悪魔ウォッチ   作:龍座

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龍神コウリュウ

キュウビの放った黄金の炎が静かに掻き消えると、文花たちはひょうたん池から少し離れた、高台の公園へと降り立っていた。

 

周囲を包むのは、深夜の住宅街特有の重苦しい静寂だ。文花はしばらくの間、自分の足元を見つめたまま動けずにいた。脳裏に焼き付いているのは、恐ろしい悪魔たちに囲まれながらも、真っ直ぐな瞳で自分を見つめていた景太の姿だ。

 

文「……まさか、ケータくんが悪魔使いだったなんて。あんなに怖そうな人たちと一緒にいるなんて、思ってもみなかった」

 

ポツリと漏らした言葉は、夜風にさらわれて消えていく。しかし、文花の胸の中にあったのは、恐怖だけではなかった。

 

文「でも……あの時、ケータくんの周りにいた人たち……なんだか、私とジバニャンたちが一緒にいる時と、すごく似てた気がするんだ」

 

その言葉に、それまで「自分たちは正義だ」と言わんばかりの態度だったウィスパーが、目に見えて狼狽し始めた。

 

ウィス「な、何をおっしゃるんでぃすかフミちゃん! このダンディでエレガントなアタクシと、あんな禍々しい悪魔共を一緒にするなんて、心外も甚だしい……!」

 

言い募ろうとしたウィスパーだったが、ピクシーに突きつけられた「お前ら妖怪だって人間に迷惑をかけている」という正論が、鋭いトゲのように胸に刺さっていた。彼は力なく宙に浮いたまま、シュンと項垂れる。

 

ウィス「……いえ、正直に言いましょう。アタクシも、あの小娘……いえ、ピクシーに言われたことには、ぐうの音も出ませんでした。我々妖怪も、知らず知らずのうちに人間界の秩序を乱している側面があるのは、否定できません……」

ジバ「……オレっちも、そう思うニャ。たまに交差点でトラックを百裂肉球で殴ってるけど……あれも、人間から見たらただの迷惑で危ない怪異なんだよニャ。悪魔が怖いからダメっていうなら、オレっちたちだって、普通の人間から見れば大概ニャ……」

 

ジバニャンが力なく呟き、自分の肉球を見つめる。彼らもまた、自分たちが「異物」であることを自覚せざるを得なかった。

 

文「ケータくんはきっと、私と同じなんだよね。怖い悪魔に見えても、彼にとっては大切な仲間で……。私と同じように、自分の信じる仲間を守ろうとしていただけなんだよね」

 

文花は、胸元にある『妖怪ウォッチ』をそっと握りしめた。冷たい金属の感触が、彼女に現実を突きつける。景太も自分も、普通の世界からはみ出した力を背負っている。けれど、その力の使い道が、今は決定的に食い違ってしまっていた。

 

キュ「……フン、悪魔側の言い分も、一理あることだけは不服だが認めよう。だが文花、あのラジオデーモンだけは別だ。奴の存在は、妖怪や悪魔という枠組みを超えた『混沌』そのもの……極めて危険であることに変わりはない!」

オロ「ああ。手遅れになる前に、どうにかしてあの少年から奴を引き剥がす必要がある。……たとえ、少年がそれを拒み、我々に牙を剥くことになったとしてもだ」

 

オロチの瞳には、一切の揺らぎがなかった。彼は本気だった。もし景太が完全に悪魔の力に呑まれ、世界のバランスを崩す存在になると判断すれば、たとえ文花の友人であっても、その息の根を止める覚悟を固めていた。悪魔の本当の恐ろしさを知る上位妖怪だからこその、非情な決断だ。

 

その時だった。

 

夜の帳を切り裂き、さくら第一小学校のある方角から眩いばかりの純白の光柱が天を貫いた。

 

オロ「……っ! あれは……四神の気が、一点に集束しているのか!?」

キュ「……まさか。セイリュウ、スザク、ビャッコ、ゲンブ……すべての力を束ね、王を呼び起こすつもりか!!」

 

眩光が夜空を白銀に染め上げ、遠く離れたこの場所まで強大な霊圧が押し寄せてくる。

 

文「ケータくん……!」

 

光の柱を見つめる文花の瞳からは、先ほどまでの迷いや恐怖が消え去っていた。

 

景太が何をしようとしているのか。あの光の先で何が起きようとしているのか。

 

それをただ怯えて見ているだけでは、もういられない。

 

文「行こう、みんな。ケータくんが何を信じているのか……この目で、確かめなきゃ!」

 

夜明けはまだ遠い。

 

しかし、少女は決意を胸に、光り輝く『妖怪ウォッチ』と共に光るその場所に向かって走り出した。

 

ーーー

 

夜の帳が降りたさくら第一小学校。かつて昼間には子供たちの歓声が響いていた学び舎の屋上は、今、この世のものとは思えない静寂と、肌を刺すような霊気の渦に包まれていた。

 

景太がスザクの背から飛び降り、屋上のコンクリートに足をつける。その瞬間、彼のポケットの中で四枚の悪魔メダル――セイリュウ、ビャッコ、スザク、ゲンブ――が、生き物のように脈打ち、凄まじい熱を放ち始めた。

 

景「……くるのか?」

 

景太が呟くのと同時に、四枚のメダルから色鮮やかな光の奔流が飛び出した。蒼、白、紅、黒。四色の光は屋上の四隅へと着弾し、そこには先ほどよりも遥かに巨大で、神々しいオーラを纏った四神たちが再び姿を現した。彼らは一斉に天を仰ぎ、咆哮を上げる。四つの力が中心へと集束し、夜空を割るような黄金の極光となって垂直に昇っていった。

 

アラ「ニャハッ! さあ、来ますよ! カーテンコールにはまだ早い、今夜の真の主役の登場です!!」

 

アラスターが狂おしいまでの興奮を込めて叫ぶ。上空で爆発した光の粒子がゆっくりと形を成していく。

そこに現れたのは、月をも隠すほどの巨躯を持つ、黄金に輝く龍だった。

 

頭上には三本の長大な角が王冠のようにそびえ立ち、その手足には四神の色を宿した四つの宝玉が掴められている。その眼差しは、歴史の全てを見透かすような深淵な静寂を湛えていた。

 

アラ「『龍神コウリュウ』!! 四神を束ね、中央を司る土の神! まさしく四神の頂点にして、守護神です!」

 

アラスターは杖を振り回し、ラジオの混信のような笑い声を響かせながら解説を続ける。すると、景太の脳内に、直接響く重厚な声が届いた。それは耳で聞く音ではなく、魂を震わせる「意思」の奔流だった。

 

コウリ『四神に認められし者よ。互いの紹介は要らぬであろう。我は、汝のこれまでの歩み……悪魔を信じ、妖怪と対峙し、それでもなお手を差し伸べようとするその姿、全てを見させてもらった』

 

景太は圧倒的な威圧感に気圧されそうになりながらも、コウリュウの瞳を見つめ返す。

 

コウリ『我は、悪魔、妖怪、そして人間の間に立ち、新たな平定をもたらす可能性を汝に見た。……ならば、最後の試練へと話を進めてもよかろう。汝に、その資格があるかどうかをな』

景「最後の試練……」

 

景太が息を呑む。コウリュウの周囲を漂う宝玉が激しく光り、空気がさらに重く沈み込む。

 

コウリ『最後の試練。それは、その力を我に示すこと。

 

……端的に言えば、我と戦ってみせよということだ!』

 

黄金の龍が咆哮すると、屋上のフェンスが激しく鳴り響いた。景太は一瞬、自分の手足を見つめた。最強の神に、自分たちがどこまで通用するのか。だが、迷いはなかった。彼は頬を上げ、覚悟を決めた鋭い眼差しで力強く頷いた。

 

その時、アラスターがスッと景太の前に進み出た。

 

アラ「ケータくん。……ここは一つ、私に任せてもらえませんか?」

景「えっ!? アラスターだけ!? 他の悪魔たちは……」

アラ「いいえ、私一人で問題ありません。……いえ、これは戦略ではなく、私の『我儘』です。この頂点の存在を相手に、私自身の力がどこまで通用するのか……私自身が、その興奮を味わいたいのです」

 

アラスターの背後で、影がドロリと広がり、無数の触手が蠢く。彼の瞳は深紅の殺意と知的好奇心に満ちた、純粋な「悪魔」のそれに変わっていた。

 

アラ「ケータくん、貴方はそこで見ていてください……あ、それと。もし不躾な乱入者が来たら、それは貴方が阻止してくださいね?」

 

アラスターの言葉に、景太は一瞬絶句したが、彼の背中から伝わる「本気」を感じ取った。これは契約上の戦いではなく、アラスターという個人の意地なのだ。

 

コウリュウ『……ラジオデーモン一人だけか。随分と舐められたものだな』

アラ「少々、無理を言わせてもらいました。よろしいですよね、ケータくん?」

 

景太は唇を噛み、アラスターの背中を見つめた後、一つの決断を下した。

 

景「……分かった。条件を一つ、飲んでくれるなら」

アラ「なんでしょう?」

 

景「余り無理をしないこと! 負けそうになったら素直に撤退すること! ……そして…

 

絶対に勝って!!」

 

アラスターは一瞬、呆気に取られたように動きを止めた。そして、腹の底から突き上げるような、愉快でたまらないといった笑い声を漏らす。

 

アラ「ニャハハッ! 実に矛盾していますね! 無理をするなと言いながら勝てと命じる……実に貴方らしい、理不尽で最高なオーダーだ! ……条件成立(ディール)、ですよ!!」

コウリュウ『信頼しての覚悟……面白い。ならば我も、手加減は抜きだ。全力で行くぞ!!』

 

黄金の龍が天を舞い、アラスターの周囲に漆黒のノイズが爆発する。

 

さくら第一小学校の屋上で、神と悪魔による、次元の壁を穿つほどの死闘が幕を開けた。

 

さくら第一小学校の屋上は、もはや現世の理が通用しない特異点と化していた。

 

アラスターが指先を鳴らすと、漆黒の影がドーム状に広がり、コウリュウを閉じ込める巨大なバリヤーを形成する。

 

それは彼の「スタジオ」であり、外部からの干渉を一切遮断する絶対領域のはずだった。しかし、黄金の龍がその巨大な尾を一振りしただけで、空間そのものを固定していた影の鎖はガラス細工のように脆く砕け散った。

 

アラ「おやおや、フィールドは広いのがお好きのようですね! 視聴者諸君、これぞ神のスケールですよ!」

 

アラスターは不敵に笑い、ステッキを指揮棒のように振る。背後の影から無数の使い魔たちが湧き出し、ラジオの混信のような耳を刺すノイズと共にコウリュウへと殺到した。 

 

コウリュウは動じない。その四つの宝玉が激しく明滅し、神の裁きが下る。

 

コウリ「マハラギダイン!!」

 

黄金の龍の咆哮と共に、屋上を焼き尽くすほどの紅蓮の劫火が渦巻いた。

使い魔たちは断末魔を上げる間もなく消滅し、アラスターは影の外套を翻して辛うじて直撃を避ける。だが、攻撃は終わらない。間髪入れず、絶対零度の吹雪「マハブフダイン」が吹き荒れ、アラスターの足元を凍りつかせたかと思えば、直後に「マハジオダイン」の落雷が夜空を白銀に染め上げた。

 

アラ「ニャハハ! 熱いかと思えば寒い、実にお騒がせな気象状況ですね!!」

 

アラスターは影の触手で自身を空中に吊り上げ、雷撃を回避する。彼は空中で奇妙な旋律を奏で、歪んだ音波を実体化させてコウリュウの鱗に叩き込む。神と悪魔、黄金の秩序と漆黒の混沌が激突するたびに、校舎全体が悲鳴を上げるように揺れた。

 

その凄まじい光景を追って、文花とキュウビたちが屋上に辿り着いた。

 

しかし、彼らが目にしたのは、もはや自分たちの常識では計り知れない「神域」の戦いだった。

 

キュウビの美しい金毛は、コウリュウが放つ圧倒的な霊圧に逆立ち、オロチは無意識にマフラーの龍を最大まで膨張させ、防衛本能を剥き出しにしている。未来の科学の粋を集めたはずのゴルニャンですら、「警告! 測定不能なエネルギーを確認。即時撤退を推奨!」と緊急警報を鳴らし続けていた。

 

ウィス「な、ななななな……何なんでぃすかあれは……!? まるで……!」

オロ「……神だ……あれこそが、地を統べる真の王……!」

 

文花はその場に膝から崩れ落ちた。ただ戦っているのではない。世界そのものが震えているのだ。このままでは学校どころか、街中に甚大な被害が出る。

 

文「……止めて。お願い、キュウビ、オロチ……! このままじゃ、みんな……ケータくんも危ないよ!!」

 

文花の悲痛な叫びに、キュウビとオロチは互いに頷き、死を覚悟した眼差しで戦場へ割り込もうと地を蹴った。ゴルニャンもロケットパンチの照準を定める。

 

だが、その突進は「絶望的な重量感」によって遮られた。

 

景「オレの友達! 出てこい、『ザオウゴンゲン』!!」

 

景太の叫びと共に、屋上の地面から巨大な青い腕が突き出た。

 

現れた破壊神ザオウゴンゲンのその圧倒的な憤怒の形相に、ウィスパーとジバニャンは「ギャーッ!!」と抱き合って悲鳴を上げた。

 

ザオウゴンゲンがその巨大な法具を振り下ろし、キュウビたちの進路を物理的に断絶する。

 

文「ケータくん……!? どうして!?」

 

上空から翼を広げて舞い降りたのは、霊鳥スザクに跨る景太だった。彼は文花の瞳を真っ直ぐに見据え、苦しげに、しかし断固とした口調で告げた。

 

景「ごめん、フミちゃん。……これは、オレとアラスターの約束なんだ!」

 

スザクが美しい尾羽を広げ、文花たちの前に立ちふさがる。景太はスザクの背から降りることなく、悪魔ウォッチを握りしめていた。

 

オロ「……この状況で、まだあの悪魔の肩を持つか。正気を疑うぞ、天野景太」

 

オロチの影から無数の龍が首を上げ、景太を威嚇する。キュウビもまた、その九つの尾に霊力を溜め、美しい顔を怒りに歪めた。

 

キュ「残念だよ、少年。……君がこれほどまでに悪魔の甘言に毒されているとはね。ならば……これ以上、情けは無用だ。貴様は今、この瞬間から我らの『敵』だ!!」

景「……受けて立つよ。オレは、アラスターを信じてる。彼が勝つまで、誰にも邪魔はさせない!!」

 

屋上の半分では神と悪魔が超次元の殺し合いを演じ、もう半分ではかつての親友と、妖怪、悪魔たちが互いに武器を取り合う。

 

さくら第一小学校の屋上は、もはや戻ることのできない、運命の決別点へと至った。

 

「ザオウゴンゲン! 頼む、みんなを止めてくれ!!」

 

破壊神が咆哮し、それに応えるようにオロチの龍が飛びかかる。

 

ーーー

 

さくら第一小学校の屋上を起点とした戦いは、もはや一つの場所に留まれる規模を遥かに超えていた。

 

黄金の流星と漆黒の影、二つの異質なエネルギー体は、さくらニュータウンの夜空をキャンバスにするかのように、凄まじい速度で縦横無尽に駆け巡る。

 

団々坂の古い街並みの上空を、コウリュウが巨体をくねらせて通過する。その神々しい輝きは、眠りについた街を白日の下に晒すかのように照らし出した。それを追うアラスターは、影の道を通って空間を跳躍し、まるで重力など存在しないかのように空中を軽やかにステップしていく。

 

アラ「おやおや、コウリュウ! そんなに光り輝いて、下の人間たちに貴方の姿が丸見えですが……よろしいので? 秘密のデートという雰囲気ではありませんよ!」

 

アラスターがステッキをマイクスタンドのように握り直し、ラジオのノイズを撒き散らしながら嘲笑う。だが、コウリュウは速度を緩めることなく、その巨大な尾で団々坂の木々を揺らし、衝撃波を撒き散らしながら答えた。

 

コウリュウ『そのような矮小な懸念、今はどうでも良いこと!! 我が求めているのは、汝の魂が刻む戦いの鼓動のみよ!!』

 

戦場は、一瞬にして高層ビルが立ち並ぶ「さくら中央シティ」へと移る。ビル群の窓ガラスが、二人の放つ霊圧に耐えきれず、共鳴して不気味な音を立て始めた。

 

アラ「ならば、最高の『番組』を放送して差し上げましょう……耳を塞いでも無駄ですよ!」

 

アラスターが空中で制止した。彼の背後に、巨大なラジオ塔を幻視させるような影の幾何学模様が展開される。彼の目がVUメーターのように激しく振れ、周囲の空間に無数の「真空管」と「蓄音機のラッパ」が実体化した。

 

アラ「お聴きください、絶望の周波数を」

 

アラスターがステッキの先で空間を叩く。その瞬間、物理的な破壊力を伴った「超高周波の不可視の奔流」が放たれた。

 

それは単なる音ではない。空間そのものを震わせ、物質の分子構造をバラバラに分解する、死の旋律だ。中央シティのビル風が悲鳴を上げ、コウリュウの周囲にある空気が凄まじい勢いで爆ぜる。

 

コウリ『ぬうぅっ!?』

 

黄金の鱗が、音の刃を受けて火花を散らす。アラスターは攻撃の手を緩めない。彼は指を鳴らすたびに、街中の電波塔やアンテナからノイズを強制的に吸い上げ、それを凝縮してコウリュウの耳元へと叩き込んだ。

 

アラ「耳をつんざく程の耳鳴りは好きですか? それとも、放送事故の静寂がお好みで?」

 

音波の直撃を受けたコウリュウの動きが一瞬鈍る。その隙を見逃さず、アラスターはさらに音を「物質化」させた。空中に浮かぶ音符のような影が、巨大な杭となってコウリュウの翼や胴体を貫かんと襲いかかる。

 

ビルとビルの間を、黄金の光がのたうつ。コウリュウは苦悶の声を上げながらも、その四つの宝玉を回転させ、音の波を強引に中和しようと試みる。

 

コウリュウ『面白い……音を武器とするか! これしきの不協和音で我が魂が折れると思うなよ!!』

 

コウリュウが大きく口を開いた。音には音を――神の咆哮が、アラスターの死の旋律を真っ向から打ち消そうと爆発する。

 

中央シティの夜空は、黄金の閃光と漆黒のノイズが混ざり合い、まるで世界が崩壊していくかのような光景へと塗り替えられていった。地上では、何も知らない人々が空を見上げ、ありえないはずの「オーロラと雷鳴」に言葉を失っている。

 

アラスターは、その混乱こそが最高の調味料であると言わんばかりに、三日月のような笑みをさらに深く、醜悪なまでに吊り上げた。

 

ーーー

 

地上では、帰宅途中の会社員や夜遊びに耽る若者たちが、あり得ない空の異変に足を止めていた。

 

「何……あれ……? 特撮の撮影……?」

「龍……!? いや、飲み過ぎか……。幻覚まで見え始めたか……」

 

呆然と呟く人々の視線の先で、神と悪魔は、地上に蠢く矮小な「観客」たちの言葉など、羽虫の羽音ほどにも気にかけていなかった。彼らにとって、この一戦こそが世界の全てであり、唯一の現実だった。

 

アラスターの放った音の杭を、コウリュウはその神々しい咆哮一閃で打ち消した。音波の刃が四散し、大気が悲鳴を上げる中、コウリュウの周囲を回る四つの宝玉が、これまでにない異常な輝きを放ち始める。

 

コウリュウ『……戯れは終わりだ。異界の王よ、これぞ神の裁き。全を無に帰す、究極の慈悲を授けよう』

 

コウリュウがその巨大な顎を開くと、四つの宝玉が一点に集束し、白銀の光球を形成した。周囲の光、空気、そして空間そのものが、その一点へと吸い込まれていくような恐るべき吸引力。

 

コウリ「メギドラオン!!」

 

アラ「おやおや、それは少々『出力』が過ぎるようですねぇ……! スタジオが壊れては放送が台無しになる!」

 

アラスターは即座に状況を察知した。このまま地上付近で放たれれば、さくら中央シティのビル群は一瞬で地図から消滅する。彼は影の外套を大きく翻し、垂直に、弾丸のような速度で成層圏へと急上昇した。

 

コウリュウもまた、黄金の光跡を残しながらそれを追う。上昇しながら放たれたメギドラオンの輝きが、夜空を白銀の昼間へと塗り替えた。

 

逃げ場のない天空で、アラスターは反転した。彼の背後に、不気味なラジオの周波数グラフが血のような赤色で展開される。

 

アラスターがステッキを空間に突き立てるような動作を見せると、彼の前方に幾重にも重なる「防壁」が展開された。

 

第一の壁は、視界を歪めるほどの激しい砂嵐。

 

第二の壁は、ドロリとした漆黒の液体で書かれた、文字が蠢く影の膜。

 

第三の壁は、物理的な攻撃を概念的に「無効な周波数」へと変換する不可視の結界。

 

そこへ、全てを消し去る万能の奔流メギドラオンが衝突した。

 

ドォォォォォォォォォンッ!!!

 

衝突の瞬間、轟音すらも光に飲み込まれた。

 

白銀の奔流がアラスターの第一層を瞬時に蒸発させ、第二層の影の契約書を紙切れのように焼きちぎっていく。

アラスターの顔から、いつもの余裕ある笑みが一瞬だけ消え、歯を食いしばる剥き出しの形相が露わになった。

 

アラ「ぐ、っ……カカカカカ! 素晴らしい、これこそが神の全力ですか!!」

 

メギドラオンの凄まじい圧力が、アラスターの張った多重バリヤーを外側から押し潰していく。バリヤーの表面で、黄金のスパークと紫の火花が激しくぶつかり合い、衝撃波が雲を四散させて夜空を真っさらにした。

 

アラスターの影が、強烈な光に焼かれて細く、鋭く伸びる。彼は自身の魔力を枯渇させる勢いで、砕け散るバリヤーの隙間から新たな影を注ぎ込み、神の裁きを力技で押し留めようとしていた。

 

しかし…。

 

最後の障壁が破壊され、同時に必死の抵抗故にメギドラオンが爆発。

 

その間近にいたアラスターを飲み込んだ…。

 

爆散した「メギドラオン」の白銀の余韻が、薄い雲海を円形に吹き飛ばし、その中心に一人の影をさらけ出す。

 

コウリ『これを凌ぐか』

 

アラスターは辛うじてだが耐えきった。

しかし、彼の姿は無惨だった。

 

トレードマークの赤い燕尾服はボロ布のように裂け、常に整えられていた髪は乱れ、モノクルには鋭いひびが入っている。彼の身体からは、まるでお化けテレビのようにノイズが火花となって散り、実体が不安定に明滅していた。

 

だが、その裂けた口元に刻まれた三日月のような笑みだけは、一点の曇りもなく、狂気的なまでの愉悦を湛えていた。

 

アラ「……ハ、ニャハハハ! 流石は神、恐れ入りましたよ……昔の私なら、今の一撃で間違いなく存在ごと消滅していたでしょうねぇ……」

 

アラスターが震える手で、ひび割れたステッキを握り直す。彼の瞳の中で、VUメーターの針が限界を超えて振り切れた。

 

アラ「ですが……耐えきった! 耐えきりましたよ、コウリュウ!!」

 

刹那、アラスターが展開していた多重バリヤーの破片が、奇怪な動きを見せた。砕け散ったはずの結界が、磁石に吸い寄せられるように再構築され、さらにその表面にはコウリュウが放った「メギドラオン」の残滓である白銀の輝きが、ドロリとした漆黒の影と混ざり合いながら纏わりついていく。

 

神の放つ「無」のエネルギーが、悪魔の「影」によって強引に再定義(エンコード)され、アラスターの魔力へと変換されていく。

 

アラ「礼を言わせてください。貴方の絶大な力を真正面から『受信』したおかげで、私の回路チャンネルはまた一段と強固に、美しく進化できました。……もう、この力は私のものだ!」

 

アラスターが空高くステッキを突き上げた。その瞬間、彼がこれまでの空中戦で密かにバラ撒いていた「音の塊」――目に見えないほどの小さな音響爆弾たちが、一斉に共鳴を開始した。

 

アラスターが喉の奥から、地獄の底を這いずるような低音を響かせる。

 

アラ「さあ、放送終了の時間ですよ……

 

 

Rainy Noise(レイニーノイズ)』!!」

 

アラスターが打ち上げた音の核が、コウリュウを包囲するように上空へと展開された。それは不可視の巨大な反響室となり、内部で音波が幾重にも重なり合い、増幅され、暴力的なまでのエネルギーを蓄えていく。

 

そして、臨界点。

 

空が、赤黒い稲妻に塗りつぶされた。

 

雨のように降り注ぐのは、実体化した「雑音(ノイズ)」の雨だ。一本一本が超高周波の刃であり、メギドラオンの輝きを孕んだことで、万物を分解する万能属性の性質を帯びている。

 

コウリュウ『ぬうぅっ!? 降り注ぐ音が……我が鱗を貫くというのか!』

 

黄金の巨躯を、無数の赤い閃光が襲う。

コウリュウは空中で身を捩り、四つの宝玉を用い防壁を張るが、レイニーノイズはその隙間を縫うように、あるいは結界そのものを共振させて粉砕しながら、神の肉体へと突き刺さっていった。

 

ただの衝撃ではない。突き刺さったノイズは、コウリュウの神経、あるいは霊的な回路そのものに干渉し、その存在を内側からかき乱していく。

 

アラ「ニャハハハハ! 良い悲鳴だ、最高のBGMですよ! もっと、もっと聞かせてください!!」

 

アラスターはボロボロの体で狂ったようにステップを踏み、指を鳴らす。

そのたびに、上空からの「雑音の雨」は激しさを増し、成層圏の夜空は血のような赤色と、神の黄金色の火花が激しく散る地獄絵図へと変貌した。

 

ビル群が遥か下に見えるこの高空で、神の権威が、一人の「ラジオデーモン」が放つ狂気の旋律に押し流されようとしている。

 

そしてついに成層圏から降り注ぐ赤黒いノイズの豪雨が、ついに黄金の神威を塗りつぶした。

 

コウリ「……」

アラ「まだ耐えますか。ならー」

 

龍神コウリュウは、言葉を発することも、あるいは咆哮を上げることもなかった。神の象徴たる黄金の輝きが急激に色褪せ、重力という名の絶対的な理が、天の支配者を地上へと引きずり下ろした。

 

―ズズウゥゥゥゥンッ!!

 

さくら中央シティの中央広場に、巨大な質量が叩きつけられた。衝撃波が周囲の並木をなぎ倒し、アスファルトを巨大なクレーター状に陥没させる。土煙が舞い上がり、街灯が激しく明滅して消えた。

 

静寂が、廃墟のようになった広場を支配する。

 

その中心部。ボロボロの燕尾服を翻し、アラスターがゆっくりと地上へ降り立った。彼の足取りは、死闘を終えた直後とは思えないほど軽やかだったが、その輪郭は絶えずラジオの砂嵐のように乱れ、激しい魔力の消耗を物語っていた。

 

アラスターは、クレーターの底で巨体を横たえ、気を失っているコウリュウを見下ろした。その裂けた口角が、僅かに、しかし満足げに吊り上がる。

 

アラ「……ふぅ。良かったですよ。これ以上続けられていたら、少々不本意な『奥の手』を披露しなければならないところでした。あれは隠しておきたかったですし、何より、私自身にも無視できない危険が及びますからねぇ……」

 

ひび割れたステッキを軽く回し、彼は小さく肩をすくめた。神を相手に勝利をもぎ取ったという事実は、このラジオデーモンにとって何よりの「戦果」であり、最高の「娯楽」だったに違いない。

 

だが、彼はすぐに周囲の異様な気配に気づいた。

 

「おい、見ろよ……マジかよ……」

「今の爆発、何!? 龍……? 龍が落ちてきたのか!?」

「録画! 録画してSNSにあげろ!!」

 

土煙の向こう側、広場の外縁には、スマホを掲げた野次馬たちが黒山の人だかりを作っていた。現代の人間界という舞台において、これほどの「大事件」が注目を集めないはずがない。

 

アラ「おや、観客(ギャラリー)が多すぎますね。私の番組は、選ばれた視聴者にだけお届けするのがポリシーなのですが……」

 

アラスターの目が、不気味なVUメーターへと変貌した。

 

アラ「さて、野次馬諸君にはご遠慮願いましょうか。……放送事故の演出ですよ」

 

アラスターがステッキを地面にコツンと突いた。その瞬間、広場を中心とした全方位に、鼓膜を突き刺すような鋭いハウリング音が放たれた。

 

キィィィィィン!! という激しいノイズと共に、野次馬たちが掲げていたスマートフォンの画面が砂嵐に変わり、次々とショートして火花を吹いた。街中の大型ビジョンや防犯カメラも、一斉にアラスターのシルエットを映し出したままブラックアウトしていく。

 

さらに、アラスターは空中に向かって指を鳴らした。

 

アラ「『おやすみの時間』です」

 

今度は、人間の脳を直接揺さぶるような、極めて低い周波数の重低音が街に広がった。

 

逃げ惑おうとしていた野次馬たちは、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。死んではいない。ただ、抗いようのない昏睡の波動に飲み込まれ、深い眠りにつかされただけだ。

 

ものの数十秒で、さくら中央シティの喧騒は死の世界のような静寂へと塗り替えられた。

 

アラ「ふむ。後でケータくんにお小言を言われそうですが、この程度の処理なら許容範囲でしょう。……記憶の混乱は、明日の朝には『集団食中毒の幻覚』か何かに置き換わっているはずですよ」

 

アラスターは、折れかけたベンチを見つけると、優雅にそこに腰を下ろした。ボロボロになった服を影の魔術で補修しようともせず、ただひび割れたモノクルの奥で、親友と破壊神が待つ小学校の方角を見つめる。

 

アラ「さあ、主役(スター)の到着を待ちましょうか。……退屈しのぎには、少々贅沢すぎる夜でしたよ」

 

冷たい夜風が吹き抜ける中、アラスターは鼻歌を歌いながら、ゆっくりと近づいてくる景太の気配を待ち続けた。

 

ーーー

 

ー景太Sideー

 

アラスターとコウリュウが市街地を破壊しながら飛び去った後のさくら第一小学校屋上。そこは、残された者たちによる、もう一つの「地獄」と化していた。

 

文「どいて、ケータくん! あの悪魔を止めなきゃ、街がめちゃくちゃになっちゃう!」

 

文花が叫ぶ。彼女の手元にある妖怪ウォッチが、主の激しい動揺に呼応して白く発光していた。だが、景太はスザクの背に乗ったまま、悲痛な決断を瞳に宿して首を振る。

 

景「……行かせない。アラスターは、オレを信じて戦いに行ったんだ。だからオレも、あいつを信じてここを守る。……ザオウゴンゲン、お願いだ。キュウビたちを無力化して!」

ザオウ「承知。主の命、この金剛杖にかけて完遂せん!」

 

破壊神ザオウゴンゲンが地を蹴った。その巨体が動くたびに、コンクリートの床が悲鳴を上げてひび割れる。

 

オロ「させるかッ!」

 

オロチがマフラーの龍を解き放ち、ザオウゴンゲンへと肉薄する。だが、破壊神の放つ威圧感は、妖怪界のトップエリートであるオロチをして「本能的な死」を予感させるものだった。

 

景「他のみんなも……力を貸して!!」

 

景太がさらに三枚のメダルを空へ放り投げる。龍神セイリュウ、聖獣ビャッコ、そして龍神ゲンブ。四神の残る三体が、屋上の結界を突き破らんばかりの霊圧を伴って顕現した。

 

ウィス「アワワワワ! 四神に破壊神……! ちょ、ちょっとフミちゃん、こんなのどうやって勝ちゃ良いんでぃすか! 無理ゲーにも程があるぞおい!!」

 

ウィスパーが白目を剥いて絶叫する。その横で、ジバニャンもまた「これ、死ぬニャ……絶対死ぬニャ……」と震えながらも、文花を守るために爪を立てた。

 

文「……来るよ、みんな!」

 

文花の合図と共に、キュウビが九つの尾から一斉に狐火を放った。紅蓮の炎が渦を巻き、セイリュウへと襲いかかる。

 

セイリ「小賢しい。神の前にひれ伏すがいい!」

 

セイリュウが長い胴体をうねらせ、空間そのものを切り裂くような鋭い爪で炎を散らした。同時に、ビャッコが雷光を纏った弾丸と化してオロチの懐へ飛び込む。

 

オロ「速い……ッ!?」

 

オロチは影の龍を盾にするが、ビャッコの放つ雷龍撃は影を貫き、その装束を無慈悲に引き裂いていく。防御に定評のあるゲンブは、巨大な岩盤を地面から競り上げさせ、ゴルニャンが放つロケットパンチを無造作に弾き飛ばした。

 

ゴルニャ「計算不能……! 敵個体の出力、妖怪の域を完全に逸脱している!」

 

ゴルニャンの電子音声が警告を鳴らし続ける。文花の陣営は、数こそ互角に近かったが、個々の戦闘能力の差は絶望的だった。

 

屋上の中央では、ザオウゴンゲンとキュウビ、そしてジバニャンが対峙していた。

 

ジバニャ「どくニャあぁぁ! ケータを返せニャ!!」

 

ジバニャンが泣き出しそうな顔で「ひゃくれつ肉球」を繰り出す。だが、ザオウゴンゲンの青い皮膚には傷一つ付かない。破壊神は静かに拳を構え、慈悲のない一撃を振り下ろそうとする。

 

景「待って、ザオウゴンゲン!」

 

景太の叫びが響く。

 

景「殺さないで……! 無力化するだけでいいんだ!」

ザオウ「……御意。なれば、この怒りの波動にて眠りにつかせん!」

 

ザオウゴンゲンが大地を叩くと、衝撃波が文花たちの足を掬った。キュウビが苦悶の声を上げ、膝を突く。その視線の先で、文花は必死に景太を呼び続けていた。

 

文「どうして……どうしてこんなことになっちゃったの!? ケータくん、目を覚ましてよ! その悪魔たちは、あなたを騙してるだけなんだよ!」

景「騙されてなんかいない! ……フミちゃん。フミちゃんには分からないかもしれないけど、オレにとっては、あいつらも……『友達』なんだよ!!」

 

景太の瞳から涙がこぼれ落ちる。守りたいもの同士が殺し合う地獄。自分が信じる道を貫く代償として、恋心を抱いていた少女と敵対しなければならない現実。

 

景「スザク、全開でいくよ! フミちゃんたちを、これ以上傷つけたくない……一気に終わらせる!」

 

スザクが炎の翼を広げ、太陽のごとき輝きを放つ。対する文花も、震える手で妖怪ウォッチを握りしめ、残った魔力を振り絞る。

 

文「……私だって、ケータくんを諦めない! 行って、キュウビ! オロチ!」

 

かつての日常は崩れ去り、屋上は黄金の炎と蒼き雷鳴、そして少年少女の悲痛な叫びが交錯する修羅場へと沈んでいく。

 

そして戦場は崩落の続く学校の屋上から、正門前の広いロータリーへと移っていた。

 

夜の校舎を背に、対峙する二つの陣営。キュウビ、オロチ、ロボニャンという、妖怪界でも最強クラスのS級妖怪たちが肩で息をしていた。だが、その視線の先に立つのは、この国の霊的秩序の頂点に君臨する四神。そして、怒れる破壊神ザオウゴンゲンだ。

 

数だけでなく、存在のランク、そして純粋な暴力としての実力。そのすべてにおいて、オロチたちは圧倒的に不利な状況に置かれていた。

 

オロ「くっ……このままでは、ジリ貧だ……」

 

オロチのマフラーである龍が、苦痛に身悶える。

 

その時、文花が前へ出た。震える手でウォッチを掲げ、魂を振り絞るように叫ぶ。

 

文「そんなの関係ない……! 私は、ケータくんを取り戻したいだけなの! みんな、お願い……力を貸して!!」

 

文花は複数の妖怪メダルをセット!彼女の言葉に応えるように、夜闇の中に無数の光の筋が走った。

 

メラメラ「メラメラー!!」

コマさ「もんげー! フミちゃん、助けに来たズラ!」

コマ次「兄つぁん、頑張るズラよ!」

グレる「あぁん? どこのどいつがフミちゃんを泣かせてんだよコラァ!」

 

現れたのは、メラメライオン、コマさん、コマじろう、グレるりん、さらには影から音もなく忍び寄る影オロチ。文花がこれまでの日常で築き上げてきた、かけがえのない「友達」の総勢だった。

 

ウィスパーが涙を流して叫ぶ。

 

ウィス「これ、これですよ! これこそがフミちゃんの絆、友達妖怪大集結でうぃすー!!」

 

文花側の数は一気に増え、戦況は一変した。数に物を言わせた、泥臭くも必死な総力戦が幕を開ける。

 

ジバニ「やってやるニャ! ひゃくれつ肉球!!」

 

ジバニャンが先陣を切り、ザオウゴンゲンの巨大な足首に挑みかかる。

 

メラメラ「メラメラー!」

 

メラメライオンが吐き出す火炎が、氷を司るゲンブの甲羅を包囲する。熱気にたじろぐゲンブの隙を突き、グレるりんが拳を叩き込み、コマさん兄弟が「ひとだま乱舞」でその視界を奪う。

 

一方、上空ではスザクの炎と、影オロチの闇が激突していた。

 

影オロ「神を名乗る悪魔め……主を惑わす報い、受けてもらうぞ」

 

影オロチが放つ黒い龍が、スザクの紅蓮の翼に絡みつく。だが、スザクがひとたび羽ばたけば、浄化の炎が闇を焼き払い、辺り一面を熱風が覆った。

 

セイリュウの咆哮に合わせ、ビャッコが雷を纏って突進する。しかし、そこへロボニャンが「ミサイル発射!!」と機械的な迎撃を加え、キュウビの放つ巨大な火の玉がビャッコの進路を阻む。

 

数の利を生かした文花たちの連携は、神々の圧倒的な力をも僅かに押し返し始めていた。

 

その凄惨な光景を、景太はスザクの背から、あるいは戦場の中心で、ただ呆然と見つめていた。

目の前で赤い猫の妖怪が…フミちゃんの友達が自分が召喚した破壊神に踏みつけられそうになっている。

 

昨日まで一緒に笑っていた文花の友達たちが、自分の「相棒」である四神に傷つけられている。

 

景(こんなの……オレが望んだものじゃない!)

 

景太の胸を、鋭い痛みが突き抜けた。

 

彼はただ、誰もが不幸せにならない世界を求めていたはずだ。妖怪も、悪魔も、そして人間も。誰もが自分たちの居場所を奪い合わず、隣り合って過ごせる世界。それなのに、今自分がやっていることは、かつての絆を自らの手で引き裂く「戦争」そのものだった。

 

景「やめろ……もうやめてくれ!!」

 

景太の叫びは、轟音と爆鳴にかき消される。

 

アラ(オレのせいだ。あんなこと言っといて結局は……!)

 

自己嫌悪の闇に沈みかけた、その時だった。

 

―パァァァンッ!!

 

乾いた音が、戦場の一角で響いた。

景太の頬に、熱い衝撃が走る。

 

景「…………え?」

 

目を見開く景太の前には、肩で息をしながら、怒りと慈愛の混ざった瞳で彼を見上げるピクシーがいた。

 

ピク「ケータ……」

 

ピクシーの手は、今のビンタの衝撃で赤くなっている。

 

景「ピクシー…」

ピク「……こっち見ろ、バカ! 何一人で悲劇の主人公ぶってんのよ!」

 

ピクシーが景太の胸ぐらを掴むようにして捲し立てた。

 

ピク「あんたが今やらなきゃいけないのは、後悔することじゃないでしょ! この状況を止められるのは、ウォッチを持ってるあんただけじゃない!」

景「でも、オレ……」

ピク「アンタは、妖怪も悪魔も助けるって言ったのよ。だったら、その言葉に責任持ちなさいよ! 相変わらず人騒がせなんだから……。

……終わったら、チョコボー奮発しなさいよね」

 

ピクシーはふいと顔を背けたが、その小さな手はかすかに震えていた。彼女もまた、この最悪の状況に、誰よりも心を痛めていたのだ。

 

景太は、自分の頬をそっと触った。痛みの向こう側で、ぼやけていた視界が嘘のように晴れていく。

 

そうだ。迷っている暇はない。アラスターが神と戦っている間、自分はこの場所の「王」として、この狂った連鎖を断ち切らなければならない。

 

景太の瞳から迷いが消え、代わりに強い意志の光が宿った。

 

景「……ありがとう、ピクシー」

 

景太はゆっくりと立ち上がり、悪魔ウォッチを高く掲げた。

その構えは、もはや防衛のためではない。

 

景「ザオウゴンゲン! 四神のみんな! ……一度、攻撃をやめてくれ!!」

 

景太の叫びが、今度は戦場全体に響き渡った。

 

彼の決心は、もはや揺るがない。

 

文花に、そして世界に、悪魔と妖怪が共鳴する「新たな形」を示すために。

 

景太の本当の戦いが、ここから始まろうとしていた。

 

ーーー

 

景太はゆっくりとスザクの背から降り、無防備な姿で地面に立った。背後の破壊神と四神たちに短く指示を飛ばすと、彼は一歩、また一歩と文花の方へ歩み寄る。

 

文花の周りにいたコマさんやメラメライオンたちは、最初は身構えた。しかし、近づいてくる景太の全身から「戦う意志」が完全に消えているのを感じ取ると、彼を包囲していた輪を自然と広げた。

 

文「ケータくん……」

景「フミちゃん。オレ……ちゃんと伝えなきゃいけないことが……」

 

だが、景太が言葉を紡ぎ切るよりも早く、張り詰めた糸が切れた。

 

キュ「相手の動きが止まったぞ! 隙だらけだ!」

オロ「今が責め時……! 奴らをここで討ち果たす!!」

文「待って、二人とも! ケータくんはもう……!」

 

文花の制止は届かなかった。極限状態の緊張と、悪魔への根深い警戒心が、二体のS級妖怪を突き動かした。キュウビが九つの尾を扇状に広げ、オロチがマフラーの龍を最大まで膨張させて、無防備な景太へと突っ込んだ。

刹那、景太の背後で待機していた四神が動いた。だが、それは「殲滅」のための動きではなかった。

 

ザオウゴンゲンと四神たちは、飛来するオロチの牙とキュウビの爪を、最小限の動きで、紙一重のところで躱した。

 

景太は知っていた。理屈も言葉も通じないほど、彼らが追い詰められていることを。だからこそ、彼は悪魔たちに一つの、最も困難な指示を出していた。

 

景「反撃はしない。でも、抵抗はする。もうここからは誰も傷つけない」

 

それは、圧倒的な力を持つ側からすれば、最も屈辱的で、かつ慈悲深い戦い方だった。

 

キュ「ちょこまかと……! 逃げるなッ!」

 

キュウビが焦燥に駆られ、九つの尾から獄炎を放つ。その業火は一直線に景太の背中を狙った。しかし、そこに紅蓮の翼が割り込む。

 

スザクは一切の攻撃を加えず、ただその大きな翼で景太を包み込んだ。火炎を司る霊鳥にとって、キュウビの炎は温風にすら満たない。スザクは無言のまま、景太の盾となり続けた。

 

反撃はしない。でも、抵抗はする。

 

オロチが影の龍を無数に生み出し、四方八方からザオウゴンゲンを縛り上げようとする。だが、破壊神は岩のように微動だにせず、ただその巨大な腕を振って、絡みつく影を払いのけるだけだ。反撃の拳を握ることさえ、彼はしない。

 

セイリュウが空を舞い、ビャッコが地を駆ける。それらはすべて、キュウビたちの攻撃を逸らし、文花側の妖怪たちがこれ以上深追いできないように「壁」を作るための動きだった。

 

キュ「なぜだ……! なぜ打ち返してこない!? 我らを侮辱しているのか!」

オロ「消えろ……悪魔の眷属共! 消えろぉぉ!!」

 

反撃はしない。でも、抵抗はする。

 

その後も、二体は狂ったように攻撃を放ち続けた。黄金の炎が校門を焼き、紫の衝撃波がアスファルトを砕く。だが、そのすべてが四神の鉄壁の守りに阻まれ、あるいは空を切る。

 

景太は一度も立ち止まらなかった。背後で巻き起こる破壊の嵐に背を向けたまま、真っ直ぐに、震える文花の目の前まで歩を進める。

 

どれほどの時間が経っただろうか。

 

不意に、猛攻が止んだ。

 

キュ「はぁっ……はぁっ……クソ、これほど……これほど攻撃を当てているというのに……」

オロ「力が……抜ける……。何故だ、これ以上の霊気が……出ない……」

 

気がつけば、キュウビの尾からは炎が消え、オロチを支えていた龍の影も霧のように霧散していた。彼らの全霊を込めた攻撃は、何一つとして「不戦」を貫く悪魔たちの守りを突破できなかった。

 

極度の疲労と、何よりも「どれだけ全力を尽くしても届かない」という絶望的な実力差に、二体の矜持は内側から折れた。

 

キュウビとオロチは、まるで糸が切れた人形のように、その場に膝をついた。肩で激しく息をし、滴る汗が地面を濡らす。もう、彼らには指一本動かす力も、妖力も、残されてはいなかった。

 

地面に膝をつき、肩で息をするキュウビとオロチ。それを見つめて立ち尽くす文花の前で、

景「……本当に、ごめんなさい!!」

 

景太は深く、腰を折って頭を下げた。

夜の静寂に響き渡ったその絶叫に近い謝罪に、文花たちは虚を突かれたように硬直した。

 

景「最初はアラスターの邪魔をさせないためだったのに、いつの間にか、フミちゃんたちと本気で戦うみたいになっちゃって……。本当に、本当にゴメン!」

文「ケータくん……」

 

景太が顔を上げると、そこには「悪魔使い」の冷徹な顔ではなく、文花がよく知っている、お人好しで真っ直ぐな「いつもの景太」の瞳があった。

 

景太は真っ直ぐに文花の目を見つめ、心の底にある想いを言葉に乗せた。

 

景「フミちゃんにとって、悪魔が怖い存在に見えるのは分かった。でも……オレにとって、アラスターは、ピクシーは、ここにいるみんなは! フミちゃんの隣にいる妖怪たちと同じ、『大事な友達』なんだ!!」

 

その言葉は、文花の胸に深く突き刺さった。

 

文花は自分の足元で力なく笑うジバニャンや、震えながらも自分を守ろうとしたウィスパーを見つめる。もし、誰かが「妖怪は不気味だから消すべきだ」と言って彼らに襲いかかったら、自分だってきっと、なりふり構わず戦っただろう。

 

立場が違うだけで、守りたいものの重さは同じだったのだ。

 

景「だから……お願い。人間と妖怪、そして悪魔。みんなが一緒に歩める道を、オレと一緒に考えてほしいんだ」

 

その時、沈黙を守っていた悪魔たちが、ふっと表情を緩めた。

 

ピク「……ふふん。ちょっとは見られる顔になったじゃない。一皮むけたって感じ?」

ザオウ「うむ。己の非を認め、さらにその先を説く。少年よ、一段と立派になったな」

 

ピクシーが空中で足を組みながら景太をおちょくり、ザオウゴンゲンが満足げに頷く。景太は照れくさそうに頭をかき、かつてひょうたん池で笑い合っていた時のような、屈託のない笑顔を見せた。

 

文花はゆっくりと景太に近づいた。彼女もまた、自分の身勝手な正義感で、景太の「友達」を傷つけようとしていたことに気づいたのだ。

 

文「……私の方こそ、ごめんなさい。悪魔のこと、何も知らないのに『悪いもの』だって決めつけて、ケータくんの話も聞こうとしなかった」

 

文花は深々と頭を下げた後、顔を上げて満開の笑顔を浮かべた。

 

文「ケータくん。私にも、あなたの友達のこと、もっと教えて。そして、これからどうすればみんなで一緒に歩いていけるか、一緒に考えていこう!」

景「……うん!」

 

二人は、月明かりの下で力強く握手を交わした。

 

「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弾けた。

 

四神が咆哮を上げ、メラメライオンが炎を噴き上げ、コマさんたちが「もんげー!」と喜びの舞を踊る。疲弊していたキュウビやオロチも、呆れたように、しかしどこか晴れやかな表情でその光景を眺めていた。

 

妖怪と悪魔。本来なら決して交わることのなかった二つの勢力が、一人の少年と一人の少女の握手によって、初めて同じ方向を向いた瞬間だった。

 

ーーー

 

和解の余韻が漂うさくら第一小学校の校門前。景太は遠く、さくら中央シティの空に微かに残る赤黒いノイズの残滓を見つめた。アラスターが神と戦い、そして何らかの結末を迎えた場所だ。

 

景「……よし、アラスターのところへ行こう。あいつも、きっと待ってるはずだから」

 

景太がそう言って歩き出そうとした時、隣にいた文花が、少し照れくさそうに、けれど好奇心に瞳を輝かせて彼の袖を引いた。

 

文「ケータくん。私も……それに乗ってみても良いかな?」

 

彼女が指差したのは、紅蓮の翼を休めるスザクと、静かに佇む四神たちだった。景太は一瞬驚いたが、すぐに顔をほころばせ、大きく頷いた。

 

景「もちろんだよ、フミちゃん! 一緒に行こう!」

 

しかし、スザクの背は細く、燃え盛る霊気の羽が二人乗りには少し不安定だ。景太は考えた末、傍らで威風堂々と控えていた白き虎、ビャッコを見上げた。

 

景「ビャッコ、フミちゃんを乗せてあげてもいいかな? 二人で乗るなら、君の背中が一番安心なんだ」

 

ビャッコは誇り高く鼻を鳴らすと、承諾の意を示すようにその巨大な身体を低くした。絹のように滑らかで、鋼のように強靭な白い毛並みが月光に映える。

 

一方、その横ではジバニャンがスザクを見上げて、目をキラキラさせていた。

 

ジ「……いいニャあ。オレっちも、あの火の鳥に乗ってみたいニャ……!」

景「あはは、分かったよ。ジバニャンはスザクに乗って。……落ちないように気をつけてね!」

 

スザクは優雅に首を傾げると、ジバニャンの小さな体をその背に乗せるために翼を広げた。

 

景太がまずビャッコの背に飛び乗り、文花に手を差し伸べる。

 

文花はその手を取り、景太のすぐ後ろに跨った。神獣の背中は想像以上に温かく、力強い。

 

景「しっかり捕まっててね、フミちゃん。ビャッコ、出発だ!」

 

ビャッコが咆哮を上げ、校門を蹴った。

 

その跳躍力は凄まじく、一跳びで校舎の屋根を飛び越え、夜の街へと躍り出る。文花は思わず「きゃあっ!」と声を上げ、景太の腰にぎゅっとしがみついた。

 

文「すごい……! 風が、全然怖くない!」

 

ビャッコの周囲には風を操る霊力が発生しており、猛スピードで駆けているにもかかわらず、二人の周りは穏やかな春風のような心地よさに包まれていた。

 

景太たちの左右、そして上空には、他の三神が付き従う。

 

セイリュウが夜空を泳ぐように並走し、ゲンブが泳ぐように宙を舞う。そして頭上では、紅蓮の翼を広げたスザクが、その背にジバニャンを乗せて優雅に舞っていた。

 

ジ「ヒョエー! 絶景ニャ! トラックもこんなに小さく見えるニャ! オレっちは今、世界の王様ニャン!!」

 

スザクの背中で大はしゃぎするジバニャンの声が、夜風に乗って聞こえてくる。ウィスパーも必死にその横を飛びながら、「ジバニャン、はしゃぎすぎて落ちないでくださいよー!」と叫んでいた。

 

景太の後ろで、文花は流れる夜景に目を奪われていた。

 

文「ケータくん、見て! 街が宝石箱みたい……。妖怪ウォッチで見ている世界も不思議だったけど、こうして悪魔や神さまと一緒に空を駆けるなんて、夢を見てるみたいだよ」

景「……オレもだよ。最初は怖かったけど、こうしてみんなと一緒なら、どこまでも行ける気がするんだ」

 

景太は、自分の腰を掴む文花の手の温かさを感じながら、前を見据えた。

 

かつては「普通」だった少年。けれど今は、この隣り合う異界の友人たちと共に歩む未来を、誇らしく思っている。

 

文「教えてくれた通りだね。見た目は少し怖くても、みんなとっても優しいんだね……。ビャッコさんの背中、すごく安心するよ」

景「……でしょ? みんな、オレたちの友達なんだ」

 

二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。

 

夜風を切り裂き、神獣の足音が夜の街に心地よく響く。

背後に従う四神たちの威光が、暗い街路を魔法のように照らし出していく。

不安や対立は、この圧倒的な解放感と喜びの中に溶けて消えていった。

 

さくら中央シティの広場は、凄まじい戦闘の爪痕を刻んでいた。

 

クレーターの中心で黄金の輝きを失い、静かに横たわる龍神コウリュウ。その傍ら、折れた街灯の下にあるベンチにアラスターが腰を下ろしていた。

 

彼の着ている燕尾服は無惨に裂け、モノクルは粉々に砕け散っている。実体さえも時折ラジオの砂嵐のように乱れるほど満身創痍であったが、その口元に刻まれた「絶対的な笑み」だけは、夜の闇の中で不気味なほど鮮やかに浮かび上がっていた。

 

そこへ、夜空を割って白銀の突風が舞い降りた。

四神を従え、ビャッコの背に乗った景太と文花。

その頭上を舞うスザクの背には、ジバニャンとウィスパーがしがみついている。まさに伝説の一幕を切り取ったような、神々しくも圧倒的な光景。神と悪魔、そして人間と妖怪が一つに溶け合う、これ以上ないほど「最高の画」だった。

 

ビャッコがクレーターの縁に降り立ち、景太と文花が地面に足をつける。と、同時に上空から騒がしい声が降ってきた。

 

ジ「 お前、オレっちのチョコボーを勝手に食うなニャン!」

ピク「いいじゃない、減るもんじゃないし。一口くらいケチケチしないでよ!」

ジ「チョコボーは食べたら減るニャン! 貴重な最後の一本だったのにニャーッ!」

 

スザクから飛び降りたジバニャンが、口の周りにチョコをつけたピクシーを追いかけ回す。神域の戦場は、一瞬にしていつもの騒がしい日常へと引き戻された。

 

アラ「おやおや。そちらは無事に『解決』したようですねぇ」

 

アラスターがゆっくりと立ち上がる。その声には、いつも以上のノイズが混じっていたが、パートナーの無事を確認した安堵のような響きが微かに含まれていた。

 

景「アラスター! ……って、ちょっと待ってよ。解決じゃないよ! なんで広場中に気絶してる人が転がってるのさ!?」

 

景太は周囲を見渡し、青ざめた。アラスターが放った周波数によって、スマホを手に取ったまま、あるいは逃げ出そうとしたポーズのまま眠りについている野次馬たちの群れ。

 

アラ「心外ですねぇ。これでも気を使ったのですよ? 彼らをコウリュウの攻撃に巻き込まないために、仕方なく『退場』願ったのです。番組に素人の乱入は不要ですからね」

景「……絶対楽しんでやってたでしょ」

アラ「ですが、ご安心を。放送終了後の後片付けはプロの仕事です」

 

アラスターが指先をパチンと鳴らすと、影の中からドロリとした無数の使い魔たちが湧き出した。使い魔たちは眠っている人間たちをヒョイと担ぎ上げると、まるで見えない糸で操られるマリオネッツのように、彼らを元の場所……ビルの中や、家路へと運んでいく。

 

その動きは、彼らが「何をしようとしていたか」という直前の記憶を塗り替え、不自然さを消し去るための不可思議な魔術。明日になれば、彼らは「あれ、何してたんだっけ?」と首をかしげる程度で済むだろう。

 

景「……もしかして、わざと放置してた?」

 

景太が半目でジトーッとアラスターを睨みつける。アラスターはひび割れたステッキを回しながら、とぼけた顔で視線を逸らした。

 

アラ「さあ、何のことやら。私はただ、貴方が来るまでの舞台を整えていただけですよ」

景「ったく、もう……。……ってか、アラスター。本当のところ、大丈夫なの? ボロボロじゃないか」

 

景太が歩み寄り、アラスターの怪我を心配そうに覗き込む。神との死闘。耐え抜いたとはいえ、その霊的なダメージは計り知れないはずだ。文花も、初めて間近で見る「本気で戦った悪魔」の痛々しい姿に、息を呑んで見守っていた。

 

アラ「……少々痛手を取りましたが、問題ありませんよ。死に損ないのラジオが発するノイズは、時として心地よいものですからねぇ。……ですが」

 

アラスターは、ぼろきれのように裂けた自分の赤い燕尾服を見下ろし、この日一番の、心底困ったような溜息をついた。

 

アラ「この服は、一から仕立て直さなくてはなりませんね……。少々派手にやりすぎてしまいました」

景「……俺も一緒に選ぶよ。まずは休んでよ、相棒」

 

景太が差し出した手を、アラスターは僅かな逡巡の後、冷たい影の手でしっかりと握り返した。

 

クレーターの底、沈黙を守っていた黄金の巨躯が、微かに震えた。

さくら中央シティの冷たいアスファルトに、再び神聖な霊気が染み込んでいく。

 

ウィス「しかし……あの龍神コウリュウを真っ向から倒してしまうとは。やはりラジオデーモン、底が知れないというか、恐ろしい御仁でぃすね……」

 

ウィスパーが震える声で呟くと、アラスターはひび割れたモノクルを指で軽く叩き、不敵な、それでいてどこか教育的な笑みを浮かべた。

 

アラ「おやおや、恐ろしいだなんて。まあ、それは半分正解で……半分ハズレですよ」

 

次の瞬間、コウリュウの身体からまばゆい光が溢れ出した。致命的なダメージを負っていたはずの鱗が修復され、失われていた黄金の輝きが、夜明けの太陽よりも鋭く周囲を照らす。

 

アラ「『サマリカーム』。……一度尽きた体力を完全な状態で蘇生させる魔法です。彼のような存在を完全に消滅させては、この街の霊的磁場が狂ってしまいますからね。……最高の結末には、主役の生存が不可欠でしょう?」

 

アラスターの言葉通り、コウリュウは力強く翼を広げ、重力を無視してゆっくりと上空へ飛翔した。

 

上空に静止したコウリュウの背後には、セイリュウ、ビャッコ、スザク、ゲンブの四神が整然と並び立った。五体の神獣が放つ圧倒的な神威が、さくら中央シティを神域へと変えていく。

 

コウリュウは、地上に立つ景太、アラスター、そして文花の三人を静かな、しかし温かい眼差しで見つめた。

 

コウリ『見事なり。ラジオデーモンよ、汝の底知れぬ力と、その理知的な制御。そして人間の子・景太よ。汝が見せた精神の成長、己の信念を貫くその覚悟……。我は、今の汝を、自分自身のことのように誇らしく思うぞ』

 

コウリュウの重厚な声が、魂に直接響く。景太は文花の手を握りしめ、背筋を伸ばしてその言葉を受け止めた。

 

コウリ『力なくして夢は叶わぬ。……だが、覚悟なくしても、夢は叶わぬものだ。汝らは今、その両方を示してみせた』

 

コウリュウが天を仰ぐと、彼の周囲を回る宝玉が再び光り輝き、一点の光へと凝縮された。その光はゆっくりと舞い降り、景太の手元へと吸い込まれていく。

 

景太が手を開くと、そこにはこれまでのどのメダルよりも重厚で、神々しい意匠が施された「龍神コウリュウ」の悪魔メダルが握られていた。

 

コウリュウ『我らは見させてもらおう。そなたらの未来、妖怪と悪魔と人間が、いかなる明日を紡いでいくのかを……。我は龍神コウリュウ。そして、ここに控える我が眷属たち……』

 

コウリュウの言葉に合わせ、四神たちが一斉に景太に向かって頭を垂れた。

 

コウリュウ / 四神「「「今後とも、宜しく頼むぞ!!」」」

 

その咆哮は、拒絶の叫びではなく、新たな時代の幕開けを告げる祝砲だった。

 

文「……すごい。本当に、認められたんだね」

 

文花が感嘆の声を漏らす。彼女の隣にいるキュウビやオロチも、もはや敵意は微塵も見せず、神々の放つ光を眩しそうに見上げていた。

 

景「うん。……アラスター、フミちゃん。これから、もっと大変なこともあるかもしれないけど……」

アラ「おやおや、心配性ですねぇ。どんな困難も、最高の『番組』にするためのスパイスに過ぎませんよ。ねえ、ケータくん?」

 

アラスターはボロボロの燕尾服を翻しながらも、相変わらずの調子で笑う。その姿は、一人の「悪魔」としてではなく、この新しい時代を共に歩む「相棒」としての確固たる信頼に満ちていた。

 

景太は、手の中のメダルの温もりと、隣に立つ文花の体温、そして影の中に潜むアラスターの気配を同時に感じていた。

 

人間。

 

妖怪。

 

そして、悪魔。

 

三つの種族が、さくらニュータウンという小さな街から、世界の歴史を塗り替える第一歩を踏み出した。

五神の光は消えることなく、彼らの行く手を照らし続けている。

 

夜明けの光が街を白く染め始め、激闘の余韻が冷めやらぬ中、空中を浮遊する龍神コウリュウがその重厚な声を響かせた。

 

コウリ「さて。お前達には、もう一つ教えなければならない事がある」

 

その言葉に、景太は顔を上げた。メダルを手に入れ、一件落着だと思っていた矢先の不穏な空気に、背筋に冷たいものが走る。

 

景「……もう一つ?」

 

コウリ「妖怪使いの娘よ、そなたならもう知っていよう。今、妖魔界で何が起きているかを」

 

促された文花は、悲しげに、そして決意を秘めた表情で深く頷いた。彼女やキュウビたちは、その異変を感じ取っていたのだ。

 

景「えっ! 妖魔界? 何か起きてるの!? 誰も教えてくれなかったよ!」

コウリュウ「言葉を重ねるより、実際に見てもらうのが分かりやすいであろう」

 

コウリュウの巨大な水晶が、激しい黄金の輝きを放ち始めた。光の中に映し出されたのは…。

 

不気味なほど真っ白な世界――妖魔界の議事堂前だった。

 

水晶の映像が鮮明になる。

 

そこに立っていたのは、純白の重厚なローブに身を包んだ、巨大なイカの化身。「魔界議長イカカモネ・ソウカモネ」だ。

 

その姿は異様だった。手のひらには、ありとあらゆるエネルギーを吸い込むとされる、鋭い歯が円状に並んだ五つの口がついている。

さらに彼の周囲を固める親衛隊の妖怪たちは、本来の色彩を失ったかのように全身が白く、瞳だけが血のような赤色に染まっていた。

 

イカ『まぁこの〜、これはついに! 我々の時代が来たんじゃなイカ?』

 

イカカモネが触手を振り上げ、狂気に満ちた声を上げる。

 

イカ『皆さん、この辺で……立ち上がってはイカがかな〜?

まぁこの〜、イカんともしがたい人間に、我々のイカりを見せてやろうじゃなイカ! いや! 見せんとイカん! ワ〜ハッハッハッ!!』

 

傲慢な笑い声と共に、映像が途絶えた。水晶の輝きが失われ、広場に重苦しい沈黙が降りる。

 

景「今のって……」

アラ「……おやおや、どうやら人間界への侵攻を企むおバカさんがいるようですねぇ。少々、悪趣味なカラーリングの御一行ですが」

 

アラスターが肩をすくめ、モノクルの破片を弄びながら嘲笑う。その隣で、オロチが忌々しげに吐き捨てた。

 

オロ「奴の名前は『イカカモネ議長』。……亡き先代に代わり、新たにエンマ大王の座に就いた妖怪だ」

景「そうなんだ……。……えっ!? 新しいエンマ大王!!??」

 

景太の絶叫が広場に響き渡った。文花が隣に歩み寄り、これまで隠されていた妖魔界の政変……先代エンマ大王の逝去と、その後の混乱について事細かに説明した。景太は衝撃のあまり、しばらく口をパクパクさせていた。

 

文「ごめんね、ケータくん。あまりに大変なことだったから、なかなか言い出せなくて……」

 

キュ「今は奴の思想が妖魔界を支配している。人間と共存しようとする我々は『誇りを失った者』として迫害されているのが現状だ」

景「……うそ、でしょ……」

 

景太がガックリと項垂れる。その様子を見て、文花やジバニャンたちは「さすがにショックが大きすぎたか……」と心配そうに見つめた。しかし。

 

景「エンマ大王って死ぬんだ!! てっきり不老不死かと!!」

 

ウィス「驚くとこそこでぃすか!? 確かに衝撃の事実でぃすが、もっと他に心配すべきことが山積みでしょうに!!」

 

ウィスパーのツッコミが炸裂する。だが、景太の驚きはそこだけではなかった。

 

景「それもあるけど……あ、もしかして……」

アラ「ニャハハ! やはりあのマオという少年がエンマ大王の息子でしたか! それは惜しいことをしましたねぇ。彼をスカウトしていれば、もっと面白い『番組』になったでしょうに!」

 

アラスターが楽しそうにマオのことを口にする。景太はかつての同級生の正体を知り、ようやく事の重大さを理解し始めた。

 

コウリュウは、人間と妖怪、そして悪魔が手を取り合うその不思議な光景を、満足げに見つめた。

 

コウリュウ「人の子よ。そなたらの行く道は、険しき道となるであろう。だが案ずるな。……我らも当然、その戦いに手を貸そう」

景「コウリュウ……ありがとう!」

ウィス「これは心強い! 伝説の神々に加え、隣にいるこの物騒な悪魔もいれば、もはや怖いものなしでうぃす!」

 

コウリュウは大きく頷くと、四神と共に再び飛翔した。五色の光がさくら中央シティの空を龍の尾のように駆け抜け、朝日が昇る水平線の彼方へと溶け込むように消え去っていった。

 

後に残されたのは、ボロボロになったアラスターと、強い覚悟を決めた景太と文花、そして彼らを支える妖怪と悪魔たち。

 

景太は手の中にある、アラスターのメダルと、コウリュウから託された重厚なメダルを強く握りしめた。

 

日常と非日常が混ざり合う、新しい戦いの幕開け。景太たちの影は、朝日を浴びて長く、力強く伸びていた。

 

ーーー

 

さくら中央シティの空を彩っていた五色の神光が、朝靄の中に溶けるように消えていった。

 

静寂が戻った広場に、冷たい朝の空気が流れ込む。神と悪魔、そして妖怪たちの力が真っ向からぶつかり合った激動の一夜が、ようやく幕を閉じようとしていた。

 

その時だった。

 

ズザァッ……!

 

景「…………っ」

文「ケータくん!?」

 

真っ先に声を上げたのは文花だった。隣を歩いていたはずの景太の膝が折れ、そのままアスファルトの上へ倒れ込んだのだ。

 

ジ「ケ、ケータ!? どうしたニャ、しっかりするニャ!!」

ウィ「アワワワ! 大変でうぃす! 破壊神だの龍神だのとやり合いすぎて、ついに魂が抜け出ちゃったんじゃありませんか!? 戻ってきてくださーい!!」

 

ジバニャンとウィスパーが、パニックを起こして景太の周りを飛び跳ねる。キュウビやオロチ、さらにはピクシーまでもが、顔色を変えて彼のもとへ駆け寄った。

 

しかし、唯一アラスターだけは、折れかけたステッキを肩に担ぎ、ひび割れたモノクルの奥で目を細めて、倒れた少年を静かに見守っていた。

 

アラ「……おやおや、皆さん。そんなに騒いでは、彼の『特等席』を台無しにしてしまいますよ」

 

アラスターが指先をパチンと鳴らすと、微かなノイズと共に、景太の口元から規則正しい、安らかな音が聞こえてきた。

 

景「……ふー……、……っく……zzz……」

 

アラ「どうやら、ただ寝ただけのようですねぇ。電池が切れたラジオのように、パタリとね」

 

その言葉に、全員が拍子抜けしたように脱力した。よく見れば、景太の表情は苦痛に歪んでいるどころか、大仕事を成し遂げた後のような、穏やかで幸せそうな寝顔をさらしている。

 

文「……よかったぁ。本当に、ただ眠っちゃっただけなんだね」

 

文花は胸をなで下ろし、膝をついて景太の顔を覗き込んだ。

 

アラ「無理もありませんよ。一介の人間が、これほど密度の濃い『地獄の特別番組』に一晩中付き合わされたのです。龍神の威圧に耐え、己の意志を貫き通した反動が、今になって一気に押し寄せたのでしょう」

 

アラスターは優雅な所作で文花の方を向き、ふと不思議そうに首を傾げた。

 

アラ「それにしても、貴女の方は随分と平気そうな顔をしていますね? ピクシー彼女のように魔力で動いているわけでもないのに、この時間まで一度も欠伸さえしていない。……少々、不自然なほどです」

文「……あ、それはね。……バク、もう出てきてもいいよ」

 

文花がそう呼びかけると、と紫色の不思議な生き物が姿を現した。

 

バ「もうお腹いっぱいだ……」

 

それは、夢を食らい、眠りを司る妖怪、バクだった。

 

文「バクに頼んで、私の眠気を全部食べてもらってたの。ケータくんを助けるために、夜中ずっと起きていられるようにね」

アラ「なるほど! バクの力を借りて夜な夜な活動していたのですか。用意周到なことで!」

 

バクは、文花の代わりにベッドで身代わりを務めるはずの役目を終え、満足げに鼻を鳴らしている。

 

アラ「妖怪たちの力というのは、実におもしろい利便性を持っていますねぇ。……ですが、彼の場合はこのままにしておきましょう。無理に眠気を引き剥がすのは、せっかくの名演奏を途中で止めるようなものですから」

 

アラスターは、クレーターの底で丸くなって眠る景太を見下ろし、小さく笑った。

 

アラ「……本当によく頑張りましたよ。今日の彼は、誰よりも『最高の主役』でした」

 

朝日が、ゆっくりと街を照らし始める。

倒壊した看板、砕けた地面。壊滅的な被害を受けたはずの広場で、なぜかそこだけが温かな光に包まれているようだった。

 

朝日が瓦礫の山を白々と照らし、静寂がさくら中央シティを包み込む。

 

アラスターは、泥のように眠り続ける景太をひょいと肩に担ぎ上げた。隣ではピクシーが、余ったチョコボーの袋を大事そうに抱えて浮遊している。

 

影の中から不気味な足音が這い出し、彼らがその闇へと足を踏み入れようとした、その時だった。

 

オロ「待て、ラジオデーモン」

 

鋭い声が、朝の冷気を切り裂いた。

 

振り返ると、そこには満身創痍ながらも気高き威圧感を放つオロチと、九つの尾を静かに揺らすキュウビが立っていた。二体のS級妖怪の眼差しは、先刻までの乱戦の時よりもさらに鋭く、真剣なものだった。

 

オロ「……悪魔という存在の本質を知ろうともせず、その少年に危害を加えようとしたことは詫びよう。……すまなかった」

 

誇り高いオロチが、影の龍を収めて静かに頭を下げた。続いて、キュウビもまた苦々しげに、しかし真っ直ぐにアラスターを見据える。

 

キュ「だが、それとこれとは別だ。君を完全に認めたわけじゃないからね。……いかに理由があろうとも、この街にこれほどの惨劇を招いた張本人は、君なのだから」

 

アラスターは肩に景太を乗せたまま、ゆっくりと首を傾げた。ひび割れたモノクルの奥で、VUメーターの針がチチッ……と不気味に跳ねる。

 

アラ「おや。……そんな、ありふれた理由で私を止めたのですか?」

 

その冷淡な問いかけに、オロチの表情が険しく歪んだ。彼は一歩前へ踏み出し、絞り出すような声で問いを重ねる。

 

オロ「お前は一体、何者なのだ……!」

 

オロ「その少年を巻き込み……! 悪魔と関わらせ……! 手駒となる勢力を着実に増やしている……!! にも関わらず、お前にはこの世界を支配しようという野心が微塵も感じられない……!」

 

オロ「強大な力を持ちながら、玉座に興味を示さず、ただ混沌を撒き散らす。……お前は一体、何がしたいんだ……! 何を求めて、この少年の隣にいる!!」

 

オロチの叫びは、困惑と恐怖の混ざったものだった。イカカモネのような「支配者」であれば理解できる。だが、アラスターという男の行動原理は、妖怪たちの常識を根底から覆していた。

 

アラスターはしばし口を閉じ、目を細めて彼らを見つめた。

 

ラジオの砂嵐のようなノイズが周囲の空気を震わせる。彼の裂けた口角が、これまでで最も深く、最も暗い三日月を描いた。

 

 

 

アラ「『何も』」

 

 

 

静かに放たれたその一言は、あまりにも短く、あまりにも空虚だった。

 

オロ / キュ「「!?!?」」

 

二体の妖怪は、言葉を失って目を見開いた。

 

「何も」。

 

その答えには、嘘も虚飾もなかった。ただ、底知れない深淵が口を開けているような絶望的な純粋さだけがあった。二人の額から、冷や汗がひと筋流れ落ちる。

 

アラ「私はただ、世界という名の劇場で、面白い事が起きるのを特等席で眺めていたいだけですよ。……この少年が、この退屈な世界をどう塗り替えてくれるのか。その『番組』が続く限り、私は彼の影に居座り続けるでしょうねぇ」

 

アラスターは、まるでお暇の挨拶でもするかのように、軽くステッキを掲げてみせた。

 

アラ「では、また。……次回の放送をお楽しみに」

 

ズズ……と、アラスターの足元から漆黒の闇が噴き出した。

 

影は触手のように景太とピクシーを包み込み、光さえも届かない深淵へと引きずり込んでいく。

 

次の瞬間、そこにはもう、誰もいなかった。

 

ただ、冷たい朝の風が、破壊された広場を吹き抜けていくだけだった。

 

オロチとキュウビは、彼らが消えた後の空間を、いつまでも動けずに見つめていた。

 

「何も望まない」という悪魔が、最も恐ろしい存在であることを、彼らは本能で理解してしまったのだ。

しかし、その悪魔が担いでいった少年の寝顔は、あまりにも安らかだった。

 

文「ケータくん……」

 

文花は、朝日を見上げながら呟いた。

 

妖怪と悪魔。その両方を引き寄せ、混沌の中心で笑う少年の物語は、まだ始まったばかりなのだ。

 

夜明けの光が、さくらニュータウンの街並みを照らし出していく。

瓦礫の隙間から、新しい一日を告げる小鳥のさえずりが聞こえ始めていた。




きょうの悪魔大辞典。

アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」

景「『龍神コウリュウ』」

アラ「五行は土、住処は平原、方位は中央、四季は季節の節目の土用。古代中国では黄色は皇室を中心とした貴人を意味する尊い色とされ、その事から黄色みを帯びる黄龍も同様に尊く格が高い存在とされている。

龍神コウリュウ!四神を従えし長!とうとうここまで来ましたね!!」

ピク「確かにここまではアタシも予想してなかったわ…。
でも、彼奴はどうでもいいみたいよ」

景太は視線を外しながらデヘデヘとニヤけていた…。

ピク「好きな子と手を握ったり、二人乗りをした思い出にふけってるわ……」
アラ「もう、慣れてきましたよ……ホントに」
コウリ「「恋は人を惑わす」と言うからな……」

もう二人は達観していた。
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