悪魔ウォッチ   作:龍座

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サヨナラは言わないよ

おおもり山の神社の奥深く、枯れ果て白化した御神木の前で、全次元の支配を目論む魔界議長イカカモネ(第二形態)が耳をつんざくような咆哮を上げた。

その声は山の木々を激しく揺らし、最終決戦の幕開けを告げる合図となった。

 

景「みんな、行くよ! あいつをここで絶対に食い止めるんだ!」

 

景太が悪魔ウォッチを天高く掲げ、仲間たちに号令をかける。文花もまた、決意に満ちた強い眼差しで隣に立ち、妖怪と悪魔たちの背中を見守った。

 

イカ「イカーッカッカッカ! 威勢が良いのは口先だけじゃなイカ?まずはその生意気な態度から粉砕してやろう!」

 

イカカモネは、巨体を支える腕の代わりではなく、顔の中心、鼻の位置から不気味にうねる太い触手の一本を、鞭のように大きく振りかぶった。空気を引き裂く甲高い音と共に、単体を狙った恐るべき速度の鞭打が放たれる。

 

標的となったのは、最前線に飛び出していたジバニャンだった。

 

ジバニ「ニャニャッ!?」

 

触手の先端が、まるで巨大な丸太が飛んできたかのような凄まじい風圧を伴って迫る。

 

ジバニ「舐めるニャ! 『ひゃくれつ肉球』ニャーーッ!!」

 

ジバニャンは逃げることなく、正面から無数のパンチを繰り出して触手を迎撃した。しかし、第二形態へと変貌し、無尽蔵の妖気を手に入れたイカカモネの一撃は、これまでとは比べ物にならないほど重かった。

 

ドスッという鈍い衝撃音と共に、ジバニャンのパンチは弾かれ、その小さな身体は後方へと大きく吹き飛ばされる。

 

コマ「ジバニャン! 大丈夫ズラか!?」

ジバニ「いってて……ちょっと腕が痺れただけニャ。あいつ、とんでもない馬鹿力ニャン……!」

 

地面を転がりながらも素早く体勢を立て直すジバニャン。その威力に、景太たちは改めて敵の底知れぬ強さを肌で感じ取った。

 

イカ「どうした? 私の触手一本にも耐えられなイカ? ならば、これならどうだ!」

 

イカカモネは巨大な顔の下にある、もう一つの不気味な口を大きく開いた。その奥底で、ドロドロとした異常な高エネルギーが圧縮され、発光し始める。

 

アラ「おや。なんだかとても下品なものを吐き出しそうな予感がしますねぇ」

 

アラスターがステッキをくるりと回しながら、軽やかに横へとステップを踏んで回避行動を取る。その直後だった。

 

イカ「味わうが良い! 特製『イカスミ』だ!!」

 

イカカモネの下の口から、ゲロのようにドロドロとした、しかし直視できないほど眩く発光する「白いイカスミ」が前方の広範囲に向かって一気に吐き出された。

 

第一形態の時に使用していた、視界を奪い能力を下げるだけの墨ではない。これは純粋な破壊のエネルギーを持った、直接的な物理ダメージをもたらす激流の砲撃であった。

 

ピク「うわっ、ちょっと! 汚いし危ないじゃないの!!」

ノガ「メガ滝落としで相殺するっス!!」

マーメ「私も手伝うわ!」

 

ノガッパとマーメイドが咄嗟に巨大な水柱の壁を作り出し、迫り来る白いイカスミの奔流を受け止める。

 

ズガァァァァン!! という轟音と共に、水と白いスミが激突し、熱湯のような蒸気が広場に充満した。直接的な直撃は免れたものの、その余波の衝撃だけでノガッパたちは数メートル後ろへと力任せに押し戻され、膝をついた。

 

文「キャッ……!」

景「フミちゃん、大丈夫!?」

 

爆風に煽られそうになった文花の腕を景太が咄嗟に掴み、なんとか踏み止まる。

 

イカ「ホウ、今の威力を防ぐとは小癪な。だが、力押しだけが私の戦い方だと思ったら大間違いじゃなイカ? ……さあ、楽しいお遊戯の時間だ。一緒に踊ろうじゃなイカ!」

 

イカカモネの巨大な顔の表面にある、赤と紫に妖しく明滅していた両目が、突如として不気味な動きを始めた。瞳孔がぐにゃりと歪み、まるで催眠術の振り子のように、強烈な発光を伴いながらグルグルと渦巻き模様を描き出したのだ。

 

イカ「『目がまわらなイカ』!」

 

その渦巻きから放たれたのは、強烈な精神干渉の波動だった。虹色の不気味な波紋が、前衛に立つ妖怪たち全員を包み込む。

 

ウィス「こ、これは……いけません! 目を逸らしてくだ――うひゃあああああ!?」

 

警告を発しようとしたウィスパーが、真っ先にその光を直視してしまい、白目を剥いて独楽のようにその場で超高速回転を始めた。

 

ジバニ「ニャニャ……? あれ……チョコボーが……空飛んでるニャ……えへへ……捕まえるニャン……」

コマ「にいちゃん! なんでオラに頭突きしてくるズラ!? 目を覚ますズラ……って、オラもなんだか、頭がフワフワしてきたズラ……あはは……」

 

波動を浴びたジバニャンは虚空に向かってへらへらと猫パンチを繰り返し、コマさんとコマじろうは完全に混乱状態に陥り、味方同士でポカポカと叩き合いを始めてしまった。

 

全員を一瞬で「混乱」させる凶悪なとりつき技。これこそがイカカモネの恐るべき搦め手であった。

 

景「しまった、みんなが混乱しちゃった! !」

 

景太は焦りながら何とかしようと動く。だが、対象の数が多すぎる。次から次へとおはらいをしても、イカカモネの渦巻く瞳の光が降り注ぐ限り、追いつかない。

 

イカ「イカーッカッカッカ! 哀れなものよ。同士討ちで果てるが良い!」

 

イカカモネが触手を振り上げ、混乱して無防備になったジバニャンたちへトドメの一撃を振り下ろそうとした、まさにその絶体絶命の瞬間だった。

 

「――下等な幻惑だ。そんな小細工が、俺に通用すると思ったか?」

 

夜の闇を切り裂くような、鋭く冷徹な声が境内に響き渡る。

 

上空から凄まじい速度で舞い降りた影が、イカカモネの振り下ろした触手を、青い二匹の龍の形をしたマフラーでガッチリと受け止めて弾き返した。

 

景「えっ……!?」

 

そこに着地したのは、エリート妖怪であるオロチだった。彼はニョロロン族特有の、とりつきを一切無効化する強靭な耐性を持っている。そのため、イカカモネの放つ『目がまわらなイカ』の混乱波動を浴びても、微塵も顔色を変えていなかった。

 

オロ「待たせたな。ふもとの小魚どもを片付けるのに少し手間取った」

 

オロチは背を向けたまま景太たちにそう告げると、自身の両手から強烈な闘気を放ち、その衝撃波でジバニャンやコマさんたちを吹き飛ばし、強引に混乱の呪縛から叩き起こした。

 

ジバニ「ハッ!? オレっちは一体何を……オロチ! 来てくれたニャンか!」

 

目を回しながら正気を取り戻したジバニャンが歓喜の声を上げる。

 

オロ「あんな不気味なイカの干物に、お前たちの魂を弄ばせるわけにはいかないからな。……行くぞ、反撃の狼煙だ」

 

強力な助っ人の登場により、混乱の危機を脱した景太たち。いよいよ、戦いのギアが最高潮へと引き上げられようとしていた。

 

オロチの頼もしい参戦により、絶体絶命の危機を脱した景太たち。その場にいた妖怪と悪魔たちの士気は一気に最高潮へと跳ね上がった。

 

オロ「さあ、反撃の刻だ。俺の龍で、その醜い触手を食い千切ってやる!」

 

オロチが両腕を交差させると、首に巻かれた二匹の龍の形をしたマフラーが青白いオーラを放ちながら独立して動き出し、巨大な顎を開いてイカカモネへと牙を剥く。

 

ジバニ「オレっちも行くニャン! 今度こそ、百裂肉球でお前の顔面をボコボコにしてやるニャ!」

コマ「オ、オラも燃えるズラ! 『ひとだま乱舞』ズラ!」

 

ジバニャンが弾丸のような速度で飛び出し、コマさんとコマじろうが後方から無数の火の玉を放つ。さらにケルピーが怪力で抉り取った岩盤を投げつけ、カラカラさんが和傘から鋭い妖気の刃を連射した。

 

前衛と後衛が見事に連動した波状攻撃が、イカカモネの巨大な肉塊へと次々に直撃する。ズドォォン! と凄まじい爆発音が連続して響き、もうもうと土煙が舞い上がった。

 

景「やった! みんなの攻撃が効いてる!」

 

手応えを感じた景太が叫ぶが、隣に立つアラスターの表情は全く緩んでいなかった。

 

アラ「いえいえ、油断は禁物ですよ。あの程度の打撃、あの膨大な妖気を持つ化け物にとっては、ただの小石をぶつけられた程度の痛痒でしかありませんからねぇ」

 

アラスターの言葉を裏付けるように、土煙の中から、低く、不気味に震えるような声が響き渡った。

 

イカ「……小癪な、小癪な、小癪なアアアッ! チョロチョロと蠅のように飛び回りおって……目障りじゃなイカ!!」

 

土煙を豪風と共に吹き飛ばし、イカカモネが巨大な顔を歪めて激昂する。そして、顔の下にある第二の口と、本来の口の両方を三日月のように不気味に吊り上げ、禍々しい妖気を肺の底まで吸い込んだ。

 

イカ「イカ……イーカッカッカッカッカッカ!!!!」

 

その瞬間、おおもり山全体が震動するほどの、おぞましい『笑い声』が響き渡った。

 

それは単なる大音量の騒音ではない。聞く者の精神を直接削り取り、肉体の生命力と防御本能を強制的に弛緩させる、呪いのような「不気味な笑い」だった。

 

ピク「う、うわあああ!? なに、この気持ち悪い声……っ!」

文「耳を塞いでも、頭の中に直接響いてくる……っ!」

 

ピクシーや文花が苦痛に顔を歪めて耳を塞ぐ。

だが、その笑い声の真の恐ろしさは、音そのものではなかった。

 

『イーカッカッカ!』の呪詛を浴びた瞬間、最前線に立っていたジバニャンやオロチ、そして防壁を展開しようとしていたアプサラスたちの身体を包んでいたオーラが、ガラスが割れるようにパリンッと砕け散ったのだ。

 

ウィス「こ、これは大変でぃす!! 皆さんの肉体を守っていた妖気のバリアが完全に消滅させられました! 全員の『まもり』が、限界を超えて超ダウンしてしまっているのでぃす!」

 

ウィスパーが妖怪パッドを叩きながら悲鳴を上げる。イカカモネの笑い声は、対象全員の防御力を無に帰す、極めて凶悪なデバフ技であったのだ。

 

イカ「イカカ! まる裸同然のその貧弱な体で、私の本気の攻撃を耐えられるかな!?」

 

防御を完全に剥がされ、身動きが鈍った妖怪たちを見下ろし、イカカモネは最大の殺意を込めて鼻の触手を蠢かせた。

 

無数にある触手の中から、とりわけ太く、強靭な筋肉で構成された「3本の触手」が真っ直ぐに前へと突き出される。

 

イカ「消し飛ぶが良い! 『ドリル触手』!!」

 

ギリギリリリリリッ!!!

 

という、まるで巨大な工業用ドリルかジェットエンジンが起動したかのような凄まじい轟音が鳴り響いた。

 

突き出された3本の巨大な触手が、それぞれ独立して超高速のらせん回転を開始したのだ。回転が乱気流を生み出し、触手の周囲に鋭いカマイタチの竜巻が発生する。

そして、イカカモネはその高速回転する3本の巨大ドリルを、無防備な前衛全員を巻き込むようにして、扇状になぎ払うように突き出した。

 

オロ「――ッ! 全員、伏せろ!!」

 

オロチが叫び、二匹の龍を盾として展開する。

 

しかし、防御力が「超ダウン」している現在の状態では、その圧倒的な質量と回転力を持つ物理攻撃を受け止めることなど不可能であった。

 

ズギュウゥゥゥゥン!!!

 

大地を深く抉り取りながら、3本のドリル触手が戦場を蹂躙する。

「ニャアアアッ!?」とジバニャンが悲鳴を上げて空高く弾き飛ばされ、オロチの龍のオーラも一瞬で粉砕されてオロチ自身も大きく後退を余儀なくされる。ノガッパやケルピー、コマさんたちも、ドリルが巻き起こした暴風と衝撃波の直撃を受け、次々と地面を転がった。

 

景「みんな!!」

 

さらに、ドリルの余波は後衛にいる景太たちにまで襲いかかった。

 

無数の岩の破片が散弾のように降り注ぎ、凄まじい風圧が二人を吹き飛ばそうとする。

 

アラ「やれやれ……本当に野蛮な力技ですねぇ。知性というものが欠片も感じられません」

 

すかさずアラスターが指を鳴らすと、彼自身の影が巨大な壁となって立ち上がり、景太と文花に降り注ぐ瓦礫と風圧を完全にシャットアウトした。

 

だが、前線の惨状は目を覆うばかりだった。

 

土煙が晴れた後には、深く抉り取られたクレーターのような無惨な大地と、満身創痍となって膝をつく妖怪たちの姿があった。防御力を極限まで下げられた状態での「ドリル触手」による全体攻撃は、彼らに致命的とも言える深刻なダメージを与えていた。

 

イカ「イカカカカ! どうだ、私の圧倒的な力の前にひれ伏す気になったか!? 次の回転で、貴様ら全員を塵に変えてくれるわ!」

 

再び3本の触手が、キュイイイインと嫌な音を立てて高速回転を始めようとする。

 

リャナ「……させないわ。『メディア』!!」

 

その絶望的な状況の中、後衛で難を逃れていたリャナンシーが、残されたすべての魔力を振り絞って回復魔法を詠唱した。淡い緑色の癒やしの光が広がり、ジバニャンやオロチたちの傷を急速に塞いでいく。

 

しかし、イカカモネの凶悪な笑い声による「まもりダウン」の呪いは未だ解けておらず、状況が圧倒的に不利であることに変わりはなかった。

 

景「くそっ、あんな攻撃をもう一度くらったら、いくら回復しても間に合わない……!」

 

悪魔ウォッチの光も、強大な妖気の前では明滅を繰り返している。

 

イカカモネが巨大な肉塊を揺らし、嘲笑いながらジリジリと距離を詰めてくる。リャナンシーの回復魔法「メディア」の光が優しく彼らを包み込むものの、イカカモネの圧倒的な質量と妖気の前には、誰もがジリジリと後退せざるを得ない絶望的な状況に見えた。

 

景太が悪魔ウォッチを握り締め、冷や汗を流しながら次の手を必死に考えていた、その時だった。

 

アラ「おや、ケータくん。そんなに絶望的な顔をすることはありませんよ。ピンチに見えますが、押してるのは確かにこちらの方ですからねぇ」

 

景太の隣で、アラスターが少しも揺らぐことのない余裕の笑みを浮かべ、ラジオノイズ混じりの細い声で囁いた。

 

景「え……? アラスター、どういうこと? みんなボロボロだし、あいつの攻撃は全然衰えてないよ!?」

 

景太が困惑して問いかけると、アラスターは細長い指をすっと伸ばし、狂暴に触手を蠢かせる大怪物を指し示した。

 

アラ「あれをご覧なさい」

 

アラスターが指さす先、そこにいるイカカモネの巨体に、明らかな異変が起きていた。

 

先ほどまで不気味なほど真っ白だったその肉塊のような皮膚が、いつの間にかドス赤く変色し始めていたのだ。それは怒りによる比喩などではなく、文字通り、茹で上がったタコのように全身が、頭の先から触手の先端に至るまで本当に真っ赤に染まっていた。

 

オロ「アラスターの言う通りだ! あれこそ、イカカモネの身体が限界を迎え、蓄積したダメージと疲労で妖気が暴走している証拠!奴の体力はすでに半分以下にまで落ち込んでいるはずだ。このまま一気に攻め立てるぞ!!」

 

オロチがいち早くその本質を見抜き、鋭い声を張り上げて前衛の妖怪たちを鼓舞した。その言葉に、傷つき倒れかけていたジバニャンやコマさんたちの目に、再び闘志の炎が燃え上がる。

 

イカ「イカ……イカァァァーーーッ!! 茹でただと!? 疲労だと!? 議長であるこの私が、人間や悪魔、落ちこぼれの妖怪どもに追いつめられているというのか!? 戯言を……そんな戯言はイカにも認めん!!」

 

自身の弱点を看破されたイカカモネ(第二形態)は、狂ったように全身の触手を激しくのたうち回らせ、真っ赤な肉体をさらに膨張させた。その体内から、これまでにないほど禍々しく、そして灼熱を帯びた妖気が噴き出してくる。

 

イカ「ならば、全世界を支配する私の真の天変地異を、その身に焼き付けるが良い! 貴様ら全員、まとめて『イカ焼きにするぞ』!!」

 

イカカモネの真っ赤な巨体から、突如として爆発的な地獄の業火が噴き出した。全身に猛烈な炎の衣を纏ったイカカモネは、そのおぞましい巨体の質量をそのままに、時速数百キロにも達する勢いで前方へと突進してきた。

標的は、広場にいる全員だ。炎を撒き散らしながら迫る肉塊の猛進は、避けるスペースなどどこにもないほどの範囲を誇っていた。

 

ケル「きゃっ!? なにこれ、熱いじゃないの!」

ノガ「うわあああ! 蒸発しちゃうっス!!」

 

ノガッパとマーメイドが咄嗟に放った水の壁も、イカカモネが纏う超高熱の炎の前には一瞬で沸騰し、激しい水蒸気となって消し飛ばされた。炎の突進が全員を巻き込み、激しい爆発と共に火属性の大ダメージが吹き荒れる。一同は炎に焼かれながら弾き飛ばされた。

 

しかし、イカカモネの猛攻はこれだけでは終わらなかった。

 

イカ「まだじゃなイカ! 逃がさん、誰一人として生かして帰さんぞ! 『イカずちはイカが』!!」

 

突進を終えたイカカモネが真っ赤な触手を天へと突き上げると、おおもり山の山頂の空が瞬時に暗転した。渦巻くドス黒い雷雲が神社の真上に発生し、紫色の狂気的な電光がバリバリと音を立てて走り始める。

 

直後、落雷の爆音が轟き、無数の巨大な雷撃が、雨のように広場全体へと降り注いだ。雷属性の激しいエネルギーが、炎で焼かれたばかりの妖怪と悪魔たちの肉体を容赦なく打ち据え、電撃の檻が彼らの自由を奪う。

 

ピク「痛っ! ちょっと、なんなのよこのイカ! 往生際が悪すぎるわよ!!」

文「みんな……! しっかりして!!」

 

後方でアラスターの影の結界に守られている文花が悲鳴を上げる。だが、イカカモネの猛り狂う猛攻は、さらに三の手を繰り出してきた。

 

イカ「これで塵に還るが良い! 『イカタイフーン』!!」

 

イカカモネが巨大な腕と無数の触手をプロペラのように超高速で回転させると、そこから超巨大な緑色の暴風の渦――凄まじい竜巻が発生した。

 

竜巻は境内の枯れ木を根こそぎ引き抜き、白化した地面の土砂を巻き込みながら、全体を飲み込む風属性の凶器となって荒れ狂う。炎、雷、そして風。三つの属性による連続の天変地異が、完全に全員へと襲いかかっていた。

 

普通であれば、この圧倒的な連続攻撃の前に全滅していてもおかしくはない。

だが、彼らは諦めなかった。

 

リャナ「……まだよ、これくらいで、アタシたちの絆は壊せないわ! 『メディア』!!」

 

リャナンシーが再び、自身の限界を超えた魔力を振り絞り、最上位の癒やしの光を絶え間なく放ち続けた。風に切り裂かれ、雷に打たれた仲間たちの傷が、その瞬間に次々と塞がっていく。

 

アプ「今です! 敵の攻撃の合間、嵐の目を突いてください!」

カラ「任せなさい! アタシの傘で、あの風の拠点を切り裂くわ!」

 

アぷサラスの的確な指示を受け、カラカラさんが和傘を一本の鋭い槍のように構えて跳躍した。竜巻のわずかな隙間を縫い、イカカモネの巨大な顔面へと肉薄する。

 

カラ「『ハイカラ☆パラソル』!!」

 

目にも留まらぬ速さの連続突きが、イカカモネの目を、鼻の触手を正確に捉えて貫いた。

 

ギエエエッ! とイカカモネが苦悶の声を上げ、竜巻の維持が乱れる。その瞬間を、エリート妖怪が見逃すはずがなかった。

 

オロ「よくやった! 我が龍よ、奴の動きを完全に封じ込めろ!」

 

オロチの首から放たれた二匹の龍が、イカカモネの真っ赤な巨体へと絡みつき、その自由を強引に奪う。

 

ジバニ「今ニャ! オレっちたちの本気を見るニャン! 『ひゃくれつ肉球』ーーーッ!!」

コマ「『ひとだま乱舞』ズラッ!」

コマじ「にいつぁんに続けええ!!」

 

ジバニャンが炎を宿した肉球をマシンのように叩き込み、コマさん兄弟の青い火の玉がイカカモネの巨体を次々と爆破する。さらにケルピーが力任せの強烈な前脚の打撃を脳頭頂部へ叩きつけ、ノガッパが「メガ滝落とし」の激流を上空から叩き落として、イカカモネが纏っていた炎を完全に鎮火させた。

 

マーメイドの氷の棘が肉塊のあちこちを突き刺し、ピクシーの放つ高密度の妖力弾が追撃として炸裂する。

 

出会って間もない妖怪と悪魔、そして景太の仲間たちの心が一つになった、これ以上ない完璧なまでの波状攻撃。

 

その結果、見事な連携でイカカモネを確実に追いつめ、その巨体をズルズルと御神木の方へと強く押していく! 誰もが、勝利は目前だと確信した、その瞬間だった。

 

攻撃の嵐を受け、真っ赤な肉体を激しく痙攣させていたイカカモネの、顔の下にある不気味な第二の口。

 

 

 

その裂けたような口元が、激痛に歪むのではなく、不敵にニヤリと三日月の形を浮かべて歪んだ。

 

 

イカ「イカカカカ……。この私にばかり構ってばかりなのは、いかがなものかと……」

 

余裕すら感じさせるその異様な声色。

景太たちが一瞬動きを止めたその理由は、彼らの見えない場所で、既に最悪の事態が進行していたからであった。

 

ーーー

 

一方、その頃。さくらニュータウンの市街地では、突如として信じられない光景が広がっていた。

 

町中のあちこちから、ボボンッ!という破裂音と共に、白い霧が吹き出す。

 

そして空から、大地から、路地裏から、イカカモネの妖気によって完全に白化し、自我を失った妖怪の軍勢が無数に出現したのだ。

 

モブ女「な、何あれ!?」

 

駅前の広場や商店街を歩いていた人々は、突如現れた異形の集団に足を止めた。最初は、何かのパレードか、あるいは最新のAR技術を使った作り物かと思い、呑気にスマートフォンを向けて撮影し始める若者たちもいた。

だが、次の瞬間。

 

白化した妖怪たちは、けたたましい奇声を発しながら、一切の躊躇なく周囲の人間たちに襲いかかり、物理的な危害を加え始めたのだ。

 

看板が吹き飛び、ガラスが砕け散る。

 

「ひぃぃっ!?」

「逃げろ! 化け物だ!!」

 

呑気な空気は一瞬にして凍りつき、町は阿鼻叫喚のパニックに包まれた。人間たちは悲鳴を上げ、我先にと一目散に逃げ惑う。しかし、白化した妖怪たちは冷酷なマシンのように、その襲撃の歩みを一切止めようとはしなかった。

 

ーーー

 

おおもり山の更に奥、御神木の前。

 

イカ「イカカカカ! そろそろ私の可愛い手下どもがあの結界の下で町を襲撃して、人間どもを恐怖のどん底に陥せているころだ!」

 

イカカモネが触手を打ち鳴らしながら高らかに宣言する。

 

山頂にいる景太たちからは、ふもとの町の具体的な状況を直接目で見ることはできなかった。だが、ただ一人、アラスターだけは自身の持つ悪魔の力――地面を伝う微細な振動、風が運ぶ遠くの悲鳴、そして街の影に潜ませていた使い魔の視覚を通して、その惨状を正確に感知していた。

 

アラ(なるほど。これはこれは、実に面白いことになってますねぇ)

 

アラスターは内心でそう呟きながら、ステッキを握る手に微かな力を込めた。

 

ウィス「ば、馬鹿な事を! さくらニュータウンには、フミちゃんが桜の木を使って強固な結界を確かに張ったはずでぃす!」

 

ウィスパーが信じられないというように叫ぶ。

 

イカ「侮りはイカんぞ、下等な妖怪め。今の私にとって、結界が張られる前から既に町に潜伏させていた手下どもに、私のこの強大な力を分け与えて暴れさせることなど、造作もないことなのだからな!」

 

まさに絶体絶命の危機。おおもり山でイカカモネを倒せたとしても、町が壊滅してしまえば何の意味もない。このままではさくらニュータウンどころか、人間界そのものが終わってしまう。

 

だが、アラスターは極めて冷静だった。それどころか、彼の顔には未だに薄気味悪い、しかしどこか確信めいた笑みが張り付いたままであった。

 

その理由は、次の瞬間、空から降ってきた「音」によって誰の目にも明らかとなった。

 

「「「オオオーーー!!!」」」

 

突如として、おおもり山の上空から、空気を震わせるほどの巨大で荘厳な軍勢の雄叫びが響き渡った。

 

景「えっ……!?」

 

全員が天を仰ぐ。そこにいたのは、神々しい光を背負って降臨した天使の軍団だった。

 

先頭に立つのは、景太と契約を結んだ悪魔である「天使パワー」。そしてその両脇を固める「天使アークエンジェル」と「天使エンジェル」。さらに彼らの背後には、空を埋め尽くさんばかりの沢山の「天使エンジェル」の軍勢が翼を広げていた。

 

パワー「者共! 契約者の愛する町で、これ以上奴らに好きにさせるな!! 天罰を下す時だ!」

アラ「ニャハハハ!! どうやら、他の皆さんも随分と気合を入れて加勢に来てくれたみたいですよ!」

 

アラスターが愉快そうに笑い声を上げる。

 

ウィス「ケ、ケータ君! これを見てくださいでぃす!!」 

 

慌てて妖怪パッドを取り出したウィスパーが、画面に映し出されたさくらニュータウンのライブ映像を景太たちに向けた。

 

そこには、絶望的な襲撃を跳ね返す、信じられない光景が広がっていた。

 

ダイ「オラ達の力、たっぷりと見せてやるッペー! イヒー!」

 

翼を羽ばたかせトライデントスピアを構える妖鬼ダイモーン。

 

アイト(友)「オイラ達がこうして人間の町で盗みができて、美味しいオムレツを腹一杯食えるのは、ケータという面白え人間とアラスター様のお陰だ! 今こそ、そのデカい恩を返す時だぜ!」

アイト「「「オー!!」」」

 

邪龍アイトワラスの群れが、編隊を組んで空から灼熱の炎を吐き出し、敵を焼き払う。

 

アドラ「アタシたちの契約者の縄張りを、これ以上土足で踏み荒らさせはしないわよ!! 灰になりなさい!」

 

堕天使アドラメレクが、美しい羽を広げながら地獄の業火を召喚し、敵の退路を断つ。

 

パッドの画面のあちこちで、妖精ジャックフロストたちが氷を放ち、龍神コウリュウやセイリュウが天を舞い、地霊ツチグモや破壊神ザオウゴンゲンが大地を揺らしている。

 

沢山の景太と友達になった悪魔たちが、文花の友達である妖怪たちと完璧な連携を取りながら、イカカモネの手下たちを相手に圧倒的な戦いを繰り広げていたのだ。

 

まさに、景太がこれまでの冒険で絆を結んできた「悪魔と妖怪の友達大集合」であった。

 

景「皆……」

 

自分のために、町のために戦ってくれる数え切れないほどの友達の姿を見て、景太の胸に熱いものがこみ上げ、嬉しさで胸がいっぱいになった。

 

文「すごい……。これ全部、ケータくんが今まで仲良くなったお友達なのね……」

 

文花もまた、その途方もない絆の力に目を丸くし、感嘆の息を漏らした。

 

キュ「全く、その通りだね。彼には人を……いや、妖すらも惹きつける不思議な魅力がある」

 

不意に、景太たちの背後から凛とした声が響いた。

 

振り返ると、そこには文花の友達であり、強力な力を持つキュウビ、そしてゴルニャン、影オロチの三体が並び立っていた。彼らはふもとの防衛を悪魔たちの大軍勢に任せ、諸悪の根源であるイカカモネ戦に直接加勢するためにおおもり山へと駆けつけたのだ。

 

イカ「こ、こんな……馬鹿なことが……。私の完璧な計画が……」

 

自身の切り札であった手下たちの奇襲が完全に頓挫し、呆然と後ずさるイカカモネ。

 

その隙を、ラジオデーモンが見逃すはずがなかった。

 

アラ「やれやれ、イカカモネ。このような『イカ』んな結末は『イカ』んと思い、手下どもを「現地に『イカ』せろ」とはやる気持ちも分かります。ですが、いつまでも『ゲソ』っとしてないで、「まあ『イッカ』♪」と早めに割り切ることが大切ですよ。さて、これからの地獄の底へのご旅行は、『イカ』がでしょう?」

 

張り詰めた最終決戦の空気の中で、アラスターの怒涛の連発オヤジギャグ(イカダジャレ)が見事に炸裂した。

 

ピク「ちょっと、いい加減にしなさいよ! 寒いわよ!!」

景「アラスター、こんな大事な時に親父ギャグはやめてよ!!」

 

あまりの空気の読めなさに、ピクシーと景太が間髪入れずに鋭いツッコミと文句を浴びせる。周囲で構えを取っていたジバニャンやオロチ、他の面々も全く同じ気持ちだったらしく、一様にジト目を向けていた。

 

アラ「ニャハハハ! この高度なユーモアが理解できないとは、まだまだ皆さんおこちゃまですねえ!」

 

アラスターは全く悪びれる様子もなく、ステッキを回して肩をすくめた。

 

イカ「おのれぇ……!! 人界の野望を打ち砕かれただけではなく、この私の高貴な喋り方まで馬鹿にしおってーーー!!!!」

 

プライドをズタズタに引き裂かれたイカカモネが、怒りで顔を紫に染め上げ、残された全ての触手を狂ったように振り乱す。

 

アラ「さあ、お喋りはここまでです。今のうちに一気に決着をつけましょう!!」

 

イカ「おのれぇ……! 貴様ら全員、跡形も無く消し去ってくれるわー!!」

 

プライドを粉々に打ち砕かれたイカカモネ(第二形態)は、怒りのあまり巨大な肉塊の身体を激しく震わせた。

その直後、巨大な顔の下にある不気味な「第二の口」が、顎が外れんばかりに大きく開かれた。その奥深く、グロテスクな肉の壁に囲まれた最深部――まるで巨大なのどちんこのようにぶら下がる球体状のコアが、突如として禍々しく明滅を始めたのだ。

 

周囲の空間からありとあらゆる妖気、そして大地に残されたわずかな生命力すらも強引に吸い上げ、そのコアは限界突破のエネルギーを圧縮していく。空間が歪み、空気が焦げるような異臭が漂い始めた。間違いなく、最大出力の必殺技を放つための極限の溜め動作であった。

 

ピク「ちょっと、あんなのわかりやすい弱点じゃないの! あの奥で光ってる『のどちんこ』がそうよ!」

 

上空を飛んでいたピクシーが、その無防備に露出したコアを指差して叫んだ。

 

文「それなら、今が最大のチャンスね! 撃たれる前にあの光ってる部分を叩けば……!」

景「みんな、行くぞ! あの口の奥に全力を叩き込むんだ!」

 

景太の号令と共に、ジバニャンが肉球に炎を宿し、オロチが龍の闘気を高め、キュウビが紅蓮の炎を掌に集める。全員がイカカモネの弱点であるコアに向かって、一斉に飛びかかろうとした。

まさにその時だった。

 

アラ「――皆様、少々熱くなっている所すみません」

 

突如として、優雅な足取りで景太たちの前に進み出たアラスターが、パチンと軽快に指を鳴らした。

刹那、アラスターの足元の影から無数の黒い触手が勢いよく飛び出し、景太、文花、そして前衛に飛び出そうとしていた妖怪や悪魔たちの腰に巻き付いた。

 

景「えっ!?」

ジバ「ニャッ!?」

 

影の触手は強引に、しかし決して彼らの身体を傷つけない絶妙な力加減で、全員を後方へと一気に引き戻した。

そして次の瞬間、アラスターのステッキから放たれた血のように赤い魔力が幾重にも展開され、景太たちの目の前に、分厚く、禍々しい文様が刻まれた「三重の結界(バリア)」が瞬時に張り巡らされたのだ。

 

ピク「アンタ! いきなり何やってるのよ!? 今が最大のチャンスなのに、ふざけてる場合じゃないでしょ!!」

景「開けてよアラスター! このままじゃ撃たれちゃうよ!!」

 

バリアの内側から、景太が透明な壁をバンバンと叩きながら叫ぶ。

しかし、アラスターは焦る様子もなく、ゆっくりと景太の方へと振り返った。その顔には、いつもの人を食ったような狂気の笑みではなく、どこか穏やかで、真摯な光が宿っていた。

 

アラ「ケータくん」

 

静かな、ノイズの消えた澄んだ声が景太の耳に届く。

 

アラ「……絶対に、貴方を悲しませたりはしません。この私を、信じてください」

 

その言葉と、アラスターの真っ直ぐな瞳。

ただの悪魔と人間の契約を超えた、深い絆と確かな覚悟がそこにはあった。景太はハッと息を呑み、そしてバリアを叩く手をゆっくりと下ろした。

 

景「……うん。分かった。俺、アラスターを信じるよ」

 

景太は口元を上げ、力強く頷いた。

それは、どれほど絶望的な状況であろうとも、自らの契約悪魔を心から信頼しているという何よりの証であった。

 

イカ「消えろ!! 愚かな劣等種どもが!!」

 

イカカモネのコアの圧縮が限界点に達した。

 

イカ「『これで最後カモネ砲』!!!」

 

ゴオォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

 

第二の口から、おおもり山そのものを蒸発させるかのような、極太で特大の高エネルギーレーザー砲が発射された。

それは光というよりも、破壊の概念そのものが質量を持った奔流であった。空間を削り取り、大気をプラズマ化させながら、真っ直ぐにアラスターと景太たちのいる場所へと直撃する。

 

一切の回避行動を取らず、両手を広げてその場に立ち尽くしていたアラスターの細身のシルエットは、圧倒的な光の濁流に完全に飲み込まれた。

 

光と轟音の暴風が吹き荒れ、視界は真っ白に染まる。

 

それから暫くして、耳鳴りだけが残る静寂の中、レーザー砲の光はゆっくりと収縮していった。

広場には深く抉れた巨大な大地の爪痕が残り、もうもうと濃密な土煙が舞い上がっている。

 

息も絶え絶えになりながら、イカカモネは口の端をニタリと歪め、歓喜に打ち震えた。

 

イカ「イカカカカ……! ハァ、ハァ……見たか! これが、私の真の力だ!! しかも、あろうことか自ら盾になりおって……あの地獄最強と謳われるラジオデーモンを、この私が正面から完全に消し炭にしてやったぞ!!」

 

イカカモネの狂喜の高笑いが、焦げ臭い境内に響き渡る。

 

イカ「イカーッカッカッカ! これで人間界はおろか、地獄の支配も完了したも同然だ! 私は真の支配者に……」

 

しかし。

その勝利の余韻は、最も聞きたくなかった「不快なノイズ」によって無惨にも切り裂かれた。

 

「――ヌフフフフ……」

 

舞い上がる土煙の奥から、突如として新たに一つの声が割り込んできた。

古いラジオのチューニングを合わせるような不気味なノイズと共に、その影はゆっくりと姿を現す。

 

土煙が晴れたそこには……天地がひっくり返るほどのレーザーの直撃を受けたにも関わらず、ひび割れ一つなく、びくともしていない強固な三重のバリアで守られた景太たちの姿があった。

そして、そのバリアのさらに前。

直撃の爆心地に立っていたはずの男が、肩をすくめながら立っていた。

 

アラ「ニャーハハハハハハハ!!!」

 

耳障りなハウリング音を伴って、高笑いするアラスターがそこにいた。

信じられないことに、アラスターは回避も防御もせず、あの極太の特大レーザー砲を諸にその身で受け止めたにも関わらず、肉体に傷一つ負っていないばかりか、着ている赤い特注のスーツすら焦げておらず、埃ひとつ付いていなかったのだ。

あまりにも次元の違う異常な光景であった。

 

アラ「いやはや、驚きました! こんな見て呉れだけが派手な光のショーが、貴方の『奥の手』だとは! 本当に、腹の底から笑わせてくれる!!」

 

イカ「ば、馬鹿なッ!? 無傷だと!? 貴様! あれだけのエネルギーを前にして……ま、まさか、直撃の瞬間に卑怯にも影の中に逃げ込んだな!!」

 

イカカモネは信じられないというように目を血走らせ、あり得ない現実を否定しようと怒鳴り散らした。

しかし、アラスターはステッキをくるくると回しながら、心底可笑しそうに目を細めた。

 

アラ「いえいえ。逃げるだなんて、そんな無粋な真似はしませんよ。先ほども言った通り、私は愛するケータくんを守るため、堂々と正面から受け止めましたよ。……ですが、どうやら私の力の方が、貴方の全力よりも『ほんの少し』上だったようですねぇ」

 

「少し」。

 

アラスターはとても謙虚な言葉を選んでそう言ったが、その声色と態度は、完全にイカカモネの存在そのものを足元に這いつくばる虫けら以下に扱い、徹底的に馬鹿にしているものであった。

 

アラ「要するに。これが、全ての次元の頂点に立つなどと妄言を吐く哀れな貴方と、この私の、決定的な力の差というわけですね。無駄な努力、本当にお疲れ様でした。クスクス……」

 

パチン、とアラスターが指を鳴らすと、景太たちを守っていた強固なバリアがガラス細工のように儚く解除された。

 

景「アラスター!!」

 

景太は真っ先にアラスターの元へと駆け寄り、その無事な姿を下から上まで見上げて、瞳をキラキラと輝かせた。

 

景「すごかったよ! 全然傷ついてない! やっぱりアラスター、前よりずっと強くなってたんだね!」

 

心からの純粋な称賛を送る景太。その横で、ピクシーは「アンタのその過保護っぷりには呆れるわ」と言いたげに呆れ笑いを浮かべ、景太の友達である悪魔たちやコマさん兄弟も、「さすがアラスター様だべ!」「すげぇズラ!」と歓声を上げて駆け寄ってきた。

 

しかし、その和やかな空気の背後で、オロチやキュウビ、ゴルニャンといった妖魔界のトップクラスの実力を持つ妖怪たちは、文字通り顔面を青褪めさせ、一歩も動けずにいた。

彼らには理解できてしまったのだ。先ほどの「これで最後カモネ砲」がどれほどの絶望的な威力を秘めていたかを。そして、それを「何もしないで無傷で受け止める」というアラスターの行為が、いかに生物の理から逸脱した、常軌を逸した異常な力であるかを。

地獄最強の悪魔、ラジオデーモンの圧倒的すぎる力を直に見せつけられ、彼らは魂の底から戦慄していた。

 

そんな周囲の畏怖の視線など気にも留めず、アラスターはクルリとイカカモネの方へと向き直った。

その瞳孔がラジオのダイヤルのように不気味に回転し、周囲の空間がアラスターの魔力によってジリジリと赤く染まり始める。

 

アラ「さて、観劇はここまで。ここからは、私も少しばかり体を動かすとしましょうか。……ですが、お願いですからすぐに終わってしまわないでくださいね? あまりにも簡単にやられてしまっては、私の極上のエンターテインメントが、ひどくつまらないものになってしまいますからねぇ」

 

死刑宣告よりも恐ろしい、極上の煽り文句。

地獄の悪魔が、その本性を剥き出しにして、ついに最終決戦の舞台へとその歩みを進めた。

 

地獄最強の悪魔、ラジオデーモンが本格的に戦線へ加わったことで、おおもり山の戦況はただでさえ傾いていた天秤を一気に、そして決定的に傾かせた。

 

アラスターの圧倒的な実力に鼓舞されるように、周囲の妖怪と悪魔たちも再び凄まじい勢いで動き出す。

 

オロチが放つ青白い龍の闘気がイカカモネの巨体を締め上げ、動きを完全に封じ込める。

 

そこへキュウビが呼び出した幾重もの紅蓮の火柱が、真っ赤に茹であがったイカカモネの肉体をさらに激しく焼き焦がしていく。

ゴルニャンが後方から強烈なロケットパンチを叩き込み、影オロチが影から放つ刃が触手を次々と切断した。

 

ジバニャンのひゃくれつ肉球とコマさん兄弟のひとだまが絶え間なく炸裂し、マーメイドやケルピーたち悪魔の軍勢もまた、自らの最大魔法を惜しみなく注ぎ込む。 

 

息の合った見事な連携。それはまさに、景太が紡いできた絆の結晶そのものであった。イカカモネは全次元の頂点に立つという野望を抱きながら、完全に防戦一方に追い込まれていく。

 

だが、その激しい戦いの中でも、アラスターの存在だけは一際異質であり、完全に浮いていた。

 

ほかの悪魔や妖怪たちと同様に、彼は景太たちをサポートし、イカカモネに攻撃を仕掛けている。立ち回りそのものは同じはずだった。しかし、アラスターが繰り出す一手一手は、文字通りの意味で苛烈を極めていた。

 

アラスターが軽く指を鳴らすと、神社の境内の空間全体に、鼓膜を直接引き裂くような大音量のラジオノイズが鳴り響いた。それはただの雑音ではない。物理的な破壊力を伴った、高密度の音波兵器であった。

 

強烈な音波の直撃を受けたイカカモネの巨体が、まるで内側から破裂するかのように激しく震え、肉塊の表面から緑色の不気味な体液が噴き出す。

 

さらにアラスターが不敵な笑みを深めると、彼の足元から無数の黒い、生きている影の触手が爆発的に這い出してきた。それはイカカモネの持つぬめり気のある触手とは違い、すべてを拒絶する底なしの闇で形成された、死の触手だった。

 

影の触手はイカカモネの鼻の触手を力任せに掴むと、そのままねじ切り、引き千切り、肉塊の巨体を大地の岩盤へと幾度も激しく叩きつけた。ズドォン、ズドォンと、おおもり山が地鳴りを上げて崩れていく。

 

それに留まらず、アラスターの周囲に浮かぶ血のように赤い魔法陣からは、地獄の最下層から呼び出された不浄なる呪詛の魔法が次々と撃ち出され、イカカモネの肉体をじわじわと、しかし確実に蝕んでいった。

 

だが、何よりも一番目立っていたのは、アラスターの繰り出す攻撃そのものの威力ではなかった。

 

それは、彼の攻撃一発一発に込められた、圧倒的なまでの恐怖であった。

 

アラスターが杖を振るうたび、イカカモネの脳内に直接、何千何万という亡者たちの絶望の叫びが流れ込んでくる。影の触手が肌に触れるたび、魂を直接凍りつかせるような、絶対的な死の予感が全身の神経を駆け抜ける。

 

これまで多くの妖怪を従え、世界の頂点に立とうと傲慢に振る舞っていたイカカモネは、生まれて初めて、真の怪物という存在を目の当たりにしていた。

 

戦っているのではない。自分は今、圧倒的な捕食者の前で、ただ嬲られているだけなのだと。

 

イカカモネの真っ赤に変色していた巨体は、恐怖のあまり青ざめ、ガタガタと目に見えて震え始めた。どれほど妖気を練り上げようとしても、アラスターから放たれる精神を削るような恐怖の波動の前に、集中力が完全に霧散してしまう。

 

その心に刻み込まれた恐怖は、もはや一生拭うことのできないほどの深いトラウマ、魂の傷となってイカカモネを侵食していった。巨大を誇った魔界議長は、今や恐怖に怯える哀れな一匹の獲物へと成り下がっていた。 

 

アラスターは、怯え狂うイカカモネの目の前までゆっくりと浮遊しながら近づいていく。彼の影は背後で巨大な怪物の形へと膨れ上がり、おおもり山の空を完全に覆い尽くしていた。

 

トレードマークの鋭い笑顔を限界まで吊り上げ、アラスターの瞳がラジオのダイヤルのように狂気的に回転する。周囲の全ての音が消え去り、ただ彼の声だけが、重く歪んだノイズを伴って響き渡った。

 

それは一瞬の静寂の後、世界のすべてを呪うかのような、おぞましい重低音のノイズが境内に木霊した。

 

アラ「さあ、貴方の悲鳴を……」

 

 

 

 

アラ「キカセテクダサイ」

 

ーーー

 

『命』とは―。

 

元来、極めて純粋で、何の穢れも知らない無垢な器。

 

その器に注がれる環境や経験によって、「性善」にもなれば「性悪」にも振れる。どのような色にも染まり得る、ひどく曖昧で脆い存在。

 

だが、どれほど多様な形に成長しようとも、すべての『命』には決して逃れられない絶対的な共通項が存在する。

 

それは、自らの存在を脅かす嫌な事、不利益な事を、本能レベルで「めっぽう嫌う」ということ。

 

どれほど己の力を誇示し、世界を我が物にしようと嘯く豪胆な存在であろうと、いざ圧倒的な『被害』――己の許容量を遥かに超える理不尽な暴力や苦痛――を前にすれば、命の選択肢は二つに一つしか残されない。

 

死に物狂いで牙を剥き出しにして「抵抗」するか。

あるいは、心が完全に折れ、すべてを受け入れて考えることを「放棄」するか。

 

ここで、何も考えずにただ己の物理的な力に任せ、暴力や物理的な苦痛、浅薄な言葉の脅迫だけで相手を打ちのめそうとするのは底の知れた三流のやり方である。肉体的な苦痛はいつか麻痺し、力による抑圧は、いずれ必ず反逆の種を生み出すからだ。

 

だからこそ、真に絶対的な支配者は、別の極上のスパイスを用いる。

 

それは―

 

 

 

 

『恐怖』。

 

 

 

 

対象の魂の根源に直接触れ、存在の根底から揺さぶる底なしの『恐怖』。

 

『命』を真に屈服させ、永遠に従わせる時の絶対的な作法。

 

先ず、恐怖を与え……。

 

更に恐怖を与えて、

 

与えて、与えて、与えて。

 

相手の自尊心、野望、矜持、そして明日へ向かうほんの僅かな希望すらも

 

立ち直れないほどに徹底的に、粉々に、容赦なくすべてをへし折る。

 

それが、地獄の底で無数の魂を弄び、絶望のオーケストラを指揮してきた男の流儀。

 

それが、「恐怖」。

 

 

 

それが、アラスター >(悪魔)

 

 

 

イカ「ア……ガァ……ッ、ア、アアアァァァァ……ッ!!」

 

おおもり山の神社の境内に、イカカモネ(第二形態)の絶望に満ちた絶叫が響き渡っていた。

 

それはもはや、全次元の支配を目論んだ魔界議長の威厳ある声ではなかった。ただの、巨大で醜悪な肉の塊が、理解不能な恐怖の前にすがりつくように上げる、惨めな悲鳴であった。

 

アラスターが指を一本動かすたびに、イカカモネの視界は真っ赤なノイズに塗り潰され、脳裏には地獄の最下層で永遠に苦しみ続ける亡者たちの幻影がフラッシュバックする。

 

触手で抵抗しようにも、自身の放つ妖気すらもアラスターの放つ圧倒的な絶望のオーラに喰い尽くされ、霧散していく。

 

イカ「ヒィッ……! ク、来るな……! 来るなァァァッ!!」

 

完全に理性を失い、イカカモネは残された数本の触手をデタラメに振り回した。だが、その攻撃はアラスターの身体をすり抜けるかのように全く当たらず、逆に影から伸びた黒い手によって、自身の触手を一本、また一本と無造作に引き千切られていく。

 

物理的な痛み以上に、イカカモネの心を壊していたのは、目の前の悪魔が自分を「対等な敵」としてすら見ていないという絶対的な事実だった。

 

アラスターにとって、これは戦闘ですらない。

 

路傍の石を蹴り飛ばし、無力な虫の羽を一枚ずつ毟り取るような、ただの「暇つぶし」の遊戯なのだ。

 

アラ「どうしました? 貴方の思い描いた『すべての次元の頂点』からの景色は、随分と泥臭く、惨めなものですねぇ」

 

ゆっくりと、宙を歩くように距離を詰めてくるアラスター。

 

その足元から広がる漆黒の影は、イカカモネの巨体を完全に飲み込み、外界からの光を一切遮断する絶望の檻へと変貌していた。

 

イカ「や、やめろ……! 私は、議長だ……! 妖魔界の、トップに立つ男だぞ……! 許して、許してくれ……!!」

 

傲慢の仮面は完全に剥がれ落ちた。

 

全身の妖気を失い、ただの巨大な肉の塊と化したイカカモネは、ガタガタと激しく震えながら、ついに無様にも命乞いを始めた。

 

だが、その懇願の言葉すらも、ラジオデーモンの極上のエンターテインメントの一部でしかない。

 

アラ「ええ、ええ。とても素晴らしい悲鳴です。その絶望に染まった声、恐怖に歪む醜い顔……実に、実に愉快だ!!」

 

その時、アラスターの顔が、これまでに見せたことのないほど、大きく、深く、そして不気味に歪んだ。

 

ニタリ。

 

口裂け女のごとく耳の裏まで届かんばかりに吊り上がったその笑みは、悪魔という概念そのものを具現化したかのような、純粋悪の表情。黄色い鋭い牙が覗き、狂気に満ちた瞳孔がイカカモネの魂の奥底を直接射抜く。

 

アラ「ですが、残念。貴方の番組は、これにて放送終了です」

 

パチン、と。

 

アラスターが指を鳴らした瞬間、おおもり山を包み込んでいたラジオノイズが、プツンと唐突に途切れた。

それと同時に、イカカモネの体内に残っていた最後の生命力、最後の自我、そして野望のすべてが、見えない巨大な圧力によって「ブチリ」と音を立ててへし折られた。

 

イカ「ア…………あ…………」

 

限界まで見開かれたイカカモネの両目から、一切の光と理性が失われる。

 

恐怖によって精神の根幹を完全に粉々に砕かれ、抜け殻と化した巨大な身体は、もはや自らの肉体を支えることすらできなくなっていた。

 

ズズウゥゥゥゥン……!!!!

 

地響きを立てて。

 

かつておおもり山を枯れ果てさせ、世界を我が物にしようとした魔界議長イカカモネは、白化した大地の上に、無惨に地に伏した。

 

ピクピクと触手の先が痙攣するだけで、その巨体からはもはや一切の妖気も、戦意も感じられない。

 

物理的に殺されたわけではない。だが、その『命』は恐怖によって完全に屈服し、精神そのものを破壊され尽くしたのだ。

 

風が吹き抜け、土煙が静かに晴れていく。

 

景太も、文花も、妖怪たちも、そのあまりにも圧倒的で一方的な決着に言葉を失い、静まり返っていた。

 

目の前には、すべてを砕かれ、地に伏したイカカモネの巨体。

 

 

 

もう……彼が再び自らの意思で立ち上がることは、永遠に無い。

 

ーーー

 

静まり返ったおおもり山の山頂。

 

先程までの地獄のような重圧と絶望的なオーラは嘘のように消え去り、そこにはただ、精神を完全に破壊されてピクリとも動かなくなったイカカモネの巨大な骸だけが横たわっていた。

 

そのあまりにも一方的で残酷な結末を目の当たりにし、景太はどこか呆然とした表情で隣に立つ赤いスーツの悪魔を見上げた。

 

景「やっぱりアラスターって悪魔なんだな」

 

その言葉には、恐怖というよりも、改めて突きつけられた圧倒的な事実への感嘆が混じっていた。普段は飄々としていて、時に軽口を叩き合う仲間であっても、彼の本質は地獄の底で無数の魂を支配してきた絶対的な存在なのだと。

 

ピク「あたし、改めてアンタがラジオデーモンだって痛感させられたわ……」

 

景太の背後で、ピクシーが自らの小さな腕をさすりながら身震いする。同じ悪魔という括りであっても、格が、そして抱えている闇の深さが違いすぎる。味方でなければ、今頃自分たちもあの肉塊と同じ末路を辿っていたかもしれないのだ。

 

そんな二人の畏怖の視線を浴びながらも、アラスターは衣服の乱れを直すように優雅に襟元を払い、いつものノイズ混じりの朗らかな声を上げた。

 

アラ「何を当たり前な事を」

 

己が成した凄惨な精神破壊など日常茶飯事であるかのように、アラスターは底知れぬ笑みを浮かべて首を傾げる。

 

だが、ここで終わらないのが天野景太という少年であった。世界を滅ぼそうとした大悪党であり、自分たちを殺そうとした張本人であるにも関わらず、景太は地に伏すイカカモネの痛々しい姿を見て、ふと心配そうな声を出した。

 

景「言っとくけど……ちゃんと立ち直れる気力はまだあるんだよね?」

 

これだけの仕打ちを受け、完全に心がへし折られたイカカモネ。自業自得とはいえ、そのあまりに無惨な姿に、景太の持ち前の優しさと無自覚な気遣いが思わず顔を出したのだ。

その問いに対し、アラスターは少しだけ目を丸くした後、肩をすくめて芝居がかった手振りで答えた。

 

アラ「激闘だって言うのに、そんな余裕はありませんでしたよ。ですが大丈夫でしょう。なんせ、あの議長ですからね」

 

ラジオの司会者のような、スラスラとした流暢な言い訳。

 

しかし、その場にいた者の大半は、アラスターがイカカモネの最大必殺技を無傷で、しかも微動だにせず鼻歌交じりに受け止めていた光景を克明に記憶していた。

 

(((「余裕無かった」って絶対嘘だ……)))

 

景太の友達である妖怪や悪魔たち、ウィスパー、ジバニャン、オロチ、キュウビ、コマ次郎、そして文花までもが、心の中で全く同じツッコミをハモらせ、滝のような冷や汗を流した。

 

アラスターの言葉を純粋に信じているのは、彼に絶対の信頼を寄せる景太と、純真無垢なコマさんくらいのものであった。

 

彼らがそんなやり取りをしている間にも、何も言わぬ骸と化したイカカモネの巨体に変化が訪れていた。

 

悲鳴を上げることも、呪詛の言葉を吐くこともなく。恐怖に染まりきったその肉体は、サラサラと音を立てて風に解け始めたのだ。

 

サアア……ッ。

 

まるで夏の幻影だったかのように、イカカモネの身体は細かな光の塵となって空高く舞い上がり、跡形もなく完全に消え去った。

 

諸悪の根源が消滅したその瞬間、イカカモネの妖気によって生気を奪われ、白く枯れ果てていたおおもり山の大地に、一気に色彩が戻ってきた。

 

御神木には瑞々しい緑の葉が鬱蒼と茂り、どんよりと淀んでいた空は、抜けるような青空へと晴れ渡る。木々の間からは眩しい夏の陽射しが降り注ぎ、どこからともなく、ミンミンゼミやツクツクボウシの力強い蝉の声が響き始めた。

 

生命力に溢れる、本来の平和で美しい自然の光景。

ここにようやく、人間界と妖魔界、そして悪魔たちを巻き込んだあの大激闘は、完全なる終わりを告げたのであった。

 

ウィス「終わった……終わったんでぃすね……!」

 

ウィスパーが感極まって涙を流し、ジバニャンや他の妖怪たちもその場にへたり込み、深く安堵の息を吐き出そうとした。

 

 

しかし、そんな平和な余韻を切り裂くように、アラスターの冷徹なノイズ声が響き渡った。

 

アラ「ホッとしてる暇はありませんよ。とんでもないことになってます」

 

その深刻な言葉に、景太と文花はハッとしてアラスターを振り返る。

 

彼のステッキが指し示したのは、ウィスパーが握りしめていた妖怪パッドの画面だった。

 

ウィス「えっ? な、なんでぃすかこれはァァッ!?」

 

画面を覗き込んだウィスパーの目が、文字通り飛び出さんばかりに見開かれる。

 

景太たちが慌ててパッドを覗き込むと、そこに映し出されていたのは、さくらニュータウンの市街地の様子だった。

 

イカカモネの配下であった白化妖怪たちは既に悪魔たちの手によって倒され、事態は収束したかのように見えた。しかし、画面に映る人間たちのパニックは収まるどころか、一層酷いものになっていたのだ。

 

映像の中では人間たちが腰を抜かし、半狂乱になって逃げ惑い、悲鳴を上げている。

 

彼らの視線の先、そして震える指が指し示す先には……町を守るために戦ってくれたはずの、景太の友達である強大な悪魔や妖怪達の姿がはっきりと映り込んでいた。

 

普段であれば、一般の人間には特別な時計等の力がない限り、彼らの姿が見えることは絶対にないはずだった。

 

しかし、画面越しの人間たちは明らかに「彼らの姿を見て」、未知の怪物に対する恐怖で恐慌状態に陥っている。

 

アラ「貴方方が桜を咲かせてる間、念の為と思って悪魔と妖怪が他人には見えないようにバリアを張ってましたがやはり…」

 

その信じられない光景の理由を、アラスターは愉快と深刻の入り混じった声で淡々と告げた。

 

アラ「どうやら、姿を隠すことが出来なくなり、他の人間達にも悪魔と妖怪の姿が完全に視認化されるようになってしまったようですね」

 

平穏を取り戻したはずの空の下、景太と文花は、自分たちが直面した新たな、そして未曾有の異常事態に戦慄し、言葉を失った。

 

ウィスパーの持つ妖怪パッドの小さな画面の中ではさくらニュータウンの平和な日常が完全に崩壊していた。

 

イカカモネの手下たちによる襲撃自体は、景太と絆を結んだ強力な悪魔や妖怪たちの加勢によって無事に鎮圧されている。しかし、真のパニックはそこから始まっていた。

 

逃げ惑っていた人間たちは自分たちを救ってくれたはずの異形の存在――空を舞う龍神や、天使、巨大な地霊たちの姿をはっきりと視認し、腰を抜かし、あるいはスマートフォンを震える手で構えながら悲鳴を上げ続けていたのだ。

 

普通なら、一般の人間には見えないはずの存在。それが白昼堂々、隠れることもできずに大衆の目に晒されている。

 

景「これって、どういう事……?」

 

景太は画面から目を離し、すがるような視線をアラスターへと向けた。

 

つい先ほどまでイカカモネとの死闘を繰り広げ、世界の危機を救ったというのに、眼下で起きている事態はさらなる混沌の始まりを告げていた。

 

アラ「これはあくまで私個人の憶測ですが……人間界を取り巻くエネルギーが、あまりにも『濃くなった』結果でしょうねぇ」

 

アラスターはステッキを両手で軽く持ち、さも面白いラジオ番組の結末を語るかのように、ノイズ混じりの声で淡々と答えた。

 

景「濃くなった?」

 

その言葉の真意が掴めず、景太と文花は顔を見合わせ、同時に首を傾げた。エネルギーが濃くなることで、なぜ妖怪や悪魔が人間に見えるようになってしまうのか。

 

アラ「ええ。本来、悪魔という存在は――特異な存在であるこの私を除いて、ですが――人間界で物理的な実体を維持するために『マグネタイト』と呼ばれる特殊なエネルギーが必要なのは、ご存知ですよね?」

 

景太と文花は無言でこくりと頷いた。

 

これまでの悪魔たちとの出会いや戦いの中で、彼らはその法則を学んできた。マグネタイトがなければ、通常の悪魔は人間界に長く留まることすらできないという絶対的なルールを。

 

アラ「ケータくん。よく思い出してください。今まで私達は、人間界で数々の強大な悪魔と激しい戦いを繰り広げてきました」

 

アラスターはゆっくりと歩き出し、御神木から差し込む木漏れ日の中を優雅に旋回しながら語り続ける。

 

アラ「本来、マグネタイトというものは主に人間の精気、強い感情や精神の揺らぎから生み出されるものです。ですが実のところ、強大な力を持つ悪魔自身もその身に膨大なマグネタイトを有しているのです。

悪魔同士が死闘を繰り広げる度に、あるいは悪魔が人間と干渉する度に、そこには凄まじい熱量と様々な強い感情が発散され、大量のマグネタイトが空気中に放出され、蓄積されていきました。

結果として、このさくらニュータウンは、見えないマグネタイトを生み出し続ける巨大な『機関』のような状態になっていたのですよ」

 

アラスターの言葉に景太の背筋に冷たい汗が伝う。

 

アラ「そして極めつけは今回のイカカモネの騒動です。

まさに前代未聞の大激闘でした。町中にイカカモネの手下である白化した妖怪たちが突如として現れ、何の罪もない人間達に直接的な危害を加えた。

逃げ惑う人間達は、極限の生命の危機に瀕し、恐怖、絶望、混乱といった『負の感情』をこれ以上ないほど大きくさらけ出したのです。

それ故に、人間界の空気中に、飽和状態を超えるほどのマグネタイトが極めて濃く充満してしまったんですよ。……そう、彼ら自身がもう、自分の姿を隠すことすらできなくなるほどにね」

 

それは、透明な水槽に大量の絵の具を流し込んだようなものだった。

 

マグネタイトという見えないエネルギーが濃密になりすぎた結果、人間とあやかしの世界を隔てていた薄いベールが完全に溶け落ち、強制的に視認できる状態にまで実体化してしまったのだ。

 

景太はその恐るべきメカニズムを頭の中で必死に処理し、そして一つの絶望的な結論に行き着いた。

 

景「それじゃ……! もう既に悪魔や妖怪の姿が見えちゃってるから、人間は干渉する度にパニックになって恐れたりする……そうやって人間が恐怖するたびに新しいマグネタイトが生まれ続けるから、永久機関が完成しちゃったってこと!?」

 

姿が見えるから人間は恐怖する。恐怖するからマグネタイトが大量に発生する。マグネタイトが充満するから、ますます姿がはっきりと見え続ける。

 

一度回り始めてしまったその歯車は人間の恐怖心が尽きない限り、二度と止まることのない恐るべきループシステムであった。

 

アラ「その通り!」

 

景太の完璧な理解に対し、アラスターはまるで優秀な生徒を褒め称える教師のように、声を弾ませた。

 

アラスターは頬をつり上げそう言った。

 

アラ「妖怪は妖怪エレベーターを閉じてしまえば事は済みますが悪魔は別です。まぁ、魔界に帰ればする話ですが、人間界に充満したマグネタイトを除去する事はもう手遅れでしょう」

 

「マグネタイトを除去することは出来ない」。

 

アラスターの残酷な宣告に、景太は絶望的な状況を噛み締めていた。

 

このままでは、人間たちの命を守るために傷つきながら戦ってくれた悪魔たちが、ただの恐ろしい怪物として永遠に恐れられ、悪く思われ続けてしまう。そんな理不尽な結末は絶対に嫌だ。

 

景太と文花は、どうにかしてこの状況を打破する魔法や手段がないかと、必死に頭をフル回転させていた。

 

その時――!

 

パァァ…

 

突如、おおもり山の頭上の空がまばゆく輝き出し、天から一条の光が真っ直ぐに降り注いだ。その光はただ明るいだけではない。言葉では言い表せないほどに「聖なる」気を帯びており、触れるだけで心が優しく洗われるかのような、圧倒的な清らかさと暖かさを持っていた。例えるならば、天国から直接差し込んできた後光そのもの。

 

その瞬間、眼下に広がるさくらニュータウンの町全体に劇的な異変が起こった。

 

恐怖と絶望によって町中に重く淀み、視認できるほどに充満していた高濃度のマグネタイトが、聖なる光に照らされて次々と浄化され、サラサラと空気中に溶けて消え始めたのだ。

 

アラ「これはこれは…」

 

空を見上げ、アラスターが目を細めて感心したようにつぶやく。人間界に留まるための楔であったマグネタイトを失った結果、町中で戦っていた悪魔たちが次々と光に包まれ、魔界へと強制送還されていく。その光景を冷静に見届けたアラスターは、即座にウィスパーへ指示を出した。

 

アラ「これに乗じて、今のうちに」

 

何が起こっているのか分からず混乱していたウィスパーだったが、アラスターの言葉でハッとして頷いた。

 

ウィス「は、はい直ぐに! 閉じろ…妖怪エレベーター!」

 

ウィスパーはそう叫ぶと、自らの妖気を込めて一枚のお札を生み出し、巨大な御神木の根本にある妖怪エレベーターの扉に向かって勢いよく貼り付けた!その直後。御神木をぐるりと囲むように、古代の呪文が描かれた青白いオーラが幾重にも展開され……。

 

ブォ…!

 

凄まじい風圧を伴う波動となって、一気に周囲へと放たれた。

 

景「うわ!」

文「きゃ!」

 

突風に腕で顔を庇う二人。

 

アラ「これでさくらニュータウンは元に戻るはずですよ」

 

アラスターの澄んだ声が響く中、今度は御神木とその周辺の地面そのものが、暖かな光を放って輝き出した。別れの時が来たのだと、誰もが悟った。

 

文「ウィスパー…」

 

ウィス「これで…執事の役目は終わりでうぃすね……私達は元の世界へ帰ります」

 

ウィスパーは寂しそうに、しかしどこか晴れやかな顔で深々と一礼した。御神木の周囲にいたオロチやキュウビ、他の妖怪や悪魔たちも、それぞれの光に包まれ、静かに元の場所へと帰っていく。悪魔は魔界へ、妖怪は妖魔界へと……。

 

ジバニ「バイバイニャ……」

 

ジバニャンが、大きな瞳から涙をポロポロとこぼしながら肉球を振って別れを告げる。

 

文「ジバニャン……」

 

文花もまた、別れを惜しむようにその名前を呼んだ。

そして、アラスターの赤いスーツに包まれた細身の体もまた、ひときわ美しい黄金色のオーラに包まれ始めていた。

 

アラ「どうやら私も地獄へと戻るみたいですね」

 

自分たちを包む完全な別れの空気に、景太たちはしょんぼりと肩を落とす。そんな彼らを見かねて、ピクシーがふわりと目の前に飛んできて物申した。

 

ピク「何悲しい顔してんのよ。一生のお別れじゃあるまいし。また会えるわよ。それまでお別れね」

景「ピクシー…」

 

ピクシーはいつものように明るく強気にそう言うが、景太にははっきりと見えていた。彼女の大きな瞳の目元には、隠しきれない大粒の涙が滲み出ていることを。

 

ピク「アンタとの生活、楽しかったわよ」

 

最後に最高の笑顔を見せてそう言い残すと同時にピクシーの姿は光となって優しく消え去った。

 

すると、景太の腕についていた悪魔ウォッチと文花の腕にあった妖怪ウォッチもまた、その全ての役目を終えたかのように淡い光となって宙に溶け、跡形もなく消えてしまった。

 

アラ「一先ずここでお別れですね…」

 

アラスターが、トレードマークのステッキを片手に優雅なお辞儀をする。

 

アラ「それでは地獄でまた会えることを願っていますよ」

ウィス「バイナラ…」

 

彼らしい皮肉と親愛が入り混じった言葉と、ウィスパーの涙声の挨拶。最後にウィスパーとアラスターの姿も、眩い光の中に完全に消え去った。

 

景「アラスター!」

文「ウィスパー!」

 

二人が愛しい存在の名前を叫んだ直後、光は天へと昇り、辺りは嘘のように静まり返った。夏の風が吹き抜け、木々の葉が静かに擦れ合う音だけが残る。

そして、妖怪エレベータの扉は完全に消え去り、元の樹皮へと戻った。

 

御神木に設置されていたガチャも最初からなかったかのように一本の御神木がそびえ立っていた…。

 

あまりにも突然訪れた、永遠とも思える別れ。

 

おおもり山の山頂には、先ほどまでの喧騒が嘘のような、耳が痛くなるほどの静寂が降り降りていた。

 

腕から消え去った悪魔ウォッチと妖怪ウォッチの温もりだけが、彼らが確かにそこにいたという唯一の証。景太と文花は、主を失ってただの古い大樹へと戻った御神木を、いつまでも呆然と見上げていた。

 

世界を救ったという達成感よりも、大切な友達を一度に失ってしまったという喪失感の方が、今の二人にとってはあまりにも大きすぎた。

 

景「……行こう、フミちゃん」

文「……うん」

 

景太が絞り出すように声をかけると、文花も力なく頷いた。

 

二人は重い足取りで御神木に背を向け、暗く沈んだ顔のまま、長く続く神社の石段を降りて境内を去ろうと歩き出した。うつむく二人の視界には、自分たちの影と、乾いた土の地面しか映っていない。

 

その時だった。

 

ヒラリ……。

 

初夏の風が吹き抜けた瞬間、どこからともなく飛んできた一枚の花びらが、うつむく景太と文花の間を縫うように、ふわりと舞い降りて横切ったのだ。

 

景&文「「……!」」

 

二人は弾かれたように顔を上げた。

 

視線の先を横切ったそれは、淡い薄紅色をした、紛れもない桜の花びらだった。今の季節は初夏、蝉が鳴き始める時期である。本来ならば、桜が咲いているはずなど絶対にないのだ。

 

しかし、不思議な現象はそれだけでは終わらなかった。

 

ヒラリ…ヒラリ……。

 

サァァァァ……ッ。

 

一枚、また一枚と。見上げた空から、まるで淡い雪が降るかのように、無数の桜の花びらが舞い落ちてきたのだ。

 

それは、あちらの世界へ帰っていった悪魔や妖怪達が、最後に残してくれた奇跡の魔法だったのかもしれない。あるいは、さくらニュータウンという町そのものが、彼らへの感謝を込めて見せてくれた幻だったのだろうか。

 

薄紅色の優しい雨を全身に浴びながら、景太と文花の顔から、先ほどまでの暗い影が嘘のようにスッと消え去っていった。

 

悲しんでいる場合じゃない。彼らが命懸けで守ってくれたこの美しく平和な世界を、自分たちは笑顔で生きていかなければならないのだから。

 

二人の顔に、かつての明るい笑顔が自然と戻る。

 

景太と文花は顔を見合わせると、示し合わせたように弾かれたように走り出した。石畳を蹴る軽快な足音が境内に響く。桜吹雪の中を駆け抜け、二人はおおもり神社の入り口にそびえ立つ、大きな鳥居の下まで一気に駆け寄った。

 

「ハァ、ハァ……っ!」

 

息を切らして鳥居の下に立ち、ふもとの町を見下ろした二人の瞳が、驚きと感動で大きく見開かれた。

 

目の前に広がっていたのは、奇跡の絶景。

 

山の木々も、町中を彩る街路樹も、そのすべてが季節外れの満開の桜の花を咲かせていたのだ。さくらニュータウンの名の通り、町全体が薄紅色の雲海に包まれたかのように、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 

そのあまりにも美しく、幻想的な光景を見た二人は、ゆっくりと互いの顔を見つめ合った。

 

言葉はいらなかった。景太の瞳にも、文花の瞳にも、同じ想いが溢れている。

二人は優しく微笑み合うと、そっと手を伸ばし、互いの手をしっかりと握り締めた。

 

その手から伝わる温もりが、今はもう隣にいない不思議で騒がしい友達たちとの絆を、永遠に証明してくれているようだった。

 

景&文((ありがとう……))

 

心の中で、二人同時に感謝の言葉を紡ぐ。

 

大好きな執事妖怪へ。生意気で可愛い猫妖怪へ。勝気な妖精へ。そして、底知れぬ力でいつも自分を導いてくれた、地獄最強の赤い悪魔へ。

 

景(サヨナラは言わないよ)

 

景太は、握った文花の手を少しだけ強く握り返しながら、青く澄み渡る空を見上げた。強い決意を込めて。

 

文(また、会えるって信じてるから)

 

文花もまた、桜色の景色に目を細め、胸の奥で静かに祈った。

 

彼らがどこにいても。どんな次元に隔てられていても。この絆がある限り、きっといつか、あの騒がしくて楽しい日々に再会できるはずだから。

 

 

二人は、大切な悪魔と妖怪の友達たちに深く想いを馳せた。

 

柔らかな春の風が二人の髪を揺らし、目の前の景色には、彼らが守り抜いた満開の桜の木々と、平和な日常を取り戻した美しきさくらニュータウンの景色が、どこまでも果てしなく広がっていた。

 

 




今日の悪魔大辞典。

文「改めて振り返るとケータくんって沢山悪魔の友達がいるんだね」
景「俺だってフミちゃんがあんなに強そうな妖怪たちと友達だったなんて知らなかったよ」

文「最初、アラスターさんに出会った時、物凄く怖かったのを覚えてるの」
景「俺もウィスパーを最初に見たとき、気持ち悪くてウザそうだなと思ってた」

景&文「「……」」

ジト目で互いを見た後…。

文「フフ…」
景「ハハ」

互いに笑い合った。

文「私達、何処か似てるのね。もし、普通の生活を送ってたら絶対に気付かなかった」

景「オレ、フミちゃんが妖怪ウォッチを持ってて良かった」
文「私もケータくんが悪魔ウォッチを持ってて良かった」

二人の微笑み合う声は空高く昇っていった。

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