悪魔ウォッチ   作:龍座

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龍神ゲンブ

夏休みの朝らしい、眩しい太陽がカーテンの隙間から差し込む。しかし、景太等に流れる空気は、いつもの穏やかな朝食風景とは一線を画していた。

 

アラ「準備は良いですか? ケータくん」

 

景太は、自分の左腕に巻かれた悪魔ウォッチの感触を確かめ、深く、真剣な眼差しで頷いた。昨日のアイトワラスとの出会い、そしてアラスターの恐ろしさの一件を経て、景太の中には「ただ流されるだけではない」という確固たる覚悟が芽生え始めていた。

 

その傍らには、普段なら二度寝を決め込んでいるはずのピクシーも、羽をピンと立てて宙に浮いている。

ピク「アタシも行くわよ。アラスターがわざわざ『戦力を広げる』なんて言い出す時は、よっぽど手強い連中が来てるって証拠だしね」

 

アラスターは宙に指先でノイズの線を走らせ、さくらニュータウンの地図を浮かび上がらせた。その地図上には、赤く不気味に発光する点がいくつか打たれている。

 

アラ「悪魔は全部で五体。どれも一筋縄ではいかない、地獄でも名を馳せた個性派揃いですよ。まず、私たちが向かうべき場所を確認しましょう」

 

アラスターが示した地点は、景太にとっても馴染み深い場所ばかりだった。

 

アラ「悪魔は全部で五体。

 

一体目はおおもり山の山神滝。

 

二体目は団々坂の正天寺のお寺前。

 

三体目はさくら中央シティの海岸。

 

四体目がそよ風ヒルズのひょうたん池」

 

アラ「そして、五体目……。それは未だに尻尾を掴めては居ませんが。会えるでしょう。貴方ならね」

 

景太はポケットの中のメダルを数える。これまでの冒険で得た絆が、今の景太の背中を支えている。

 

景「よし……行こう、アラスター。この街をめちゃくちゃにさせるわけにはいかないからね」

アラ「ニャハハハ! その意気です、ケータくん! 恐怖とスリル、そして最高のドラマが我々を待っていますよ!」

ピク「あんたたち、あんまり熱くなりすぎてアタシを盾にしないでよ? 分かった?」

 

景太はリュックを背負い、玄関の扉を力強く開けた。セミの鳴き声が降り注ぐ夏の街へ、少年と二体の異形の存在が踏み出す。

 

さくらニュータウンを舞台にした、地獄のオーディション―その幕が、今、静かに上がろうとしていた。

 

ーーー

 

セミの鳴き声が幾重にも重なり、蒸し暑い空気が肌にまとわりつく「おおもり山」。景太たちは生い茂る木々をかき分け、どんこ沼のさらに奥、轟音を響かせる「山神滝」の麓へとたどり着いた。

 

切り立った岩壁を滑り落ちる真っ白な水飛沫が、周囲に冷たい霧を撒き散らしている。だが、その清涼な空気の中に、不釣り合いなほど重苦しく、ドロリとした魔力が混じっていた。

 

景太の左腕で、悪魔ウォッチの針が狂ったように振れ、赤い警告灯が激しく点滅する。

 

アラ「見つけましたね。隠れるのがお上手なようですが、電波の乱れは隠せません。さあケータくん、早速悪魔ウォッチの出番ですよ!」

 

アラスターがステッキで滝の一点を指し示す。景太は頷き、ウォッチのレンズを覗き込みながらサーチライトを照射した。

 

景「いた……! なんだ、あの大きさ……!」

 

光が捉えたのは、岩場と見紛うほどに巨大な、苔むした黒い甲羅だった。サーチの光を浴びて姿を現したのは、山のような巨体を持つ亀。しかし、ただの亀ではない。その尻尾はしなやかにうねる蛇の胴体となっており、その先端には燃えるような赤い鱗を持つ**「龍の頭」**がついていた。

 

景「これってまさか……四神の『玄武』!?」

アラ「はい! 正解です、景太くん! 地獄より来たりし『龍神ゲンブ』! 方角の北を司り、五行思想における『水』の理を統べる重鎮です。まさかこんな滝の裏に引きこもっているとは、風流ですねぇ!」

 

アラスターのノイズ混じりの声に反応するように、巨大な亀がゆっくりと首をもたげた。同時に、尻尾の龍が「ギチギチ」と牙を鳴らし、赤い目を景太に向ける。

 

ゲンブ「……来たか。ラジオデーモン、そして悪魔を連れし『童』よ。改めて名乗ろう。ワシが龍神ゲンブぢゃ」

 

ゲンブの声は、まるで地底から響く地鳴りのように重く、辺りの空気を震わせた。彼はその静かな眼差しで、景太をじっと見つめる。その瞳には、悠久の時を生きてきた者だけが持つ、深く冷徹な知性が宿っていた。

 

ゲンブ「ふむ……。澄んだ、純粋な目をしておるな。だが童よ、その純粋さは未だ『無知』であることを意味する。魔界の連中を束ねるということが、どれほど重く、血塗られた道であるか……貴様は分かっておるのか?」

 

景太は一瞬、その威圧感に気圧されそうになる。だが、昨夜アラスターの正体を知り、それでも共に歩むと決めた時の熱い感覚が、胸の奥で燻っていた。

 

景「……確かに、知らないことばかりかもしれない。アラスターが本当は何をしてきたのかも、これから何が起きるのかも。でも、俺はこの街を守りたいんだ。そのためなら、あんたの力を借りる覚悟はできてる!」

 

景太の言葉を聞き、ゲンブの龍の尻尾が激しく揺れた。

 

ゲンブ「覚悟、か。口で言うのは容易いが、ワシの加護はそうやすやすと授けられるものではない。童よ、言葉ではなく、その『覚悟』に見合う力を示してみせよ! ワシを屈服させてみろ!!」

 

ゲンブが咆哮すると同時に、山神滝の水柱が爆発したように逆巻き、巨大な水の弾丸となって景太たちに降り注いだ。

 

滝の轟音が周囲の空気を震わせる中、アラスターは優雅にステッキを回しながら、ひょいと数歩後ろに下がった。

 

アラ「ああ、言い忘れていましたが、私は致命的なピンチの時以外は手は貸しませんので。悪しからず!」

景「ええ!? 何でだよ! さっきまでノリノリだったじゃん!」

アラ「ニャハハハ! これはケータくん、貴方に課された試練ですよ。自分自身の力で悪魔を従えてこそ、真の主(マスター)というものでしょう? ……まあ、協力しないという意味ではありませんがね(今は力を温存しておくのが得策……。今後の為・・・・にね)」

 

アラスターの真意を知る由もない景太は、冷や汗を流しながらも悪魔ウォッチに手をかけた。

 

景「……分かったよ、やってやる! 水の悪魔なら、こっちには相性バツグンのアイツがいる! 俺の友達! 出てこい、ヌエ! 悪魔メダル、セットオン!」

 

景太が叫ぶとともに、紫の稲妻が空間を裂き、猿の顔、虎の胴体、蛇の尾を持つ妖獣――ヌエが姿を現した。

炸裂する雷光、しかし……

 

アラ(ふむ……水には雷。良い観察眼ですね。ですが一見、弱点を突いたようですが……?)

 

ヌエは滝壺に降り立つと、全身の毛を逆立てて咆哮した。その背から、山神滝の水を媒体に伝播する強力な電撃が放たれる。

 

ヌエ「ギシャァァァ! マハジオンガ!!」

 

激しい雷光がゲンブの巨体を包み込み、轟音と共に爆ぜた。水飛沫が蒸発し、白い煙が辺りを覆う。だが、煙が晴れた先にいたのは、煤一つ付いていないゲンブの静かな姿だった。

 

ゲンブ「……浅はか。ワシの甲羅は万物の理を弾く。その程度の火花では、痒うもない。『ブフーラ』!!」

 

ゲンブが短く一喝すると、彼の周囲の温度が急激に氷点下まで叩き落とされた。滝から流れる水が一瞬にして硬い氷の柱へと変わり、鋭い氷の礫がヌエを襲う!

 

景「!? ブフーラって……キングフロストと同じ技!?」

 

ヌエは咄嗟に飛び退くが、足元の水が凍りつき、動きを鈍らされる。

 

ピク「ちょっとケータ、しっかりしなさいよ! ゲンブが水を司るからって、水属性だと思ったら大間違いよ! 魔界ではアイツが真に使うのは氷結魔法よ!」

景「ええっ! 水の神様なのに、氷を使うの!?」

 

ゲンブが動くたびに、周囲の草木が白く凍りついていく。滝そのものが巨大な氷像へと変貌し、ヌエの得意とする「伝播する雷」は、絶縁体である氷によってその威力を封じ込められてしまった。

 

ゲンブ「童よ、属性の相性だけで勝てると思うてか。ワシの冷気は、魂の熱量すらも凍らせるぞ」

 

ヌエは寒さに震え、牙をガチガチと鳴らしている。雷が効かないどころか、フィールドそのものがゲンブの有利な「氷の世界」に作り変えられてしまったのだ。

 

景「このままじゃヌエが危ない……! だったら、こっちの熱量で対抗だ! 俺の友達! 出てこい『アイトワラス』!!」

 

景太が叫び、悪魔ウォッチから放たれた黒い炎の渦が、氷りついた滝壺の空気を強引に焼き払った。現れたのは、鶏の冠を持ち、黒い煙を纏った邪龍アイトワラス。彼は召喚された直後、優雅に傍観する主を見つけ、深々と頭を下げた。

 

アイト「お久しぶりです、アラスター様! 本日はどのようなご用件で……って、ギャアーーーーー!!? ゲ、ゲンブだーーー!! 北の守護神がなんでこんなところにいるんですかぁぁ!!」

 

主への挨拶もそこそこに、アイトワラスはゲンブの巨躯を見上げるなり、情けない悲鳴を上げて景太の背後に隠れようとした。

 

景「お願いアイトワラス! ヌエが凍っちゃいそうなんだ。あんたの火炎で温めてほしいんだよ!」

アイト「待て待てケータ! 無茶言うな! あんな山みたいな大悪魔を相手にするなんて、命がいくつあっても足りねえよ!!」

 

震えるアイトワラスに景太は鼓舞の一言。

 

景「ここで活躍を見せればアラスター大喜び!!」

 

アイト「ヨッシャー!! やってやんぜ! この邪龍アイトワラス、一肌脱いでやりますよ!!」

 

アイトワラスの双眸に、どす黒くも激しい魔力の炎が宿る。彼は空中を鮮やかに舞うと、自身の尾から溢れ出す炎を凝縮し、巨大な火の玉を作り出した。

 

アイト「喰らいやがれ! カゲロウシュート!!!」

 

アイトワラスは空中で反転し、その巨大な火球をオーバーヘッドキックで蹴り飛ばした。爆炎を纏った一撃は、空気を焦がしながら一直線にゲンブの頭部へと直撃する!

 

ドォォォンッ!!!

 

激しい爆発音と共に、ゲンブの周囲の氷が瞬時に蒸発し、白い蒸気が立ち込める。

 

景「効いてる……!?」

ピク「ラッキーねケータ! ゲンブの弱点は炎よ! 」

 

景太は一気に勝機を見出した。

 

景「ピクシー、回復魔法でヌエを助けて! アイトワラスはそのまま火炎魔法を連発だ! 攻撃しながら、周りの氷を全部溶かして!!」

 

ピク「合点承知! 『ディア』!」

 

ピクシーの放つ柔らかな光がヌエを包み、凍りついた四肢を解きほぐしていく。自由を取り戻したヌエは、濡れた毛を振り払いながら再び牙を剥いた。

 

アイト「まだまだ行くぜぇ! ヒャッハー!!」

 

アイトワラスが吐き出す火炎放射と火球が、次々とゲンブの甲羅を叩き、滝壺を埋め尽くしていた氷を泥水へと変えていく。霧に包まれた戦場は、一気に「極寒」から「灼熱」へと塗り替えられていった。

 

アイトワラスの猛攻に自由を取り戻したヌエが濡れた毛を逆立たせて雷鳴を轟かせ、ゲンブの巨体に肉薄する。ピクシーの『ディア』による絶え間ない支援もあり、戦況は確実に景太たちに傾きつつあった。

 

しかし、その勝利への予感は、ゲンブの瞳に宿った冷徹な輝きによって打ち砕かれる。

 

ゲンブ「……ふむ。温い。だが、その温もりがどこまで持つか……試させてもらおうか、童!!」

 

ゲンブの巨大な甲羅の隙間から、ドロリとした濃密な赤黒いオーラが溢れ出した。それは周囲の空気を物理的な重圧へと変え、ヌエとアイトワラスの動きを瞬時に鈍らせる。

 

ピク「しまっ……! あれは『会心の覇気』よ! 彼奴とうとう本気を出してきたわね……!」

 

ピクシーが戦慄の声を上げた瞬間、ゲンブの狙いが定まった。彼の狙いは、前線で戦う二体ではない。後方で細かく回復を振りまき、戦線を支え続けている「心臓部」―ピクシーだ。

 

ゲンブ「ハードヒット!!」

 

蛇の如きしなやかさを持つゲンブの尾が、空気を爆音と共に切り裂いた。先端にある龍の頭が真っ赤に激昂し、弾丸のような速さでピクシーへと牙を剥く。

 

ピク「えっ……あ、ああっ!?」

反応が遅れた。ピクシーの小さな体が、龍の巨大な顎に飲み込まれようとしたその刹那。

 

景「ピクシー!!」

 

景太の体が、思考よりも先に動いていた。彼は泥に塗れた地面を蹴り、ピクシーの細い肩を力一杯突き飛ばした。

 

ズシャアァァ!!

 

龍の鋭い牙が景太の右腕を深く抉り、鮮血が舞う。激痛が走る暇もなかった。衝撃で弾き飛ばされた景太の体は、無情にも滝壺の岩場へと叩きつけられる。

 

ゴンッ。

 

鈍い音が響き、景太の後頭部が鋭い石に激突した。視界が火花を散らしたように白く染まり、急激に意識が遠のいていく。

 

ピク「ケータ!! 何やってるのよ、この馬鹿!!」

 

突き飛ばされて難を逃れたピクシーが、血相を変えて景太のもとに駆け寄った。景太は右腕から血を流し、虚ろな目で宙を見上げている。

 

景「……よ、良かった……。ピクシー、怪我……してない……?」

ピク「喋るな! 今すぐ治すから、黙ってなさいよ!!」

 

ピクシーの手が震えている。彼女の大きな瞳には、いつの間にか大粒の涙が溜まり、頬を伝い落ちていた。怒鳴り散らしながらも、その手の光はかつてないほど温かく、そして必死に景太の傷を塞ごうとしていた。

 

ピク「バカ……本当にバカなんだから! なんでアタシみたいな悪魔を庇うのよ! 放っておけばよかったじゃない!」

 

ピクシーの叫びは、自分を責める悔恨と、自分を大切に思ってくれた人間への戸惑いに満ちていた。景太は薄れゆく意識の中で、力の入らない右手をそっと持ち上げ、彼女の頬に触れた。

 

景「……だって……ピクシーは、俺の友達だろ……?」

 

その一言が、戦場に集う者たちの魂を震わせた。ヌエは主の負傷に反応し、その咆哮に怒りと悲しみを混ぜ合わせる。アイトワラスは普段の軽薄さをかなぐり捨て、尾の炎をかつてないほど巨大に燃え上がらせた。

 

そして、巨大な四神の片割れである龍神ゲンブは、その動きを完全に止めていた。

 

ゲンブの尻尾にある龍の頭が、真っ赤に昂っていた瞳をゆっくりと鎮めていく。彼は、ただ自分を見上げる少年を見つめ直した。

 

ゲンブ「……不可解なり。我が知る人間という種族は、自らの保身を第一とし、悪魔をただの道具か、あるいは恐怖の対象としか見ぬはず。ましてや、これほどの力の差がある前で、格下の悪魔のために盾となるとは」

 

ゲンブの声から険しさが消え、代わりに深い思索の響きが混じった。彼はこれまで数多の契約者を見てきた。恐怖で縛る者、利益で釣る者、あるいは盲信する者。だが、対等な「友」として身を投じる者など、彼の長い記憶のどこを探しても存在しなかった。

 

アラスターが小さく拍手をした。パチ、パチ、という乾いた音が、霧の中に響く。

 

アラ「ニャハハ! これですよゲンブ! 私がこのケータくんを見込んだ理由が、今まさに目の前で繰り広げられたわけです。純粋ゆえの狂気、あるいは慈愛。それは時に、地獄の業火よりも強く冷徹な理を打ち破る!」

 

景太はピクシーに支えられながら、ふらつく足取りで再び立ち上がった。足元はまだ覚束ないが、その瞳には一点の曇りもない意志が宿っている。

 

景「……龍神ゲンブ。あんたに、俺の力が届いたかどうかは分からない。でも……俺は、あんたのことも『道具』にするつもりはない。俺と一緒に、この街を……みんなを守ってほしいんだ」

 

ゲンブは沈黙した。滝の水が彼の甲羅を打つ音だけが響く中、やがて彼はその巨大な頭を深く、深く下げた。

 

ゲンブ「クク…ハハハハハハ!!」

 

突然、笑い出すゲンブ。

 

ゲンブ「……まさか童の啖呵が響くとは…これが戦わずして負けるか…。

 

ワシの完敗ぢゃ」

ピク「えっ……?」

ゲンブ「力の勝負ではない。魂の根競べにおいて、ワシはこの童に屈した。己を捨てて他を生かそうとするその気概……これこそが、乱世を統べる王の器。あるいは、地獄を塗り替える変革の灯火か」

 

ゲンブの巨体が、眩い蒼白い光に包まれていく。山のように大きかったその姿はみるみる縮小し、一塊の凝縮された魔力へと変わった。

 

ゲンブ「「龍神ゲンブ」。今日より貴様の影に潜み、その北を守る盾となろう。……童よ、貴様の描く未来、見守らせてもらうぞ」

 

光が収まった後、景太の足元には、黒い宝石のような重厚な輝きを放つ「龍神ゲンブの悪魔メダル」が落ちていた。

 

景太がそのメダルを拾い上げると、不思議と体の傷の痛みが和らいでいった。メダルを通じて、ゲンブの持つ強大な生命力が景太の中に流れ込んできたのだ。

 

ピク「……もう、本当に心臓に悪いわよ。今度から、アタシを庇う時は事前に許可を取りなさいよね!」

 

ピクシーは涙を乱暴に拭い、いつもの強気な口調を取り戻した。だが、彼女が景太の手を握る力は、今までよりもずっと優しかった。

 

アラ「素晴らしい一幕でした! やはりケータくん、貴方は最高のエンターテイナー! さあ、感動に浸っている時間はありませんよ」

 

アラスターが音もなく景太の隣に降り立ち、ステッキで次の目的地を指し示した。

 

アラ「一枠目が埋まったに過ぎません。二体目は『団々坂・正天寺』。準備はよろしいですか?」

 

景太はメダルをしっかりと握りしめ、頷いた。

 

景「……ああ。行こう、アラスター!」

 

山神滝の冷たい霧を背に、一行は次なる戦場へと歩み出した。景太の右腕の傷跡は、彼が手に入れた「真の強さ」の証として微かに熱を帯びていた。

 

 

ー幕間ー

 

山神滝で景太たちが龍神ゲンブと死闘を繰り広げているその頃、住宅街にある文花の部屋には、この世界の運命を左右する重々しい空気が満ちていた。

 

カーテンが閉め切られた室内、机の上や床にはキュウビ、オロチ、さらにはウィスパーとジバニャンが顔を揃えている。そしてその中心には、困惑を隠せない少女・文花と、物静かな少年・真生が座っていた。

 

オロチが沈黙を破り、鋭い眼光を二人に向ける。その声は、かつてないほど低く重い。

 

オロチ「文花、そしてマオ。お前たちには、この世界の裏側に隠された『真実』を知ってもらわねばならない」

マオ「……僕のこと、知ってるの? 昨日の戦いの時から、君たちの視線が気になっていたんだ」

 

オロチは静かに頷き、遠い記憶を紐解くように語り始めた。

 

オロ「この世界には幾つかによって分けられている。

大まかに分けて、一つは文花達が住んでる「人間界」。二つ目は俺達妖怪の住む「妖魔界」。三つ目が悪魔達が住む「魔界」だ」

キュ「本来、悪魔がこの世界で形を保つには、『マグネタイト』と呼ばれる生体エネルギーが不可欠だ」

 

文「まぐねたいと…?」

 

キュ「マグネタイトは生物の魂や精神活動から生じるエネルギーだが、現世にはそれが希薄すぎる。

高位の悪魔が無理に現世に降臨しようとすればその強大すぎる存在感に世界が耐えきれず、悪魔自身も霧のように霧散するか、あるいは正気を失った獣へと変質してしまうのが常だ。高濃度の酸素の中に放り出された魚のようなものだね。

だから、彼らが現世に留まるには召喚か世界の再構築の二つの方法しかない」

 

キュ「だが今、この町には悪魔が増え続けている。地獄にいるはずのラジオデーモンからして恐らく奴の仕業だと考えたほうがいいだろう。奴がアレと手を組んだと考えれば尚辻褄が合う」

 

ジバニ「あ、アレとは何ニャン……?」

 

オロチは重い口を開いた。

 

オロチ「かつて妖魔界は絶対的な指導者「エンマ大王」のもとで、光り輝く平和を享受していた。俺たち妖怪の寿命は人間より遥かに長いが、それでも永遠ではない。……悲劇は、エンマ大王が世を去ったことから始まった」

ウィス「わ、私がガチャの中に閉じ込められている間に、妖魔界でそんな大変なことが……! 」

オロチ「大王亡き後、その空座となった玉座を狙ったのが、魔界議長イカカモネ・ソウカモネとその一派だ。奴は力で妖魔界を制圧し、恐怖による支配を始めた」

 

隣で扇を弄んでいたキュウビが、冷ややかな笑みを浮かべて言葉を添える。

 

キュウビ「平和を願った先代の遺志は踏みにじられた。文花、君が持っている『妖怪ウォッチ』も、本来は人間と妖怪の絆を繋ぎ、共生を願った大王が遺した遺産の一つなんだ。だが……」

 

キュウビの瞳に、禍々しい影がよぎる。

 

キュウビ「僕の考察だが、あのラジオデーモンもこの件に深く一枚噛んでいる。おそらく奴はイカカモネと裏で手を組み、人間界に悪魔たちを解き放つ手助けをしている張本人だろう。奴自身が強力な悪魔であると同時に地獄の門を開く『放送局』の役割を果たしている」

 

キュ「イカカモネと手を組んだ奴は自分の『ラジオ放送』という媒体を使い、人間界のマグネタイトを効率よく吸収し、自分たちの存在を安定させるための『回路』を作り上げているんだ。今、さくらニュータウンの住人たちが感じている不安や恐怖……それ自体が悪魔たちの餌となり、この街の理を書き換えるエネルギーに変換されている。

結果。この街は悪魔がマグネタイトの欠乏を気にせずに存在できる『スタジオ』へと変貌させた。本来なら数分と形を保てない高位の悪魔たちが、我が物顔で街を歩けるようになっているのは、アラスターが世界に『悪魔が存在してもよい』という偽のルールを上書きし続けているからだろう。

まぁ最も、奴のことだ。最後にはイカカモネさえも食らい、全てを奪い去るつもりだろうけれどね」

ジバ「あのアカいの、やっぱりとんでもない悪い奴ニャン……」

 

オロチが再び口を開く。その視線は、マオの瞳を射抜くように固定された。

 

オロチ「亡きエンマ大王には、一人息子がいた。だが、その力はまだ幼く、覚醒していなかった。彼は俺たち残された妖怪にとって、唯一の希望だった。だから……俺たちは彼を救うため、一つの賭けに出た」

マオ「……ま、まさか……」

 

マオの顔から血の気が引いていく。オロチの言葉は、彼のアイデンティティを根本から揺さぶるものだった。

 

オロチ「俺たちは彼の記憶を封じ、力を眠らせたまま、平和な人間界へと逃がしたのだ。イカカモネの魔の手が届かぬよう、ただの『人間』として。

 

 

……マオ、その息子こそがお前なんだ」

 

部屋を静寂が支配した。文花は隣に座る物静かなクラスメイトを見つめ、絶句する。

 

文「マオくんが……エンマ大王の息子……!?」

オロチ「文花。お前は他の人間と違い、妖怪という存在を恐れず、対等に受け入れた。そんなお前なら、王の血を引くマオを託し、支えてくれると信じていたんだ。俺たちが影から見守り続けていたのは、この為だ」

 

驚愕に震えていた文花だったが、やがてその震えが止まった。彼女はマオの手をそっと握り、毅然と顔を上げた。

 

文花「……私、やる! そのイカカモネっていう妖怪も、アラスターのことも放っておけない。マオくんを守って、妖魔界も、この街も、全部救ってみせる!」

マオ「フミちゃん……」

オロチ「ふっ……。やはり、お前を信じて正解だったようだな」

 

キュウビも満足げに頬を上げ、優雅に頷いた。

 

文花の決意が部屋の空気を熱く震わせた、まさにその瞬間だった。

 

それまで重厚な風格を保っていたオロチとキュウビの表情が、同時に凍りついた。二人は弾かれたように立ち上がり、鋭い視線を窓の外――夕闇が迫りくるさくら住宅街の空へと向けた。

 

文「……っ! どうしたの、二人とも!?」

 

文花が思わず声を上げる。彼女にはまだ何も見えていなかったが、肌に刺さるような異常な空気の「重み」だけは感じ取っていた。

 

ウィス「な、ななな、なんでぃすか!? この、お尻の底から突き上げてくるような不気味な震動は! 胃袋がシェイクされているようでぃす!」

 

ウィスパーがガタガタと震えだす。それは単なる地震ではなかった。空間そのものが、細かな「ノイズ」を帯びて振動しているのだ。

 

キュ「……この気配、悪魔だ。それも、さっきまでの有象無象とは格が違いすぎる」

 

キュウビの九つの尾が、警戒心で針のように逆立つ。彼の鋭い感性は、街の各所に突如として出現した「巨大な力の渦」を捉えていた。

 

オロチが窓際に歩み寄り、カーテンを乱暴に開け放った。外は雲行きが怪しくなり、異質なオーラで溢れている。

 

オロ「間違いない……。ラジオデーモンが、本格的に動き出した!

奴はただ居候を決め込んでいたわけではない。牙を研ぎ、現世という盤上に自らの駒を配置し終えたんだ。この震動は、地獄の門が『放送開始』を告げる鐘の音に他ならん」

ジバ「あのアカいの、本気でこの街を自分のスタジオにするつもりニャン……!」

 

ジバニャンもチョコボーを落とし、窓の外の異常な景色に釘付けになっている。平和な住宅街の街灯が、ノイズと共にチカチカと明滅し、影が異様に長く伸び始めていた。

 

文「……そんな。ケータくんは!? ケータくんのところにアラスターがいるんでしょう!? ケータくんが危ないんじゃ……!」

 

文花は窓の外を見つめながら、強く拳を握りしめた。今まさに、街全体が巨大な「劇場」へと変貌しようとしている。そしてその劇の主役は、景太と共にいるあの最悪の悪魔なのだ。

 

キュ「落ち着いて。……どうやら向こうもただでやられるつもりはないようだね。あちらからも、複数の強力な『悪魔の反応』が立ち上がっている」

オロ「だが、それが味方か敵かは分からん。……マオ、文花。覚悟を決めろ。今夜、この街の『日常』は終わりを告げる」

 

夕闇を切り裂くようにどこからか楽しげな、しかし背筋を凍らせるような「笑い声」が風に乗って響いてきた。

 

それは、地獄の支配者が高らかに告げる、侵略のファンファーレだった。




きょうの悪魔大辞典。

アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」

景「『龍神ゲンブ』」

アラ「玄武には未来を見通して智恵を授け、時には人間に化身して魔と戦う事もあると言われてます」
景「流石は四神……って事は」

景太はゲンブに詰め寄った。

景「だったら、オレ、結婚してるか教えてほしいんだけど!?やっぱりフミちゃん!?」
ゲンブ「残念だがそう安々と…」
景「フミちゃんだよね?」
ゲンブ「だから…」
景「フミちゃんだよね!?」
ゲンブ「あの…」
景「フミちゃんと結婚してるか教えろーー!!」

ピク「必死すぎでしょ……」

アラスターは腹を抱えて笑っていた。
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