景太と文花は、次の目的地である河川敷を目指して、引き連れた仲間たちと共にアスファルトの道路を全力で駆け抜けていた。
足を動かしながらも、景太の頭には先ほどの小学校での一件が重く引っかかったままであった。
景「良かったの? 調べなくて……」
さきほど、イッポンダタラを目撃して腰を抜かしたクマとカンチの記憶は、わすれん帽の能力によって綺麗さっぱり忘れさせ、ひとまずは事なきを得た。しかし、「本来なら見えないはずの悪魔が普通の人間にはっきりと見えてしまった」という重大な疑問は、何一つ解決していない。
景太の不安を察したのか、隣を並走するアラスターが、いつもと変わらない軽薄なラジオノイズを混じらせて声を返した。
アラ「今は結界を張るのが先ですからね。たとえ人間にバレたとしても、またその都度記憶を消せばいいだけのことです。簡単な話でしょう?」
あまりにも合理的というか、人間の尊厳を無視した悪魔らしい割り切った答えに、景太と文花は喉まで出かかった突っ込みを必死に飲み込んだ。今は一刻を争う状況だ。確かにアラスターの言う通り、まずは町の結界を完成させなければならない。
やがて視界が開け、一行はさくらニュータウンを流れる河川敷の土手へと辿り着いた。広々とした芝生と川のせせらぎが広がるその場所で、すでに激しい小競り合いが始まっていた。
そこにいたのは、全身が不気味なほど真っ白に染まり、両目がサイコロになっている巨大な顔の妖怪――イカカモネの手先である「さいの目入道」だった。
そしてその行く手を阻むように立ち塞がっていたのは、赤い水筒を肩にかけた文花の友達妖怪「ノガッパ」、そして景太の友達である「鬼女マーメイド」と、「妖精ケルピー」の三体であった。
ノガ「やらせないっす〜! この町は俺たちが守るっす!!」
ノガッパが短い手で水を操りながら勇敢に叫ぶ。だが、白いさいの目入道は両目のダイスをカラカラと不快な音を立てて回転させながら、見下すように笑った。
さいの「ワシャシャシャ! 足掻きおるなお主も。サイは投げられたのだ。これ以上抵抗してもどうにもならんわい。人間界は間もなく我ら妖怪のものとなる。人間も悪魔も、まとめて永遠の眠りにつくが良い!」
マーメ「……そんな事はさせない。あの人のためにも……この町は、絶対に守る!」
マーメイドはエメラルドグリーンの長い髪をなびかせ、銀色の鱗を鋭く輝かせながら宣言した。その瞳には、かつて孤独に苛まれていた自分を救ってくれた景太への、一途で強い想いが宿っている。
ケル「あたしは正直、人間界がどうなろうとどっちでも良いんだけどさ。この子のこんな真剣な表情を見ちゃったら、ねえ? 同じ『溺死シスターズ』として見過ごすわけにはいかないのよね。色々と借りもあるし、手伝ってあげるわ」
隣で浮かぶケルピーが、退屈そうに髪を弄びながらも、マーメイドを援護するように冷たい妖気を放ち始めた。
景「マーメイド!」
土手を駆け下りながら景太が叫ぶと、マーメイドがハッと息を呑んで振り返った。
マーメ「ケータくん!」
景「待たせてごめん、俺たちも助太刀するよ!」
悪魔ウォッチを構え、すぐにでも戦闘に加わろうとする景太。しかし、マーメイドはそれを片手で制した。
マーメ「いえ、ここは私達もがやるわ」
景「え……?」
マーメ「ケータくん達は、この町全体に結界を張るために、まだ回らなきゃいけない場所がたくさんあるでしょ? だから……ここでは無駄な力を使わずに、体力を温存してほしいの」
景「でも、相手はイカカモネの手先なんだよ!? 一緒に戦った方が早いし、マーメイドたちに危ない目をさせたくないよ!」
心配のあまり食い下がる景太。すると、マーメイドは躊躇うことなく一歩前に踏み出し、景太の暖かな両手を自分の白く冷たい手でぎゅっと包み込んだ。そして、じっと景太の顔を見つめてくる。エメラルドグリーンの瞳は、吸い込まれそうなほど真剣で、どこまでも綺麗だった。
マーメ「お願い。……私を、信じて」
その真っ直ぐな眼差しと、手のひらから伝わる強い決意に、景太は気圧されながらもコクリと頷いた。
景「……分かった。でも、絶対に無理はしないで。もしもの時は、いつでもオレを頼って。ずっと側にいるから」
マーメ「うん……!」
信頼を交わし合い、いよいよ目の前の白いさいの目入道とのバトルが始まろうとした、その直前だった。
二人の背後から、意地の悪い、ニヤニヤとした笑い声が降ってきた。
ケル「……ちょっとちょっと。今のはプロポーズにしては、ちょっとインパクトが足りないんじゃない?」
景&マーメ「「? ………………!? ///」」
ケルピーの完全なからかいの言葉を受け、一瞬、二人の頭の上に疑問符が浮かぶ。しかし、ほんの数秒遅れて自分たちが交わした会話の気恥ずかしさに気づいた瞬間、マーメイドと景太の顔は、一気にお互いの髪の毛よりも真っ赤に染まった。
「側にいるから」という言葉が、まるで愛の告白のように脳内で再生され、二人は完全にパニックに陥る。
ケル「こりゃあ、ちゃっちゃと片付けないとねえ。大切な彼氏さんの為にさ♪」
マーメ&景「「からかうの止めて!! ///」」
顔から湯気を出しそうな勢いで同時に叫ぶ二人を見て、土手の上で見物していたアラスターが、楽しげにステッキで自分の口元を叩いた。
アラ「ケータくんの何気ない発言を瞬時にプロポーズに変えるとは、あのケルピーという妖精も中々やりますねぇ。実に良いセンス」
ピク「まぁ、彼奴等、あの海で色々あったからね……。マーメイドがああなるのも無理ないわよ」
ピクシーは景太の無自覚な罪深さにハァと深い溜息をついた。その横では、戦いの緊迫感を完全に奪われた二体の妖怪が、死んだような目でその光景を眺めていた。
ジバニ「……オレっち達、完全に空気ニャン……」
ウィス「……だな……」
それぞれの様々な心情が河川敷の夕暮れに交錯する中、戦闘の火蓋は、こちらの息を呑む隙すら与えずに切って落とされた。イカカモネの手先である白いさいの目入道が、巨大なサイコロの目をギラつかせて突進してくる。だが、その結末が訪れるのは一瞬のことであった。
ケル「怪力乱神!!」
先陣を切ったのはケルピーだった。凶悪なまでの膂力を発揮し、突っ込んできたさいの目入道の脳頭頂部へ、強烈な前脚の踏みつけを叩き込む。
ズガァァン! と土手が大きく揺れ、さいの目入道の巨体が地面にめり込んだ。
ケル「河童ちゃん! 今のうちに渾身のをお願い♪」
ケルピーが軽快にステップを踏みながら叫ぶ。
ノガ「了解っス! 『メガ滝落とし』!!」
即座に応じたノガッパが巨大な水の激流を作り出した。それはまるで逆流する滝の如き勢いで、起き上がろうとしていたさいの目入道の頭上から容赦なく降り注ぐ。大量の水圧に押し潰され、白い妖怪は悲鳴を上げた。
さいの「ワシャシャ! そ、そんな水遊びのような攻撃で、このワシが倒れると思ったら大間違い……!?」
さいの目入道が必死にダイスを回転させ、反撃の目を強引に出そうとする。しかし、その背後で静かに、だが圧倒的な魔力を溜め始めている美しい人魚の存在に気づき、その顔が恐怖に引きつった。
ケル「来るわよ……。彼女の、とっておきの得意技がね」
ケルピーがニヤリと笑うと…。
マーメ「――――――――――――!!!」
マーメイドが大きく口を開き、その喉から一筋の「悲鳴」が放たれた。
それはガラス細工のように透き通っていて、息を呑むほどに美しい。しかし同時に、聴く者の胸を締め付けるほどに悲しげな、世界の終わりを告げるかのような絶対的な音波であった。
次の瞬間、大気が急激に凍りつく。
マーメイドの周囲の地面から天を突くほど鋭利な氷柱が次々と具現化し、それと連動するようにさいの目入道の足元からも巨大な氷の棘が突き出した。
激流の水気を含んでいたさいの目入道の身体は、その美しくも残酷な歌声の波動を浴びた瞬間、細胞の一つ一つに至るまで完全にカチコチへと凍りついてしまった。ダイスの目は「1」のまま、完全に停止する。
景「す、すげえ……! 人魚、めちゃくちゃ強いじゃん!!」
景太が悪魔ウォッチを構えたまま、その圧倒的な一瞬の劇劇に目を輝かせた。
アラ「マーメイドの専用技『嵐からの歌声』です。美しいものほど、牙を剥いた時は恐ろしいということですよ」
アラスターがノイズ混じりの声で解説する。
ウィ「感心してる場合じゃありません、今のうちでぃす! 早く花を咲かせましょう!」
文「うん!」
我に返った文花が、妖怪花咲パウダーを力一杯、河川敷の枯れた桜の木へと撒いた。
刹那、淡い桃色の光が爆発的に広がり、河川敷周辺のすべての桜の木が一斉に、溢れんばかりの満開の花を咲かせた。暖かな浄化の結界が、周囲の空気を優しく満たしていく。
ノガ「わあ、咲いたっす!」
ウィ「これでここの結界も完全に修復完了でぃすね!」
景「やったね! みんなのおかげだよ!」
文「うん! 本当にありがとう、みんな!」
二人の心からの感謝の言葉を受け、ノガッパは照れくさそうに短い人差し指で鼻の頭をこすり、ケルピーは「当然よ」と言わんばかりに得意げに鼻を鳴らした。
景「マーメイドもさっきの技本当に凄かったよ! 」
景太が真っ直ぐにマーメイドの目を見て褒め称える。
マーメ「ハ……ハハ/// 」
すると、銀色の鱗を纏った人魚は、白い頬をふわりと桜色に染め、どこか照れくさそうに、嬉しさを隠しきれない笑顔を綻ばせた。
そのあまりにも甘酸っぱいやり取りを、土手の上から見下ろしていた二体の「お姉様方」が放っておくはずがなかった。
ピク「ちょっと、そこは『凄かった』じゃなくて『綺麗だった』とか言いなさいよ、このヘタレ男」
ピクシーが意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべて景太を小突く。
ケル「そうそう! もっと漢を見せなさいよケータ。命懸けで守ってもらったんだから、今ならどさくさに紛れてチューくらいしたって、何の問題も無いと思うわよ?」
ケルピーまで悪ノリして二人を煽り立てる。
景&マーメ「「も、もうっ!! 何を言ってるのさ!! ///」」
完全に限界突破した二人は、顔をトマトのように真っ赤にして同時に憤慨した。
声を揃えて抗議する様子は、傍から見ればただの仲睦まじいカップルにしか見えない。
この光景を見ていたウィスパーとジバニャンは、冷や汗を流しながら、恐る恐る背後の文花の様子を伺った。小学校での前例がある。またあの般若のような怒りが爆発し、景太の脇腹に第二のクリーンヒットが決まるのではないかと戦々恐々としていた。
しかし―。
当の文花の顔には、穏やかで、優しげな「笑顔」が浮かんでいた。
文「どうしたの? 二人とも、本当に仲が良いんだね」
その鈴を転がすような美しい声を聞いた瞬間、ウィスパー、ジバニャン等全員の背筋に、同時に言葉にできない戦慄が走った。彼らは瞬時に察したのだ。
この笑顔は、優しいのではない。怒りと嫉妬が、人間の許容量を完全に通り越して「虚無」の領域に達した、最も恐ろしいタイプの一面であると。
だが、その絶対的な死の気配に、全く気づいていない能天気なカッパが一体。
ノガ「いや〜、本当あつあつっすね! もしかして、あの二人って付き合ってるんすか?」
空気を読まないノガッパの純粋な疑問。それが、文花が必死に保っていた理性のダムを完全に決壊させ、その背後の業火に文字通り最高級のガソリンを注ぎ込む結果となった。
文「……ん?」
文花が、笑顔の形のまま、首をゆっくりと傾げてノガッパを見つめた。その瞳には、やはり一筋の光も入っていない。
ノガ「!?!?!?」ビクゥッ!!!
その瞬間、ノガッパの全身の毛穴という毛穴(カッパに毛はないが)から、尋常ではない冷や汗が噴き出した。妖魔界のどんなボス妖怪と対峙した時よりも、地獄の底の業火よりも恐ろしい「何か」が、自分のすぐ後ろにいる。そんな、生物としての本能的な危機信号が脳内で警報を鳴らし続けていた。
ノガ「う、うう……。な、なんだか今……ものすごい寒気が……」ガクガクブルブル……
皿の上の水が振動で波打つほどに震え上がるノガッパ。
そんな、ある意味でこの世で最も恐ろしいカオスな空間の中で、ただ一人、満足げに喉を鳴らす悪魔がいた。
アラ「ニャハ♪ いやはや、やはりこの光景は最高ですね! どんな悲劇よりも滑稽で、どんな喜劇よりもハラハラする、実に見事なエンターテインメントです!」
アラスターは目の前で繰り広げられる人間と妖怪、そして悪魔の織り成す歪んだ日常を、極上の舞台を鑑賞するかのように心底楽しそうに眺めていた。
ーーー
景太と文花は、残された最後の目的地である東側の広場を目指して、一刻の猶予も払って走り続けていた。
その道中、景太の心は不思議なほどの軽やかさに包まれていた。横を走る文花の顔に、穏やかな笑顔が戻っていたからだ。河川敷での恐ろしい無表情が嘘のように、今の彼女は柔らかく微笑んでいる。
だが、景太は全く気づいていなかった。その笑顔こそが、怒りと嫉妬が限界を超えた末に行き着いた「完全なる虚無の拒絶」であるという事実を。彼女の本心に、一ミリも勘づいていないのは景太だけであった。
ウィス「ケ、ケータ君……本当のことは、今のうちに教えておいた方がいいのでは……? このままでは本当に取り返しのつかない大惨事が……」
背後を浮遊するウィスパーが、文花の笑顔から放たれる目に見えない圧迫感に歯をガタガタと震わせながら、景太の耳元で囁く。しかし、その隣にいるピクシーは、爪を弄びながら他人事のように呑気な声を返した。
ピク「ほっときなさいよ。あんな致命的な鈍感男、一度痛い目を見ないと治らないわよ」
アラ「おやおや、賛成ですねぇ! 教えない方が、この先の展開が格段に面白くなるじゃないですか。これもまた一興、極上の喜劇ですよ!」
アラスターに至っては、景太の命の危機すら己の娯楽として消費し、ラジオノイズの笑い声を弾ませていた。
やがて一行が東側の広場に滑り込むと、そこではすでに一触即発の空気が漂っていた。
和傘を携えた少女の姿をした妖怪「カラカラさん」の前に立ちはだかっていたのは、巨大な釘バットを肩に担いだ金髪リーゼントの巨漢―「アニ鬼」だ。しかし、その姿は完全に白化しており、瞳は血のように赤い。間違いなくイカカモネの手先であった。
アニ「おおお……本当に力が流れてきやがる! 議長がくれたこの妖気、身体の底から力が溢れてきやがるぜ。これなら、人間界のどこのどいつにも負ける気がしねえ!」
アニ鬼は自身の肉体を引き締め、凶悪な笑みを浮かべて釘バットを地面に叩きつけた。
カラ「やらせるものですか! 女の意地にかけて、アンタみたいな乱暴者はアタシがここで倒してみせるわ!」
アニ「へへっ、アァン? そんなヒョロヒョロの身体と一本の傘で、このオレに立ち向かおうってのか? 笑わせんじゃねえよォ!」
カラ「フミちゃんの平和な生活は、アタシが何としてでも守ってみせるんだから~!」
アニ「心配すんな。オレ達がこの人間界を完全に支配した後はよォ、お前も人間どもも、オレが責任持って可愛がって、面倒見てやるからよォ!」
「――そんな押し付けは、却って迷惑です」
肉厚なアニ鬼の声を遮るように、どこからともなく冷徹で澄んだ声が響き渡った。
空間が淡い光に包まれ、二人の影が滑り込むように現れる。それは「妖魔アプサラス」と「鬼女リャナンシー」の二人であった。
アプ「ただ力を与え、支配するだけでは、それは真の救済にはなりません」
リャナ「そうね。そんな自分勝手な理屈で、誰かの夢を奪わせるような行為は……早めにここで摘ませてもらうわ」
アニ「あァ!? チョロチョロと女が三人増えた所で、オレのバットの錆になるだけだァ!!」
怒声を上げたアニ鬼が、巨大な釘バットを激しくぶん回しながら、砂煙を上げて突進してきた。
アニ鬼の突進に対し、アプサラスとリャナンシー、そしてカラカラさんの三人が同時に動いた。リャナンシーとアプサラスは元々深い繋がりを持つ悪魔同士であり、カラカラさんとはこれが完全な初対面であったが、それを感じさせない見事な連携が瞬時に展開される。
カラカラさんが傘を広げてアニ鬼の視界を遮るように立ち回り、その隙を突いてリャナンシーが背後から不気味な魔力の波動で牽制する。しかし、相手は腐っても元暴走族を一人で壊滅させた武勇伝を持つAランク妖怪であり、さらにイカカモネの妖気で強化されている。
アニ「ちょこまかと動くんじゃねえええ!!」
アニ鬼が咆哮と共に、強烈な横振りの一撃を放つ。釘バットが空気を引き裂く凄まじい風圧が三人へと襲いかかった。だが、その一振りが肉体に届く直前、アプサラスの手から放たれた淡い紫の霧がアニ鬼の全身を包み込んだ。
アプ「『タルンダ』」
アニ「!? ぬ、あ……っ!?」
突如としてアニ鬼は、自身の身体が鉛のように重くなる感覚に襲われ、ガクリと膝の力を失いかけた。
アプサラスの放った補助魔法「タルンダ」には、敵の肉体構造を弱体化させ、その攻撃力を一時的に一段階低下させる効果がある。
アプ「今のうちです」
アプサラスが冷静に、しかし鋭く叫んだ刹那、リャナンシーとカラカラさんの二人が同時に地を蹴った。
リャナ「往きなさい……。『ムド』!」
リャナンシーの指先から、ドス黒い呪殺属性のエネルギーが放たれ、アニ鬼の足元から這い上がるようにしてその生命力を直接蝕み、激しい苦痛を与える。
カラ「これでトドメよ! 『ハイカラ☆パラソル』!」
間髪入れず、カラカラさんが空中へと跳躍した。手にした傘の先端が、まるで精密なマシンの如き速度で突き出される。目にも留まらぬ速さの連続突きが、アニ鬼の胸元、腹部へと正確に、かつ容赦なく炸裂した。
アニ「ガハッ……! おのれ、女どもがァ!!」
満身創痍になりながらも、アニ鬼は狂ったように釘バットを振り回して反撃を試みる。しかし、アプサラスが絶妙なタイミングで再び「タルンダ」を重ねて威力を削ぎ、味方が掠り傷を負えば、すかさずリャナンシーが「メディア」の魔法を詠唱する。
清らかな緑の光が広場全体を包み込み、カラカラさんと自分たちの体力を瞬時に癒やしていく。
鉄壁の弱体化と回復、そして容赦のない連続攻撃の前に、強化されたはずのアニ鬼の体力は完全に底をついた。
アニ「く……くそっ……! 面倒、見てやるって……言ったのに……よォ……」
アニ鬼は無念の言葉を吐き捨て、その場に崩れ落ちると、そのまま白い霧となって完全に消滅した。
カラ「やったわ! これで邪魔者は居なくなったわね!」
カラカラさんが傘を肩に担ぎ、嬉しそうに胸を張る。
ウィ「素晴らしいでうぃっす! さあフミちゃん、最後の結界を!」
文「うん、これで最後!」
文花は手元に残った最後の妖怪花咲パウダーを、広場に並ぶ桜の木へと振り撒いた。
刹那、これまでにないほど眩い桃色の光の奔流が天へと昇り、東側の広場だけでなく、さくらニュータウンの全域を結ぶように網の目状に広がっていった。全ての桜の木が一斉に満開を迎え、町全体を優しく、しかし絶対に悪意を寄せ付けない強固な聖域へと変貌させたのだ。
カラ「貴女達、出会ったばかりだけど結構やるじゃない!」
リャナ「ふふ、貴女のあの傘の身のこなしも、とても良かったわよ」
アプ「ええ。これは、皆の力を合わせて手に入れた勝利ですね」
初対面だったカラカラさんと、アプサラス、リャナンシーの三人は、戦いを終えてお互いの健闘を称え合い、晴れやかな笑顔を交わした。
その時、カラカラさんがふと振り返り、少し離れた場所に立っていた景太の姿に気づいた。彼女は少し気まずそうに表情を曇らせ、景太の元へと歩み寄る。
カラ「あの……ケータくん。あの時はごめんなさい。アタシ、悪魔のこと、よく知りもしないで怖がって逃げ出しちゃって……」
景「ううん、大丈夫だよ。こうしてアプサラスたちとも仲良くなれて、本当に良かったよ」
景太は少しも気にした様子を見せず、いつものように優しい笑顔で受け入れた。
だが、その温かい和みの時間を打ち破るように、ウィスパーとアラスターが同時に、ある「異変」に気づいて顔をこわばらせた。
広場の奥、おおもり山の方角から、空気が歪むほどの巨大な負のエネルギーが蠢いている。
ウィ「――っ!! 尋常ではない大きな妖気が、おおもり山の方角へ向けて逃げていきます! 間違いありません、あのゲソ……イカカモネでぃす!!」
アラ「フム、どうやらさくらニュータウンの全域にこれほど強固な結界を張られたことで、奴の力の供給源が断たれ、かなり弱っている様子。……ケータくん、やるのなら今が最大のチャンスですよ! 追いかけますよ、回線を繋いだまま逃がすわけにはいきません!」
アラスターの瞳が真っ赤に発光し、彼の足元から影の触手が波打つ。弱体化した敵の首を狩る好機を、この悪魔が見逃すはずがなかった。
景「よし、みんな、おおもり山へ急ごう!」
結界の完成と共に、物語はいよいよ最終局面を迎える。彼らはそれぞれの武器と覚悟を胸に、初代閻魔大王の眠る御神木がある、おおもり山へと向かって一斉に駆け出した。
ーーー
さくらニュータウンの全域に張られた満開の桜の結界は、町に渦巻いていた邪悪な妖気を瞬く間に浄化していった。だが、その結界に追いつめられるようにして、おおもり山へと逃げ延びた強大な妖気の塊を追うため、景太たちは一歩も引かずに山道を駆け上がっていた。
神社へと続く長い石段を一段ずつ踏み締め、一行がようやく境内の右奥に鎮座する御神木の広場へとたどり着いたその瞬間、全員がその異様な光景に息を呑んだ。
かつては瑞々しい緑の葉を茂らせ、豊かな大地のエネルギーを湛えていた御神木の周辺は、今や見る影もなく枯れ果てていた。土壌の水分や生命力は根こそぎ吸い尽くされ、地面は所々がひび割れて不気味に白化している。特に御神木の真後ろに至っては、まるで世界そのものが色彩を失ったかのように、完全に均一な、死を思わせる白一色へと染まりきっていた。
そしてその中央、枯れ果てた大地の中心に、禍々しいオーラを放ちながら傲然と佇む影があった。
魔界議長、イカカモネ。
そこへ、先ほど河川敷や広場で戦いを終えたノガッパ、マーメイド、ケルピー、カラカラさん、リャナンシー、アプサラスといった他の妖怪や悪魔たちも、景太たちの後を追うようにして次々と駆けつけてきた。広場を包み込むのは、これまでにない圧倒的な緊張感だった。
イカ「ふん……町全体の結界がこれほど強固になったか。だが、最早この私を止めることは出来んのだ!」
イカカモネは、集結した景太たちを見下ろし、狂気に満ちた声を響かせた。彼の手元には、さくらニュータウンの各地から強引に吸い上げた負の妖気が未だに蠢いている。
イカ「この地に流れるわずかな妖気すらをも我が物とし、私は妖魔界と人間界、地獄と天国、そして魔界の……すべての世界の頂点に立つのだ! 人間どもが必死に張ったこんな結界など、この私にとってはイカにも無意味だ!!」
イカカモネが全身に限界以上の力を込め、怒号を上げる。その瞬間、彼の肉体を縛り付けるように取り巻いていた結界の光の残滓が、まるで物理的な鎖のようにパキパキと音を立てて引きちぎられた。
直後、おおもり山全体を揺るがすような地鳴りと共に、イカカモネの口から「イカァァァーーーッ!」という文字通りの怪叫が轟く。その身体を包む禍々しい白い妖気が爆発的に膨れ上がり、彼の姿を急速に変形させていった。
人の形を辛うじて保っていた衣服や肉体が一転して崩れ去る。
頭頂部にあったイカのエンペラは、まるで悪魔の三つの角か、あるいは歪な王冠のように肥大化し、生き物の生々しい肉塊のようなグロテスクな形へと変貌を遂げた。顔の中心、鼻の位置からは、逆立つようにして何本もの太くぬめり気のあるイカの触手が生え揃い、意思を持つかのようにうねり狂う。その奥にある両目は、血のような赤と混沌の紫が混ざり合い、妖しく点滅を繰り返している。
さらに恐ろしいことに、人間のような足は完全に消失しており、代わりに肥大化した巨大な顔と、そこから直接生え出た数本の異様な腕だけが、肉塊のごとき巨体を地面で支えていた。欲望のままに世界を喰らい尽くそうとする、あまりにも醜悪でキモいデザインの怪物――それが、妖気を取り込み異形へと成り果てた、イカカモネの真の姿である第二形態だった。
ピク「――ッ、キッッッモ!!!!!」
その生々しく不快な変貌を目の当たりにしたピクシーは、本気で顔を歪めてドン引きし、一瞬で鳥肌を立てながら景太の後ろへと飛び退いて隠れた。隣にいた文花も全く同じ気持ちだったようで、言葉を失ったまま恐怖と嫌悪感に身体を震わせ、景太の背後へと身を隠すようにしてその服の裾をぎゅっと握りしめた。
イカ(第二)「イカーッカッカッカ! 恐怖に震えるが良い! これこそが、すべての妖気を統べる私の真の力、真の姿じゃなイカ!!」
触手を激しく蠢かせながら、顔の下の肉塊を歪めて嘲笑うイカカモネ。しかし、背中に二人の少女の怯えを感じ取った景太は、即座に自身の恐怖を打ち消した。悪魔ウォッチを強く握り締め、ピクシーと文花を背後に庇うようにして、一歩前へと踏み出す。
景「妖魔界と人間界、それだけじゃなくて地獄や魔界の頂点に立つなんて……! そんな勝手なこと、俺たちが絶対に許さない!!」
景太の力強い宣言が、静まり返った境内に響き渡る。その真っ直ぐな瞳には、この町と、背中にいる大切な存在を守るという強い覚悟が宿っていた。
アラ「その通り! おお、素晴らしい啖呵ですねぇ、ケータくん!」
景太の斜め後ろで、アラスターがパチパチと大げさに手を叩いた。彼の笑顔はいつも通り狂気じみていたが、その瞳は鋭く、冷徹に目の前の巨大な肉塊を捉えている。
アラ「だいたい、そこの浅ましいイカの化け物さん。貴方のような、ただ欲望を肥大化させただけの醜い器には、すべての頂点に立つなどという大業は……絶対に不可能です」
アラスターはステッキの頭を弄びながら、ラジオノイズの混じった不気味な声で、ふっと笑みを深めた。
アラ「――まあ、それが私であるならば、話はまた別ですがねえ……?」
真意の読めない、底知れない悪魔としての本性を一瞬だけ覗かせるような意味深な呟き。アラスターの言葉に、周囲の空気が一瞬だけピリリと張り詰める。
ジバ「そんなことより、目の前のイカニャン! おいイカカモネ! ここにお前の居場所はもうニャいんだニャン!」
ジバニャンが構え威嚇する。だが、イカカモネは巨大な身体を揺らし、無数の触手を波打たせながら、彼ら妖怪たちを見下ろして言葉を返した。
イカ「フン、妖怪の分際で、人間に留まらず悪魔などという異界の不浄なる者を味方にするとは……まったく、イカがなものかと。
……おい、そこの猫妖怪。いイカ? 私に協力し、私の配下となれば、人間界を支配した後にそこをお前たちの領土にしてやっても良いのだぞ? 更には地獄や魔界、天国をも手にする事だって可能なのだ。どうだ、この私に跪く気はないか?」
甘い破滅の誘惑。世界の支配者としての分け前を提示し、妖怪たちの離反を誘うイカカモネ。しかし、その言葉に真っ先に噛み付いたのは、普段は臆病なはずの執事妖怪だった。
ウィ「黙りなさい! そのような血塗られた支配や権力など、私達には一ミリの興味もありません! 私達は……人間と、そして悪魔たちと共に共存し、共に笑い合って生きていく道を選んだのでぃす!!」
ジバ「そうニャン! この町には、エミちゃんが暮らしてるニャン。フミちゃんやケータ、みんなが暮らすこの大切な町を、お前みたいな化け物に脅かすわけにはいかないニャン! エミちゃんやフミちゃんたちの平和な生活は……オレっちがこの命に代えても守るニャン!!」
コマ「そ、そうズラよぉ……! どんなに強い力を手に入れても、悪い事したら絶対に駄目ズラ……!」
コマじ「にいちゃんの言う通りズラ! オラたちも、ケータくんたちと一緒に戦うズラ!」
ジバニャンの熱い言葉に続くように、コマさんとコマじろうも小さな拳を握りしめてイカカモネを睨み据えた。
妖怪たちの、人間や悪魔に対する純粋で真っ直ぐな「信頼」の言葉。その強い絆の力に感化されたのか、景太の背中に隠れていた文花とピクシーの目からも、次第に恐怖の色が消え去っていった。二人は顔を見合わせ、深く頷き合うと、それぞれ強い覚悟を決めて景太の左右の隣へと並び立った。
ピク「ふん、よくよく考えたら、あたしはまだこの人間界で食べてない美味いものが山ほどあるのよ! それをお前みたいなキモいイカの干物なんかに奪われてたまるもんですか!」
ピクシーがいつもの強気な笑みを浮かべ、指先から鋭い魔力をパチパチと爆発させる。
文「そうよ! どんなに強くなったって、貴方みたいな身勝手な人に、絶対にこれ以上の悪いことはさせないんだから!」
文花もまた、その凛とした瞳でイカカモネの巨体を真っ向から見据えた。
イカ「……愚かな。人間に飼い慣らされ、地獄の悪魔に魂を売り、妖怪としての誇りすらをも忘れてしまうとは……本当に、イカがなものかと。……最早、お前たちと交わす言葉など何一つない」
イカカモネ(第二形態)の周囲の妖気が、一気に絶対的な殺意へと変質していく。
イカ「人間界は、この私のものになるのだ。全世界の支配者となる、この私の絶対的な力を……その身をもって思い知るが良い!!!」
イカカモネ(第二形態)が天を仰ぎ、おおもり山の全域、果てはさくらニュータウンの空さえも引き裂かんばかりの凄まじい咆哮を上げた。その足元の地面がさらに白く爆ぜ、周囲の空間に様々な属性の妖気の奔流が天変地異の如く渦巻き始める。
全ての次元の命運を賭けた、最終決戦の火蓋が、今ここに完全に切って落とされた!
きょうの悪魔大辞典
アラ「ケータくん。きょうの悪魔は二体同時に!」
景「う、うん!「妖魔アプサラス」。「鬼女リャナンシー」」
文「二人はセラピーとカウンセリングをしてるのね」
ピク「最近どうよ?二人での活動」
アプ「お陰様で上手くやれてます」
リャナ「時々、意見が合わないときもあるけど、その時は話し合いなどをして頑張っているわ」
アラ「それは良かった」
アプ「しかし、さすがの私たちでも出来ないことを知りまして…」
リャナ「あれね…」
景「何かあったの?」
アプ「実はウィスパーさんから「私はもうとっくに完璧なのになぜか人気がありません。どうか世間が私の魅力に気づけるよう協力してくれませんか?」と依頼が来て…」
文「それは普通に無視して構わないわ」
ジバニ「考えるだけ時間の無駄ニャン」
ほかの三人もウンウンと頷いた。
ウィス「どういう意味じゃコラーーー!!!」