ……」

 

ノイズ混じりの笑い声は、祭り囃子の太鼓の音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 

ーーー

 

祭りの喧騒が最高潮に達した頃、広場の中央に設けられた特設ステージで、ついに「おおもり山・肝試し大会」の順位発表が始まった。

 

景太は内心期待に胸を膨らませていた。あんなに恐ろしい妖獣ヌエと対峙し、伝説の聖獣ハヤタロウと死闘を繰り広げたのだ。たとえそれが悪魔たちの仕業だったとしても、あの「恐怖の体験」を評価されないはずがない、と。

しかし、実行委員の口から出た言葉は、景太の予想を裏切るものだった。

 

「―第1位は、クマ君とカンチ君チーム! そして残念ながら、天野景太君は……失格となります!」

景「……えぇっ!? 失格!? なんでだよ!!」

 

あまりの衝撃に、景太の口から魂が抜けそうになる。隣で焼きそばを頬張っていたクマが「おう、俺たちが優勝か!」。カンチが「頑張った甲斐があったね!」とガッツポーズを決める中、景太は膝から崩れ落ちた。

 

アラスターがその背中にそっと手を置き、いつものノイズ混じりの快活な声で慰める。

 

アラ「いやはや、心外ですねぇケータくん。私もまさか、君が失格になるとは思いませんでしたよ」

景「……アラスター、理由、聞いた?」

アラ「ええ。運営側の説明によれば、君がいたエリアから聞こえてきた音や気配があまりにも『度を越して怖すぎた』とのことです。

参加者の中にはあまりの恐怖に腰を抜かし、トラウマを抱えそうになった者までいたそうで……安全配慮義務違反、だそうですよ」

 

アラスターは肩をすくめ、鼻で笑った。

 

アラ「ホント、私も人間の脆弱さには呆れてしまいますよ。……(たかが、精神を崩壊させただけの些細な事で。現代の人間は実に繊細で、扱いに困りますねぇ……)」

 

アラスターの内心の呟きは幸いにして景太の耳には届かなかった。彼にとっては地獄の王位争奪戦に比べれば数人の人間が正気を失いかけたことなど「些細な演出ミス」に過ぎないのだ。

 

景「怖すぎて失格なんて……そんなのアリかよ……」

 

ガックリと肩を落とす景太。そんな彼を元気づけるように、ピクシーがラムネの瓶を差し出してきた。彼女の頬にはまだたこ焼きのソースがついており、どこまでもマイペースだ。

 

ピク「ほら景太、そんな顔しないの! ラムネでも飲んでシャキッとしなさいよ。美味しいわよ、これ」

カン「まあまあ、ケータ。残念だったけど、それだけリアルだったってことだよ。ある意味、最高の名誉じゃない?」

文「そうだよケータくん! 私もあそこにいた時は本当に世界が終わるかと思うくらい怖かったんだから!」

 

文花の無邪気なフォローに、景太は「……それは、あながち間違いじゃないんだけどね」と苦笑いするしかなかった。

 

アラ「さあ、気を取り直して祭りのフィナーレを楽しみましょう! ほら、始まりますよ!」

 

アラスターがステッキで夜空を指し示した。

 

――ドンッ!!!

 

その瞬間、夜の静寂を打ち破る重厚な破裂音が山全体を震わせた。

 

暗い空に、大輪の花が咲き誇る。鮮やかな赤、青、金色の光が、おおもり山の木々や、集まった人々の顔を色とりどりに照らし出した。

 

景「わぁ……綺麗だな……」

文「本当……さっきまでの怖いの全部飛んでいっちゃいそう」

 

降り注ぐ光の粒を見上げながら四人の少年少女と、二体の異世界の住人は並んで空を見つめた。

 

アラスターは眼鏡に反射する花火の光を眺めながら満足げに微笑んでいる。その隣ではピクシーがラムネのビー玉をカラカラと鳴らしながら、最後の一滴を飲み干していた。

 

悪魔を召喚し、伝説の獣と戦い、モフモフの刑に処す。そんな滅茶苦茶な一夜の締めくくりとして、この儚くも美しい火の花は、あまりに相応しい幕引きだった。

 

景(……まあ、メダルも二枚手に入ったし。みんなと花火も見れたし、今日はこれでいっか!)

 

景太は空を見上げ、晴れやかな気分で笑った。腕に巻かれていた悪魔ウォッチが光を反射して静かに輝いている。

 

祭りの夜が終わり、夏風が山を吹き抜けていく。景太たちの影が、打ち上がる花火の光に揺られながら、参道に長く伸びていた。




きょうの悪魔大事典

アラ「ケータくん。きょうの悪魔は?」

景「『聖獣ハヤタロウ』!」

ピク「あのさ、ハヤタロウって凄いのよね?」
アラ「ええ。ハヤタロウの住んでた長野県の駒ヶ根の「早太郎伝説」は今も語られ続けられる程に有名です!」
ピク「じゃあアレは何なのよ?」

ピクシーの指差す先にはグースカと眠ってるケータと枕になってるハヤタロウがいた。

アラ「どうやらケータくんはモフモフの虜になって、そのまま寝ちゃったみたいですね」
ピク「もう完全に犬じゃん」

ハヤタ「犬ではない!」
ピク「説得力無いわよ!」
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